本当の目的(3)
「本当に、そう言ったのか……?」
心臓がばくばくと早鐘を打っていた。
「ユーリには言っていないけど、ライアンと話していたのが聞こえてしまったのかしら……」
その答えを聞いた時、頭をガンと殴られた気がした。
おかしなことだが、裏切られたような気持ちを感じていた。
呆然とする俺の前で、ビアンカは淡々と包帯の端を結ぶと、小物を箱に戻し始めた。
「あなたたちは、魔石掘りをしたことがあるの?」
「……いいや、ない。あそこに入ったら、死ぬまで出られない」
俺は、虚ろな気持ちで答えた。
「そう……。クシカの魔石採掘は、あんまり良くない環境と言うのは、聞いているわ……。うちの鉱山はそれよりはずっと良い環境だとは思う。少なくともこの五年、人死も、大きな事故も起きていないわね」
「……何故だ?」
とても、信じられることではなかった。
クシカでは、奴隷の中でも最底辺の者たちが集められ、採掘場へと入れられた。使い捨ての奴隷だった。
毎日膨大な量の仕事を課せられ、頻繁に事故が起こり、死んでいく。それは、誰もが知っている事実だった。
俺とガロは傭兵奴隷だったが、老いた傭兵の末路も、採掘場で死ぬことだと決まっていた。
「採掘場の事故のほとんどは火災で、あとは落盤よ。それさえ防げれば、死ぬことなんてそうそうないわ」
「火災は、防げるものなのか?」
「さあ……でもうちでは、特殊な耐熱の手袋をつけて、手作業で作業しているわ。消火剤も用意しているけど、魔石が発火したことはないわね」
彼女の言い分は、それなりに筋が通っているようには聞こえた。
でも、それが本当ならば、何故、クシカではあんなに多くの獣人が死に続けているというのか――。
「じゃあ、この国では、普通の人間が魔石掘りをしているのか?」
「いいえ……残念ながら違うわね。この国の人間も、魔石堀りは奴隷のやる仕事だと思っているわ。でも、ドグマには奴隷がいない。だからこの国で消費する九割以上の魔石は、クシカから輸入されている。あとの一割弱は全て、私が納品している魔石ね。で、私の鉱山で魔石を掘っているのは、あなたたちみたいにどこかから流れてきた、訳ありの人たちばかりよ」
「……」
「安い給料で、評判の悪い仕事をしたがる人は、そうそういなくって。だから、うちではいつでも働き手を募集しているの」
ビアンカの説明はそこで途切れた。彼女は、箱の中の小物を弄びながら、何かを思案しているようだった。
「わかった、俺は、その鉱山で働く……」
ぽつりと言うと、ビアンカはおもむろに顔を上げた。
「そう言ってくれるのなら、ありがたいけど……」
俺は、机の上で、ぐっと拳を握った。
「その代わり、俺だけにしてくれ」
「……わかった。でも、他の三人をただで泊めるだけというわけにはいかないから、屋敷の仕事くらいは任せて良いわよね?」
ビアンカは、静かに尋ねた。
「ああ……」
「じゃあ、まずはそれでやってみましょう。しばらく仕事してみて、あなたがどうしても気に入らないというのなら、また考えるから」
こんな提案を事も無げに受け入れるなんて、どうかしている、と思った。。
まがりなりにも、ビアンカは俺たちを金で買ったのだ。
ビアンカは、俺たちに鉱山に行くよう命令しないし、愛人になることを求めているわけでもなく、不満の捌け口にするわけでもない。
何が目的なのか、わからない。わからないけど、ビアンカは他の人間とは違う、と淡い期待を抱かずにはいられなかった。
ビアンカの言う「良い環境」の鉱山が本当に存在するのか今でも信じがたい。でも自分の目で確かめれば、その真偽が、あるいはビアンカの目的が、わかるかもしれないと思った。
「じゃあ、手当も済んだし、部屋に戻りましょう」
ビアンカは、小箱を手に立ち上がった。
「なあ……、この国には、奴隷がいないから、掃除や手当ても、貴族がやるのか?」
丁寧に巻かれた包帯を見つめながら、なんとなく聞いた。
「まさか。うちにも使用人くらいいるわよ。でも、私はただ、自分でできるからやる、ってだけね。私ってほら、三年前に叙爵されたばかりの、一代貴族だから。そこまでは聞かされてなかった?」
「……そうか、知らなかった」
「三年前の大寒波の時に、沢山魔石を納品したおかげ様で、爵位を授かったのよ」
三年前――。国境を跨いだ広い地域が、大寒波に見舞われた。
クシカは電力を魔石のエネルギーに頼っている。貴族は暖房を惜しみなく使用し、貯蔵した魔石は枯渇しかけていたという。魔石の恩恵を受けられなくなった身分の低い者たちの中には、凍えて死ぬ者も沢山いた。
クシカから大量の魔石を輸入しているドグマもその煽りを受けたに違いない。そして、それを救ったのが、ビアンカだということだろう。
「まあ、私としては、もっと正当にありがたみを感じて欲しかったけどね……。爵位よりも鉱山の支援の方がよっぽどためになるのに……」
ビアンカは、そう呟いた。




