招待状
大して広くもない応接間で獣人に囲まれたマルセルは、ちょっと居心地が悪そうな顔で笑っている。
困らせてしまうことは百も承知だったけれど、僕がお願いして、来てもらったのだ。
本当はそんなことしなくても、僕の口から伝えても良かった。
マルセルだって、それを望んでいた。
でもそれは、獣人に近付きたくない、とか、そういうネガティブな気持ちからくるものではない。
ただ、遠慮しているんだと思う。あるいは、尊重してくれている、と言い換えても良い。
とにかく、僕たちの領分を侵すまい、としているみたいだった。
そういうマルセルだからこそ、僕は仲良くなりたい、と思ったし、ハルたちとも仲良くなって欲しい、と思った。
「すみません、わざわざ集まっていただいて」
マルセルが穏やかに言ったけれど、案の定誰も返事をしなかった。
ハルはさておき、ユーリとガロは値踏みするような、その鋭い視線を隠そうともしない。
「ううん、マルセルこそありがとう。僕たちはみんな、暇だから大丈夫だよ。だから、えーっと、僕たちは問題ないから、お話、続けて?」
不機嫌顔で無口なのはいつものことだから気にしないで、と言いかけたけど、飲み込んだ。
そんなことを言ったら、ユーリはますます不機嫌を顕わにしそうだった。
聡いマルセルは、それを悟ってくれたのか、「ありがとう」と言って微笑んだ。
「実は今、屋敷の使用人で、ビアンカ様の誕生日の祝賀会を準備しています」
やっぱり誰も、何も言わない。
でも、僕にはわかった。みんな、この話に関心を持っている。
耳やしっぽが動かないのはさすがだと思うけれど、その表情からは、先程までのけだるげな感じがすっかり抜け落ちていた。
「祝賀会といっても、使用人とヘレンキース伯爵様だけが参加するだけの、小さな会です。ただ、会場を飾り付けて、ビアンカ様が好きな食べ物を沢山並べて、日頃の感謝を伝えたいと思っています。良ければ皆さんにも参加してもらえればと思っています」
すごく良い案だと思う。
なのに、ハルは難しい顔で考え込み始めるし、ユーリは何故か僕の方を睨んで来るし、ガロは――ガロはいつも通りの仏頂面だ。
「ユーリ、僕に言いたいことでもあるの」
まずは、その鬱陶しい視線から対処することにした。
「……別に。つーか、いつなんだよ、そのビアンカの誕生日は」
ええと、と記憶を辿っているうちに、マルセルの方が先に口を開いた。
「ビアンカ様の誕生日は、来月の休日に当たる日で――」とすらすらと言葉を紡ぐ。
さすがだなあ、と見入っていると、淀みなく動く口の上で、小さな山を描いていた眉が急に八の字になった。
「ああ、でも、とても残念なのですが、当日は予定があるそうで……。なので、誕生日会はその前日に開催することになりそうです」
「誕生日会ー?」
「いえ、誕生日の祝賀会、でしたね」
ユーリが皮肉たっぷりにマルセルの言葉を繰り返すと、マルセルは慌てて訂正した。
別に、誕生日会、でもいいのに。どうせみんな、「祝賀会」の意味なんて知らないだろう。
いや、ユーリは知っているのか。その堅苦しい響きを知っているからこそ、「誕生日会」と言ってしまったマルセルを嘲笑ったんだ。
「俺は、参加する」
ずっと黙り込んでいたハルが、不意に発言した。
「ユーリとガロも、参加するんだろ」
そう続けると、二人の顔を見回した。
「……ああ」
「…………わかったよ」
その視線がかち合うと、ガロは無表情のまま、ユーリは渋々、といった様子で、それぞれ頷いた。
マルセルは、ほっとしたように「ありがとうございます」と言った。
――ああ、良かった。
僕もほっとして、一仕事終えたような、そんな清々しい気持ちで、部屋を後にするマルセルを見送った。
でも、晴れ晴れとした気分は、五秒と続かない。部屋の中に視線を戻すと、ユーリの薄笑いが目に入ってきた。なんだか嫌な予感がして、気分は俄かに翳り出す。
「お前も、よくやるよなー」
「……何それ」
「何って、お前知らないのか? 獣人には普通、誕生日なんてものないんだぜ? 急に誕生日会とか言われてもな。しかも、あんなぽっと出のやつに誘われて、良い気しないだろ」
ユーリ達には誕生日がない。改めて聞いたことはないけれど、そうだろうなとは思っていた。だから、知らなかったわけではない。
でも、それがビアンカの誕生日を祝わない理由にはならないんじゃないか、と僕は思う。
だけど、それが上手く説明できない。何故なら、僕には誕生日があるから。
僕が表情だけで抗議していると、ハルが代わりに口を開いた。
「別に怒るようなことじゃないだろ。マルセルの誕生日会じゃなくて、ビアンカの誕生日会なんだから」
「俺はあいつの、もしかしてビアンカ様の誕生日知らないんですかー? みたいな顔がむかつくって言ったんだよ。つーか、ハルもハルだ。ビアンカの誕生日くらい、あいつより先に答えろよ」
そう言捨てて、ユーリはぷいとそっぽを向いた。
とんだ八つ当たりだ。
どうもユーリは、マルセルを毛嫌いしている。人間嫌い、とはちょっと違う、毛嫌いだ。
なんでだろう。案外、同族嫌悪だったりするのかな。
二人は正反対な性格をしているはずなんだけど、どこか通じる所がある。マルセルの器用な一面を見た時なんかは特に、なんだかユーリみたいだなあ、と無意識にそう考えてしまう時があった。
だから、多分、二人の相性が最悪とかそういうわけじゃないと思う。ユーリだって、本気でマルセルを嫌っているわけではない。……多分。
それにガロやハルだって、マルセルのことを警戒しているかもしれないけど、嫌いってわけじゃない。
みんなに仲良くしてほしいだなんて、それは僕のエゴだってわかっているけれど、でもやっぱり僕の好きな人たちが互いにピリピリしているのは、あんまり見たくない。




