嫉妬する男
また今日から仕事か、と思うと気が滅入る。
車に乗り込む時、ちらっと見えたビアンカの姿は当たり前ながらもう完全に素面で、ちぇっと内心で舌打ちする。
それから、そのビアンカの顔を見て顔を緩ませるハルを見て、むかむかとした気分になる。
俺だって、酔って可愛いビアンカともう少し一緒にいたかった。
俺だって、頼られてみたかった。あともう少しで、「ありがとう、ユーリ」と言って擦り寄ってくれるところだったのに。
千載一遇のチャンスを、ハルに奪われた。
ハルはいつでも誰かに頼られているくせに、俺がビアンカに寄り掛かられることを少しも許そうとしなかった。
「酔ってたビアンカ、可愛かったな」
むかつくから、声に出して言ってやると、正面に座るハルが、じろっとこちらに半眼を寄越した。
さっきまでのにやけ顔は鳴りを潜めている。
「なんだよ。俺、なんか変なこと言ったか?」
どんどん不機嫌な表情になっていくハルを見てると、なんとなく溜飲が下がる気がする。
別に、ハルを怒らせたいわけじゃないけど。
「黙って不機嫌になられても、困るんだけど」
「……嫉妬した、って答えれば満足かよ」
吐き捨てるような声を聞いて、思わず笑いが漏れてしまう。
どうでも良さそうな顔をしているけれど、ハルは内心恥ずかしいに違いない。
だって、あれは誰がどう見ても嫉妬していた。しかも、俺なんかに。
「ハルはすぐ嫉妬するらしいから、俺らも気をつけねーとだな?」
口の端を持ち上げたまま、隣に座るガロに顔を向けると、ガロもまた、不機嫌そうな顔をしていた。
いつもの表情を装っているつもりなんだろうけど、うっすらと感情が漏れ出ている。
「……ハル。もしかして、ビアンカのこと、異性として好きなのか?」
「はあ? まだ気付いてなかったのかよ」
ガロがあまりに鈍すぎて、思わず口を出してしまった。
言ってから、僅かに後悔する。ハルが何と答えるか、聞いてみたかった気がする。
今更口を閉じてハルの方を見てみても、むすっとした顔で黙っているだけだった。
「自分が今までいかにハルの恋路を邪魔していたか、やっとわかったか?」
「……俺は邪魔はしていない」
「あっそ」
相変わらず、鈍い。
「で? ハルがビアンカのことを好きだったら、どうするって言うんだ?」
「別にどうもしない……が、ただ、混乱してた。ビアンカは、別の人ともデートする、という話を耳にしていたから」
「はあ? 別にあちこちとデートすることなんて、人間の間じゃ珍しいことでもねーよ。でも、ハルが嫉妬深いから気をつけよう、って言ったそばからハルの目の前でそれを言うなんて、相当空気読めてないと思うけどな」
「……悪い」
ガロは、視線をうろうろと彷徨わせた。
というから、さっきからちらちらとハルの様子を窺っているようだった。
どうもしない、と言いつつ、本当はそのことをハルに伝えたかったんだろう。
こいつらが持つ狼の性は、番が他の男と関係を持つことなんて、許せないことなのかもしれない。
でも、それを聞いても、ハルは相変わらずむっつりと黙っているだけだった。
「ま、嫉妬深すぎる男は嫌われるから気をつけろよ」
からかうつもりで口にしたけれど、言い終わってから、案外真っ当なアドバイスだな、と思った。
ハルは聞いてるのか聞いていないのかわからない、はあ、というため息で返事をした。
でも、ハルもきっと、俺の言うことが正しいってわかり始めているはずだ。




