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本当の目的(2)

2023/11/10 加筆修正しました。

「ちょっと、何しているの!」

 

 ユーリの咆哮から、ほんの数秒も経たないうちに、ビアンカが部屋のドアを開けた。

 ユーリが、凍り付いたように動きを止める。

 ビアンカの声はそれほど張り上げたものではなかったが、鋭い響きがあった。

 

「ユーリ、ハルを離して」

 

 ビアンカは、柳眉をひそめてそう言った後、はっとした顔をした。

 ユーリはビアンカに背を向けていた。ビアンカにはユーリの顔は見えないだろう。だが、その震える背中に気が付いたのかもしれない。

 ユーリは、ビアンカを振り返りもせず、だらりと両腕から力を抜いた。俺の左腕から、ユーリの鋭い爪が離れる。

 それを確認すると、ビアンカは小さく息をつき、部屋の中へと踏み込んだ。

 

「その血は、ハルのもの? ユーリのもの?」

 

 ビアンカは、うなだれたまま立ち尽くすユーリを検分すると、その右手を指さし、そう尋ねた。

 俺の左腕から流れた血が、ユーリの指先を汚していた。

 

「ハルの血……です……」

 

 か細く震える声だった。

 ユーリは、鞭痕が残る上腕を片手で抱えながら、これから待ち受ける恐怖に怯えている。

 ビアンカが、「そう、じゃあ、ハルは出て」と言うと、その肩がびくりと大きく揺れた。

 俺は、その場から動けなかった。

 俺には、ビアンカがそれほどひどい折檻をするとは思えない。それでもやはり、二人を部屋に残すことには抵抗があった。

 だが――

 

「ユーリはもう、休んで」

 

 続くビアンカの言葉は、俺たちの想像とは全く異なるものだった。

 え、と目を向けると、ビアンカは既にこちらに背を向け、廊下へと足を踏み出している。

 一方のユーリは、目を見開いたままどこか虚空を見ていて、返事もできない様子だった。

 

「もう時間よ」

 

 ビアンカは、ユーリへの興味を失ったかのように、ただ、俺に退室を促している。

 俺は、そろそろと足を動かした。

 こんな状態のユーリを残していくのは、心配だ。

 でも、どうしようもできない。ビアンカが何かを説明したところで聞き入れるとも思えないし、俺は説明するだけの真実を知らなかった。

 

 部屋を出て、閉じていく扉の向こう側に目を向ける。ユーリの姿は最後までぴくりとも動かず、バタンという音と共に俺の視界から消えた。

 それと入れ替わるかのように、ビアンカの背中が俺の視界の真ん中を陣取り、ガチャガチャと音を立てる。

 ぼんやりと眺めているうち、その背中が振り返り、茶色い目が俺を見上げた。

 

「これで、押さえてちょうだい。血が垂れてる」

 

 ビアンカは片手に鍵束を、もう片手に白い布を持っている。

 はたと見ると、左の前腕から流れた血が、指先まで流れて、今にも床を汚すところだった。

 俺はその布を無言で受け取り、生傷に当てた。

 

「一階で手当てするから、ついてきて」

 

 ビアンカは踵を返すと、階段へと続くドアを開け、階下へと歩を進めた。俺は何も言わず、その後をついて行った。

 目の前にある、すっと伸びたその背中は、俺の部屋で氷像のようになっていた女性のものよりも一回り大きく見える。

 シオンには、ユーリには、どう見えているのだろう。彼らの口から語られるビアンカと俺が見たビアンカ、それから今目の前にいるビアンカ。どれもどこかちぐはぐで重ならない。どれが本当のビアンカだと言うのだろう。

 

 ビアンカは、一階の最奥の部屋の前で止まると、そのドアを開けて、「入って」と俺を促した。

 

「その椅子に座ってちょうだい」

 

 ビアンカは、部屋の中央を指さした。そこに、机と二脚の木製の椅子が一揃えに配置されている。

 俺は、ドアを背にした側の椅子を引き、座った。

 視界の先、部屋の奥には、俺たちの部屋のものとは違う、真っ白なベッドが置かれている。その更に奥には窓があった。窓には二枚のカーテンが引かれていたが、その隙間から真っ暗な空が覗いている。

 横でガタン、と音がした。

 それは、部屋の壁に沿って置かれた棚の一つが開けられた音のようだった。

 ビアンカはそこから重たそうに小箱を取り出すと、机の上に置き、俺と向い合せの席に腰かけた。

 それから慣れた手つきで小箱の留め金を開き、中から、瓶や包帯や、小さな綿布のようなものを取り出して、箱の横に並べていく。

 

「腕を出してちょうだい」

 

 ビアンカが、褐色の瓶を傾けて小さな綿布を湿らせながら、言った。ツンとしたアルコールの匂いが鼻を突く。

 俺がのそのそと左腕を出すと、彼女は手にした綿布で傷口を拭き、その場所をしげしげと眺めた。

 思い出したように、傷口がジクジクと痛む。

 

「そこまで深くはなさそうね……」

 

 ビアンカは新しい綿布を傷口に当てると、包帯を手に取り、手早く手当てを進めていった。

 彼女の右手が包帯を一巻きする度に、その手首に張り付いた白い布が、ちらちらと顔を覗かせている。

 

 わからないことだらけだった。聞きたいことが山のようにあった。

 でも、俺の口をついて出た言葉は、「聞こえていたのか?」だった。

 ビアンカは、ちらりとこちらを一瞥した後、再び手元に視線を戻した。

 

「さあ……ドカン! って壁が揺れる音だけは聞こえたわね」

「……」

「聞かれたくない話でもしていたの?」

「いいや……ユーリは、魔石堀りをさせられる、って言ってた」

 

 ビアンカは、ぴたりと一瞬動きを止めた。

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