狼の方が良い(2)
「どこに行くんだ?」
半歩後ろを歩くハルが、なんとなく落ち着きない声で尋ねる。
「お昼ごはんのお店。マリーにおすすめを教えてもらったの」
「店に入るのか?」
「そうよ」
「俺が入っても大丈夫だろうか……」
「大丈夫よ。軽食のお店だし、マリーはその辺抜かりないから」
そんな風に偉そうに受け答えをしてはみたが、実のところ私もあまり自信はなかった。
食事マナーを気にするような店ではないけれど、逆にこういった店でのマナーをよく知らない。
気にするようなマナーはないとマリーに言われてはいるものの、慣れない場所に行くのはやっぱりなんとなく緊張する。
それに、ハルがいることも私の緊張を助長している気がした。
食事くらい、と思うけれど、ハルが来てからそれなりに長い時間が経つのに、私たちは一緒に食事を摂ったことがほとんどなかった。
歩きながら、私たちは二人してそれぞれ悩みこんでいたみたいだった。
会話がふつと途切れて、その隙を突くように「あのう……すみません」と声を掛けられた。
振り返ると、カゴを手にした知らない壮年の男が立っていて、私たちの顔を交互に、きょろきょろと見比べている。
何だろう、と思っているうち、つないだ手に僅かに力が込められたことに気が付いた。
ハルが、警戒している。
男もそのことに気が付いたようで、慌てたように「すみません!」と謝った。
「邪魔をするつもりはなかったんです! つまり、その、ビアンカ様とハルさんですよね?」
「いえ、人違いです」
即答してから、しまった間違えた、と気付く。
咄嗟のことで、貴族みたいな笑みを浮かべてしまった。
こうじゃない。どうしよう。
今更、そんなわけないじゃないですか! と笑い飛ばしても、それって誰ですか? と聞き返しても、もう遅いだろうか。
せめて、ハルじゃないって、伝えたい。
獣人が街にいると知れたら、どうなってしまうのだろう。
内心焦る私の前で、しかし、男は「すみません、そうですよね」と答えた。
それが男の本心なのかわからないけれど、とにかく逃げよう。
「では、失礼します」
早口でそう告げ逃げ足を踏み出したところに、「待って下さい!」と言いながら男が飛び出してきて、退路を塞がれた。
「おい」
ハルの低い声が空気を震わせる。
つないでいた手をぐいっと引かれ、気付けば私はハルの左腕の中にすっぽりと収まっていた。
ぎゅっと背中に寄せられた腕から、ハルが一層警戒を強めたことを感じる。
でも、男は引かなかったようで、言葉を続けた。
「すみません! でも、私はただの通りすがりの飴細工職人です! その、お二人のような素敵なカップルに飴を受け取っていただきたいのです」
「はあ? アメ?」
飴……?
そうっと振り返ると、先端に茶色い何かがくっついた棒が二本、男の手に収まっているのが見えた。
「実は私、妹が東第四発電所で働いておりまして。その妹が、ビアンカ様とハルさんにとてもお世話になったそうなんです。それでいつか感謝を伝えたいと思っていたところに、似た雰囲気のお二人を見つけたもので、浮かれてしまいました」
「……私たち、そんなに似てますか?」
心持ち力が抜けたハルの左腕を押し下げながら尋ねると、男は「ええと……」と言いながら、棒を持っていない方の手でこめかみを掻いた。
「似てると言うか、目立つ格好をしておられるので……。でも、この街には、お二人にはとても感謝している人が多いんです。だから、気が付いたからといって、危害を与えるようなことはないです。あと、他の連中にも、騒ぎ立てないように言っておきます。でも、もし失礼じゃなければ、感謝の品を受け取ってもらったら、あいつらの気持ちも収まると思います……」
男は、へらへらと笑いながらこめかみを掻き続けている。
変な心地がした。でも、悪い気持ちじゃなかった。
「そうですか……じゃあ、その二人に代わって、ありがたくいただきます」
私は、なんだかほかほかとした気分になって、飴を受け取ろうと手を伸ばした。
だけど、それよりも早く、ハルの手がむしり取るようにして男の手からそれを引っこ抜いた。
「……なんで、犬なんだ」
ハルが、手にした飴をじいっと見ながら言った。
近くで見てみると、それは確かに、犬だった。半分茶色で半分白い、ふくふくと可愛らしい犬の造形をしている。
「え、猫の方が良かったでしょうか」
「違う。ハルは狼なのに、なんで犬を作ってきたんだって聞いてる」
「えっ……あ……」
男は目を白黒とさせている。
そこまで気が回らなかったのか、それともハルが犬の獣人だと思っていたのかわからないけれど、なんだか不憫だった。
「いいじゃない別に。この犬も、すごく、かわいい」
そう助け船を出すと、男は、今度はぱっと花を咲かせたように顔を輝かせた。
「あ、ありがとうございます! では、本当に、デートのお邪魔してしまい、すみませんでした。今日は、楽しんで行って下さいね!」
男はそれだけ言い残し、ぴゅーっと去って行った。
ハルが獣人だと気付いていただろうに、何も言わなかった。
それに、デート、だって。
悪女と獣人を素敵なカップルと呼んで、贈り物をくれた。
すごく、不思議な感じがした。
貴族社会にも平民社会にも受け入れられなくて、私が笑って過ごせる場所なんてないと思っていたのに、近頃はそうじゃないらしい。
こんな場所いつでも捨てられる、と思っていたのに、最近は全然そう思えない。
ハルは、どう思ったかな。
高い位置にある顔を見上げると、ハルはまだ、可愛い二匹のわんことにらめっこをしていた。
「ハル……それって、食べ物なのよ」
「食べ物……これが?」
信じられないのは、とてもよくわかる。
私だって、実物は初めて見るのだ。言われなければ飾りだと信じていたと思う。
「もしハルの形の飴を渡されていたら、食べずらいでしょ」
そう言うと、ようやくハルは納得したように「なるほど……」と言った。




