予感
事の成り行き次第では、ハルに殴られても、仕方がないだろう。ハルは余程のことがなければ仲間に手を出したりはしないが、その「余程のこと」が起こった可能性がある。ハルのビアンカが、倒れたのだから。
俺が、直接何かをしたわけではない。しかし、その原因の一端が俺にあると思われても仕方がない状況だった。
だから、ハルが怒りを顕にするようならば、甘んじて殴られよう。
――そう考えながら、商館へと戻った。
だが、実際には、そうはならなかった。
俺とユーリが商館へ帰って来た夜も、日付が変わり日が昇ってからも、ハルが俺達の部屋に殴り込みに来るようなことはなかった。それどころか、文句の一つも言いに来ない。
ハルは、長い時間、口を噤んだまま自室に居座っている。一体何を思って、何をしているのか、まるで読めない。
いつまでそうしているつもりなのかもわからない。そうなると、俺もおちおち部屋から出られない。
だから仕方なく、ベッドに腰かけ、目を瞑った。
耳だけを立てたまま、どれ程の時間が経っただろうか。誰かが商館に入って来た。
足音はハルの部屋へと進み、次いで、男女の声がする。
それからは、あっと言う間だった。さっきまで死んでいるかのように静かだったハルは、勢いよく部屋を飛び出し、駆けて行った。もちろん、ビアンカの元へ行くのだろう。俺と顔を合わせるのは、しばらく後になりそうだった。
「あっという間に、走って行っちゃいましたね」
「ああ」
「良いんですか、一人で行かせて?」
「……」
「最初からは考えられないことですよね、ライアンさんも、私も」
「……まあ、そうだな」
女――マリーがくすっと笑い声を立てた。
それから、はあ、とため息をついた。
「私、知らないうちに獣人贔屓になってしまったみたいです」
「なんだ、それは」
「ハル達を引き合いに出して、マルセルさんに酷いことを言ってしまったかもしれません」
「酷いこと?」
「私やハル達はビアンカ様の家族のようなものだけど、あなたは違うって」
「む……それは……」
「……やっぱり、傷付けてしまいましたかね……。でも、マルセルさんって、昔からああなんですか?」
「ああ、とは?」
「ビアンカ様にだけ、態度が違うじゃないですか」
「ん……」
「ビアンカ様も、マルセルさんといる時、苦しそうです。私には、ビアンカ様が倒れた原因がそこにある気がしてならないのです」
「……はあ。もうしばらく様子を見てあげてくれ。マルセルは、何と言えば良いか――」
もう少し待っていれば、核心を突いた情報を得られるだろう。
そうわかっていたが、もはやそれどころではなくなっていた。
ガバッと立ち上がり、その勢いのままドアを開けると、ぎょっと見開いた四つの目と視線が合った。
その二人を押し退けて、階下へと向かう。
そこでようやくライアンが「おい、なんだ」と声を上げたが、無視して階下に向かってしまえば、それ以上の言葉を口にすることはなかった。
耳に、明らかな苛立ちが聞こえた。




