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赤に映る金、金に映る赤

 屋敷のドアから表へと出ると、赤い双眸と目があった。

 ガロは商館へと戻ったようだったが、マルセルは先程と寸分違わぬ場所で一人、ぽつんと突っ立っている。

 ここで何をしているのか――尋ねるまでもなかった。

 もの言いたげな目をしているマルセルは、何か俺に用事があって、こうして待ち構えていたのだろう。

 

「まだ、何か言いたいことがあるのか」

 

 尋ねてみれば、マルセルは、俺の目をじいっと見ながら「はい……」と言った。

 

「何だ」

「……本当に……ビアンカ様は、ハルさんのことが好きなんですね」

「……」

「そうじゃなければ良いって、ずっと思っていました。だって……そうでしょう。僕だって、目が赤いってだけで、ビアンカ様のお荷物なんです。変な奴を後継者に選ぶ、おかしな男爵だって、そう後ろ指差されるんですから」

 

 失礼なことを言われているのだろうけど、責める気にもなれなかった。マルセルの言う通りだし、マルセルの気持ちだって痛い程わかる。この国は、俺たちのような外れ者に、優しくない。奴隷として生きるのとは別の苦しみが、ここにはある。

 マルセルは、段々と伏し目がちになっていった。

 

「いっそのことあなたが、どうしようもなく悪い奴だったら、良かったのに……ふざけたこと言うな、って僕を殴ってくれたら……そしたら、ビアンカ様の目を覚まさせるのも簡単だったのに……。だって、どう考えたって、伯爵と結婚する方が、幸せになれるはずでしょう」

「それは……違う」

 

 マルセルは俺の言葉に反応し、顔を上げた。

 

「何故、違うと言えるのです?」

 

 マルセルの目は、てらてらと光っていた。

 その瞳が俺を睨むように見つめ、俺も睨み返すようにマルセルを見つめる。

 

「どうもこうも……俺がビアンカを幸せにする」

 

 少し前の俺だったら、こんなこと、口が裂けても言えなかった。

 今だって、正直、自信満々とはいかない。

 けれども、

 

「必ず幸せにする」

 

 と、誓った。

 マルセルの口が「へ」の形を取って固まる。

 それから、震えるように、開いた。

 

「でも、あなたじゃ、ビアンカ様と結婚できない。戸籍がないんだから」

「結婚できなくたって、幸せにすることはできる」

「それは、あなたの意見でしょう。あなたは知らないんだ。普通の女性は、良家の男性に嫁いで、素敵な式を挙げることを幸せと感じるものです」

「ビアンカは、『普通の女性』じゃない」

「ビアンカ様は、普通じゃないとおっしゃるんですか」

「そうじゃない……ビアンカは、ビアンカだって意味だ。ビアンカの喜ぶことが、ビアンカの幸せだ。ビアンカが貴族と結婚したいと言うなら、俺には何もできないが……でも、ビアンカは多分、そう思っていない。俺は、俺の方法で、ビアンカを幸せにする」

 

 それが、俺の嘘偽りのない本心で、決心だった。

 マルセルにも、伝わった、と思う。

 彼は、きっ、と眉根を寄せた後、地面を見つめた。

 

「…………僕はやっぱり、どうするべきなのか、わからない。こ、こんなんだから、僕は、ビアンカ様にも……っ」

 

 そう言いながら、握り込んだ白い拳で、伏せた目の辺りをしきりに擦り始めた。

 まさか、それで隠しているつもりなのだろうか――顔を俯けたところで、誤魔化しようもない程に、マルセルの声は涙に濡れていた。

 小柄な背中が丸まり震えている様は、どうにも痛ましい。

 段々と高度を下げつつある顔をしっぽで撫ぜると、「う」と声が上がった。

 はっと我に返って、しっぽを引っ込める。俺は、大して面識もない青年に、何をしているんだ。

 

「わ、悪い、つい……」

「つい……?」

「いや……いつもビアンカにやっていたから、つい……。その……そうしていると、ビアンカによく似ていたから……」

「ぼ、僕がビアンカ様に……?」

「ビアンカも、昔は泣き虫だったって言ってたから……」

「泣き虫……」

「い、いや、泣き虫だから似てる、ってわけじゃない。ビアンカは……自分が誰かを傷つけてしまった時に、泣くんだ。ビアンカが、お前の前で困った顔をするのだって、多分、そのせいだ。それで……俺は、そういうところがお前と良く似ていると思う。マルセル、お前だって、ビアンカを苦しめていると感じるから、泣いているんだろう?」

「……」

 

 マルセルは、肯定も否定もしなかった。

 何秒か、すんすんと洟をすする音だけが聞こえる時間が過ぎた後に、マルセルは再び口を開いた。

 

「……変な人ですね、ハルさんは。普通は、男なんだから泣くな、とか言うものなんですけど。突然しっぽ出して、そんな話する人は、初めて見ました」

「……変……」

「すみません、気に障りましたか」

 

 マルセルは、上目遣いに俺を見上げた。

 散々失礼なことを口にしてきたくせに、今更過ぎる気遣いだった。

 

「いや……別に。……別に、ビアンカにも、よく言われるから」

 

 ビアンカの口から出るその言葉は、何故だか賛辞のような響きを孕んでいる。

 だからだろうか、マルセルに「変」だと言われても、取り立てて不快な感じはしなかった。

 

「……そう、ですか」

「ああ」

 

 すん、と、またひとつ洟をすする音が聞こえた。

 

「というか、ハルさんは、知っていたんですね」

「何をだ……?」

「僕が、ビアンカ様の……」

 

 マルセルは、窺うように俺を見た。

 知っていたんですね、と言いつつ、確信が持てていない、というような目だった。

 

「ああ、お前がビアンカの大切な弟、ということなら、知っている」

「……」

「見てしまったんだ、お前が贈った……」

 

 あれは、何という名前だったか、と記憶を辿る。

 ガラス扉の向こう側から引っ張り出したその表紙には、広々とした草原と綺麗な花が描かれていた。そこに書かれていた文字は――

 

「……『美しい景色』」

 

 口にすると、マルセルもその言葉に思い当たったように、瞼をわずかに動かした。

 

「お前が贈った本、だろう? 本も手紙も、大切にしまってあった。だから俺は最初、ビアンカの恋人からの贈り物だと勘違いした。それでビアンカは、お前のことを、俺に話してくれたんだ」

「……そう、ですか……」

 

 呟きと共に、丸く開かれていた目が、ぎゅっと細められた。

 

「じゃあ……僕がどれ程ビアンカ様の幸せを願っているかも、わかりますよね」

「ああ、わかる」

「じゃあ、もう一度聞きますけど、ほんとうに、幸せにしてくれるんですよね!?」

 

 マルセルは、何の威圧感もない潤んだ目で、それでもきつく俺を睨みつけて、食ってかかるように大声を出した。

 

「ああ、必ず幸せにする」

 

 そう答えると、マルセルはまた、ぼたぼたと涙をこぼした。

 

「うう……じゃあ、いいです、もう……」

 

 ビアンカも大概泣き虫だと思うけれど、マルセルはその何倍も泣き虫だった。

 しかも、普段は恐ろしく巧みにそれを隠している。

 そこにビアンカのような可愛らしさは見出せないが、それでも重なるものがあって、とても突き放すことはできそうにない。

 だから、

「僕にも、しっぽ、貸してください……っ」

 と泣きつかれてしまえば、従わないわけにもいかず、渋々差し出したしっぽはマルセルの涙でぐっしょりと濡れることとなった。

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