叶えども
「こんにちは」と言ったマルセルに、ガロが「ああ」と返した。
――たったそれだけの会話。でも、変化を感じるには、十分な会話。
マルセルはそのまま庭を横切ってどこかへ行き、ガロはキャッチボールを続けようとする。
「何が、ああ、だよ」
と言うと、ガロは「何がだ」と返した。言葉と同時に放たれたボールが、俺の左手のグローブにぱすっと収まる。
「今までずっと、無視してたくせに」
「……別に。あいつは敵じゃなかった」
「ふーん……」
「お前もそう言ってただろ」
「は? ……あー、あんなやつハルの敵じゃない、っていう意味か」
「いや……そう……だけど、そうじゃない」
ガロは、さっきマルセルがいた空間を睨んで言葉を紡ごうとしたけど、結局語彙が足らなかったらしい。
諦めたように、俺に視線を戻した。
「いいから、ボールをよこせ」
そのガロの言葉を無視して、グローブの中のボールを弄んだ。
ガロが、ふーっと、鼻でため息をつく音が聞こえる。
「お前は何が不満なんだ、ユーリ」
「お前が、馬鹿なところ」
「……」
嘘は、言ってない。ガロの察しの悪さも、俺の言うことを信じないところも、いつも何かを隠し立てしようとするところも、全部俺の神経を逆撫でする。
それに、その上から目線も癇に障る。こいつはいつも俺のことを、駄々をこねる子供かのように扱う。散々暴走していたのは、自分の方だと言うのに。何が、お前は何が不満なんだ、だ。
ガロは、しかめ面をして、グローブを構えていた腕を下げた。
ガロが聞きたい答えはこんなことじゃない、と俺は知っている。ガロだって、俺が知った上でそう答えたことを、わかっているだろう。
だからといって、ガロの望む答えが俺の口から出てくることは、永遠にない。そんなこと、できようがない。
だって、俺にもよくわからない。全部不満のような気もするし、本当のところ不満なんて何もないのかもしれない。
俺は、安全な住処が得られるなら、それで良いと思っていたはずだった。
ビアンカはそれを提供してくれた。ビアンカがいてくれれば、それで良かった。ビアンカがどこぞの男をたぶらかしていようが、俺のことをそれほど好きじゃなかろうか、安寧が得られればそれで良いはずだった。
だけど、時々、それとは矛盾する妙な気持ちが、俺の心を占拠する。
褒められたくて、頼られたくて、好かれたい。
何でそういう気持ちになるか、わからない。
そうされたところで、俺には何のメリットなんてないのに。
別に、番的な意味で、ビアンカのことを好きなわけでもないのに。
この気持ちを、不満、と呼ぶのかも、よくわからない。
ガチャ、と音がして、商館から二つの影が現れた。
そのまま、和やかな空気を纏ってこちらへと歩いて来るハルとシオンは――二人とも最初から、ビアンカに好かれていた。
何だかやっぱり、胸がもやもやする。
「あー、むかつく!」
叫びながら、ガロに向かって思い切りボールを投げてやった。
勢いの乗った球は、真っすぐに飛んで、ガロのグローブに吸い込まれていく。
バン! と大きな音がしたというのに、ガロは何事もなかったかのような顔をしていた。ただ、ぶすっとした顔で、こちらへとやって来るハルとシオンを見つめている。
その顔を見ていたら、尚更むかむかしてきた。
この無愛想め。こいつは、ハルとビアンカが関わっている時しか、表情を崩さない。
(どうでも良い余談)初期に作ったメモに、「家には右利き用のグローブしか置いていない」という謎の走り書きがあったので、忠実に従いました(彼らの利き手とはまた別の話……)
その状況設定から早十ヶ月超が過ぎ、そろそろ終わりが見えつつあるところではありますが、もうしばらくお付き合いいただけますと幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします!




