安っぽい武装
「ビアンカ様、顔色が良くありませんね、頬紅を濃い目に入れしょうか」
マリーが私に、鏡越しに尋ねた。
彼女は今、ドレッサーの上に、あれやこれやと化粧品を並べている。
「ええ、お願い」
マリーは過去に、高貴な令嬢の侍女をしていた経験がある。彼女に任せていれば問題ないだろう。
私は、鏡の向こうの顔が徐々に出来上がっていくのを、ぼんやりと見ていた。
私を正面から見つめるその顔は、たしかに血色が良くないようだ。いかにも疲れた顔をしている。
実際のところ、疲れていた。
彼らから目を離すことはできないし、だからと言って他の仕事をほっぽることもできない。
どちらも代役の立てずらい仕事だった。それは、多くの使用人が獣人に近付くことを嫌がるためであり、私がこの商家の主であるためであった。
しかし、最も代わりのきかない仕事は、窮屈なドレスを着て、社交界に出ていくことだった。
男爵は他でもないこの私なのだから、私が赴かなければならない。
今日もきっとくだらないパーティーだ。でも、爵位を賜った以上、他の貴族とできる限り円滑な関係を築かなければならない。
知らず知らずのうちに、はあ、とため息が漏れた。
「お気に召しませんでしたか?」
化粧用のブラシを手にしたマリーが、おろおろと尋ねる。
「違うのよ。ごめんなさい、考え事をしていて」
「そうですか……。ビアンカ様、このところお忙しそうですもんね」
マリーは顔をわずかに曇らせた。
口にこそ出さないが、多分、ライアンと同じ考えなのだろう。
彼女からしてみれば、獣人が来てからというものの、暮らしにくくなったに違いない。
せめて、私がにこやかに接するべきだと、思い直す。
マリーは、私の話相手を務めながらも、てきぱきと化粧を完成させていった。
久しぶりに見る自分のその顔は、けばけばしくて未だに慣れないが、夜会用の派手なドレスに合わせるのであれば、これくらいがちょうど良い。
「アクセサリーは、どれにいたしますか? ルビーが良いですかね? そろそろ、新しいアクセサリーも買わないといけませんね」
マリーの言う通りなのだろう。
いつまでも同じアクセサリーばかり身に着けていたら、社交界の笑い者にになる。
でも、新しいアクセサリーなど、買っている場合なのだろうか。時間的な余裕はもちろん、金銭的な余裕もそれほどない。
商会の財政に差し迫った危機があるわけではないが、個人的な資金が不足しそうだった。
「そうね……考えておくわ。今日は、ガーネットのアクセサリーを出してちょうだい。あと、ドレスは一昨年の末に買ったやつにしましょう」
「一昨年ですか……。あまりおすすめできませんが……」
「いいのよ。今日はそういう気分なの」
気落ちするマリーを見て、少し申し訳ない気分になった。
彼女の仕事に対する誇りを汚したいわけでは、決してないのだけど。
今日はどうも雲行きが怪しくなりそうなのだ。




