本当の目的(1)
部屋に入ると、ユーリは部屋の隅で、膝を抱えて床に座りこんでいた。
他の二人と同じく真新しい服を着ていたが、打撲痕は剥き出しで、ユーリだけ手当てを受けていないようだった。
ユーリが人間に触られることを拒否したことは、想像に難くない。
「ユーリ、大丈夫か?」
俺が立ったまま声をかけると、ユーリはうろんな表情で「ああ」と答えた。
体はきっと、そこまで辛くないのだろう。だが、薄暗い雰囲気を漂わせていた。いつものことと言えば、それまでだが、ユーリがこの状況を快く思っていないことは一目瞭然だった。
それでも、根気よく励ます余裕などなかった。俺に与えられた時間は五分だ。伝えるべきことを、話すしかなかった。
「そうか、良かったよ。なあ、ユーリ。俺はしばらくはここで働こうと思う。お前は人間の家で働きたくないだろうけど、ビアンカはそんなに悪い人間ではない。だから、お前も……」
そこまで言ったところで、ユーリが「グヴゥ」と唸った。
ユーリは牙を剥き、こちらを睨みつけていた。
「随分と手懐けられたみたいだな? 俺たちよりあの女の方が気に入ったか?」
「ユーリ、そうじゃない」
「今日は一体何していたんだ? お前からあの女の臭い匂いがぷんぷんしている」
それは、ガロにも指摘されたことだった。
俺は用意していた言葉を、ゆっくりと吐く。
「……石鹸の匂いだ。今日は屋敷の風呂に入れられた後、ビアンカと一緒に風呂掃除をしていたから」
ユーリは、「は……」と鼻で嗤った。
「それで、明日からも一緒に風呂掃除しましょうって言われたのか?」
「いや……」
「じゃあ、何をするんだ?」
「さあ、聞いていないが……。でも少なくとも、あの猟師が言っていたような、そういう仕事ではない」
「猟師……? ああ、本気にしてたのか? 俺たちみたいな汚い獣人が、貴族の女の愛人になるって?」
「……」
ユーリはさもおかしそうに笑った。
苛々とした感情が沸き上がるのを感じ、拳を握りしめた。
「じゃあ、お前はどうするつもりなんだ」
俺は、鋭い声で尋ねた。
「……さあな、無理やり働かされた後に殺されるんだろうな」
「そんなことにはならない」
「は……、お前ってほんと馬鹿だな」
「なんだと……?」
「ぬくぬくと生きてきた坊ちゃんと、恵まれた傭兵様には想像もできないんだろうな。頭の中がお花畑のまま国を出て、こうして捕まっているんだから、笑えるよ」
「お前……!」
俺は堪え切れずに、ユーリのシャツの胸倉をつかんで引き上げていた。ユーリの体が浮き上がり、爪先立ちのような恰好になった。
ユーリは俺を正面から睨みつけると、怒号をあげた。
「俺らは、魔石堀りをさせられるんだよ!」
魔石掘り――その愕然とする響きが頭に届いた時、体中に嫌な緊張が走った。
握りしめた右手が脱力し、そこからするりとユーリのシャツが抜け落ちる。
それを見計らったように薙がれたユーリの右の拳が、俺の左の頬を捉えた。萎えていた体は、その存外に強い力を受け流すこともできず、そのまま壁にドカッと当たった。周囲の机が、その煽りを受けてカタカタと揺れる。
ユーリは再び腕を振り上げた。反撃する気持ちにもなれなかった。
振り下ろされるユーリの腕を、左腕で受け止めて、じっと耐えた。
――ユーリはこの部屋でずっと、一人で怯えていたのだろう。少なくともユーリにとっては、ユーリの知ることだけが真実なのだから。
血の匂いがあたりに立ち込めたが、俺はされるがままでいた。




