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おんりーらぶ!?【第二部】  作者: コー
東の大陸『アイルーク』編2
40/68

番外編『最近忙しい』

―――***―――


「サクさん。はい、依頼の報酬」

「ん? ああ、ありがとう。悪いな、任せてしまって」


 アイルーク大陸のとある村。


 一行は現在アイルークの主要都市であるヘヴンズゲートへ向かっているところなのだが、どうやらその途中の町や村は栄えていないらしい。

 この村も最低限の施設の他には小さな家屋がポツポツと立っている程度で、昨夜自分たちが宿泊したのも宿屋というより村人たちの避難所のような場所だった。

 アイルークに着いてからというものどたばたとしていたから、少しは羽を伸ばしたいところだったのだが、居心地はあまり良くなく、空もどんよりとした雲が覆っていた。

 生憎昨日から天気には恵まれておらず、今にも降り出しそうではあるが、何とか持ち堪えているようだった。

 降るなら早く振って欲しいというのに。


 エリーが指し出した封筒を、村の外れの森で身体を動かしていたサクが一礼して受け取った。

 口調や鋭い目つきから他を威圧するような印象を受けやすいが、彼女は非常に礼儀正しい。こういうところが、エリーがサクを好ましく思っている理由でもある。


「わざわざ探してくれたのはありがたいが、皆が揃ってからでもよかったのに」

「全員のお金持って歩き回るのも落ち着かないし。それに、なんだかんだ言って集まり悪いからね」

「目を離すと消える奴が多いからな……。すまない」


 サクが謝罪のようにも同情するようにも見える瞳を向けてくる。

 そんな彼女は、“とある男”の従者ということになっているらしい。

 そしてそのとある男は、目を離すと消える奴の筆頭候補だったりする。

 まるで我が事のように捉えている様子に、エリーは首を振って応じた。彼女に非は無い。


「それで、他の面々は?」

「サクさんが最初。小さな村なのに見当たりもしない……。あたしが依頼所に行っている間に……一体どうなってるのよ」


 ほら見たことかと言ったように、エリーは懐に入れた複数の封筒を眺めた。

 この中には、昨日達成した依頼の報酬が入っている。先ほど、エリーが依頼所で人数分に分けたものだ。


 今まで割と適当に分配していたのだが、流石にそろそろ人数も増えてきており、下手な禍根を残さぬようにきっちりと管理することになったのだった。

 そうなると、そういうことができそうな人物は限られてくる。

 面々を見返すと、確かにしっかりした人間もいるのだが、論外レベルの人間が多すぎる。個々の資金や共益費まで考えると、今までもそうした役回りだったエリーが適任のようだった。

 貧乏くじを引かされたと思ったが、冷静に考えるとやはり自分が適任だったりするのが虚しい。


「すまないな。私も協力しようか?」

「あ、いいわよ。邪魔しちゃ悪いし。サクさんには日ごろ“あっち”の方守ってもらってるしね」

「しっ」


 サクの目つきが鋭くなり、狩猟動物のように森の木の枝一本に至るまで周囲の気配を探り始めた。

 失言だったとエリーも口を押える。


「エリーさん」

「ご、ごめん。軽率だったわ」


 サクが主な担当になっているのは、いわゆる金庫番だ。

 金庫番と言っても、旅の共益費を守っているわけではない。

 エリーたちはとある事情から、多額の資金を蓄えているのだ。

 小物も大分売り払い、エリーの故郷の補助として幾ばくか使ってはいるものの、未だ目もくらむような大金を持ち歩いている。

 サクはその資金をすべて預かり、そして守ってくれていた。

 敵からではない。悲しいことに、味方からだ。


 周囲に気配がないことを確認すると、サクは息を吐き出した。


「存在を知られることすらまずいんだ。聞いたか。一昨日、私たちが立ち寄った町で、盗賊の被害が出たらしい」

「……もう、泣きそう」


 サクの真剣そのものな目を見て、エリーは目頭を押さえた。

 ともあれ、そんな融通の利かないような性格のサクには、金庫番はぴったりだった。


 エリーは何とか立ち直ると、封筒を懐に収めて背を向けた。


「じゃあ、あたしは他のみんなに配って来るから。サクさんもほどほどにね。雨も降ってきたら面倒だし」

「大丈夫だ。降ってきたら走って戻るよ」


 彼女なら濡れずに戻って来ることすらできそうだと思ったが、妙に不安になった。

 きちりとしているようで、どこか無計画な返答は、“何らかの悪影響”ではないだろうか、と。


 エリーは空の様子を確かめながら、懐の感触を探る。

 時刻はそろそろ正午になろう。

 雨の降る前に全員を見つけたいところだが、少なくとも、自分の休日は散策で潰れそうだった。


――――――


 おんりーらぶ!?


――――――


「わ……、エレナさん。これ、依頼の報酬です」

「ん? ああ昨日の? ……ってなによ」


 エレナ=ファンツェルンを見つけたのは、村の入り口付近にある小さな飲食店だった。

 昼時だというのにまるで客が入っておらず、最奥のカウンターは不用心にも無人になっている。

 店の裏には畑があり、馬が2頭停まっていたから、本業は他の村への運搬かなにかで、店は趣味でやっているのかもしれない。


 そんな店の中央の大きな机で、エレナはずらりと並べられた料理を悠然と眺めていた。


「こ、これ、なに、なんですか」

「え? 何って料理よ」

「この村に肉料理とかってあったんだ……」


 エリーが唖然としながら眺めていると、エレナは妖艶に笑った。


「私の口に合う食べ物が無くて、って言ったらこうなったのよ。まあ、ここまで出てくるとは思ってなかったけど。……まだ裏で作ってるんじゃないでしょうね」

「ちょ、いくらになるんですか?」

「さあ。まあ、今回は払うつもりだけど」

「払う払わないからですか」


 エレナが立ち上がり、椅子を引いた。

 座れということらしい。確かに空腹ではあるが、彼女が絡むと何かよからぬことの片棒を担がされそうな気分になる。

 エリーが恐る恐る腰を下ろすと、同じようにエレナも元の席に座り、優雅に微笑んだ。


 このエレナ=ファンツェルン。

 女性のエリーから見ても、容姿も愛らしさと美しさを備えている。

 スタイルもより女性的で、彼女に正面から見られるといささか劣等感を覚えてしまう。

 だが、騙されることなかれ。

 エリーが認識している彼女は、呼吸をするように人を騙し、瞬きをするように窃盗を行う極悪人だ。

 簡単に言ってはいたが、今も裏で料理を追加している店の主人に何を言ったことやら。その容姿を存分に活かして、店の主人に取り入ったのだろう。


「まあ、運が良かったと思って好きなだけ食べなさい。私、あんまりお腹空いてないのよね」

「ひどい……」


 料理を見て食欲が失せたのは初めてだった。

 店の主人がエレナのために作った料理を、彼女は興味なさげに眺めている。


 しかも、自分たちがこの村に滞在している理由は大部分がエレナにあったりするのだ。

 ヘヴンズゲートを目指していた一行は、昨日天気が崩れかけているからと近くにあったこの村に立ち入り、旅を早めに切り上げた。

 しかし夜になっても雨は降り出さず、エリーは今日出発しようと提案したのだが、エレナがそれを否定した。


 理由は、雨で服が濡れると嫌だかららしい。


「エレナさん」

「なによ」

「明日は出発しましょうね。今日の夜までには降りそうですし」

「えー。泥道歩くつもり?」

「今までどうやって旅してたんですか……」


 数日前に仲間になったばかりだが、分かったことがある。

 エレナは恐ろしく我がままだった。

 いたって真面目に生活していたつもりのエリーにとっては、彼女の行動は色々と新鮮過ぎた。

 目の前の料理を見るだけでも、金遣いの荒さも感じる。

 先ほど渡した依頼の報酬は、果たして明日まで残っているだろうか。


「それで、正妻ちゃんは報酬配り回っているの?」

「せっ、」

「なによ。あんたが言ったんでしょう」

「言ってないです!!」


 店の奥でカタリと音がした。

 様子をうかがったら、奥から顔を出した店の主人と目が合う。

 エリーに軽く会釈をすると、エレナにはにっこりと笑って再び奥へ入っていた。

 くだらないことで敗北感を覚えた。


「ぷ……くく。それで? ヘヴンズゲートには式でも挙げに行くの?」

「なに……あたしはなんでこんな目に遭っているの……」

「あんたたまに壊れるわよね……」


 テーブルに突っ伏しながら、エリーは涙目で顔を上げた。

 エレナは変わらず余裕の表情を浮かべている。


「……そ、それじゃあ、エレナさん。あいつにちょっかい出すの止めてもらえますか」


 これまたとある事情から、エリーと“とある男”は婚約者となっている。

 事情をエレナに知られてからというもの、やたらとからかわれているがそろそろ反撃に転じよう。

 エレナが言い出したのだ。“立場”を利用させてもらう。


「なに。まだ根に持っているの?」

「持ってます。というか今日の朝にも更新されました」


 仲間になってからというもの、エレナには毎朝悩まされていた。

 何のつもりか、エレナは毎朝エリーの婚約者の部屋に忍び込んでいるのだ。

 返事が聞こえないからとドアを開けたとき、目に飛び込んできた光景は未だに忘れられない。

 そしてそれからのことはよく覚えていない。

 ベッドの上で抱き合っている―――ように見えた瞬間、何かが色々と吹き飛んだというか、吹き飛ばしたというか。

 それからというもの、自分とサクは、交代で朝の見張りをすることになったのだが、毎度毎度上手くすり抜けられてしまう。

 仲間が増えれば仕事も増えるものだろう。だが、何か違う気がする。


「つまり、正妻としては浮気してもらいたくないって?」

「ぅぐ、そうでもなくて、あたしたちの旅はそういう旅じゃ―――ああ、もう。じゃあこうしましょう。婚約者がいる人に手を出すの止めてください」

「いやよ」


 色々と呑み込んで言ったのだが、エレナは変わらず余裕そうに微笑むだけだった。

 やはり手玉に取られているような気がする。


「気になる相手が結婚してようが何だろうが、それって関係あるの?」

「あるでしょう……」


 脱力して、何とか言葉を吐き出したが、響いてはいないだろう。

 常識が離れすぎている。会話が成立している気がしない。


「ま、冷める前に食べなさいな。あんたも色々大変でしょう」

「誰のせいだと思ってるんですか……」

「正妻だと色々気苦労も多いのね」

「正妻じゃなくてエリーって呼んでください……」


 息も絶え絶えに言ったところ、その言い回しに、ピシリとエレナの表情が固まった。

 エレナはしばらく見つめ、そして思い当たる。

 色々とやりたい放題のエレナだが、この面々の中に、苦手としている存在がいることを。


「……正妻ちゃん。報酬配っているって言ってたわよね」

「……ええ」

「あのガキには?」

「まだですけど」


 思い当たった自分が酷く失礼なことをしている気はしたが、罪悪感は無い。


「……ち。どこに潜んでるんだか。見つけたら、私には会わなかったことにしなさい」

「はい」


 散々いじめられていた自分に、エレナを攻撃するチャンスが来たような気がしたが、これは流しておいてあげよう。


「てかあんたら本当にまとまりないわね。この小さな村でどこにいるか分からないなんて」

「それを思ったのは今日何度目か……。だからエレナさん、お願いします。これ以上あたしを混乱させないでください……」

「わ、分かったわよ。もろもろ用事済んだら大人しく宿に戻るわ。雨も降りそうだしね」


 懇願したら、エレナは理解を示してくれた。ちょっとした感動を覚える。それとも今の自分はそんなにも哀れに見えるのだろうか。


「じゃあ、あたしは他の人たち探してきます。誰がどこにいるか知りませんか?」

「さあ? あ、でもあの魔導士はどうせ魔術師隊の支部でしょ。毎回毎回よくやってるわ」


 彼女は魔術師隊の支部にいるらしい。また情報収集でもしてくれているのだろう。

 相変わらず頭が下がる。


「えっとじゃあ、あいつは?」


 すると、僅かにエレナは目を細めた。


「それは知らないわ」

「? そうですか」

「でも、こっちの方にはいなかったわよ。村の裏の方にいるんじゃない?」


 視線を追って窓を見ると、空は降り出さないのが不思議なくらい曇っていた。

 エレナのさも面白くなさそうな表情と、目の前の料理が目に留まる。


「……エレナさん」

「なによ」

「探したんですか? あいつのこと」

「それが、なに?」

「そうなんですよね。あいつ、いきなりいなくなるから、一緒に出かけようと思っても遅かったりしますもんね」

「……」

「ふ。だからこんなに多いんだ、料理」

「……っ」

「可愛らしいですね。すごく」


 エレナが普段浮かべる余裕の表情とは、こうやって浮かべるのだろうか。

 含み笑いをしながら、それでも相手を労わるように気持ちを向けてみる。


 正解かは分からなかったが、そうした表情を浮かべると、どうやら相手は怒るらしい。


「正妻ちゃん」

「あ、あたしまだ配り終えてないんで!!」


 空で雷が鳴る光景が、ありありと目に浮かんだ。

 エリーは全力で店を飛び出る。

 エレナは追ってこない。料金を払うと言っていたが、本当にそうしてくれるようだ。


 なんとか痛み分けに持ち込んだような達成感を得られたが、冷静に考えると、見つけられていないのは、自分も同じだった。


―――***―――


「イオリさん、はい。これ、昨日の報酬です。お疲れさまでした」

「ああ、エリサス。ありがとう。でも、こんなには要らないよ。多少は貯えがあるしね」

「え、でも」

「それなら半分は旅の資金にしようか。いつもありがとう」

「この差」


 探していた人物は、エレナの話通り魔術師隊の支部にいた。

 エリーにとって一応憧れの場所ではあるが、各町や村に義務的に置かれているような廃れた場所では見慣れ過ぎていた。どうやらこの村は規模に相応しく至って平和で、魔術師も設備も必要最小限しか設置されていないようだった。奥には廃れた部屋の風貌からすると意外なほど若い魔術師が立っているくらいで、真新しいものはほとんどなかった。


 異質と言えば、今目の前にいるこの女性だ。

 ホンジョウ=イオリ。

 自分たちの旅に加わるその前まで、凶悪な魔物ひしめく北の大陸の魔術師隊に所属していた魔導士だ。

 休職中ということにしているらしいが、立ち振る舞いはエリーの思い描く理想の魔術師そのもので、その上彼女が持つ資格は魔術師の上の魔導士だったりする。

 この辺鄙な村で過ごしていた奥の魔術師にとっては雲の上の人物だろう。姿勢を一部も崩さず、委縮し切っている。

 魔術師を目指すエリーにとっても、イオリは夢のさらにその向こうにいるような人物だった。


「夜でもよかったのに。大変だね」

「ああ、サクさんにも言われたんですけど、ずっと持っているの落ち着かなくて」

「悪いね。手伝えたら良かったんだけど」

「いえいえ。いいんですよ。イオリさんは忙しいでしょうし」


 旅を共にするようになってから、エリーが見ていたイオリは、新たな町や村に着くたびその魔術師隊の支部に足しげく通っている。

 前に聞いてみたところ、情報収集や自分たちの存在で騒ぎが起きないように手配してくれているらしい。

 かなり名が売れてきたらしい自分たちが旅を円滑に行えているのも彼女の存在あってのことなのだろう。

 そんな事情もあって町や村で共に行動することは少ないが、同じく同行することが少ない、いきなり消えたと思えば厄介事を持ち帰ってくるあの男や、窃盗騒ぎを起こして回っているエレナとは雲泥の差だった。


「何か分かったこととかあるんですか?」


 思い浮かべてしまった今までの苦労を追い出し、エリーは努めて友好的な表情でイオリに向き合った。

 冷静沈着で、サクとはまた違った凛々しさを感じる彼女を前にしていると、つい自分も表情が強張ってしまう。それが凛々しいと思われるならそれでもいいのだが、どうやら自分のその表情は怒っているように見えるらしい。


「ん……、いや」


 イオリは僅かに奥に視線を走らせてから、柔らかく微笑んだ。


「この辺りでは特にトラブルも起こっていないらしいよ。モルオールにいたからかな、少しに気に過ぎているだけみたいだ。流石に“平和”な大陸だよ」


 このアイルークは“平和”な大陸と言われている。

 ここの大陸で育ったエリーもそれは体感していたはずなのだが、つい数日前を振り返るとその自信も揺らいでくる。

 自分たちがこの大陸に戻ってきてからというもの、“過酷”なモルオールですら出現したら大騒ぎになる“言葉持ち”と言われる魔物が立て続けに出現しているのだ。


 そんなことを考えると。原因、と言ってしまうと責めすぎであろうし、事実そういうわけでもないのだが、そういった事情に陥る理由を、エリーはどうしても思い浮かべてしまう。


「そういえばイオリさん。あいつ見ましたか?」

「ん? ああ、昼食のときは一緒だったけど、それから分かれて……。そうだ。村の裏の川には行ってみたかな。釣りをしてみたいとか言ってたけど」

「え」

「まあいいじゃないか。何か少しでも怪しいことがくすぶっているならすぐに呼ぼうと思ったけど、この村では本当に何も問題は起こっていないみたいだし」


 自分が全員分の依頼の報酬を受け取りに行っていた頃、そして恐らくエレナが探していたであろう頃、あの男はどうやらイオリと行動を共にしていたらしい。

 なんとなく浮かばれない気持ちになり、イオリの顔をじっと見つめてみた。


「エリサス?」

「いえ。ああ、そう言えばイオリさん、あいつと元の世界で知り合いなんでしたっけ?」

「……え、ああ、そうだね。そうだよ」


 あの男は異世界来訪者だ。

 そして、目の前のイオリも同じく異世界来訪者で、元の世界では互いに知れた仲だという。

 そんな話をするたびに、あの男も、そしてイオリも妙にぎこちなくなるのをエリーは感じていた。


「あいつって釣り好きなんですか?」

「いや、知らないよ。そもそもほら、そんなに深い交流があったわけでもないからね」


 尊敬すべき立場のイオリだが、この件になると全く信用できなかった。

 髪を触りながら視線を外しているイオリは、大抵何かを誤魔化そうとしているような気がする。最近自分が、人の所作に妙に敏感になっているような気がした。

 自分がそういうつもりで見ているからだろうか。ほとんど知らないとイオリは言っているが、妙にあの男に詳しい気がしていた。

 気にはなるのだが、深くは聞けない。もし爆発物でも掘り当てたら、自分は立ち直れないような気がしていた。


 イオリは、くすりと笑った。


「まあ、でもそうだね。そんなに好きじゃないと思うよ。多分もう飽きてるんじゃないかな。あの張り切り方はすぐに息切れしそうな感じだったし」

「むぅ」

「エリサス?」

「邪魔しちゃってごめんなさい。それじゃああたしはあいつを探してみますから、イオリさんも雨が降る前に戻ってきた方がいいですよ」

「ああ、そうするよ。見つけたら彼にもそう伝えてくれると助かる。天気のことは忘れてそうだ」


 これ以上ここにいると自分の諸々の感情に押し潰されそうだった。

 イオリとの会話は不快ではないが、何かと現実に目を向けられそうになる。


 エリーは出口の横に立てられた鏡を見つけ、少しだけ表情を正してみたが、やはりどうやっても、イオリのような凛々しい表情にはなれないようだ。


 せめて姿勢を正し、魔術師隊の支部を出た。

 残る封筒はふたつ。


 案の定というかなんというか、あて先は、最初に懸念したあのふたりだった。


―――***―――


「あっ、いた。はいティア、お小遣い」

「納得いきませーーーんっ!!」


 平和で辺鄙なこの村に、森がざわめくような大声が放たれた。

 エリーは慣れた様子で耳を塞ぐと、首を傾げて封筒を差し出し続ける。


「どうしたのよ、要らないの?」


 アルティア=ウィン=クーデフォン。

 小柄な彼女は、道の角を曲がった直後に目の前に現れた。

 平常時において、逸れた彼女に遭遇できる確率はほぼ0と見ていたエリーにとっては幸運以外の何物でもなかったのだが、どうやらティアには不服があるようだった。


「エリにゃん」

「なによ」

「まずは言いましょう。いつもありがとうございます。お疲れでしょうし、大変ありがたく思っています。ですが、あっし最近気になっていることがあるんです」

「その話長い?」

「ちゃんと聞いてください」

「はい」

「エリにゃん。あっしたちは今、打倒魔王を掲げて順調に旅を進めています」

「長いやつだこれ」

「このアイルークから始まり、シリスティアと回っていって、イオリンやエレお姉さまも仲間に加わりました。そして旅の中では多くの苦楽があったのです」

「ティア、どうするの? 要らないの?」

「あ、要ります。欲しいものいっぱいあるんです。何から買いましょうか……ってて、そうじゃないです、話は終わってません」


 人通りが少ない辺鄙な村なのに、人だかりができ始めていた。

 ほほえましい笑みを浮かべて通っていく村人たちは、自分たちを姉妹だと思っているかもしれない。


 ティアはビシリと封筒に指を差した。


「こほん、エリにゃん。それは何ですか?」

「だから、ティアの分よ。そろそろお小遣い欲しい頃でしょ?」


 ティアの頬が膨れた。お腹でも減ってきたのだろうか。


「あっしたちは、苦楽を共にする仲間なのです。そこに差があってはいけません」

「なによ。みんなちゃんと均等に分けてるわよ? ティアも頑張ったもんね」

「えへへ、ありがとうございます。って、そうじゃありません。実はあっし、こっそり見ていたんです。エリにゃんがサッキュンに封筒を渡すところを、木の陰から」

「え」

「前から気にはなっていました。そして予感は的中したのです。エリにゃんは、サッキュンに“依頼の報酬”と言って渡していました」


 ティアは名探偵にでもなったつもりなのか、不敵に笑い、そして受け取った封筒を両手で握り絞めた。


「なんであっしだけ“お小遣い”なんですか……。さてエリにゃん。なにか言い訳はありますか?」

「……。なんでそのとき出てこないの。散々探したでしょ」

「今そういう話してないです!!」


 ふんす、と言った様子で胸を張るティア。

 憤慨しているのかもしれない。だが、やはり怒っているというより拗ねているようにしか見えない。

 しかしこのティア。よくあのサクの索敵から逃れられたものだ。普段騒がしい彼女は、口を閉じると体格も相まって、完全に気配を遮断できるのだろう。素晴らしい才能だ。


 そんな風に心の中で褒めてみたのだが、ティアの機嫌は直らないようだ。

 確かにティアの言うことももっともなのかもしれない。

 どうも最年少のティアを見る自分の目は曇っているようだ。

 だが、長いこと孤児院で子供たちの面倒を見てきた自分には、戦闘面はともかく日常面でティアを分け隔てない目で見ることはなかなか難しい。


「そんなわけで、あっしは今、大変ご立腹です」

「……、お腹減ってるの?」

「むむむっ、あのですね……って、そういえばそうですね。食べるの忘れてました。そだそだエリにゃん、もうお昼ご飯食べましたか? 良ければご一緒しましょう。あっし、ご馳走しますよ!」


 にっこりと笑うティア。

 多重人格を疑いたくなるほどの切り替えの早さだった。情緒不安定とも言える。

 頭の中の構造が不安になってくるが、生憎と昼食はエレナと共にとっていた。


「あ、そだそだ。ところでエリにゃん。今日のあっしを見て何か気づきませんか?」


 今にも降り出しそうな曇り空。

 晴天のような笑みを浮かべるティアは、とてつもなく面倒臭い質問をしてきた。

 何かいいことでもあったのだろうか。いつにもまして妙なテンションなのはそのせいか。

 だが、分からない。

 つい先ほど機嫌を損ねたばかりの負い目もあるのだが、正直さっさと用を済ませて宿に戻りたかった。


「えっと」

「ふふふん。ヒントもありますよ」

「あ、答えでいいわ」

「ヒント……。ヒントがあるんです……」

「……ヒント、頂戴」

「それはですね、あっしが抱えている最大の問題が解消されつつあります」

「勉強でもしたの?」

「あ、答えを言っていいですか。続けると多分心が壊れます」


 乾いた瞳で俯いたティアは、次第に震え始めた。

 正直立ち去っても気づかないのではないかと思ったが、空は曇るばかりで降り出さない。もうしばらく付き合ってあげよう。


 俯いたティアは、まるで火山の噴火のように顔を上げると、両手を広げて高らかに叫んだ。


「あっし、背が伸びたんです!!」

「ギャグセンスを磨いたってこと?」

「エリにゃん!?」


 乾いていた瞳が嘘のように潤って、涙目で縋りつかれた。

 引き剥がしながらさりげなく頭の位置を探ったが、残念ながらエリーにはティアとの身長差が変わったように感じなかった。


「で、本当なの?」

「そうですそうです。信じられない奇跡ですよ。あっしは起きるたびに毎朝背を測っていたんですが、ついに……、ついに……、うう、違う数字を見たんです」


 他者からすれば分からないような差でも、本人からすれば多大な進歩のようだ。

 素直に祝福してあげたいが、実感できないものには心からの賛辞を贈ることはできない。

 だが、常々背を伸ばすための努力をしていると言っていたから、それが実ったということなのだろう。微笑ましい。


「それもこれもエレお姉さまがあっしの足を掴んで振り回してくれたお陰です。多分、寿命は縮んだと思いますが……」


 どうやら努力の方は実を結んでいなかったらしい。思った以上に物理的だった。

 ティアがエレナにじゃれつく犬のように絡んでいるのをよく見る。

 そのたびに何をしているのか怒号と悲鳴が聞こえてくるのだが、ティアは懲りずにエレナに関わろうとしていた。

 そのせいか、あのエレナとも随分と会話する機会が増えている気がする。

 旅を円滑に進めるために最も尽力しているのは、イオリではなくティアなのかもしれない。


「見ててくださいよ。あっと言う間にエリにゃんを追い越して、目指すはエレお姉さま!!」

「うん。頑張って」

「頑張ります!!」


 温かい目で見つめたら、ティアはまっすぐに受け取って輝いた瞳で空を見た。

 彼女の目に何が映っているかは分からないが、きっとそれは瞳と同じように輝いているのだろう。


「しかしですよ。エリにゃん冷たいですね。あっしの重要な変化に気づかないなんて」

「そんな無茶な」

「むむぅ、まあいいです。気づいてくれた人もいますし」


 ちょっと驚いた。

 恐らく数ミクロンレベルであろう差に気づける人間がいるとは。

 ティアは得意げに笑って胸を張った。


「あっし背が伸びたんです、って言ったら『あー、そうだなー』ってアッキーが!! まったく、気づいてくれていたんなら言ってくれればいいのに。ふっふっふ」

「あ、多分それ違うわ」


 くるくる回って喜びを全身で表現しているティアには聞こえなかったようだ。


「って、あいつに会ったの? どこにいたか教えてくれない?」

「え、ああ、エリにゃんみなさんに依頼の報酬を配っているんですよね。そうですそうです。アッキーとはさっきまであっちの川で一緒にいましたよ」

「釣りしてたの?」

「おや、御明察です。だけど、なかなか釣れなくて……。あっしはエリにゃんが探しているだろうから戻ってきちゃいました」

「へえ、まだ釣りしてたんだ。飽きてなかったのね」

「? エリにゃん?」


 少しだけ気が楽になった気がした。

 エリーはティアが元来た道に向かって歩き出す。


「あ、行くんですか? だったらあっしもご一緒しましょう。ご案内しますよ」

「いいわよ、どうせすぐそこでしょ。それよりティア。雨が降りそうだから戻ってなさい」

「え、でもエリにゃんは……」

「大丈夫大丈夫。ほら、もうすぐヘヴンズゲートだし、ティアが風邪ひいちゃしょうがないでしょ。久しぶりの故郷だもんね」

「え……。あ、あはは、えへへ。ありがとうございます。それじゃあエリにゃん、くれぐれもお気をつけください」

「うん。ちゃんと戻るのよ」


 元気に駆けていくティアを見送って、エリーははっと息を吐いた。

 ようやく最後だ。


 狭い村ではあるが、この村の地理に大分詳しくなってしまったような気がする。

 歩き回って正直疲れたが、足取り軽く、エリーは川へ向かって歩き出した。


―――***―――


「どう? 釣れてる? 依頼の報酬を……って、あの」

「…………」


 応答はない。

 規則正しい寝息が聞こえてくる。

 釣りをしながらつい日ごろの疲れで、とも思ったが、糸は川に垂れておらず、木を背に竿を抱きかかえるように眠っていた。


 飽きていやがった。

 完全に寝るべくして眠っている。

 ぎりぎり村の中ではあるから危険は無いのかもしれないが、野外で寝息を立てているとは、順応性が高いというか大雑把というか。


 ヒダマリ=アキラ。

 彼が現れてから1年も前になる。このアイルークに落とされた異世界来訪者。

 共に世界を1周し、今や世界的に認められ始めた“勇者様”であり、不慮の事故から自分の婚約者となった男だ。


 空の様子を眺めると相変わらずの曇り。だが、いつまで経っても降りはしない。サクもそうしていたが、こういう日は外に出るのにうってつけなのかもしれない。

 エリーは静かにアキラの隣に腰を下ろした。

 ここは、川が流れているからかより涼しく、居心地が良かった。


 ティアが放っていったのだろう釣竿を掴み、適当に川に糸を垂らす。

 空っぽのバケツを見る限り、釣果は芳しくないようだ。目を覚ましたときに魚が入っていたらどういう顔をするだろう。


「結局降りそうにないな……、あんなに曇ってるのに」


 気温も下がっていかないし、風も大人しい。

 天気が崩れやすい季節だから警戒していたが、杞憂で終わるかもしれない。


 釣竿の浮きから目を離し、隣の様子を探るが、一向に起きる気配がなかった。

 ティアといたときも、眠気を堪えていたのかもしれない。


「サクさん、あんたの悪影響受け始めてる気がするんだけど」


 ミツルギ=サクラは女性陣の中で最も付き合いが長い。

 真面目で、まっすぐに前を見る彼女の瞳は鋭く、年下だが尊敬できる相手だ。

 アキラの従者となったと聞いたときは度肝を抜かれたが、前よりも活き活きとしているように感じる。


「エレナさん、探してたわよ。豪勢なお昼一緒に食べようとしてたみたい」


 エレナ=ファンツェルンのことは正直よく分からない。

 ただ、彼女が抱えているものは、自分では想像もつかないようなことなのだろうとは感じる。だが、なんとなく、彼女の微笑みに陰りは感じなかった。周囲を欺き続けてきたような旅をしていたらしいが、この面々には少しずつ気を許してくれているのかもしれない。

 アキラに好意を寄せているらしいが、どこまで本気なのやら。


「イオリさんはあんたが釣りに飽きてるだろうって読んでたわ。その通りだったみたい」


 ホンジョウ=イオリは、感覚的に、最も警戒している相手だったりする。

 異世界来訪者の彼女は、妙にアキラと共通認識を持っているのだ。また、行動の節々からアキラのことを良く知っている様子が見て取れる。邪推しすぎだろうか。

 たまにめげそうになる。


「そうだ、ティアは背が伸びた……ことになっているから。あんたは気づいてたふりしててね」


 アルティア=ウィン=クーデフォンは、身長はともかく、一番成長しているように感じる。

 自分たちと共に旅をして、それを乗り越え、なお前を向き続ける強さを持っている。

 最も長く旅を共にしている自分は、それを肌で感じ続けていた。

 アキラが異世界に馴染めたのも、ティアの貢献によるものかもしれない。

 彼女の前ではつい子供扱いしてしまうが。


 魚はもう諦めた。適当に竿を振りながら、エリーはぼんやりと考えた。

 いつの間にか仲間が多く集まっている。

 こんなに多くのものを巻き込んで世界を1周することになるとは、自分の夢が壊れたあの日には、ふたりでリビリスアークを出たときには全く想像していなかった。


 改めて考える。

 ヒダマリ=アキラとはどういう人間なのだろう。

 捉えどころがあるのかないのか。捉えられるところは、真剣なのかふざけているのか。

 確たる信念がありそうで、なさそうで、今にも降り出しそうなのに、そのままで漂っている雲のようだ。


「たまーにマジになるのは何なんだろうね」

「……」


 軽く身体を揺すったが、反応はなかった。大事に抱きかかえられた釣り竿が泣いている。


 他のみんなは、彼のことをどう思っているのだろう。

 自分と同じように、彼を想っているのだろうか。


 いずれにせよこの旅は、もうふたりの問題ではなくなっている。

 婚約者騒動も遠い昔の話のように思えた。今や彼は、自分たちは、世界有数の希望らしい。


「あーあ」


 エリーは大きく息を吐き出した。乱暴に胸を叩くと、拗ねたように呟いた。


「最初から分かってたらどうなってたんだろうね」


 不安になったり、焦ったり。

 落ち着かない。ティアではないが、情緒不安定だ。

 でも、それが楽しかったりもする。


 最近忙しい。


 足を投げ出し、釣竿を抱え、彼と同じような態勢になってみた。

 確かに眠くなる。雨雲も耐えてくれているし、いっそ寝てしまおうか。


「―――ル」

「っ」

「……ん、あ、れ」


 パタリと釣竿が倒れた。

 放心した様子で首を振ると、徐々に目の焦点が合ってくる。

 自分が眠っていたことをようやく理解できたのか、大きな欠伸をしながら肩の骨をパキリと鳴らした。

 目を覚ましたアキラは、ゆっくりと顔を向け、ようやく硬直していたエリーに気づいたようだった。


「……え」

「お、お目覚めのようね」

「何してんだ、お前」


 お前に言われたくはない。

 エリーはさりげなく身体を離すと、破れかぶれに釣り糸を川に投げ込んだ。


「お前も釣りに来たのか」

「え、ええ、まあ」

「知ってるか。釣りってエサがいるんだ」

「その割には持ってないみたいだけど」

「ああ、俺も来てから気づいたんだ」

「…………」


 呑気というかなんというか。

 眠気眼をこすりながら、アキラも釣り糸を放り込んだ。


「エサは?」

「無い。とるのも面倒だし、もしかしたら行けるんじゃないかってティアが」

「何故信じたの」


 絶対に引かれない浮きを眺めていると、ようやく心臓は治まっていった。


「そういやティアは? お前探しに行ったんだけど」

「さっき会ったわよ。雨降りそうだから戻るように言っといたわ」

「雨? あーそういやそうだな。……降らないな。で、お前はどうしてここに来たんだよ」


 間延びしたような声を聞いていると、なんだか腹が立ってくる。お腹が空いたわけではない。


「依頼の報酬。ずっと持ってるのもあれだし、配ってるのよ」

「それならこんなとこで暇潰してる場合じゃないだろ」

「あんたが最後なんだけど」

「そうなのか……。じゃあ、預かっといてくれ。俺もあんまり持ち歩きたくないし」

「こいつ……」


 方々探していたのが馬鹿らしくなってくる。

 アキラはエリーの様子にまるで気づかず、眠たげな眼で浮きを眺めていた。


「あ、の」

「え、いいだろ。いつもそうだったんだし。足りなくなったら言うから」

「またそういう……」

「信用しているんだからいいだろ」


 ずるいと思った。

 アキラは半分冗談で言っているのだろう。それは分かる。

 だけど自覚できるほど、喜びの感情が昇ってきた。酷い病気だこれは。

 封筒を叩きつけてやろうかと思ったが、まったく、仕方がない。何とか抑え込んだ。

 とりあえず、今日の自分の仕事は終わったらしい。


「なあ」


 ふいに、アキラが呟く。

 エリーが顔を向けると、アキラは妙に寂しげな表情で、動かない浮きを眺めていた。


「俺、何か言ってたか」

「何かって?」

「……いや、寝言とか」

「さあ。さっき来たばかりだし」

「そうか」


 それきり、アキラは静かになった。

 エリーは見切りをつけ、釣り糸を引くと、丁寧に仕舞い始める。

 こういうとき、彼はきっとひとりになりたいと思っているのだから。


「じゃあ、あんたも雨降る前に戻ってきてね」

「ああ、そうするよ」


 静かに、音を立てないように、エリーはその場から離れようとした。

 彼はまた、何かに悩んでいるのかもしれない。

 知りたいと思う。だけど、そんな表情を浮かべられたら、すぐに聞く気分にはなれない。


 捉えられるようで、捉えられない相手を、知りたいと思ってしまう。

 エリーは息を吐く。

 本当に何でこんなことになったのだろう。


「だけど、」


 アキラが顔を上げた。

 エリーも気づいた。やはり、杞憂だったようだ。


「もう降らないだろうな」


 木々の向こう、分厚かった雲はいつしか薄れ、夕焼けに染まりつつあった。

 目に見えて赤くなっていく空の向こうには、確かな光があるのだろう。


「分からないもんね。天気って」

「ああ。明日は出発できそうだな」


 まあ今は、このままでもいいか。

 エリーは小さく呟くと、ふっと笑った。


「そろそろ戻るか。お前も疲れたろ」

「誰のせいだと」

「分かった分かった。ありがとな」


 アキラは呑気に笑っていた。陰りは見えない。

 まったくもって、酷い休日だった。

 だけど、我ながら馬鹿だと思うが、そう言われただけで報われたような気持になってしまう。

 だからまあ、天気に免じて、今日はそういう日だったということで納得しよう。


「あ、引いてない?」

「は? 何が……、あ」


 動いていた気がした浮きは、再び静まり返っていた。


―――***―――


「集合!!」

「はい!!!!!!!!」

「うん、5人分の返事をありがとう。他のみんなは?」

「お出かけしました」


 現実はかくも残酷なことか。

 もうすぐヘヴンズゲートに着くというときに、再び迎えた休日。

 依頼の報酬を受け取って戻ってきてみれば、ものの見事に全員が宿から姿を消していた。


「あはは。それなら皆さんに残っているように言っておけばよかったのに」

「休みの邪魔しちゃ悪いじゃない。でも大丈夫。ティアが姿を消してなければ、あたしの負担は半分減っているわ」

「ふふふ、そう思ってあっしは残っていたんですよ。決してお財布が空っぽだからどうしようもなかったわけではありません」

「もう使い切っちゃったの……」


 もしかしたらティアの報酬は自分が管理した方がいいのかもしれない。完全お小遣い制だ。

 だが、そうするとティアはますますへそを曲げるだろう。

 何とも気苦労が絶えないが、とりあえず、ひとり目はこれでクリアだ。


「あ、じゃあエリにゃん」


 まるで砂漠で干からびているときに水を与えられたかのような輝いた笑顔を浮かべたティアは、元気に手を上げ、善意の塊のような視線を向けてきた。


「今回はあっし、お手伝いしますよ!! お任せください」

「えっと、イオリさんは魔術師隊のところかな……、あとは……、分からないか……」

「無視ですか……」


 主要都市のヘヴンズゲートに近づいてきたからか、この町の広さは前の村とは比較にならない。

 まったく忙しい。

 エリーは気合を入れると、残る封筒を大切に懐に仕舞った。

 歩き出そうとすると、ティアが必死に視界に入るように飛び跳ねながら、存在をアピールしてきた。


「エリにゃん……、あの、やっぱり大変じゃないですか。エリにゃんもお休みの日なのに。あっし、手伝いたいです」

「ん? ああ、いいのいいの」


 エリーは微笑んでいった。


「好きでやってるから」


 今日も休日は、町の散策になりそうだった。


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