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おんりーらぶ!?【第二部】  作者: コー
北の大陸『モルオール』編
34/68

第42話『名前を付ける(前篇)』

―――***―――


「イオリーーーッ!!」


 ピクリ、と。

 ホンジョウ=イオリは肩ほどのまでの髪を揺らして資料を閉じた。

 無機質な執務室に籠っていれば難を逃れられるとでも自分は思っていたのだろうか。


 部屋の外からけたたましい足音と共に声が聞こえてくる。

 そろそろだと思っていたが、ついに、か。


「……」


 机の上には各地方の事件のファイルが散乱していた。気づかないうちに散らかしてしまっていたようだ。


 ファイルの中には、一般に広まっているもの概要的なものからイオリ自身の魔導士の権限を使ってまで集めた詳細な調査結果も織り交ぜられている。


 目を引くのはやはり、今現在最も話題性のある―――“勇者様”であるヒダマリ=アキラという人物についてのこと。

 “伝説の失踪事件”に“百年戦争”。

 最早神話とさえ言われるふたつの事件の解決については勿論のこと、噂が噂を呼び、ありとあらゆる事件の影には勇者様がいたのではないか、と報じられている。

 近頃では“雪山の伝承”や“魔門破壊”が目を引く事件だ。後者は怪しいものだが。

 一方で、イオリはもうひとつの“存在”についても目を配らせた。

 以前、シリスティアで“魔族”が出たという世界でも異例の大事件。

 その事件の中心にいたとされる男―――スライク=キース=ガイロード。

 詳細な調査の結果、彼は前々回の“百年戦争”に関わっていたことが分かっている。

 その後も彼は各地を回っているそうで、今現在、各地はそのふたりの情報が溢れ、入り乱れ、嬉しい意味での大混乱に陥っていた―――いや、3人だろうか。まあ、それはいい。


 それよりも、もうひとつの情報。


 定期的に“神門”へ攻撃を試みている魔物。

 その迎撃は毎度のことならが強大なオレンジの閃光によってなされているようだ。


 これは。


「……」


 イオリは目を閉じ、資料を乱雑に重ねて跳ねのけた。

 今は駄目だ。考えがまとまりそうにない。


「イオリ!? いる!?」

「……ああ、いるよ」


 来訪者の勢いがそのまま伝わってくるようにドアが叩かれた。

 声を返せばドアが強く開け放たれる。

 彼女にしてみれば少しは遠慮したのかもしれないが、壁のドアノブの傷に新たな衝撃がピタリと刻まれた。


「イオリ……、いた……」

「随分慌ててるね、サラ」


 イオリは静かに立ち上がって小さく息を吐いた。

 対照的に慌ただしい目の前のサラ=ルーティフォンは、手を両膝について息を弾ませている。

 金の長い髪に大きな瞳、大人しくしていれば様になるほど背丈もあるのだが、その性格が周囲に抱かせる印象はまるで逆だった。


 彼女との付き合いは、そう、2年になる。

 自分の、親友だ。


「それで、どうしたのかな」

「どうしたじゃないよ、隊長が呼んでるの! ああ、“グルグスリーチ”のことじゃなくて」


 分かっていたことだった。


「とすると、襲撃かな」

「おおぅ、よく分かったね、そうそうウォルファール」


 上からの通達通りだったようだ。現在ウォルファールという港町には厳戒態勢をしくように、と言われている。

 原因は複数あるのだが、最も大きいのは数か月前、モルオールの北部に位置するベギルガという大きな港町が魔物の襲撃によって壊滅的な被害を受けたことだろう。

 ただでさえ訪れるものの少ないモルオール。交通機関の損壊は、そのまま大陸自体の滅亡へと繋がってしまう。

 ウォルファールほどの小さな港町ですら、今のモルオールにとっては重要な施設であるのだ。

 他の大陸では自衛の魔術師隊で十分なのだが、モルオールで守るとなると魔導士を派遣することになってしまう。

 魔物にいいように弄ばれているようで、あまりいい気はしない。


「休暇なんだけどね」

「そんなこと言ってる場合じゃないって! ほら、副隊長でしょ!!」

「冗談だよ、急ごう」


 イオリは手早くラックにかけているローブに近づいた。

 一瞬だけ鏡に自分の横顔が映った。平然としている。


 酷い顔だ。


 今着ているワイシャツと紺のスカートを隠すようにローブの裾から身体を通し、腰辺りをベルトで絞める。

 モルオールが支給する魔導士のローブは実に機能的で動きやすいが、少し着にくいと感じる。

 ローブを着たときに頭に止めている小さな飾りのついたヘアピンが僅かにずれたような気がした。一瞬だけ迷ったが、鏡に向かって整えることにした。


「お待たせ。みんなを待たせてるんだろう?」

「みんなもう出発してるよ。まあ、イオリの方が早く着きそうだけど」

「サラ、もしかして僕をあてにして呼ぶ役を買って出たんじゃないだろうね」

「えっへっへっへっ、ってまーた“僕”……」

「もういいじゃないか、行こう」


 イオリがまっすぐに見据えると、サラはジト目を止め、すっと居住まいを正した。


「はい。お願いします、副隊長」


 イオリは目を閉じた。

 自分の、特殊であろう一人称。

 それは多分、サラの敬語と、同じようなものなのかもしれない。


――――――


 おんりーらぶ!?


――――――


「待たせたなイオリ。やはり私もお前と行けばよかったか。サラが正解だったな」

「へへへ……、ごめんなさい」

「お待ちしてました。状況はもうまとめてあります」


 ウォルファールが一望できる小高い崖の上、堂々たる魔術師隊が集結している中、それを率いる隊長―――カリス=ウォールマンは見事な身体さばきで止まったばかりの馬から飛び降りた。

 年齢は30半ばだが、茶系統の色の髪をオールバックでぴっちりと決め、目つきは衰えを感じさせないほど鋭い。

 この“奇妙な少女”―――ホンジョウ=イオリの所属する魔術師隊の隊長を務める魔導士だった。


「それで、状況は」


 カリスは眼鏡を正しながらイオリに問いかけ、そして同時に今後の戦略のために思考を働かせた。

 彼女の報告に余計な労力を割く必要はないと分かっていたからだ。


 それは別に、彼女を邪険に扱っているわけではない。

 むしろ逆だ。

 彼女の報告は、群を抜いて正確で、何より分かりやすいのだ。

 それこそ、考え事をしていたとしても脳に溶け込んでくるほどに。


 カリスの思考に妙な邪魔が入る。


 “ホンジョウ=イオリ”。


 魔術師試験を突破してから僅か1年程度で魔導士まで上り詰めた天才魔術師。

 世間一般ではそういう解釈をされているだろうが、“彼女の本当の異常性”に気づいている者はどれほどいるだろう。


 彼女のことは噂では聞いていた。尋常ならざる魔力を持った魔術師が存在していると。

 そのときは話半分に聞いていたものだが、この魔術師隊が新設され、自分が隊長の座に就き、当時魔術師だったイオリを部下に招き入れ―――理解した。


 モルオールの魔導士達は何ひとつ、ホンジョウ=イオリの異常性を理解していないことを。


 カリスが気づいたイオリの異常性―――それは。


 彼女は、“知りすぎている”。


「隊長? 聞いてますか?」


 珍しくイオリの言葉が頭に入ってこなかった。

 カリスは軽く頭を振り、顔を上げる。

 するとイオリは、一言、集中していなければ意味のない報告をした。


「聞くより見た方が早いです」


 イオリが促したその向こう。ウォルファールの港近辺。

 そこで。


 “オレンジの光が強く爆ぜた”。


「な……ん……」


 妙な思考がカリスの頭から跳ね除けられた。


 いたるところで鋭くイエローの一閃が走り、魔物が次々と爆ぜていく。注視してみて、それがようやく高速で移動するひとりの人間によるものだと視認できた。

 自衛のためか、密集して一塊になった魔物たちへはスカーレットの爆撃が襲来する。それに比すれば魔物の戦闘不能の爆破の衝撃など、あまりに矮小すぎで聞き取れないほどだった。

 遠方からの魔物の魔術は、スカイブルーの魔術に包まれ見当違いの方向へ逸れていく。狙いを正確にしようと僅かでも近づいた魔物から、同色の魔術で迎撃されていた。


 そして、戦場を駆けるオレンジの爆撃。


 習性なのか、再び魔物が群れを成そうと寄り添っていくが、止めておいた方がいい。局的な超爆破は2枚も存在している。

 思わず魔物の指揮を執とっているような気分になってしまい、カリスは首を振った。

 あまりに明確に雌雄が決していると、よこしまな考えが生まれてしまうようだ。


 村を容易に滅ぼす魔物の群れ。

 世界屈指のモルオールの凶悪な存在たちは、僅か4名によって壊滅状態にあった。


「勇者……様?」

「例の“ヒダマリ=アキラ”様だろうな。連れもある程度情報通りだ。現在モルオールで活動していると聞いてはいたが、まさか出逢う日が来るとは」


 カリスは冷静に状況を把握した。

 この魔物の規模となると、自分たちが到着してからでは港は危なかった。

 厳命されていた港町の守護をしてくれたとは、まことにありがたい。


「……お前たち。いつまでぼうっとしている。勇者様の加勢だ。4名は町の北部に当たれ。港へ向かっている魔物が見える。イオリ、被害状況はまとめてあるな」

「ええ」

「あまり更新することに意味はなさそうだが……、一応、再度調査してくれ」

「はい」


 カリスは手早く伝え、最後にちらりと“勇者様”たちを見下ろす。

 そこで、一瞬。ヒダマリ=アキラがこちらを見たような気がした。


「……」


 カリ、と。


 隣でイオリが爪を噛んでいたが、カリスは振り返らずに前へ進んだ。


―――***―――


 この場所に来るのはいつ以来だろう。

 この町に来たことは間違いないが、通されたこの部屋は、あのときと同じ部屋だろうか。


 おぼろげな記憶を追うことに大した意味もないと思い直し、ヒダマリ=アキラはただ眼前の光景に向き合った。あのときに比べ、部屋にいる人数は随分と減っていた。


「遠路はるばるよくぞお越しくださいました。改めまして、私は第十九魔術師隊、隊長のカリス=ウォールマンです」


 最奥に座る男が、毅然とした態度を崩さぬまま決まりきったような台詞を言いきった。

 カリスという男に対し、あまりいい印象を持っていなかったアキラだが、この態度には逆に好感が持てた。

 ヒダマリ=アキラは現在、世界有数の著名人。神が定めた“しきたり”によるところの、最大限の敬意を払う必要がある“勇者様”。

 その敬意をはき違えぬカリスの様子は心地よく感じる。

 入り口に立つ女性―――確かサラ、だったか―――は凍り付いたように動かない。彼女もいずれ自分の立場というものを見つめ直すときがくるのだろうか。


 だが、そんなことはどうでもいい。アキラは他人事のように部屋を見渡す。壁には魔術師隊のエンブレムが飾ってあり、最奥にカリスの座る事務机からは高級感を覚える。

 部屋の中央に置いてある長机も、そういうことに疎いアキラでもそれなりの品だということがうかがい知れる。

 そんな部屋に今、6人の人間が集まり、語らっている。


 なんて、物寂しい部屋だ。


「それで、こちらにはどのようなご用件でいらしたのか。いや、邪推しているわけではなく、お引き留めしてもらっても良かったものかと」

「……私たちがここに来たのは、たまたまだ。宿を探していたら魔物を見かけたので加勢させてもらった」


 カリスの言葉にはミツルギ=サクラが返答した。

 旅が長いだけはあって魔術師隊の前でも堂々たる様子なのは頼もしい。

 憧れの魔導士の前だからか借りてきた猫のように大人しいエリサス=アーティと、戦闘の疲れからか今にも眠りに落ちそうに頭を揺らしているアルティア=ウィン=クーデフォンは現状あまり役に立ちそうにないともなればなおさらだった。

 アキラはアキラで、考えなければならないことが―――やらなければならないことがある。


 今、この部屋にいるのはアキラを含めて、たった6人だけ。

 “彼女”はいなかった。


「いや、そういうことなら、助かりました。宿を探しているなら、短期間であれば提供できます。もっとも、食事などは出ない、泊まるだけの施設になりますが」

「夜露が凌げるのならこちらこそ助かる」


 淡々と進む会話を流して聞き、アキラはゆっくりと顔を上げた。


「頼みたいことがある」


 突然声を出したアキラに全員の視線が集まった。

 その中でもとりわけ隣のエリーから鋭い視線が突き刺さった気がしたが、気にしている場合ではない。

 今は、一刻も早く、彼女に逢いたかった。


「探している人がいるんだ」


 ここにいることは知っているが、最低限、言葉は選んだつもりだった。

 だが、アキラの様子にカリスは眉をしかめ、こほりと咳払いをし、鋭くサクに視線を走らせた。


「ここに来たのは偶然、と言っていたようですが」

「嘘ではないさ。この町に訪れたこと自体は偶然だ。人を探して方々尋ね回っていてな」


 カリスの眉がピクリと動いた。

 印象通り神経質な性格のようだ。サクもどちらかと言えば几帳面な性格だった気がしたが、随分と柔軟になったような気がする。


 アキラはふたりの様子を気にしないようにして、ゆっくりと立ち上がる。


「あんたたちなら知っているはずだ。俺は、」

「……あら」


 カリスに向き合ったアキラの背後で、サラが小さく声を上げた。

 振り返れば彼女は、眉をしかめて部屋のドアを小さく開けていた。どうやら人の気配がしたらしい。


「……って、入ってくればいいのに」


 サラが小声で廊下に呟き、同時にアキラの背筋が強張る。

 身体中が熱くも冷たくもない何かで覆われる。


 アキラは、その扉の先にいる人物を、直感的に察した。


「てて、ちょっと、どこに、」


 根を張ったような足を強引に動かし、アキラはズカズカと扉へ向かった。

 ドアの前に陣取るサラをやや強引に追い抜かし、勢いそのままに廊下に躍り出る。


 そして。


 そこには、魔導士としての立場を思わせる、洗練された黒いローブを纏った少女の背中があった。


「……あ、の」


 アキラは慎重に、その背中に声をかける。

 息が詰まる。言葉が出てこない。

 “彼女”にかけようと思っていた言葉が、頭が、一瞬で真っ白になった。


 今は立ち止まっている彼女は、どうやらこの場を去ろうとしていたようだった。

 そうする理由もおぼろげながらにアキラは察してしまい、さらに頭が白くなる。


 伝えなければならないことがある。


 今日の今この瞬間、ここに来るまでの間に、ずっと考え続けていたことだ。


 しかしそれらはすべて虚ろになり、何から口に出していいか分からなくなってしまった。


 そして、そもそも。

 “彼女”は自分が想像した通りの“状態”なのだろうか。


「誰が来たんだ? ……イオリか? いるなら挨拶くらいしろ」


 部屋の中から、カリスのしっかりとした声が届く。

 その声で、アキラも思考も現実に戻ってきた。


「……はい。そうですね」


 カリスの声に、目の前の少女は応じた。

 そしてゆっくりと振り返る。


 向かい合ったとき、アキラの心の底が解けるほど熱くなった。

 立場を現す魔導士のローブ。知的さを思わせる落ち着いた風貌。未来を見透かすような静かな黒い瞳。


 彼女はまっすぐに、アキラの瞳を見返してきた。その中の色は読み取れない。

 言葉がまとまらない。何も分からなくなった。

 見つめ返している彼女の瞳が、言葉を発さないアキラを責めているような感覚すら湧き上がってくる。


 彼女もこちらを図っているのだろうか。

 それとも、何も知らず、ただ突如部屋を飛び出してきた不審な男を訝しんでいるだけだろうか。

 アキラからは、彼女の内心を一向に図れない。

 ただ、いずれにせよ、こうしてふたり廊下に立ち続けるのは限界のように思えた。

 部屋に戻って、ゆっくりと、仕切り直しをしたいと強く思う。


 だが、この機を逃せば問題がずっと先延ばしになるような悪寒が背筋を走った。


「一言、いいか」


 いつの間にか乾ききった喉がかすれた声を出した。

 彼女はアキラを見返しながら、小さく頷く。


 アキラは、今、この瞬間で。

 最低限確認したい、“前提条件”を口にした。


「……俺は―――煉獄を視た」

「―――」


 これ以上廊下で話すのは無理だろう。

 彼女は目を瞑り、部屋に向かって歩き出した。

 ただ。

 アキラの脇をすれ違うように通りながら、耳元に小さく囁いてきた。


「あとで話そう。……アキラ」


 それが。

 この“三週目”で初めての、ホンジョウ=イオリとの出逢いだった。


―――***―――


「エリにゃんどうしましょう!! ちょー暇です!!」

「わー、ちょー大変ね。どうしよー」

「サッキュンどうしましょう!! エリにゃんが冷たいです!!」

「ん、ああ、そうだな。それは困ったな、ああ」

「ティアにゃんどうしましょう。孤立してます……」


 ここはサラに案内された、魔術師隊の宿舎の一室。

 カリスは眠るだけ、と言っていたが、流石に魔術師隊と言うべきか、部屋はこの3人が縦並びになって眠っても余るほど広く、窓の冊子に埃ひとつ落ちてないほど清潔だった。

 その分物は無く、ベッドやら部屋の中央に置いた机やソファーは他の部屋から運び込んだものだ。

 サラの話では緊急時に数十人が押し寄せて眠りにつくことを想定されて作られたそうだが、今までその機会は訪れていないらしい。

 カリスには一応、有事の際には部屋を開けてもらうことになるとは言われているが、どうやらその心配はなさそうだ。


「……うん」


 エリーは視界の隅でようやく大人しくなったティアの様子を探りつつ、荷物の整理を進めていた。

 今も武器の手入れに勤しんでいるサクほどではないが、流石にモルオールの魔物と昼夜戦っていることを考えれば、自信を守る装備の様子を見たくもなってくる。

 最も使用する拳のプロテクターはやはり損壊が激しい。

 エリーが使用している武器は指の付け根の関節を守る、軽量な鉄製グローブだ。

 1度攻撃力が向上するかと思い、まるまる鉄でできた物々しいガントレットを使用してみたこともあるが、威力も損傷具合もあまり変化が実感できず、価格的にも釣り合わなかったことから結局どこにでもあるような速度重視の装備に落ち着いた。

 とはいえ、旅先でいつでも手に入るわけでもないので、有事に備えてこうして予備も持ち歩いている。

 今使用しているのを除けば残りはふたつ。充分過ぎる。

 肘や膝、脛を守る装備も充分整っていた。問題ない。


「珍しいな。エリーさんが武器を見ているのは」


 刀の整備を進めつつ、サクが声をかけてきた。


「あたしだって整備くらいするわよ。サクさんほどじゃないけど」

「まあ、そうだろうが……、まあいいか」


 含みを持たせるようなサクの物言いに、エリーは荷を押し込むように片付けて、肩の力を強引に抜いた。


「じゃあ話でもしましょうか。当然―――イオリさんのこと」

「……そうだな」


 やや面食らったようなサクの様子にエリーは面白くないものを感じた。

 だが、いずれにせよ、この問題については話さなければならない。

 何しろ、自分たちが遠路はるばるこの地方まで来たのはまさしくホンジョウ=イオリに逢うためだったのだから。


 ホンジョウ=イオリ。

 モルオールの魔術師隊に属するひとりで、並外れた魔力を持ち、僅か1年程度で魔導士まで上り詰めた“異常者”。

 なまじもうひとり“異常者”をよく知るエリーにとっては、かえってその超常性が感じ取れていた。


 前段として、ヒダマリ=アキラ率いるこの“勇者様御一行”には、魔王を討伐するという大目標以前に、達成すべき目的がある。

 すなわち、“特定の属性”の仲間を集めなければならないのだ。


 “土曜属性”。

 そのあまりに希少な属性を、ホンジョウ=イオリは有しているという。

 モルオールの旅の道中、仲間集めの情報収集の際、彼女の名前はいたるところで必ずと言っていいほど聞いた。

 率直に言って、魔王に挑むという目標がある以上、仲間は強力であればあるほどいい。

 そのため、エリーたちは勧誘目的で、彼女のもとを目指してこの地方までやってきたのだ。


「それで、どうだった。さっき顔通ししてみて」

「はい、もっと怖い人かと思ってましたが、イオリン綺麗な人でした!」


 エリーはたまたま目に留まった枕をティアにぶん投げた。

 ただ、ティアが妙なイメージを持っていたのももっともだ。


 ここに来る道中、この地方に近づくにつれ、彼女の噂は“強く”なっていったのだ。

 常軌を逸した戦闘力。副隊長の役職では収まらないほどの管理能力。先ほどの魔術師隊は、知謀と経験のカリスと、才能と魔力のイオリが2大英雄と褒めたたえられ、モルオール最強の部隊とさえ称されていた。


 通常。噂というものは、“震源”から離れれば離れるほど大きく、過剰になっていくものだ。

 それは実物を身近に感じないから、想像、妄想が膨らみ、頭の中に大きな像を作ってしまうためである。


 しかし、“ホンジョウ=イオリ”は違った。


 その異常性は、遠方の者では信じられず、身近な者は信じざるを得ない。


 エリーの自慢であり、最愛の妹である“彼女”と、イオリは同じ性質を持っている。

 自分の妹の異常性を本当の意味で信じられるのは、生まれたときから傍にいた自分と、今頃隣で戦っているであろう彼女の仲間くらいだ。


 話に聞いただけでは、嘘だと思う、思いたくなる異常性。

 そうした人間は、確かにいるのだ。


 そしてそんな彼女は今、我らがヒダマリ=アキラと別室で話をしている。


「エリーさんは心配なのか? アキラが魔導士相手に失礼ないことでもしてないかと」

「……べっつに」


 サクの的外れな言葉に強く返した。本人が分かっている風なのが癪に障る。


 本当に、別にいいのだ。

 これは多分“そういう話題”だから曖昧なままにしているが、今、確信していることがある。


 ヒダマリ=アキラはホンジョウ=イオリを知っていた。


 アキラのその妙な行動は別にもういい。

 こちらから強くは訊かないことにしたし、わだかまりもとっくの昔に解消している。


 恐らく、いや、間違いなく。

 アキラがあのヴァイスヴァルの調査依頼のときに話していた、“逢わなければならない人”は、ホンジョウ=イオリのことなのだろう。

 自分はあのとき、それを聞いて、ちゃんと逢うべきだと強く思った。

 そして今も、アキラが彼女に出逢えて、本当に良かったと思っている。


 の、だが。


「それで、エリーさんはどうだった。イオリさんに会ってみて」

「雰囲気だけだけど、立派な魔導士だな、って思った」


 それも本当だ。

 心の底からそう思った。

 だが、彼女を見て、それ以上に持ったこともある。


 危機感を覚えた。


「私も同意見だ。アキラの勧誘が成功するかは分からないが、彼女なら戦力としては申し分ない。……勧誘しているかどうかも分からないが、多分しているんだろうな」


 刀を整備していたサクの手元から、工具同士がぶつかり合うキン、とした音が響いた。

 下手に刺激しないでおこう。彼女にも彼女で思うことがあるようだ。


「だが、魔導士はそう簡単に旅に出ていいものなのか?」

「さあ。一応大義名分があるから、本人の意思次第になるのかな? その辺は分からないわ」


 投げやりに答え、エリーはベッドに寝転んだ。

 行儀が悪いとは思うが、アキラがイオリと話している間、自分たちが待機させられている現状は、面白くない。


「もう駄目。……誰か買い物にでもいかない? 港町だし、色々あるかも」

「……はっ、エリにゃんのお誘いを断るわけにはいきません!! お供します!!」


 枕の直撃から復活したらしいティアが元気よく応じた。

 彼女ではないが、今、じっとしているのが妙に辛い。というより、アキラがイオリと語らっているであろう今、自分たちが気を揉んでいるというのはやってられないという気分になる。

 丁度サクも切りが良かったようで、久々の3人での町の散策となった。

 良くない思考を振り払うように、エリーは強く廊下へ踏み出した。


 だがその、振り払う直前。聞こえなかったことにした言葉を、ふと思い出す。


 先ほど、アキラがイオリへ伝えた最初の言葉はエリーには聞こえてしまっていた。

 駆けるように部屋を飛び出たアキラを思わず追って、身を乗り出したせいかもしれない。


 サラは首をかしげていたが、あの言葉にエリーは妙に胸がざわついた。


 今、この廊下の、どこにあるか分からないどこかの部屋で。


 彼らは語らっているのかもしれない―――“煉獄”について。


―――***―――


「なんとなくだけどそんな予感はしていたよ」


 イオリに通されたそこは、“二週目”同様、小さな応接間だった。

 冷たく固い木の椅子に腰を下ろしながら、小さなテーブルの向こうでイオリが神妙な顔つきで見つめてくる。

 妙に委縮するのもどうかと思い、アキラは姿勢を正した。

 そうでもしないと、まるで尋問にあっているかのように思えてしまう。


「さて、どこから話そうかな」

「……その前に確認させてくれ。お前は“覚えてるんだよな”?」


 これは最終確認だ。

 ほぼ間違いなく、目の前の彼女は“あの”イオリだ。


 彼女と逢えて少しは気が紛れたのか、アキラは冷静になっていた。

 “この情報”は、この物語の核心部分にあたる。

 外部に漏らすことは致命傷になりかねない。


 だから彼女の口からはっきりと、確信できる言葉が聞きたい。

 聡明な彼女のことだ。上手く話を合わせているだけの可能性すらある。


「そうだね……」


 アキラの意図に気づいたのか、イオリは手のひらで口を押えながら目を細めた。

 そしてゆっくりと、アキラの眼を見つめた。


「エレナ=ファンツェルン、マリサス=アーティ。この名前を出せば、信用してもらえるかな」


 確定だ。


「……久しぶりだな、イオリ」

「うん」


 顔を伏せて、アキラは拳を握り締めた。

 彼女への謝罪や後悔が呑み込まれるほど、身体中が暖かな何かに包まれる。

 やっとだ。やっとこの世界で、自分と同じ存在に出逢えた。


「……無事でよかった、とは言い難い再会だけどね」


 イオリが呟いた言葉に、アキラは顔を上げた。

 ひとまず落ち着こう。

 今はまず、状況の確認だ。


「イオリ、訊きたいことがある。お前が“二週目”に言っていた“予知能力”。それは、“一週目”の記憶だな?」

「“二週目”……? ああ、そういう表現をしているのか。そうだね、お察しの通りだよ。僕はこの、繰り返しの世界の中で記憶を維持し続けている」


 “二週目”でははぐらかされていた回答を、今度のイオリはあっさりと答えた。

 そんなイオリの様子に委縮するも、アキラは喉を鳴らして言葉を続けようとする。

 だが、その言葉はイオリの鋭い視線に遮られた。


「訊きたいことがあるのは僕の方もだ。アキラ。君はこの“現象”に心当たりがあるのか?」


 妙に確信めいたイオリの瞳に、アキラは息を詰まらせた。

 だが、ここで躊躇はできない。

 自分は、この現象の説明を彼女にするために、彼女と話すためにこの場に来たのだから。


「イオリ。お前には話さなきゃならないことだ」


 イオリに対して“この事実”を誤魔化してしまっては、彼女に対しても、そして、自分に対しても、一生顔を合わせられないと感じる。

 アキラは再び喉を鳴らし、語り出した。

 “二週目”でも、多分この部屋だ。彼女に対して、今まで起こったことを語ったのは。


 発端は、魔王に挑んだ“一週目”だった。

 魔王を討ったそのとき、生き残ったのはアキラと世界最強の魔術師だけ。

 その結末を受け入れられなかったアキラは、膨大な魔力の半分を使って“彼女”に世界を巻き戻してもらった。


 そして、すべての元凶たる、醜悪な物語の“二週目”。

 未来の自分から送られた最強の力を手にした馬鹿な男が、物語を破壊し、蹂躙し尽し、その上で、僅かな気の迷いからすべてを台無しにした。

 そして当然、子供のように駄々をこね、残りの半分を使って再び時を巻き戻した。


 そして今。

 この“三週目”。

 前回の記憶を引き連れ、アキラは三度、この地に立っている。


 話しているうちに、自覚していたはずの自分の矮小さがより際立ったように感じた。


「しかも、俺の記憶は不完全なんだ。時折蘇るというか、なんというか……。特に“一週目”は全然だ」


 本当に自分が情けなくなってくる。

 静かに話を聞いてくれたイオリは瞳を伏せて思考を巡らせているようだった。


「……確かに」


 情けなさを紛らわせるように言葉を続けていたアキラの話を遮って、イオリが呟いた。


「この“現象”。“彼女”なら可能なんだろうね。“時”を司る月輪属性の最高峰。旅の道中、いや、最後の瞬間まで、彼女の力の底は、見えるどころか感じることすらできなかった」


 イオリは、あくまで冷静に、言葉を続ける。

 それはアキラに対しての言葉ではない。それがかえって、アキラの胸を抉った。


「それに、僕の記憶が残った理由もおぼろげに分かったような気がする」

「え、分かったのかよ」

「ああ。多分“彼女”がその魔法を放ったとき、僕はまだ生きていたんだろうね。そして―――、いや、いいか」


 イオリは頭を振り、そしてアキラを見据えてきた。


「だが、ようやく分かったよ。長年の疑問が解消した気分だ。2回目となれば慣れたものではあったけど、“始まった”ときは気でも触れたのかと思ったさ」

「お前はこの“三週目”、いつから記憶があるんだ?」

「そうだね……、もうすぐ3年、くらいかな。前回同様、サラに救われてね」


 やはり“二週目”よりは随分とタイムロスしているらしい。あのときは2年前と言っていた気がする。


 そこで、アキラの脳裏に何かがかすめた。

 2年―――いや、今では3年前か。


 “この世界線でも”その時期に起こった出来事をアキラは知っている。


「ところでアキラ。その話納得できないところがある」


 再びイオリの視線が鋭くなっていた。

 意識が離れかけていたアキラは我に返り、背筋を凍らせる。


「君の記憶だよ。何故今回は、君も覚えているんだ? 前回は覚えていなかったんだろう」


 訊かれるとは思っていた。イオリなら見逃さないだろう、その矛盾は。


 だが逆に、アキラの中に混乱が生まれる。

 今、目の前にいるイオリは、極めて現状の把握に努めようとしていた。

 静かに事実を訊き、淡々と自分の中で処理し続けている。

 それならそれでいい。むしろまともに取り合ってもらっているだけでもありがたい。


 この事実をイオリに伝えるときに、自分は何を期待していたというのだろう。

 アキラは思う。

 もし自分が誰かの身勝手な行動のせいで、2年、いや3年もの間、混乱の中に落とされたと知ったら、自分ならなんと思うだろう。

 不安だろうか。怒りだろうか。


 その上で、自分は“彼女の忠告”を半ば無視するような行動をしたのだ。

 それなのに、イオリはまるで気にしないように状況の把握を進める。

 感情をため込んでいるだけだろうか。そういう風にも見える。


 イオリにとって、自分はどう映っているのだろう。

 分からない。


「アキラ?」

「え、あ、いや。……今回は記憶を持ってきたんだ。その代わり、『力』は持ってこれなかった。どっちか片方だけ、ってことでさ」


 どうせ突かれると思っていた疑問には、用意していた答えを返した。


 イオリは目を細め、小さく爪を噛んだ。

 アキラは下手に口を出さず、ただ机に着いた小さな傷を眺める。


 せっかくの再会だった。念願の再会だった。

 それなのに、まるでイオリと会話できていないような気さえした。

 感情が口から出てこないせいで、イオリと本心で話せていないせいだろうか。

 事務的な状況確認が、かえって感情を鈍化させているように思えた。


 気にもしていないような彼女の素振りが、消えはしない罪悪感を薄れさせてくれるように、口からは何も出てこなかった。

 彼女はまるで謝罪など求めていないように見える。

 では何を求めているのだろうか。

 分からない。


 いっそ分かりやすく攻めてくれた方が気は楽だった。

 叫び、掴みかかってくれた方が、贖罪に変わる何かとして、アキラは受け入れられたかもしれない。

 それなのに、イオリはそうしない。

 静かに質問をしてくるだけだ。


 たまらなく辛かった。たまらなく自分が情けなく感じた。

 アキラが用意してきたつもりの謝罪など、彼女に何の影響も与えないのかもしれない。

 彼女が何を感じ、何を想っているのか分からないのに、意味もなく謝り、自分だけ気が楽になろうとするのは、酷く不誠実なことだと思えた。


 だから。


「イオリ。あのさ、」

「イオリ!? ここ!?」


 アキラの言葉は先送りになった。

 廊下からけたたましい足音が響いたと思うと、扉が強く叩かれる。


「サラ?」

「いた!! って、あ、“勇者様”も。お騒がせしました」


 もしかしたら、アルティア=ウィン=クーデフォンが成長したらこんな女性になるのだろうか。

 まるで飛び込むような勢いで部屋に入ってきた女性は、アキラの横を通るときは形で慎重に、そしてイオリへ向かっては飛びつくように接近し、勢いよく腕を掴んだ。

 イオリから小さな悲鳴が漏れる。場の空気を一変させるのも、ティアによく似ていた。


「お話し中大変失礼しています。イオ……、副隊長。目撃されたそうで……、隊長がすぐに呼んで来いって」

「目撃……? え、えっと、」

「なに惚けてるんですか、“グリグスリーチ”ですよ!! ここからちょうど北部の……、って、あとは報告書を読んでください」

「……分かった」


 どうやら魔導士としての職務のようだ。

 サラに地図のような書面を渡され、イオリは顔つきを変えてそれを眺める。

 勢いに乗せられ、アキラは思わず立ち上がった。

 そしてサラと目が合い、首をかしげる。


「あ、グリグスリーチって魔物が、最近この辺りに出没しているんです。イオ……、副隊長がその担当で。カリス隊長は休暇も何もない、って」

「サラ、それは当然だよ」


 イオリは地図と、そして何かが細かく書き込まれた書面を眺めながら、静かに返した。

 仕事モードというやつかもしれない。

 あるいはサラと過ごして培った集中力だろうか。

 だがおかしい。ティアと過ごしている自分には、その力は宿っていない。


「てか、そんな危険な魔物なのかよ」

「ええ、それはそれは。だって噂では……、ってイオリ、隊長はあくまで調査に徹しろって言ってるからね?」

「それはその場の状況次第さ……。場所は分かった。夜までには戻って来る」


 イオリは立ち上がり、地図を胸にしまい込んだ。

 そしてアキラに視線を合わせず歩き出す。


「すまないがアキラ、話は中断だ。これから仕事でね」


 廊下に歩を進めるイオリを見て、アキラは強い危機感を覚えた。

 危険な魔物の調査を、たったひとりで任される、魔導士としてのイオリ。

 その機敏な動きが、まるで彼女自身の在り方を示しているように、アキラとの住む世界の違いを感じさせる。


 今、あの背を見送ったら、


「……なあイオリ。俺も行っていいか?」


 思わず口から出てきた言葉に、イオリはピタリと動きを止めた。


「あ、いや、邪魔はしないから、その、無理か?」


 仕事というものに対するイメージが柔らかいアキラは、怒られるかと思った。

 魔導士の職務は、赤毛の少女に訊けば日が暮れるまで語らってくれると思うが、アキラは知らない。

 旅を続けているだけの自分では、かえって足手まといかもしれない。

 そもそも自分は、彼女との会話で居心地の悪さを覚えていた。

 だが、それでも。


 妙な危機感を覚えた。今、イオリを見失うことは、したくなかった。


「え」


 イオリから声が漏れた。

 アキラは身を固めているイオリの背中をまっすぐに見つめる。


 すると彼女は振り返った。

 そして、何故か。

 おびえたような瞳を浮かべて呟いた。


「い……、いいの?」


 その目は、アキラの脳裏に焼き付いた。


「い、いや、“勇者様”に何かあったら……、イオリも何言って、」

「うん、そうだね」


 視線を外したイオリは、いつもの表情に戻っていた。


「アキラ、助かるよ。行こう、騒ぎが大きくなる前に」


 イオリはサラに視線を突き刺し、再び歩き出した。

 アキラはその背中を不確かな足取りで追う。


 やはり、イオリは分からない。

それは今に始まったことではなかった。

 共に旅をしていたというのに、彼女のことを理解できたことはなかったのかもしれない。


 感情が感じられなかった言葉だけの会話に、今の表情。


 彼女のことを理解していたら、簡単に分かることだったのだろうか。

 “二週目”にこの部屋で会話をしていたときも覚えたような不確かさだ。


 ホンジョウ=イオリ。

 彼女は、今、何を思って、何を考えているのだろう。

 まるで、赤の他人のように遠く思える。


 アキラは振り返り、なんとなく部屋の中を眺めた。

 隊長に報告すべきかを葛藤しているサラから視線を外して、意味もなく机の隅に置かれたメモ帳を眺める。


 『日溜明』と『本条伊織』。

 そんな異世界の文字が書かれた紙きれは、当然ながら、逆行と共に白紙に戻ってしまったようだった。


―――***―――


 4大陸最強の地―――モルオール。

 そこでは異形の群れが大陸中を襲い尽し、人間の営みの中心とも言える町を、人間の寿命よりも短いサイクルに陥れた。


 異形の群れが町々を襲うのは他の大陸でも起こり得る事象だ。

 だが、モルオールが“過酷”と言われるのは、その全大陸共通の脅威の“質”にある。


 通常、魔物は群れを成す。

 それは個の力の限界を、あるいは個の力でもたらせる被害を“作り手”が重々と承知しているからであり、事実、一般人より矮小な魔物は集団で行動し、魔術師隊をも勝る脅威を生み出している。


 しかし、群れを成す必要すらない強大な魔物も存在している。

 集団で動くことすら必要としないそうした魔物は、驚くべきことに、集団動く魔物たちとは別格の被害をもたらし、最警戒対象に挙がっている。

 集団を凌駕する、通例を捻じ曲げる、強力な“種”は実在するのだ。

 集団で行動することは、力が劣っていると証明するに他ならないとでも言うように。


 モルオールは、“そうした魔物が群れを成している”。


 そして、その上で。


 モルオールにも存在する。

 他の大陸では想像することもできない―――群れを成す必要すらない魔物が。


「グリグスリーチ」


 イオリが、遠くで何かを呟いている。


「今僕が追っている魔物だ。目撃証言では人型に近い。幸いなことに“町”単位での被害は出ていないが、どうも上の人のご家族を手にかけたそうでね。そして不幸なことに僕に即時解決を求められたって隊長は憤慨していたよ」


 風の音が強い。


「まあもっとも、隊長も僕も形だけは全面協力しておかないと、色々とやり辛くなるって知っているからね。噂を聞くに、僕が所属しているのは結構自由な隊らしいよ」

「イオリ、マジで聞こえない。あ、俺の声も聞こえないか!?」


 ビュッ、と騒音が耳を切ったような気がした。


 例の“グリグスリーチ”とやらが出現したらしい港町の北部へ、アキラたちは“遥か上空”を高速で移動していた。


「だってさラッキー。もう少し下を飛べないかな?」

「グ、ググ」


 どうやら聞こえたらしいイオリの声に応じて、眼下の巨獣が喉を鳴らす。


 岩石のようにゴツゴツとした鱗に覆われた肌。

 力強い四肢に鋭い爪と牙。

 生物すべてを威圧するかのようなたてがみを靡かせ、巨大な翼で空を行く巨竜。


 “同種”とは数か月前に出会ったばかりだが、あちらを移動用と表現するならばこちらは戦闘用だ。


 ホンジョウ=イオリの召喚獣―――“ラッキー”。


 攻撃的な姿をしている巨竜が天空から降下していく姿は、まるで眼下の町々を襲い尽そうとしているかのような光景だが、イオリ曰く、大人しい召喚獣とのこと。

 そのことをまるで信じられなかったアキラは、いつ暴れ出すか気が気ではなかったが、とりあえずここまで運んでくれたことを見るに、いきなり取って食われることはなさそうだ。


「とりあえず、アキラ、隣に来てくれ」

「え、あ、ああ!」

 アキラはラッキーのたてがみを掴みながら慎重に前へ進み、イオリの隣に腰を下ろした。

 眼前で風を切るさまが目に焼き付く。まるで操縦席なような空間は、妙に座り心地が良かった。


「グリグスリーチのことだ。聞こえてなかったかな?」

「ああ、聞こえてなかった」


 目の前の光景に目を奪われながらそう返すと、隣からため息が聞こえた。

 文句を言われても困る。


「まあいいさ。どうせくだらないことだし」

「それよりお前寒くないのか? 俺は大丈夫なんだけど」

「ん? ああ、魔導士隊のローブは優秀ってことだよ」


 以前冬空の遥か上空で召喚獣の術者が生死の境を彷徨ったことがある。

 必然共に生死の境を彷徨うことになったアキラは、イオリの様子を伺った。

 どうやら大丈夫のようだ。


 イオリはまっすぐに前を見て、大空を飛んでいる。

 黒髪をなびかせ、鋭く前へ進むその光景には、美しさすら感じられた。


「……アキラ、その、近い」

「あ、ああ」


 惚けて返すと、イオリはこほりと咳払いし、話を戻した。


「グリグスリーチ。そう呼称されている魔物は、どうやら一癖も二癖もあるみたいでね。まず、出現時刻に規則性がない。深夜に襲われた報告もあれば真っ昼間に襲われた話もある。出現条件は不明、場所もバラバラ。郊外で襲われたっていう場合は、大抵魔物の巣に近づいた、ってのが多いのに、グリグスリーチはそういうことも無いみたいだ。でも、」


 クン、とラッキーが方向を変えた。

 よろけたアキラをイオリがすぐに捉まえると、すぐに安定した軌道に戻る。

 どうやら空にある気流か何かを避けたようだ。


「たまにあるから注意してくれ」

「ラッキーも警戒しなきゃいけないってのにか?」

「だから、大人しいって。こんなにかわいいのに」

「かわっ!? って!?」


 再びガクン、とラッキーが気流を避けたようだ。

 前にも何度か乗ったことはあるからある程度は信頼しているが、どうも雪山で落下の危機に瀕したのが良くなかったらしい。高所にくると、精神が不安定になるようだ。

 イオリの価値観が疑われるような発言があった気がしたが、多分空耳だろう。


「でも、グリグスリーチの出現条件はおおむね予想を立てている」


 イオリは前を見ながら、瞳を細めた。


「人間が少数で行動していること、だ。そもそもグリグスリーチは、町や村を襲わないのに、何故問題視されていると思う?」

「人間を襲ってんだろ、問題じゃねぇか」

「……そうだね、言い方が悪かった。常に被害をもたらされているモルオールは、たったひとりを救うことは後回しにされがちだ。それを優先すると、もっと多くの人が被害に遭う。どうかとは思うけど、確かに町や設備が破壊された方が失われる命は多い」


 冷たい考え方だが、それほどモルオールは切迫しているのだろう。

 イオリが言っているのは、少数の人を襲うに過ぎないグリグスリーチに対し、魔導士隊の副隊長を投入するほどの事態に何故なるのか、ということだ。

 隊長や副隊長は管理職だ。

 本来隊員が行動を起こすべきなのだろうが、その戦力では不十分だと判断されているということになる。


「さっき言った問題もあるけど、グリグスリーチが襲う人に問題がある」

「どういうことだ?」

「グリグスリーチって魔物はね、組織そのものと戦おうとしない。少数で行動する実力のある存在を襲うんだ。これまでに何度も、名を上げた魔術師たちが被害に遭っている」


 名を上げた魔術師。

 そう呟くイオリは、神妙な顔つきになっていた。


「モルオールで少数行動できるなんて世界有数の実力者だ。当然、モルオールの人々は、いや、世界中の人々が期待を寄せる。だけど、そんな存在が敗れたと知ったら大衆はどうなる。夢も希望もなくしてしまう。グリグスリーチはね、人間たちの僅かな士気すら奪う魔物なんだよ」


 夢を閉ざす魔物。

 グリグスリーチはそういう存在なのだろう。


 例えば自分は、世界でも通じるほどの有名人になっているらしい。

 もしかしたら世界の裏側で、自分に期待を寄せている者たちが数多くいるかもしれない。

 世界を平和にしてくれ、と。

 そんな夢が潰えたら人は何を思うだろう。次に夢を見ることができるだろうか。


 そんな魔物を今から探しに行く。

 いや、討ちに行く。

 調査、と言っていた気がするが、どうせ、だろう。


 だが、それよりもアキラは、確認したいことがあった。


「なあイオリ。色々言っているけど、このグリグスリーチとやらの事件、」

「そうか。君は忘れているんだったね。……もちろん、僕の“記憶”にあるよ。君の言うところの、“一週目”の事件だ」


 圧倒的なアドバンテージがこちらにある。

 今はイオリとふたりだけ。


 アキラの記憶の封は解けてはいないが、このアドバンテージを惜しまず使うことができる。


「なんだよ」

「でも油断しないでくれ。目撃証言を聞くに、僕が記憶していた情報と少し違う気がする。まあ、“一週目”でも誤った目撃証言はあったけど」

「ずっと前の出来事だろ? 少しくらい記憶違いはあるもんだろ」


 軽口を叩いたが、アキラは冷静に、慎重に、集中力を高めていた。

 記憶はあれば使うが、頼りはしない。

 それが今の自分の戦い方だ。


 しかしイオリは、少しだけ拗ねたような表情を浮かべて言った。


「記憶違いなんてない、忘れるわけないじゃないか。これは、僕と君の、最初の冒険だ」


 高めていた集中力が、散漫した。


―――***―――


 本を開くと、清く正しい人間の姿しか見つからない。


 いや、語弊がある。

 清く正しい人間は、仲間たちと語らい、笑い、物語を謳歌できるのに対し、そうではない人間は、何らかのペナルティを払わされる。

 そうしたストーリーは往々にして人の胸を打ち、目を輝かさせ、そして世界に伝播する。


 善人には都合がよく、悪人には都合が悪い。


 これが、物語のあるべき姿という奴だ。


 そしてそれは、本を開いた人間に想いを残す。

 善人たちのように、自分もこうありたいと。あるいは、こうあり続けたい、と。


 現実に、そんなことは不可能だ。

 頭で考えるまでもなく、現実を知っている人間は、ほとんど反射で、これは物語の中だけの存在なのだと本を開く前から感じてしまっている。


 だけど、例えば子供のころ、現実を知る前に、本を開いた人間は、胸にくさびを打ち込まれている。

 いい言い方をすれば、夢を抱いてしまう。憧れを持ってしまう。


 こうなりたい、と。


 成長して、世界のいろいろを知って、頭では理解したとしても、本能に根付いてしまうのだろう。


 自分も、誰かとの関係も、何ら穢れの無いものにしたいという、潔癖感を持ってしまう。


 そうでない関係を、自分は知らない。

 知らないから、自分の世界では存在しないことになる。


 だから。


―――***―――


 ゴッ、と眼前に巨大な拳が見舞われた。


「―――」


 アキラは目を細めて右にかわし、態勢を整えようとした眼前の巨体を、迷うことなく切り裂いた。


「イオリ、無事か!?」


 アキラがイオリと共に“着陸”したここは、どうやら魔物の巣と言われる場所だったようだ。

 深い森の中の、開けた草原。靴がすっぽりと覆い隠されるほどうっそうと生え茂った草木は南の大陸の大樹海を思い起こさせる。

 モルオールにおいてこうした地形は、気候からか、あるいは魔物の脅威からか見覚えもないほど珍しい。

 そして今、その場を巨大な足音が蹂躙している。


「ああ、問題ない」


 近くから、イオリの極めて冷淡な声が聞こえた。

 アキラは振り返らずに胸を撫で下ろすと、再び目の前の敵に注力する。


 姿で言えば、ゴリラなのだろう。

 記憶を辿れば、東の大陸で遭ったクンガコングを思い起こすが、目の前の存在は生物としてさえも異質だった。


 身の丈は、アキラの倍ほどもある。

 灰色の体毛に覆われ、貌は正面から押し潰されたように醜く歪んでいた。

 豚鼻をひくつかせているのは、相手との正確な距離を測るための基幹なのかもしれない。

 だが、もっとも特徴的なのはその手足だった。

 四肢はまるで大木をそのまま突き刺したように見えるほど太く、黒ずんでいる。そして手は、人ひとりを覆い隠せるほど巨大に発達している。

 足も、手と同様に“開く”ことができるようだ。

 その足で、あるいは手で、目の前の魔物はこの草原を飛び回る。


 手が4つほどあるかのような不気味な姿のこの魔物の名前を、アキラは知らない。

 分かるのは、他の大陸では群れの主になり得るであろう、“モルオールの魔物”だということだけだ。


 そしてそれが十数体――――


「っと、」


 横なぎに見舞われた“大木”にアキラは身を引き、即座に接近する。

 とりあえずこの草原でも瞬間速度は自分の方が上らしい。

 まだまだ数がいるようだが、直撃することはなさそうだ。


 気がかりなのは、移動してきたばかりだからかラッキーを召喚していないイオリだが―――


「―――!! ―――!!」


 この魔物たちの悲鳴を、呻きを初めて聞いた。

 振り返れば異形の魔物が、声にならない叫びを上げながら倒れ込んでいくところだった。


 その灰色の体毛は、“より濃い同色の色”によって塗り潰されている。


「クウェイク」


 冷淡な声と共に、再び巨獣の叫びが上がる。

 その先。


 ホンジョウ=イオリが、抜き放った獲物と共に次の魔物へ狙いを定める。


 あれが、“二週目”でも見た彼女の戦闘スタイルだ。


 剣の柄を鉄製の紐でつなげたそれらは、重量を感じさせない一対の短剣だ。

 突き刺したところで魔物たちの腕はおろか指すら貫通させることはできないだろう。

 だが、何ら問題はない。

 魔物を消し飛ばそうと剣を振るうアキラとは違い、彼女が狙っているのは“当てること”。


 それだけで、あの色は、あの色が宿す力は存分に発揮できる。


「ふ―――」


 再びイオリが魔物の腕に切り傷をつける。

 そして、その直後。


 おびただしいほどのグレーカラーが傷口から溢れ出す。


 再び彼女は呟いていた。

 あまりに希少な、その、土曜属性の魔術を。


「クウェイク」


 土曜属性。

 世界を回ったアキラは、あらためてその力の希少性を、そして強力さを認識していた。


 土曜属性は、一般的には魔術防御に適した属性として広まっている。

 その耐性は他の属性の群を抜き、爆発物の性質を併せ持つ火曜属性同様、魔術以前の“魔力”そのものにそうした特性があるようだ。


 魔術を封殺する、魔力。

 あるいはそれは、アキラの剣に使用されている“魔力の原石”に近しい性質があるのかもしれない。

 そんな魔力に干渉し、魔術として操れるとなると、相当な鍛錬か、あるいは天性の才が必須となるであろう。その希少性も頷ける。


 そんな土曜属性だが、操ったときの脅威は当然尋常ではない。

 並大抵のことでは“魔術”に変換できない“魔力”である土曜属性の力は、あらゆる魔術攻撃を遮断する。


 そして。

 そんな“異常”である魔力が流し込まれた対象は、どうなるか。


「―――!! ―――!!」


 魔物たちの断末魔が響く。

 魔物たちも体毛から土曜属性なのかもしれないが、イオリの“魔力”を封殺できていない。

 あまりに不動な土曜属性の魔力は、体内に溶けた鉛を流し込まれたように正常な魔力の運用を阻害し、そして即座に固まり、剥がれない。

 今の今まで流していた魔力が突然せき止められるのだ、対象からすればまるで雷にでも打たれたかのような衝撃があるだろう。


 その現象を、イオリは魔物に攻撃をかすめさせるだけで起こしている。

 魔術防御が特性とは言われているが、魔力の流れを奪い去る土曜属性は、“生命の流れを奪い去るあの属性”と共に、殺傷力が極めて高い力だとアキラは思う。


 そして。


「クウェイル」


 警戒したからか、一歩距離を取った魔物に対し、イオリは間髪入れずに腕を振るう。

 鋭く放たれたのは食器のようにも見える、小さな銀のナイフ。

 先端が広がり、フォークのような形状のそれは、風音と共に魔物の喉元に刺さり、そして土曜の脅威を押し流す。


 近づけば短剣の速度を活かされ、離れれば投げナイフに貫かれる。

 それらに触れただけでも終わりなのだ、魔物にとっては尋常ならざる脅威であろう。


 そしてその上で、彼女の真の切り札は別にある。


 これが、ホンジョウ=イオリという魔導士。

 この過酷な大陸で、即座に魔導士まで上り詰めた存在。


「―――ふう。アキラ、そっちは?」

「ん? ああ、なんとかな」


 最後に切り裂いた魔物と距離を取り、アキラは剣を収めた。

 魔物の死骸の爆発を確認すると、アキラは改めて周囲を見渡す。


 降り立ったときには歩きにくいと思っていた草原だったが、いくつもの爆音によって随分と快適になっていた。

 こうしてまたモルオールの自然が失われたと思うと胸が痛む。


「降り立って早々悪かったね。グリグスリーチが目撃された場所から割り出して、こっちの方に来たんだけど、下りやすそうな場所があったから。まさか出迎えがあるなんてね」

「……いや、いいよ。これくらい」


 アキラは周囲を伺うふりをして視線を外した。

 これは、彼女の記憶にあった出来事ではないのだろうか。

 どうも胡散臭さを覚える。


 だが、負い目がある自分には問い質すことはできなかった。

 結局まだ、謝られていない。

 今は仕事中、という言い訳をして。


「これくらいと言えるのは君だからだよ。一応は民間人である君と共にウィルズドに囲まれたなんて知られたら、僕は謹慎じゃすまされない」


 今は亡き魔物たちの名前はウィズルドというらしい。

 どうやら危険極まりない魔物たちだったらしいことを、それを容易く蹴散らした人物が言っていた。


「それで、グリグスリーチはこっちにいるのか?」

「ああ、いるはずだ。こっちかな」


 確信を持ったその表情。

 やはりこれは、彼女の記憶の中にある事柄らしい。


 イオリに連れられ、アキラは森の中へ歩を進めた。

 空はやや曇ってはいるが、太陽は出ている。

 それなのに、森の中は妙に暗く感じた。

 イオリもちらりと空の様子を伺い、そして緩慢な動作で灯りを取り出した。


「ところでアキラ」


 もうどれほど歩いただろう。

 灯りに照らされた道を進むイオリが小さく振り返った。

 今まで黙々と進んでいるばかりだったからか、彼女も口を開きたくなったのかもしれない。


「君は“一週目”の記憶がたびたび蘇ると言っていたけど、今はどうかな」


 こうした話題を気軽に話すのは初めてだ。

 一瞬頭の中を探り、アキラは首を振った。


「いや、解けてない。てか、何故か最近あんまり無いんだ」

「無い?」

「予兆、っていうのか、なんていうか。記憶の封が解けるときは、こう、いい感じで頭が痛んでたんだけど……、それも無い」

「……そうか。何故だろうね」

「でも、とりあえずはいいじゃないか。お前はこの事件覚えてるんだろ?」

「ああ、覚えている。細部もね。だけど……、おっと、ここだ」


 辿り着いたのは、魔物たちが暴れたのか、複数の大木が横倒しになって開けた空間だった。

 草木も先ほどの草原と違いほとんど生えておらず、動きやすい。

 大木が倒れているおかげで、日が差し、視界は良好だ。

 こんな特徴的な場所だったからか、イオリは迷わず足を止めていた。


「で、いないけど」

「今はいないみたいだね。ただ、ここに来る、はずだ」

「?」


 記憶があるにしては弱い言葉を使うイオリは、倒れ掛かっていた大木の下に潜り込んで腰を下ろした。

 その妙な動作にアキラは眉をひそめる。


「何やってんだよ?」

「…………雨宿り、かな」

「は?」


 アキラは空を見上げた。

 確かに雲は出ているが、晴れている。

 少なくとも港町に戻るまでは、雨具の心配は要りそうにない。


「とりあえず、俺も入っていいか?」

「ど、どうぞ」


 このまま自分だけ立っているのも居心地が悪い。

 アキラはイオリの明けたスペースに、剣を下ろして潜り込んだ。

 とりあえずしばらくは、ここでグリグスリーチを待つことになるのだろう。


「ねえ、アキラ」

「なんだよ」

「そういえば、君のここまでの旅の話を聞いてなかったね」

「……ああ、そうだな」


 そういえば。

 “二週目”で、あるいは“一週目”でも語らったであろうその話は、この世界のカラクリの話で終わってしまった。


 いや、話そうとすれば話せていたかもしれない。

 わだかまりがあるから、だろうか。


「その話、後でもいいか。それより今は目の前の敵だ。お前は知ってるかもしれないけど、俺は覚えてないんだよ。何が起こるか分からない」

「……分かった」


 自分への苛立ちからか、荒れた声が出てしまった。

 アキラは気づかれぬように拳を握り締める。

 あとは、グリグスリーチとやらを倒した後にしよう。


「……ねえ、アキラ。少しだけ記憶の話を蒸し返してもいいかな。実は、今の状況にも関係している」

「?」


 おずおずといった様子で、イオリは呟いた。

 定期的に空を伺っているのは、本当に雨を警戒しているようにも見える。

 素人目には晴れているのだが、ここから雨が降り出すことがあるのだろうか。


「あ、ああ。なんだ?」

「“彼女”の時を巻き戻す魔法。それによって戻った僕たちは、本当に経験した通りの事象をそっくりそのまま受けるんだろうか」

「……? どういうことだ?」


 そっくりそのままか、と聞かれればそうではない。

 以前は記憶が存在するがゆえに手痛い思いをしたことがある。

 だが、基本的に、今の自分の旅は、忘却の彼方にある“一週目”と同じもののはずだ。


「大まかな出来事は同じだったろう。それは僕も実体験している。現に、君はこの地に現れたしね。グリグスリーチだって、記憶通りの出現だ」

「それが、“刻”ってやつだろ」

「……ああ、そうだ。だけど、マクロな視点じゃなくて、もっとミクロな視点で、だ」


 超常的な話をしているのに、イオリの表情は真剣そのものだった。

 この仕事への集中力の高さを感じさせるこの凛々しさは、魔導士としての彼女の顔だろう。


「例えば、そうだな。君がこの場所まで来るためにかかった日数。それは、“一週目”とまったく同じじゃないみたいだね」

「そりゃあ……、そうだろ」


 過去とまったく同じ行動を起こすことは不可能だ。

 イオリの言う、ミクロな視点であれば、利用した交通機関は違うだろうし、もっと言えば歩く速度なんて当然違う。

 その微妙な影響を超越し、物語をあるべき形に落とし込んでいるのは、随所随所に埋め込まれている特定の“刻”。


 日輪属性の者は、その“刻”を時間にとらわれず芽吹かせる運命にある。


「でもそのミクロな影響は、本当にマクロな世界に影響を及ぼさないのかな。大局は、ミクロな影響じゃ揺らぐことは無いのかな」

「揺らいでもらわなきゃ困るんだよ」


 力強く、アキラは言った。

 イオリがびくりとしてこちらを見る。


 思ったより苛立った声を出してしまった。

 イオリは誤解したのか、慌てたように言葉を続ける。


「あ、いや、そうだね、結論を言った方がいいね。実は、どのミクロの影響かは知らないけど、この依頼、“すでに僕の記憶と違ってきている”」

「…………は?」


 思わず顔を向けると、イオリは爪を噛んでいた。

 冷静そうに見えていたが、それは努めてそう見せていただけで、彼女は今、困惑しているようだ。


「違うって、何がだよ」

「いや、こんなことが今までなかったわけじゃないんだ。すべての事象を、細部まで、完璧に覚えているわけじゃなかったけど、記憶と違うことは今までも何度かあった。僕が過去の僕を完璧に模倣できなかった影響かもしれない。もっとも、大局は揺るがなかったから、僕は記憶のアドバンテージを存分に活かせていた」


 動揺すると、彼女は早口になるのかもしれない。

 必死に思考を進めながら、イオリは何度も空を見上げる。


「だけどよりによって、この依頼……この依頼で、記憶と違うことが起きてる」

「だから、それは何なんだよ」

「空だよ」

「空?」

「……“あの日”は、雨が降っていた。だから僕たちは、ここで一旦雨宿りをしたんだよ」

「……え?」


 あまりに深刻そうに言うから身構えていたのだが、拍子抜けした。

 雨、か。

 アキラは空を見上げた。やはり降りそうにない。

 今までもっと致命的な“記憶違い”があったアキラにとって、それは些細なことのように思える。

 だがイオリはそう思っていないようで、自分を落ち着かせるように目を閉じていた。


 彼女はあまりそういう経験は無かったのだろう。だが、問題は無い。

 結局のところ敵はグリグスリーチとやらであるらしいし、それを撃破するこの仕事は変わりなくここにある。

 あとはイオリの記憶通りに刻むだけだ。


「……ヒダマリ=アキラに……ホンジョウ=イオリか?」

「―――!?」


 突然、ガシャン、という何かの音と共に、声が聞こえた。

 イオリの気配も鋭くなる。

 アキラは縮こまりそうになる身体を必死に動かし、滑るように外に躍り出る。


 くぐもった声の主の気配が、倒れた大木の向こうからする。

 森に迷い込んだ冒険者だろうか。

 思わず剣を握っていた手を、しかしアキラはさらに強め、慎重に迂回する。


 ごくりと喉が鳴った。

 本能的に、あの声の主に警戒心を覚える。


 そして。


「いっ」


 真っ先に目に飛び込んできたのは“人骨”だった。

 手首を吊り上げられた人骨が、隣にも、その隣にも並んでいる。

 そして、その人骨たちの手首は、“その存在の躰”に楔で打ち込まれていた。


「……ようやくだ」


 姿は通常の生物とはかけ離れていた。

 重々しい、闘牛のような四足歩行の生物の顔から、人間の上半身が生えている。

 半人半獣のケンタウロスに見えるが、その上半身。

 人の身の数倍ほどある巨躯を覆い隠せるほどの人骨で覆っている。

 貌は骸骨そのもので、刳り抜かれた目の奥から、不気味な光を煌かせていた。


 人外の存在。

 そして言葉を発したその意味は。


「……“言葉持ち”、か」


 アキラは迷わず剣を抜いた。

 四大陸最強のモルオール。

 こうした事態もあるだろうと思っていたからか、思ったよりも冷静に動けた。

 “言葉持ち”。

 言葉すら理解する、魔物の中の“異常”。


「探していたぞ、貴様らを……!!」


 間違いない。

 この存在が、“夢”を奪う魔物―――グリグスリーチ。

 知識があるゆえの行動だろう。

 どこで仕入れたのか分からないが相手は自分たちのことを知っているようだ。


「気が合うな、俺たちもお前を探していたよ」


 努めて人骨を見ないようにしながら、アキラは挑発的に返した。

 あの見せしめのように吊るされている人骨たちは、この魔物に刈り取られた“夢”たちのなれの果てなのだろうか。

 アキラは奥歯を強く噛み、そして背後の気配を探る。


「イオリ。どうする。こいつは何をしてくる?」


 さっさと人任せになろうとしたアキラの背後、イオリは、何も言わなかった。


「イオリ?」


 焦ったアキラはグリグスリーチから意識を離さないように背後の様子を伺う。


 そこでは。

 イオリが短剣を抜きながら、眉をひそめてグリグスリーチを睨んでいた。


「お、おい、イオリ?」

「……悪いけど」


 イオリも奥歯を強く噛んでいるのが分かった。

 そしてふつふつと、アキラに嫌な予感が浮かんでくる。


「まさかとは思うが、」

「……ああ。僕はこの魔物を―――“知らない”」


 ミクロな影響は、マクロな世界に影響を及ぼす。

 それが実証されたような気もしたが。


―――どうやら久方ぶりの、ハードモードのようだった。


―――***―――


 ボス、ボス、ボス。


「え、そうなんだ。まあ、仕方ないんじゃない。魔導士の仕事だし、重要なんでしょ。それよりあたしはあいつが迷惑かけてないか心配だわ。あいつもただの民間人、ってわけではないけど、やっぱり魔導士の職務って旅の魔術師への依頼とは別格のものだもの」

「あの、エリにゃん。お気持ちは分かるんですが、枕に罪は無いですよ」

「ん? え、何が?」

「ひっ、もちろんですが、ティアにゃんにも罪は無いです!!」


 あの状態のエリーに絡もうとするとは、ティアの胆力には相変わらず度肝を抜かれるし、背筋を凍り付かせられる。


 サクは買い物から帰ってくるなり、事情を聞かされたエリーが陣取るベッドの上から視線を外し、再度来訪者に言葉を投げた。


「それで、いつ戻って来るかは分からないのか?」

「イオ……、副隊長は夜までには戻るって言ってましたけど、あんまり当てにはなりません。前もそうやって調査に出かけて、結局解決するまで戻ってこなかったこともありましたし」


 来訪者は、先ほども出会ったサラという女性の魔術師だった。

 町で別行動となったサクは、意外と長くかかった買い物を終えて部屋に戻る途中、廊下で頭を抱えている彼女を見つけ、とりあえずはと部屋に招き入れたのだった。

 どうやら困り果てているようだった彼女の話を聞いていたところに丁度ふたりが戻ってきて、ひとりは今、ベッドの上で枕を殴り続けている。


「とりあえずエリーさんも落ち着いてくれ。ところでサラさん、だったな。アキラたちが向かった場所に今から行くことはできないのか?」

「は? 何が? ん、どうかしたのティア?」

「……タスケテ」


 近づいたのはお前だ。

 サクは助けを求めるティアを無視し、ふたりは放っておこうと決めた。

 自分だって、あの男の行動に思うところはある。


 何となく不安で先に戻ってきたのだが、案の定だ。

 あんなになるのであればエリーも戻ってくれば良かったものを。

 もっとも、手遅れだったようだが。


 アキラは今、あのホンジョウ=イオリと、ふたりで、とある魔物の調査に出かけているらしい。

 それはともかく、その調査。


 ヒダマリ=アキラが関わった以上、ただの調査で終わるとは思えない。

 噂に聞くホンジョウ=イオリと行動を共にしているともなれば何かあるとは思えないが、心労は絶えない。


 やはり、不安だ。

 今まで彼が、理由もなくいなくなったことがあっただろうか―――いや、かなりあった気がする。


「気軽に行けるような場所じゃないです。副隊長だからいけるんですよ……。それにしても大変申し訳ありません。“勇者様”を危険な目に遭わせるなんて……」


 “勇者様”ともなれば“それ以上の危険”に挑もうとしているのだから問題はなさそうに思えるが、“それ以外の危険”に巻き込まれるのはサクとしても不本意だ。

 サクは息の塊を吐き出した。


「あのカリスという隊長はなんて言っていたんだ?」

「言えませんよ、こんなこと。だから私どうしたらいいか……。イオリのやつ。戻ってきたら、私、流石に怒ります」


 彼女も彼女で色々と板挟みにあっているようだ。困った挙句、廊下でうろうろしていたのだろう。

 ただどうやら、彼女もホンジョウ=イオリが戻って来ることを確信しているような口ぶりだった。

 ふたりがあんな調子だし、アキラも不在。

 サクはとりあえず自分だけはまともであろうと、立ちっぱなしだったサラを椅子に座らせた。

 どうも彼女は“勇者様”をというものを誤解している魔術師のようだが、ある意味都合がいい。


「ところでサラさん。すまないが、あのイオリさんとは付き合いが長いのか?」


 情報収集は続いている。

 アキラが自分たちとは違う理由でもイオリを探していたのはもう間違いないだろう。そうなれば、彼女を仲間として迎え入れることになる。

 信用に足る人物かどうかは、ある程度図っておく必要があるだろう。


「え、あ、はい。そうですね。副隊長……、イオリとは、もう、2、3年前ですかね、“彼女がこの世界に来た”ときからの知り合いです」

「……!」


 その言葉に、サクも、そして奥のふたりも即座に顔を向けた。

 まさか、彼女は。


「“異世界来訪者”。噂には聞いていましたが、私も出会ったのは初めてでした」


 世界でもごく少数ながら、存在を認識されている“異世界来訪者”。

 ホンジョウ=イオリはその存在らしい。

 一応祖先がそうであるサクにとってはそこまで馴染みの無い話ではないし、その上、目下悩みの種であるあの男も同じ存在だ。


「アキラ様も“異世界来訪者”だ。そうか、まさかそれで、なのか……?」

「ああ、やっぱり噂通りなんですね。そうか、確かにあのふたり、雰囲気というか、似てるような気もします」


 そこでサラは、気づいたようにサクを見つめてきた。

 自分にもその血が流れている。

 そして、もしかしたら。


「あ、じゃあアッキーとイオリンはもともとお知り合いだったのかもしれませんね!」

「イオ……リン?」

「え? サララン今そういうお話じゃなかったですか?」

「サラ……ラン?」

「気にしないでくれ、ああいう病気だ」

「!?」


 ティアの人に対する呼称は置いておくとして、言っていることは自分が考えていた通りだった。

 異世界とやらがいくつあるのか知らないが、確かにアキラとイオリの雰囲気は似ている。

 冷静に考えれば性格から何から違いそうだが、それなのに、そういった印象を抱かせるほど根底が近しく思える。


 どこで仕入れた情報か知らないが、だからアキラはイオリを探してここまで足を延ばしたのだろう。

 まずい。想像以上に面白くないと感じている自分がいる。


「それで、」


 サクは頭を振って余計な思考を追い出した。


「イオリさんは、この世界に来たときどうしていたんだ?」

「それは、その、身内自慢じゃないですけど、イオリは倒れてたんです、私の家が管理する、森に。兄が魔導士になったので、私もそれを目指そうとしていた訓練中のことでした。魔術に集中して、周囲にも気を配っていたのに……、イオリは突然、現れたんです。そのあと、ルーティフォン家で保護しました」


 そういえば。

 アキラにもこの世界に来たときの話を聞いたことがある。

 本人はやや暗い顔をしながら、とある高い塔の頂上付近の壁にしがみつかされていたと言っていたが、どうやらイオリの方は安全な地面に下ろされていたらしい。

 この辺りは、想像でしかないが、日ごろの行いの差なのかもしれない。


「それで、彼女も魔導士に?」

「ええ、それが凄くて。異世界ってこの世界の文字とは違うみたいですね、それなのに、イオリはすぐに覚えて、魔術師試験の勉強を始めて……、で、あっという間に」


 比較になるが、アキラは、読みはできてもこの世界の文字を書くことはできない。

 だが、言葉も違うようなのに、彼は問題なく話すことができている。

 この辺りの謎を真剣に考えたことはなかったが、どうやら意思疎通するのに必要なことは最低限できる状態で異世界に落とされるようだ。

 だが、魔術師試験には筆記もある。ホンジョウ=イオリはその最低限で良しとせず、勉学に励み、魔導士の地位まで瞬時に上り詰めてみせたということか。

 そしてその地位にいるということは、魔力も、そして戦闘能力も高いのだろう。

 実力は、確かに折り紙付きのようだ。


「本当に、あっという間、でした」


 サラは小さく呟き返した。

 数年付き合った相手が、本当に遠くにいるように、虚空を見つめていた。


「……でも」

「?」


 視線の焦点がようやく定まったサラは、小さく呟いた。

 言葉を待ったが、サラはそれきり黙り込んでしまう。


 相手の心を開くらしいアキラがこの場にいたら、サラが言おうとした何かを最後まで聞くことができたのだろうか。


 どうにも気が散る。

 今、サラも、そして自分も、この場にいない人間のことばかり考えている。


「はあ」


 サクは頭を振った。

 やはり駄目だ。待つばかりなのは性に合わない。


「サラさん。イオリさんが向かった場所は知っているんだな?」

「え、えっと、場所は分かりますが、行く方法が」

「馬車でもなんでも借りられないのか? ここは魔術師隊の宿舎だろう」

「あるにはありますが、それには許可が……、あ、でも大丈夫かも。管理している人には貸しがあるし……、ってまさか」

「ああ、行こう。このまま部屋にいたら気になって仕方ない」


 サクは手早く身支度を整えた。

 当然のように準備を始めたエリーとティアに肩を落とし、再びサラに向き合う。


「協力してくれるな?」

「でもみなさんまで危険な目に遭わせるなんて、」

「なあに、ただの散歩だよ」

「え……っと、そうですね。もうすぐ夜だから、ってことにしちゃいましょう。副隊長の様子を見に行かないと。ただ、みなさんくれぐれも注意してください」


 あっさりと建前を作り上げたサラは、外で集合とだけ伝えると、部屋を後にした。

 隊長への報告に悩んでいたとは思えないほど、意外とふてぶてしい。自分も自分だが。


「じゃあ、行こうか」


 エリーから、少しだけ意外そうな目で見られていることに気づいたが。

 仕方あるまい、理由がある。


 従者は主君のもとへ向かうものなのだから。


―――***―――


 グリグスリーチは、武器を有する魔物だった。

 長さにして3メートルの棒状の先には、不釣り合いなほど小さな半月状の刃がついている。

 武器、と言うよりは高い木の枝を切る伐採用の鎌に見えた。


 獣の躰に突き刺すようにしまってあったその獲物をゆったりと抜き放ち、日が落ち始めた森の中、グリグスリーチは空高く鎌を掲げる。


 そして。


「―――!!」


 ブッ、と振り下ろされた瞬間、アキラは反射的に駆け出した。

 それと同時、アキラの立っていた地点は、鋭く走るスカイブルーの一閃に切り裂かれる。


「フ」


 次いで横なぎ。

 即座に身を屈めたアキラの頭上で、再び鋭く何かが命を刈り取ろうとする。


「キャラ・ライトグリーン!!」


 身体能力を高めたアキラは森の中をひた走る。

 そして決してグリグスリーチから目を離さない。


 この技は過去の戦いで見たことがある。

 シリスティア、あるいはタンガタンザで、グリース=ラングルという男が放った水曜属性の魔術だ。

 彼がクオンティと詠唱していたこの攻撃は、想定できる武具の攻撃範囲を容易く塗り替える。


「ち―――」


 右から、左から、上から、あるいは下から。

 鋭く走る一閃は、遠方の敵を狙い撃つ。


 木の陰に逃げ込んでも、縦一閃、横一閃に、木々が容易く切断される。


「ふー、ふー、ふー」


 森の中に逃げ込んで、息を殺す。木の陰だけで駄目なら森の闇にも紛れればいい。

 星明りに照らされ出したグリグスリーチを探ると、再び鎌に魔力を帯びさせているようだ。

 そこまで連続で放てるわけではないのだろう。その点は過去の戦闘よりは楽だった。


 グリグスリーチの身体中に吊るさった躯たちが視界に入る。

 あれは奴が葬った世界の夢のなれの果てなのだろうか。

 おぞましさより怒りがこみ上げてくる。


 だがアキラは剣を握る拳に怒りを逃がすと、息を殺して冷静に考えた。

 この足場。

 多少なら強引に駆けられるが、更地に比べるまでもなく動きが鈍くなる。


「―――、」


 ビュッとグリグスリーチがアキラから離れた木々を切り裂いた。

 あちらからはこちらが見えないのは幸いだ。

 夜になって助かった。


「……」


 アキラはグリグスリーチが繰り返す森への攻撃の中、冷静に獲物を見据える。

 言葉持ちの知能だ、あそこから無理に攻撃してくることは無駄でしかない。


 それに、あの技は“使用者本人”から聞いたところ、不意打ちでこそ真価を発揮するそうだ。

 アキラも身に染みて分かっている。

 “想定できていた攻撃範囲”が膨大に広がるからこその脅威。

 あらかじめ想定されていたら回避率は格段に上がってしまう。

 あの躯たちの中には初撃で討たれた者もいるだろう。


 だが、アキラはすでに、グリグスリーチの攻撃を何度も見ている。

 グリグスリーチも知恵があるのであれば焦っているはずだ。

 これ以上、その魔術を無駄に放つことは相手に“知られ過ぎる”ことになると。


 ゆえに、このまま身を隠していたら。


「……」


 息を殺し、木の陰で、グリグスリーチの気配に全神経を集中させる。

 あるいは身を屈め、あるいは木々を移動し、アキラは暗闇の中、グリグスリーチが定期的に放ってくる魔術の残光を頼りに、暗い森を移動する。

 そして徐々に、自分の都合のよい―――森から即座に飛び出せる位置に着いた。


 すると、ようやく来た。

 再び鎌に魔力を溜めながら、ゆっくりと、アキラのいる地点にグリグスリーチは近づいてくる。


「―――キャラ・ライトグリーン!!」


 自分の攻撃範囲まで入ったと感じた瞬間、アキラは即座に森を駆け、グリグスリーチに接近した。

 そこまで近づいてくれれば流石に捉えられる。


 足場は悪く、走るたびに草木に足を取られるような気がする。

 即座に気づいたグリグスリーチは鎌を迷わず振るってきた。


「っ―――」


 グリグスリーチは次々と斬撃を繰り出してきたが、流石に距離が近ければ放てる数も大幅に減る。充分速度を保ったまま接近できる。

 最期に横なぎに繰り出された斬撃を前傾姿勢のまましゃがみ込み、木曜属性の再現に力にあかせ、アキラは不気味な躯の前で大地を砕くように跳んだ。


「速い―――」

「キャラ―――、!?」


 一瞬、何かを口走ったグリグスリーチの姿が目の前から消えた。

 気づけば遠方。

 あの下半身の獣は背後に高速で動けるのか、グリグスリーチは草が生い茂る足場をものともせずにアキラの攻撃範囲から離脱する。

 見た目に似合わず、あの機敏性。

 グリグスリーチは“知恵持ち”を超えた“言葉持ち”。

 ある程度の計算があっての接近だったのだろう。


「ち」


 当たれば決められていたものを。

 アキラは強く歯を噛んで足場を探る。


 アキラが放てる、絶対的な破壊。

 火曜属性と木曜属性の同時再現だが、いくつか条件があることはアキラも自覚していた。


 結局のところ、トップスピードで敵に接近し、そのままの勢いで剣を振り下ろしてこその一撃だ。

 足場の悪い森の中な上、グリグスリーチが放つ攻撃はアキラに加速と直進を許さない。


 突撃に絶対の自信を持っていたタンガタンザの“炎虎”や動きを鈍らせていたモルオールのセリレ・アトルスなら容易く屠れたが、どうやらグリグスリーチは見た目とは違い技巧派のようで、アキラとまともに切り合おうとしない。


 実力の拮抗している個体に対して、あの破壊は使いどころを考えなければ当たりはしない。

 晴れていてこれなのだ。イオリの言うように、雨でも降って大地がぬかるんでいたらどうなっていたか。


 そこで、アキラはようやく思い出した。

 そういえば先ほどからイオリの姿が見えない―――


「グ、オオオオ、」


 突如、グリグスリーチが呻いた。

 そしてその脚力を活かしてその場から離脱する。

 僅かに見えたのはグレーカラー。


「イオリ!?」

「アキラ、追撃を!!」


 彼女も森の暗がりに身を隠していたのだろう。

 暗がりでよく見えないが、その言葉にそのまま従いアキラは駆ける。

 狙いは青みがかった光を帯びるグリグスリーチ。


 魔物に対して使うことが正しい表現なのかは分からないが、珍しいらしい“水曜属性武具強化型”の敵は、攻撃を緩めればすぐにでも自身の治癒を始めてしまう。

 ふたりとも姿を現した以上、畳みかける必要がある。


「ふたり相手は厳しいか……?」


 再びグリグスリーチの声が聞こえた。

 感情の読み取れない、冷たい声だ。


 アキラは気にせずグリグスリーチに突撃する。

 機動力に長けた相手だ。力いっぱいに武器を振り下ろしては再び回避される。


 アキラは武器に宿した魔力を探ると、グリグスリーチを睨みつけた。


「―――」


 獣の下半身に、未だに残るグレーの魔力を見つけた。

 傷としてはあまりに矮小なその攻撃は、確かな損傷を残している。


 ならば―――


「当然“登録済み”だ―――キャラ・グレー」


 イオリの魔術を受けた影響だろう。動きが極端に鈍い。

 振りかぶりもせず速度だけを考えて放ったアキラの攻撃は、グリグスリーチの胸を抉る。

 鎌で防ぐこともできなかったその剣撃が残した傷跡は、しかし致命傷には届かない。


 だが。

 起爆を今か今かと待っている“オレンジ”の魔力が残り続ける―――


「グ―――ガ、ガァ、」


 そのままの勢いで通り過ぎたアキラの背後で、声にならない叫びが上がる。

 速度重視で振るったとは言え、木曜属性の腕力で放った一撃だ。

 並の魔物ならそれだけで絶命するだろう。

 だがそれに加え、今なお雷のように滾るオレンジの魔力は、傷口にさらなる損傷を与える。


 土曜属性の再現。

 火曜属性のように分かりやすい破壊攻撃ではないため使用頻度は低いが、随所随所で役に立つ、アキラのもうひとつの攻撃方法―――


「アキラ!! 下がって!!」

「い!?」


 イオリの声に、アキラはグリグスリーチの攻撃を避けたとき以上の機敏さで地を蹴った。

 直後、本家本元の土曜属性の魔力を帯びたいくつもの投げナイフがグリグスリーチに向かって鋭く飛んでく。


 そのそれぞれが土曜属性の魔力で稲光を放っていた。

 全弾がグリグスリーチの獣の足に突き刺さり、直後、おびただしい土曜の魔力が前後の右足を覆うように埋め尽くし、グリグスリーチは再び声にならない悲鳴を上げる。

 機動性が著しく下がるだけでなく、放っておけば絶命しそうなほど強烈な魔力の奔流だった。


「アキラ」


 思わず同情しそうになったアキラは、駆け寄ってきたイオリの声で我に返った。

 グリグスリーチは呻いたまま動かない。


「……頼むから油断しないでくれ」

「? お、おう」


 半ば非難しているようなイオリの言葉を理解できないまま頷いた。

 それだけの力があるのに、アキラが必死に息を殺して森の中を動き回っていた間、身を隠していただけのイオリに言われるのも違和感がある。


 だが、今は気にしていても仕方がない。

 頭を振って、アキラは身体と剣に魔力を宿した。

 相変わらず足元の草木は鬱陶しいが、それ以上に、グリグスリーチは今動けない。


 これならば決められる。


「キャラ・ライトグリーン」

「……アキラ?」

「下がっててくれ。これで決める」


 アキラは勢いよく駆け出し、未だイオリの魔術の呪縛から逃れられないグリグスリーチに突撃する。


 “言葉持ち”ではあったが、戦闘力はさほどでもなかった。

 あるいは不意打ちの攻撃を初撃でかわせたのが大きかったのかもしれない。


 なんにせよ、これで撃破だ。

 今はこの“刻”を無事に刻もう。


「―――無理か」


 それが最期の言葉でいいのだろうか。

 この期に及んで冷たく感じるグリグスリーチの言葉を無視し、アキラは飛びかかった。


「グリースのが強かったぜ―――キャラ・スカーレット!!」


 力強く振り切った剣はグリグスリーチを背後から襲い、纏った躯は衝撃で吹き飛ばされた。

 僅かばかり心が痛んだが、彼らもようやく解放されたのであろう。

 グリグスリーチの撃破と共に。


 などと、神妙な気分になりながら、アキラは全力で駆け出した。


「ってイオリ!! 何やってんだよ、逃げないと!! 爆発すんぞ」

「……やっぱり君は今までもそうやって戦ってたんだね……」


 イオリは呆れたように呟くと、慎重にグリグスリーチの死骸に歩み寄った。

 思わず手を引こうとしたが、イオリは冷静に手をかざし、グリグスリーチの死骸を自身の魔力で覆った。


 そして。


「ため込んでいた魔力も分からないんだ。森の中で爆発されるのは流石にまずい」


 ドゴッ、と、鈍い爆発音がグレーカラーの中で響いた。

 土曜属性の魔力防御。

 その力は、戦闘不能の爆発さえ抑え込むらしい。


「これで終わったな……」

「そうだね、結局雨は降らなかったか。すっかり夜だね、きれいな星空だ」


 魔導士としての仕事を容易く終えたイオリは、のんびりと空を眺めていた。


「というか、“一週目”はどうだったんだよ」

「ん? なにが」

「グリグスリーチだよ。お前、こんな魔物知らない、って言ってたじゃないか」

「ああ、そのことか。確かに何故だろう……。僕の知っているグリグスリーチはもっと小型で……えっと、なんて伝えればいいかな。猫? 狼? いや、蛸?みたいな?」

「……は?」


 先ほどのグリグスリーチは骸骨の化け物だ。

 というか、猫または蛸とはどんな生物なのだろう。両者には尋常ならざる差がある。

 いずれにせよ、違うどころでは済まされない。


「目撃証言とかなかったのかよ」

「一応、“今回”の目撃証言通りではあるようだけど……当てにはしてなかった。“前回”も似たようなものだったし。そもそも、ほとんどまともなものは無かったよ。何しろ出遭ったら終わりの相手だ」


 “一週目”も情報とは違う相手との、ある意味ハードモードな戦闘だっただろう。

 ただ、イオリはそう言うが、今は亡きグリグスリーチにそこまでの圧倒的な力は感じなかった。

 あるいはイオリがいたから、楽に撃破できたのだろうか。


「……アキラ。どう? 記憶は戻った?」


 アキラが色々と考えを巡らせていると、イオリが空を眺めながら訊いてきた。

 アキラも同じように空を見上げる。

 空気が冷たいからか、余計に星が輝いて見える。


「いや。戻らなかったよ。最近、多いんだ。“一週目”の自分が経験しているはずのことでも、思い出せない」

「……そうか」

「アイルークやシリスティアにいた頃は、結構思い出してたんだけどな。それこそ頭の中何度もぶっ飛ぶくらい」


 封がされているような感覚のしていた記憶たち。

 それはどこへ行ってしまったのだろう。

 まるで思い出せないわけでもないが、徐々に薄れているように感じる。


 それが“過去”のルートから外れている証のように思えば心地は良いが、その一方で、どうしようもなく不安になる。


 頼らないとは決めた。

 だがもし、何のアドバンテージも無しにこのまま時が流れていったら、自分は、“あの出来事”を変えることができるのだろうか。


「それはいいことなのかもしれないね」

「そうなのか」

「僕はそう思うよ。知っていることは得なことばかりじゃないから」


 イオリは目を伏せ、遂には閉じてしまった。

 アキラは、なんとなく、彼女の言葉の意味を察した。

 “二週目”。

 彼女は確か、隊長だった。副隊長の座にはあのカリス=ウォールマンが就いていた。


 その結果をアキラは知っている。


 もしかしたら、過去では。

 だから、今は。

 でもそれは、きっと。


 彼女に対して思うことはいくつでも頭の中に浮かんできた。

 だが、再び静かに星を見始めた彼女を見ると、相変わらず鈍化したままの彼女への言葉と同じように、沈んでいってしまった。


 漫然とイオリと並んで星を見る。

 イオリは―――記憶を保持し続けていたイオリは、この世界で都合6年超生きていることになる。


 まだまだこの世界に慣れ切れていないアキラにとって、想像もできない年月だ。

 多大なる混乱の中、そんな長い年月を生き続けなければならなかったイオリに、それでも、立派に成長を続けたイオリに、自分ができることが見つかるだろうか。

 夜空の中でひとつの星を見つける方が、それよりも遥かに簡単に思えた。


 イオリが、小さく白い息を吐いた。


「さあ、戻ろうか。流石に冷えてきた。僕は戻って報告書を書かなきゃいけないからね」

「反省文もです!!」


 戦闘直後で気が抜けていたからか、アキラもイオリもびくりとして視線を向ける。

 茂みは、ガサガサと揺れてひとりの人間を放り出した。


「サラ? 何でここに、」

「なんでじゃないよ。イオリ、ああ、副隊長。調査なのにどれだけかかっているんですか!?」

「調査……、ああ、グリグスリーチは撃破したよ。“勇者様”のおかげでね」

「あ、の!」


 サラに詰め寄られるイオリを見ながら、アキラは小さく笑った。

 イオリが少しだけでも、楽しそうに見えたからだろう。

 それだけでも自分は嬉しいと感じる。


「撃破って何ですか撃破って!! 敵の情報が圧倒的に足りないってのに、」

「まあいいじゃないか。どうせ隊長にも同じようなことでこれから怒られるんだし」

「イオリ。私、本当に怒ってる」

「……悪かったよ」


 イオリは静かに謝罪をした。

 サラの感情は、傍から聞いているアキラにも分かる。


「とにかく、今すぐ戻るよ。場所は覚えたから、明日の事後調査は私が案内しておくから」

「いや、それは僕の仕事だよ」

「だ、め、です。撃破はしたんでしょ? 前に私と約束したよね。休暇返上したらその翌日は、」

「ああ、分かった分かったから」


 どうやらイオリは、大きな混乱の中でも隣にいてくれた人がいたようだ。

 何の安堵か分からないが、アキラは胸を撫で下ろした。


「……と言うわけでアキラ。話はまた明日でいいかな。今日はこれから色々仕事がありそうだ」

「ご機嫌取りか?」

「言い方はあれだけど……、まあそうだね。そしてそれは、君ものようだけど」


 当然気づいていた。

 アキラは刺激しないように背後から離れようとしたが、肩にポンと手を置かれる。


「やあアキラ様。こんなところで奇遇ですね」

「……はい」

「―――言いたいことは分かるな?」

「……いや、お前がいればもっと楽だったんだけどな! ここ足場悪くてさ、めちゃくちゃ大変だったんだぜ。その点お前は凄いよな、こんな場所でも全然余裕だろうしな!」


 サラと共に来たのだろう。

 いつしか背後を取っていたサクに一気にまくしたて、可能な限り機嫌を取ろうとしてみた。

 冷ややかな視線を向けてくるサクにも並々ならぬ危機感を覚えるが、ある意味これは前哨戦でもある。

 サクの背後。


 静かな微笑みを浮かべているエリーが視界に入った。

 穏やかな光景だ。

 隣に落雷に怯えているように頭を守って蹲るティアがいなければ。


「……ふふ」

「は……はは」


 エリーが笑った。


 言い訳はある。

 魔術師隊の任務があったのだ。

 それはそれは急を要する。

 この前危険に気軽に飛び込むなと言われたことや、つい伝言を忘れてしまったことなど、その大義の前では些細なこと―――では無さそうだとふたりの様子が言っていた。


「そうだ、イオリ」


 このままでは起爆する。

 アキラは即座に現状を把握すると、あっちはあっちでサラに捉まっているイオリに駆け寄った。


「来たときと同じように空から帰ろう。このままだと危険なんだ」

「切迫しているようだけど、この時間になると空は冷えるよ」


 イオリはくすりと笑い、歩き出したサラを追っていった。馬車があるのだろう。

 だが、冗談じゃない。このまま馬車に乗ろうものなら何が起こるか。


 エリーやサクが心配してくれるのはありがたい。

 戦闘も終わって、また日常に戻れる匂いを確かに感じる。

 だが、好んで怒られたいとは思えないのだ。


「大体、言ってくれても良かったじゃないかよ」


 アキラはすがり付くようにイオリに追いつくと、前のサラに聞こえないように小声で、非難めいた口調でイオリに言った。


「お前、みんなが来ること知ってたんだろ? それならとっくに離脱しておくべきだろ……!!」

「……君がどれほど彼女たちを恐れているのかは知らないけど、そんな言い方ないんじゃないかな」

「だって……、だってさ……!」

「っ、アキラ、落ち着いてくれ」


 イオリは駄々をこねる子供を落ち着かせるように歩幅を緩めると、瞳を細めた。


「知らなかったさ」

「?」


 イオリの言葉に、アキラの眼も細まる。


「彼女たちがここに来たのは、“初めて”だ。前に君と来たときは、とっくに村に戻っていたからね」

「マジか」


 それだけ以前のグリグスリーチは弱かったのだろうか。

 出現した時刻も違ったのかもしれないが、雨が降っていたという。

 そんな条件の中、グリグスリーチを瞬殺したというのだろうか。


「お前のラッキーが蹴散らしたのか?」

「……言い方も酷い」


 イオリは拗ねたように言った。どうやら違うらしい。

 アキラが首をかしげていると、イオリは唇を噛んで、アキラの眼をのぞき込んできた。


「君だよ」


 顔が違いと感じた。

 だが、その言葉に、アキラの思考が止まる。

 彼女は何を言っているのだろうか。


「グリグスリーチは君が撃破した。僕が介入する間もなくね」


 馬車が見えてきた。

 星明りが差し込めるそこは、浮かんでいるようにも見える。


「……そうだね。君の言うところの、“一週目”。“一週目”の君は―――」


 サラは馬車の操縦席に乗り込み、後ろの3人は間もなく茂みから出てくるだろう。

 そんな中、イオリは歩みを止めて振り返り、小さく、しかし強い口調で、アキラの眼を見据えて言った。


「―――今の君より、遥かに強かったんだ」


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