優しくない、だから(2)
「ガロ……お前、何を聞いたんだ」
石像のように突っ立っていたガロは、俺の言葉に反応し、僅かに顔を動かした。
だが、その視線は俺の前を通り過ぎて斜め下へと落ちる。
「……何も」
「は? 今更何言ってんだ?」
誤魔化すにしても、あまりにお粗末な嘘だった。
問いただして責める気などなかったというのに、自分でもそうとわかるくらい尖った声が出た。
「そう怒んなよ、ハル。あの伯爵は、誰が喜ぶのか、とかなんとか言ってたけど、ガロはハルを喜ばせたかったんだと思うぜ? ハルがビアンカのことを好きだって言うから、ビアンカの浮気をやめさせようと必死なんだよ、ガロは」
ユーリが隣から口を出す。
「浮気って……」
そんなことは、ありえない。
ガロが聞いた話は、そんな話であるはずがない。
なのに、ガロは否定も肯定もしない。
「もういい。お前らはもう、この件に関わるな。ビアンカにも、もうこの話はするな」
「ふーん。で、どうすんだ?」
ユーリはへらへらと笑っていたが、睨みつけてやると、その笑みを収めた。
そうやって好色家のように扱われて、ビアンカがどれだけ傷つけられているのか、ユーリには想像もつかないのだろう。
彼女は、慣れているから平気よ、と言いながら、冷たい仮面の下でさめざめと涙を流しているのだ。
それを知らないから、何の申し開きもなく涼しい顔をしているビアンカのことだって、平気で詰ることができる。その下に別の表情を隠していることなんて、気付きもしない。
だけど、ガロは違う。ガロは、ビアンカの優しくて脆い部分を知っているのに、いや知っているからこそ、彼女を裏切り者だと蔑んだ。
「ガロ。お前、耳を怪我した時に、自分が言ったことを覚えているか?」
「……」
「お前は、あの時、自分は失敗したんだって言ってた。何でそう思うか、お前、説明してくれたよな?」
ガロの表情は変わらない。
でも、覚えていない、とは言わなかった。
ガロは、覚えている。ビアンカが自分自身のことを責めている、と、俺に言ったことを。
「お前が何を聞いたのか知らないけど。ビアンカが、本気で俺たちを裏切れると思ったか? 裏切り者扱いされて、傷付かないと思ったか?」
「……いや」
「何考えてるのか知らないけど、お前がそれを俺のためにしたってんなら、尚更間違ってる。俺は、お前が思っている以上に、ビアンカのことが好きだ。ビアンカが何も隠していないなんて、思ってない。でも、何を隠していたとしても、俺がビアンカのことを好きなことは変わらない」
「……ああ、悪かった」
「お前にはもう聞かない。俺が、ビアンカと直接話すから」
別に、無理に聞き出して、真実を知りたいわけじゃない。
そこにどんな事実があったとしても、俺がビアンカが好きなことは変わらない。
好きで、傍にいたくて、甘やかしたい。
だからこそ、その、きっと優しくない事実を聞き出して、受け止めたかった。ビアンカが苦しむことなんてない、と言って、そっと仮面を剥がしたい。頬に伝う涙を、しっぽで拭いたい。
ビアンカが、俺の目の届かない、どこか遠くで泣いているのが嫌だった。




