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めいめいの反応

 自己紹介を聞くよりも先に、わかってしまった。

 ああ、彼がマルセルか――と。

 だが、同時に、彼がマルセル――? と目を丸くしたい気持ちになった。

 

「マルセルです。宜しくお願いします」

 

 と言って微笑む青年は、いつかビアンカが話していた通り、真っ赤な瞳を持っていた。

 でも、俺の描いていたマルセル像とは違う。

 何となく、もっと幼い少年を想像していた。

 実際のマルセルは、俺たちとそう変わらない年齢に見える。

 何だか、妙な胸騒ぎがする。

 マルセルが来ているなんて、寝耳に水だった。

 その上、マルセルは立派な大人で。マルセルはビアンカの後継者で。

 

「ハル……?」

 

 ビアンカの訝し気な声で、はっとした。

 

「あ、ああ、うん、よろしく」

 

「……というわけで、こちらはハルよ」

 

 そうか、自分の名前を言うべきだったか。

 俺が呆けている間、ユーリとガロはそれぞれ名乗って自己紹介していたはずだ。

 シオンは――マルセルの横にいる。

 俺たちが屋敷に帰って来るよりも前に顔合わせを済ませていたのだろう。

 なんだか、妙ににこにことした顔で、こちらを見ている。

 

「じゃあ、まあ、挨拶も済んだことだし、解散。各々休日を楽しんで」

 

 ああ、と短い返事をして口を噤む。

 本当のところ、ビアンカを引き留めて、一体何があったのかと尋ねたかった。

 でも、マルセルが当たり前のように「じゃあ僕たちは一緒に屋敷に戻りましょうか」とビアンカを促すので、何も言えなくなった。

 家族水入らず――今まで縁もゆかりもなかったような言葉が、ふいに頭に浮かんだ。

 二人の間には、特別な絆がある。ろくに会話を交わしたわけでもないのに、何故かそれを強く感じてしまった。

 この気持ちはなんだろう。

 嫉妬とは、また違う。自分でも良い気分なのか悪い気分なのかもわからない、ひどく曖昧な感情だ。

 

 扉が閉じる音がすると同時に、無意識に一つため息が漏れた。

 残された獣人たちの顔を見渡す。めいめいが好き勝手な表情をしていたが、シオンだけは楽しそうに笑っている。

 

「シオンは、マルセルと会ったことがあったのか」

 

 シオンはにこっと笑って頷く。

 

「うん! 二回くらい、一緒に勉強したよ。マルセルさん、頭良いし、良い人だったよ」

「お前の言う良い人は、本当に良い人なのかわかんねーよ」


 隣からユーリが、うろんげに言葉を挟む。

 

「なんでよ! 僕、人を見る目には自信があるよ。僕はビアンカさんと会った時も、最初から良い人だって言ってたでしょ!」

 

 心の中で、うんうん、と相槌を打つ。

 ユーリの気持ちだって、わからないでもない。会ったばかりの「人間」に対して、「良い人」と断言するシオンは、一見すると純粋無垢で騙されやすい子供にしか見えない。

 でも、自画自賛するその言葉通り、シオンの鑑識眼は優れている。

 シオンにはシオンなりの根拠があって、マルセルを良い人だと判断したのだろう。

 俺にはその手の洞察力はない。

 ただ、マルセルが悪人でないことは知っている。ビアンカが大切にしている、彼女の弟だと、知っている。

 そう、彼の人柄は、問題じゃない。

 

「へー。じゃあ、ヘレンキース伯爵は?」

 

 二人は尚も言い争いを続けている。

 

「悪い人じゃなさそう、って言った……。だけど、別に、間違ってないでしょ?」

「へー。じゃ、俺は?」

「え? ユーリ?」

 

 ここで一瞬、シオンが詰まる。

 

「……覚えてないよ。初めてユーリを見たの、何年前だと思ってるの」

「ふーん。つまんねー」

 

 ユーリは言葉通り、心底つまらなそうに、ぷい、とそっぽを向いた。

 その様子を見て、シオンもむっと口を閉じる。

 その光景は――なんだろう、いつも通りのようで、いつも通りではない。

 ユーリがそんな風に過去のことを軽く口にするなんて、今まであっただろうか。

 

 思えば、ここに来てから結構な時間が経った。

 人が、世間が変わり始めるのに、十分な時間が経ったのだろう。

 色々なものが着実に、良い方向へと変化している。

 だけど――いや、だからこそ時々、これ以上変わらなくて良い、という思いが頭を掠める。

 今のささやかな幸せがこのまま続いてくれれば、それで良い、と。

 そんなことは叶わないと、知っている。

 こんなことばかり考えているから、俺はヘレンキース伯爵にいつまでも馬鹿にされるのだろう。

 

「それより、僕はマルセルのことを……。ね、ハルは、マルセルが気になってるんでしょ?」

 

 突然話を振られて、意識を引き戻された。

 え、と間抜けな声が出る。

 

「ハル、さっきからずっとぼんやりしているもん」

「……そうか?」

「そうだよ。ハルが心配なのもわかるけど、大丈夫だよ。あのね、僕、マルセルと話したんだけど――」

「あーもー、マルセルマルセルうるせーな。お前はオトモダチができて嬉しいだけだろ。でも、ハルはどうせ、自分の恋のライバルにしか興味ねーよ。そんで、あの男は、ビアンカと恋人になるようなタマじゃない」

 

 ユーリが一息で咆哮し、シオンはぽかんと口を開けたまま言葉を止める。

 ユーリはマルセルに興味がないのかと思っていたが、どうもそういうわけでもないらしい。

 よくわからないが、何かが気に食わないようだ。

 ――それにしても、なんでいちいち、俺の話にすげ替えるんだ。

 文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、ユーリは「部屋に戻る」と言って、不機嫌そうな足取りでさっさと部屋を出て行ってしまった。

 

「はあ……。それで? マルセルがなんだって?」

「いや……えっと、マルセルはビアンカさんを尊敬しているんだって」

「そうか」

「うん……」

 

 おかげ様で、随分と尻すぼみな会話になってしまった。

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