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彼女の家族(2)

「私は、ビアンカ様の看病の準備に当たりますので、他の皆さんには、マルセルさんの方から、ビアンカ様がお休みされることを伝えていただけますか?」

 

 廊下の片隅で、マルセルに問いかける。

 マルセルは首肯し、はい、と答えた。

 他にやるべきことは――ああそうだ、

 

「それから、ライアンさんには、ハルを呼べそうであれば呼んで下さい、とお伝えいただけますか」

 

 思い立ってそう言うと、マルセルの瞼がぴくりと反応した。

 それで、ああ、マルセルはまだ知らなかったのか、と気が付いた。

 

「何故です?」

 

 訝し気に発された声は、何か尖ったものを孕んでいるように聞こえた。

 そこに現れている感情は、おそらく、この屋敷の誰もが過去に経験し、そして忘却の彼方へと消し去ったそれと同じものなのだろう。

 経験があるから、理解できるから、マルセルの態度を非難することなど、できるはずもない。けれども、いつも穏やかで獣人への偏見もなさそうなマルセルが、その心情を顕わにしたのは意外だった。

 

「ハルさんでないといけない理由があるのですか? ……まさか、ビアンカ様の私室に入れるのですか?」

 

 マルセルは、畳みかけるように問い掛けを重ねた。

 

「私から、詳しく説明することはできません。ですが、今ビアンカ様に必要なのは、ハルなのです。ですので、ハルを――」

「ハルさんには、鉱山での仕事が割り振られています。マリーさんには、その人員配置を変える権限はないと思います」

 

 その言葉はあまりに正論で、暴論で、私を愕然とさせた。

 確かにマルセルの言葉は間違ってはいないけれども、苦しむビアンカ様を前にして、どうしてこうもきっぱりと断ることができるのだろう。

 ――マルセルに対して、前々からなんとなく感じていた違和感。鈍く光る瞳を見つめているうち、その正体がぼんやりとわかり始めた気がした。

 

「何故、そこまで反対するのですか」

 

 常日頃は、そんなことはしないのに。という思いを込めて尋ねると、マルセルの目が、ぎょろりと動いた。

 

「僕は、ビアンカ様のことを思って言っているのです。今、彼らをビアンカ様に近付けるべきではありません」

「それは、どういう意味でしょうか」

「マリーさんは、先日の鉱山での一件を知らないのでしょう。あの時獣人の方々は、みんなして怒鳴りたてて、口々にビアンカ様を責め立てていました。こんな時に、あの人達を呼ぶだなんて、賛成できるはずもありません」

 

 毅然とした態度だった。自分が正しいと信じて疑っていないのだろう。

 この主張だって、頭ごなしに否定できるものではない。

 けれども、受け入れることなんて到底できないし、かといって、優しく諭すような余裕も持てそうになかった。

 

「……マルセルさん、あなたは、ここに来て日が浅いですよね」

「……それが、なんです」

「ビアンカ様達のことをよくわかっている、みたいな言い方はやめて下さい」

 

 マルセルは、目を見開いて、私を見た。

 

「そんな言い方は、していません」

「していますよ。考えてみれば、前からそうでした。古い知り合いで後継者でもあるから、ビアンカ様のことを良く知っている、私たちよりも自分の方がビアンカ様と近しい関係で、良く理解していると、そう思っているのでは?」

「……」

「別に、そう思う分には構いませんけれども、実際はどうなんでしょう。私には、自己満足で自分の理想を押し付けているようにしか見えません」

「そんな……こと、ありません」

 

 それは、何に対する否定だろう。

 自分の傲慢さを否定したのだろうか。それとも、自己満足などではなくビアンカ様の意に沿っている、とでも言いたいのだろうか。

 

「じゃあ、誕生日会の時、ビアンカ様はどんな顔をしていましたか。本当に心から喜んでいましたか?」

 

 勢いのまま、反則的な言葉が滑り出た。

 私自身だって、彼女に感謝の気持ちを示せる場ができて喜んでいた。マルセルに感謝すらしていた。

 その会の日程がずれてしまったのは、マルセルのせいではないし、元々計画されていた誕生日の予定を彼女がどんなに楽しみにしていたか、マルセルは知らなかった。

 だけど、これはほんの一例、直近の最もわかりやすい例でしかないのだ。そう思って、罪悪感を打ち消した。

 

「――。それは、僕が、まだここに来たばかりだから――。僕と、まだ打ち解けられていなかったから――」

 

 マルセルの意気は、しょぼしょぼと沈んでいくようだった。

 ――なんだ、喜んでいなかったと気付いていたんじゃない。

 

「私もハル達も、心の底からビアンカ様の幸せを願っています。こんな言い方をするのはおこがましいかもしれませんが、でも、私もハル達も、もうほとんどビアンカ様の家族のようなものです。――でも、あなたは違う」

 

 マルセルは、とうとうぴたりと動きを止めてしまった。

 

「あなたが従いたくないというのであれば、私がライアンさんに直接伝えに行くまでですけど。でも、他の方にはあなたから伝えて下さいね。それが、あなたの職務ですから。では、失礼します」

 

 私は、何て大人げなくて、酷い同僚なのだろう。

 だけど、私はマルセルの同僚である前に、ビアンカ様の部下で――家族なのだ。

 私は、茫然自失しているマルセルを置いて、ライアンの元へと急いだ。

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