表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好色男爵と獰猛獣人  作者: 亥口一人
番外編
133/139

地下室の秘密

第二章後半以降の話。

「お酒が飲みたい……」


 ふいに、小さな呟きが聞こえた。そちらに目を向けて見れば、ビアンカは何もない空間をぼんやりと見ている。ここには俺とビアンカの他には誰もいない。俺に話しかけていないのだとしたら、ただの独り言なのだろう。

 ――と、思ったけれども。

 突如、ビアンカの顔が勢いよく俺の方へと向きなおった。

 

「ハルはお酒、飲むの?」

「え、おれか? おれは……」


 キラキラとした目には、明らかな期待が浮かんでいる。


「ど、どちらでも……」


 返事にもなっていないような返事を曖昧に返したけれども、ビアンカは嬉しそうに頷いて、「じゃあ、とっておきを準備しないとね」と言って、下へと続く階段を目指したのだった。

 

 

 ■■■

 

 

 ――何故、こんなところに。

 ちらりと斜め下を見る。薄暗い中でも、ビアンカが楽しそうな微笑を浮かべていることがわかった。

 ビアンカにとっては、馴染み深い場所なのだろう。でも、俺にとっては、そうではない。

 俺がここに来たのは、過去の一度きりだ。

 来た、というか、閉じ込められた、というか――。

 今となっては、あの出来事も大切な思い出の一つのように思えているが、それとこれとは別――つまり、かつて俺が地下室で経験した出来事と、俺がこの場所に覚える忌避感とは全く別の問題だった。

 

「キーリー商会は、今でこそ、魔石関連の事業をしているけれど」

 

 ビアンカが、話を始めた。ああ、と相槌を打ちつつも、なかなか会話に集中できない。

 何故、ここはこうなのだろう。

 相変わらず、冷え冷えとして、そして、何より臭い。清潔に保たれた屋敷の中で、地下だけが異様な空気を漂わせている。

 獣人なら誰しも、この場所を嫌悪するのではないだろうか。耳も、鼻も、ろくに利かない。

 

「一昔前までワインを扱う商会で、それで――う、わあああ!」

 

 突然、何の前触れもなく、ビアンカの閑話が悲鳴に変わった。反射的にビアンカを抱き寄せようと腕を伸ばす。が、それよりも先に、柔らかい肢体が俺の体に巻きついていた。ふわりと花の匂いが舞う。

 

「……!」

 

 誰だ、と声に出す寸でのところで、その言葉を飲み込む。

 どこからともなく薄暗い通路に現れたのは――ライアンだった。目の当たりにするまで気が付かないだなんて、鼻が全く機能していない証拠だった。それほどまでに、あたりに漂う腐臭がきつい。否、ライアンこそが腐臭の発生源のように感じる。腕に見慣れないものを抱えているようだが、ひょっとして、それが腐敗しているのだろうか。

 

「ラ、ライアン!?」

「……すみません。驚かせるつもりはなかったのですが」

「驚いたというか……どうして真っ暗な部屋から出て来るのよ」

 

 そう言いながらビアンカは、俺からぱっと身を離し、廊下の片側にぽかりと口を開けている空間を忌々しげに見つめた。

 どうやらビアンカは、小部屋の暗がりに佇んでいた人影に驚いたようだった。驚くのも無理がないだろう。その部屋は完全ながらんどうで、そんな場所に用のある人間がいるだなんて、誰も思うまい。扉は最初から開いていたが、ビアンカの反応から察するに、普段から開け放たれているものなのかもしれない。

 

「いえ、会話の邪魔をしないように、と思いまして」

 

 答えるライアンの目が、一瞬俺の方を向いた。

 

「何それ……。まあ、いいけど……それは、ワインとチーズ?」

「はい、そう言うことなので……、お先に失礼します」

 

 ライアンは、瞬く間に俺たちの横をすり抜け、そそくさと去ってしまった。

 

「ああ、うん……私たちも行きましょう」

 

 言うや否や、ビアンカは俺の前腕を掴んだ。そのまま、通路の奥を目指し始める。。

 

「それで、何の話をしていたんだっけ」

「商会が、何とか……」

「そうだっけ……何の話をしようとしていたんだっけ……」

 

 驚きのあまり、会話の内容を忘れてしまったのだろうか。

 数分前の、怯えた小動物のようなビアンカの姿を思い出す。そのビアンカは今、声こそ平静に聞こえるものの、俺の腕をがしりと掴む掌には、尚も緊張感が滲んでいるように感じられた。

 そのいじらしさが、なんとも可愛い。抱きしめて――もとい、抱き上げて目的地まで連れて行きたかったが、肝心の目的地を知らなかったので、諦めた。

 それに、腕は空けておいた方が良い。こんな、五感が働かない場所では。そういえば――

 

「なあ、ビアンカ。ドグマのチーズは、あんなに臭いものなのか? あれ、腐っていないか?」

「ああ、あのチーズね……。そうなのよね……。ライアンは、腐った臭いチーズが好きみたい。あのチーズ、前に色々あって……屋敷のあちこちが臭くなったことがあって、それ以来、地下室の冷蔵庫を使わせているの。あ、そう、それ思い出した、地下室には大きなワインセラーと、おつまみ用の冷蔵庫があるのよ、って説明したかったんだった」

 

 なんとなく翳っていたビアンカの表情に、ほのかな明かりが灯ったように見えた。

 

 

 ■■■

 

 

 赤ら顔のビアンカが言うことには――。

「最近、ライアンが一緒に飲んでくれない」らしい。

「酒を控える年頃なのかな」と思いきや「隠れてちゃっかり飲んでいるんじゃない!」とかなんとか。

 くだを巻くビアンカは、確かに虫の居所が悪そうに見えた。けれども、ほんの一瞬目を離した隙に、ふふふ、と唄うように笑い始めていた。手にしたコップに向かって、「でもハルが一緒に飲んでくれたもんね」と話しかけている。

 思わず、ライアンと飲んでいる時もこんな感じなのか? と尋ねると、「こんな感じって、どんな感じよ」とむくれて、俺のしっぽに顔を隠してしまった。

 しまった、失言だったか……。ひやひやとしたものを感じたのも束の間、しっぽの中からは相変わらず、楽しそうな吐息が聞こえていて、そっと胸を撫でおろした。何が可笑しいのか、くすくすと笑いながら「ハルはザルだけど、チーズはきらい」と唱えている。

 よくわからないけれど、それが何故か無性に可愛くて。自分のしっぽごと抱きしめてみたら、「わあ! 酔ってんの!?」と言われた。

 かもな、と返すと、火照った顔はぷいとそっぽを向いてしまった。かと思いきや、「嘘ばっかり」と呟きながら、俺のコップにドボドボとワインを注いでいる。

 ごくごくと飲み干してみせれば「ザル、ずるい……」とぼやいて、また可愛い仕草をする。俺は、それを見て、可愛い、と思う。

 そんなことを繰り返していた。

 

 ――酔っている人間に限って「酔っていない」と言い張るものだ、と聞いたことがある。その通りだと思う。一晩寝て朝を迎えた後、ようやく前夜の己を顧みることになるのだ。

 

 爽やかな朝日が差し込む部屋の片隅、大量の「とっておき」の空瓶を前にしたビアンカは、「楽しいことには代償が伴う……」と悲し気に呟いている。

 通りかかったライアンには、冷ややかな視線を浴びせられた。

 昨晩の俺は、酔っていた。酔わされていた。酒なんかよりも、ビアンカによっぽど。

 もっと慎むべきだった。反省しなければならない。そう思うのに、隣でビアンカが「でも、楽しかったから仕方ないわよね?」といたずらっぽく笑うのを見ていると、ちょっと自信がなくなった。

ボツ理由:タイミングを逸した。


どこかで、怪しい地下室じゃないよ! ということを説明したかったけれど、これも差し込む場所がなかったので、ここで供養。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ