怒ってない
サンドイッチを食べ、ケーキを食べ、それが終わるとお茶がやってきた。
ビアンカが、熱い茶を少しずつ飲んで、それから俺に目配せして微笑む。
こうやって飲むのよ、と示しているようにも見えるし、ただ俺に笑いかけてくれているようにも見える。
どうしてだろう。今日のビアンカは、いつもより質素な服を着ているはずなのに、いつもより眩しくて仕方がない。
俺の恋人だ、彼女は今俺とデートしているんだ、と思うと、一層キラキラと光って見えるようだった。
その輝きが、ちょっと怖い。
夜闇で灯に引き寄せられる羽虫のように、どこぞの男がビアンカに近寄って来るのではないかと、不安に駆られる。
どうやら世の人間たちは、ビアンカが悪女なんかではないと、気が付き始めている。
ビアンカを好色家だと勘違いして近付く男は殴り倒したくなるくらい腹が立つが、かといって素のビアンカに惹かれる男も、俺にとっては歓迎しがたいものだ。
この店にいる人間にしたってそうだ。客は番が多いけれど、そうでない男、例えばケーキを運んできた男なんかは、怪しい。
黙って皿を置けば良いのに、ビアンカに近付いて、笑いかけて、話しかけた。
それに応対した後、ビアンカも嬉しそうな顔をするものだから、俺は尚更――。
「……ビアンカは、サンドイッチが好きだと聞いたけど、」
「うん」
「ケーキも好きなのか?」
「まあ、そうね」
「ウォルターは、ケーキの作り方を知っているか?」
「ウォルター? さあ……作れるくらい器用そうではあるけど……でもあの詰所はそれほど設備が整っていないから……」
「作れないのか?」
「ええ……多分、パンケーキを作るのが精一杯……」
「パンケーキ。パンケーキは美味いのか?」
「……うん……」
ビアンカが、躊躇いがちに答えた。
気付けば、随分とビアンカの声音が弱々しくなっている。
はっとしてビアンカの顔に目を向けると、そこには困ったような表情が浮かんでいた。
必死になって質問責めにしているうちに、まるで怒気を孕んでいるかのように、変に語勢が強くなっていたみたいだった。
「わ、悪い、俺、また……。その、怒っているわけじゃないんだ……」
「……うん。ハルは、ここのケーキは、あんまり好きじゃない?」
なんとなく悲し気な声を聞いて、俺も悲しい気持ちになりそうになる。
悲しい、というか、情けない。
カップの中の凪いだ水面に目を落としながら、おずおずと口を開いた。
「……ケーキに嫉妬していた」
「へ?」
ビアンカは、素っ頓狂な声を上げた。
俺だって、こんなに情けなくて恥ずかしいことを言いたくない。
でも、それを避けて変な誤解を生む方が嫌だった。
「俺は、猫とかケーキにも嫉妬してしまうみたいだ……。俺よりも、ビアンカのことを喜ばせているみたいに見えて……。変な態度を取って、ごめん」
今更、ユーリの言葉が脳裏に蘇ってきた。
もっと真剣に聞いて、注意しておくべきだった。
知らなかったのだ。自分が、こんなに嫉妬深い男だったなんて。
俺は、理由なく嫉妬したりしないし、したとしても、ただビアンカを守りたい気持ちが強くなり過ぎたものだって、そう信じていた。
でも、ビアンカの緩んだ笑顔が自分以外のものに向けられるのを目の当たりにして、ようやく自覚した。
ビアンカは、呆れているだろうか。
覚悟を決めて、顔を上げる。
すると、ビアンカは――口元に手を当てて笑っていた。
俺と目が合うと、「嫉妬なんだ」と言って、くすくすと笑い声を上げた。
「うーん、ハルは、わかってないなあ。ケーキは一人で食べても、まあ美味しいけど、あんまり楽しくはないと思う」
そう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
――俺に向けられた笑顔。
それがいやに眩しくて、目が眩んで、心臓がどきどきと脈打つ。
「……なら、ビアンカだって、わかってない」
思わず口から言葉がこぼれ出ていた。
「うん?」
「俺がなんで、そんなものに嫉妬してしまうのか。……俺が、ちょっとおかしくなるくらいビアンカのことを好きだってこと」
そう言うと、少女のような笑顔はすうっと引いてしまった。代わりに澄ましたような顔が戻ってくる。
でも俺は、後悔はしていなかった。
それに、目を逸らして「そう」と呟くその顔だって、今の俺には可愛らしく不貞腐れているように見える。
どうやらビアンカは、照れ屋らしい、と俺にもわかってきた。
ビアンカは、照れている時、時々怒っているような顔をするらしい。
服を着替えさせてくれたマリーから、その話を聞いた時、じゃあ本当に怒っている時とどう区別すれば良いんだ、と戸惑った。
でも、怖がらずにちゃんとビアンカを見ていれば、ちゃんとわかる。
ビアンカは、「人間の女性」じゃなくて、照れ屋で可愛くて複雑な、ビアンカなのだ。




