頭痛
「ヘレンキース伯爵様、何故私の無礼を許して下さったのですか?」
「くくっ……やっぱり、自覚があってやっていたのか。ということは、許される、と確信したから、そうしたんだろう?」
「確信、という程ではないですが。何だか、何でも知っているようにお見受けしたので」
「そう。まあ、君の無礼を許した理由は、概ね君の予想通りだろうね。でも、何でも知ってる、というのには、さすがの私も全面的に肯定はできないな。もちろん、大筋は知っている。報告書で5割、現地に赴いて3割把握したというところか。あとの2割は、私もまだ測り損ねているよ」
「ヘレンキース伯爵様、私は――」
「いいや、いいよ。ここで熱弁されても、私には今一つ響かないだろうから。それに、君自身、この先の身の振り方を決めかねているんだろう? まだ、ここへ来たばかりだ、それも無理はない。今の状況を良く見て、これからゆっくり決めていけば良い。ただ、ビアンカ嬢を愛しているのならば、彼女を失いたくないのなら、彼女の幸せについて、よく考えて欲しい」
頭が痛い。
一体、何なんだ。
マルセル?
名前を聞いてすぐ、ピンときた。
マルセルにあれを送っておいて、これを送っておいて、金を送っておいて――。
来週マルセルに会いに行くから、デートね、楽しみね――。
最初は、何とも思っていなかった。
気の多い人間なんて、珍しくもないし、今更なんとも思わない。
それに、ビアンカのその気質は「博愛」と呼ぶに相応しいものではないかと、むしろ好意的に受け取ることさえできた。
でも、それがハルの想い人となると、話は変わってくる。
ハルが、俺たちのような獣人が、誰かと番を共有するなんて、無理な話なのだ。
本人がいかに努力し耐え忍ぼうと、いつかはその性に押し負けてしまう。そうして悲惨な末路を辿った同胞は、一人や二人ではない。
だから、ビアンカはやめとけ、と言いたかった。
しかし、言おうと思った時には、もう遅かった。
ならば、目を瞑るべきだと思った。
思った矢先に、当のマルセルがここにやって来た。
挙句の果てに、ヘレンキース伯爵と、謀をしている。
よろよろと立ち上がり、部屋を出る。隣の部屋に押し入り、後ろ手にドアを閉めると、ベッドに横たわる男と目が合った。
ユーリは、気味悪いものを見るような顔で、こちらを見ている。
「ユーリ、お前、マルセルのこと、知ってたのか?」
お前はなんであの時、あんなに不機嫌だったんだ。
あの男が何者なのか、知っているのか。
あいつが何をしに来たのか、知っているのか。
「はあ? 知らねーけどさ、あいつ多分、ビアンカと昔から関係あると思うぜ。前にビアンカは、シオンを見ていると自分の大切な人を思い出す、って言ってたけど、それって多分、あいつのことだろ」
「……」
「あいつがビアンカの婿になるならそれでも良いかなーって思ったけど、でも、なんか癪に障るんだよな、あいつ。あ、ハルにはまだ言うなよ。お前から話すと、ろくなことにならないから」
「……」
「ていうか、顔にも出すなよ。言っておくけど、お前、ハル以上に上の空でおかしいからな。わかったら、さっさと出てけ。あと、いい加減ノックを覚えろ」
「……」
頭が痛い。
片手で頭を抱えると、ひとりでに重い溜息が出てきた。




