暮れの景色
お土産をしこたま買って、おまけに知らない人からもいくつか贈り物をもらって、満ち足りた気分で歩いていると、視界の端に、また小さな影が見えた。
先程とは違う模様をしていたけれど、どうやらそれもまた猫のようだった。
「ハル、猫がいる」
私は、その小さい生き物を指で示してみた。
それは、猫への興味半分、ハルへの興味半分の言動だった。
時々、どうにも悪戯心が疼いてしまうのだ。
一体ハルは、どういう反応をするのだろうか。
にやにやとしながら見てると、ハルは、「捕まえて来る」と言った。
「え?」
「ビアンカが、猫が欲しいというなら、俺が捕まえてくる」
「い、いらないよ」
「ちょっと連れて来るだけだ」
「いや、でも、ほら、そんなことして、私が猫にメロメロになったらどうするの」
「あの猫は雌だから、そうなったとしても、少しくらい我慢できる」
そういう問題なのだろうか。
ハルは両手に沢山の荷物を抱えているくせに、自信満々にそちらに向かおうとする。
「ちょっと、ハル、本当にいらないから。ちょっと近くで見れればそれでいいから!」
「……そうか?」
ようやく止まったハルを見て、そうだった、と思い出す。
ハルをからかおうとすると、往々にして私の方が痛い目に遭うのだ。
猫は一瞬鬱陶しそうにハルを見た後、のたのたと街外れの小高い丘を目指した。
「ほら、一緒に、ちょっとだけ近付いてみよう」
そう言うとハルは頷いたが、その後すぐに、おろおろとし始めた。
自分の両手を見比べた後、左手に持っていた荷物を、既に荷物でいっぱいの右腕の中に無理矢理収めようと試み始めた。
「ハル、私持つよ」
「いや、でも……」
「こう見えても、ハルを投げ飛ばせるくらいの腕力はあるのよ」
「……そうだな、ありがとう、ビアンカ」
ありがとうも何も、私の荷物なのに。
ハルは、私の左手に嵩張るお菓子の袋を託すと、開いた手で私の右手を握った。
「お土産は、もっと最後に買うべきだったわね。迎えの馬車が来るまで、丘で休もうか」
「ああ、悪い。俺がもっと沢山荷物を持てたら良かったんだけど」
前を行く猫が、私たちのことをちらちらと振り返っている。
私たちに興味を示してくれているのだろうか。
と、淡い期待を持っていたが、どうも違うようだった。
猫は、突然脱兎のごとく走り出し、またしてもどこかへと姿を消してしまった。
「ああ……」
私が落胆の声を上げると、ハルが気遣わし気な顔を向けてきた。
だから、ハルが何かを言うより先に「ま、いっか」と声に出した。
そうでもしないと、また、「俺のせいで……」とかなんとか言い出しそうな気がした。
「ハル、ちょっと座って休もう。荷物も、少しくらい地面に置いても大丈夫だから」
「ああ、わかった」
一旦ハルから手を離し、下草が生い茂るゆるい斜面に腰を下ろす。ハルも、それに倣うように私の隣に座った。
ここからは、街並みが良く見える。
傾きかけた陽に照らされる街は、まだ活気に溢れているというのに、私の目には侘しく映った。
私にとっての今日は、もうすぐ終わってしまうのだ。
「ビアンカ、俺、次に猫を見つけたら、ちゃんと捕まえるから」
隣で同じ景色を見つめるハルが、私に言った。
「うーん、でも、猫のしっぽより、ハルのしっぽの方が良いんでしょう?」
「……まあ、それはそうだ」
「猫はいいから、次は、ピクニックに行きたい」
「ピクニック……?」
「そう。あんまり人がいない小山に登って、お弁当を食べるの。その時は、コートなんて着ないでいいから、ハルのしっぽに触れる」
「……じゃあ俺はそこで、オムレツとパンケーキを作る」
「ハルは、料理ができるの?」
「野営で煮炊きはしてきたから、できる、はずだ」
「じゃあ、私の誕生日は、パンケーキ作ってお祝いしてほしい」
「誕生日、もうすぐなのか?」
「うん。ハルは?」
「俺は、自分がいつ生まれたか、知らないんだ」
「じゃあ、ハルも私と同じ日ってことにしよう。そしたら私も一緒にお祝いできるから」
「わかった」
「ハルはさ、私が無一文になったりしても、一緒にいてくれる?」
「もちろんだ」
「もちろん、なんだ」
ふふ、と笑いが漏れる。
楽しさと疲れが入り混じって、ふわふわと妙な心地が続いていた。
「前にも言ったけど、ハルは私に優しすぎるよね」
「そうか?」
「うん。それに、嫉妬の仕方がすっごく変」
「……悪い」
「でも、そのまま変なままでいて欲しい。そしたら私、ハルの気持ち、ずっと信じられるから」
隣で、衣擦れの音がした。
本当は、とっくの昔にわかっていた。
ただ、怖かっただけだ。
「ハル、今日は誘ってくれてありがとう」
私は多分、この景色を一生忘れないんだろうな、と思う。
今日はすごく楽しくて、すごく特別な一日になった。
こんな日がずっと続くのならば、私はとても幸せだろう。
そっと肩に腕が回されるのを感じて、私は静かに目を閉じた。
第二章完。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この後、三章と番外編がちょろちょろ続きます。
三章は難産になるかもしれませんが、好き勝手な番外編が書きたいので、乗り越えて幸せな結末を目指します!




