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おんりーらぶ!?【第二部】  作者: コー
北の大陸『モルオール』編
32/68

第40話『集う、世界(後編)』

―――***―――


―――不思議なんだ、とっても。


―――最初は、誰かに何か伝えようと思っても、後でいいか、って思って口を閉じちゃう。

―――誰かが自分に目を合わせてくれなくても、今忙しいんだろうな、って思って後を追おうとしない。そんな消極的な性格のつもりじゃなかったんだけどね。

―――それで、しばらくそんなことが続いて、気づくと、うん、もう手遅れになる。


―――声を枯らして叫んでも、肩を掴んで呼び止めても、振り向いてはくれるけど、みんな、なんだびっくりした、くらいの顔しかしないんだ。そしてすぐに、そんな些細なこと気に留めなくなっていく。


―――無関心。

―――周りの全てが、自分に無関心になっていく。


―――自分という存在が、『2、3人』とか、『5人くらい』、とか、そんな風に表現した場合の、その曖昧な部分の存在になっていく。

―――興味無いかもしれないけど、私はね、結構適当な性格なんだ。だからそんな風な、大体何人、なんて表現はよく使っている。


―――痛感したよ、本当に。私は“その他”で、そしてそれが認識されないことは、本当に悲しいことなんだって。

―――もしかしたらだけど、私自身、そういう風に認識して、そして認識しなくなっていった人っていたかもしれない。ああ、やっぱりそうだ。私も何かを忘れている。そんな気がするよ。


―――だからさ、分からないんだけど、何となく、外を歩きたくなったんだ。どこへ向かおうとしているのか分からないんだけど、とにかく、どこかへ歩いて行きたくなっちゃうんだ。ところどころに洞穴があるから、少なくとも雪に沈むことはなさそうだよ。運がいいよね。


―――すごく、寒いね、ここは。でも私にとっては、誰もが自分に無関心になる場所より、居心地がいい。そう思っちゃうんだ。ここまで来ると、達観しちゃってるのかな、私は。


―――本当に、後悔ばかりだよ。私は知ったよ、誰かが話しかけてくれることって、本当に嬉しいことなんだって。だから私も、もっと多くの人に話しかければ良かったって。全然足りなかったんだね、私は。


―――だからさ、もしかしたらもう私の声は届いてなくて、届いていたとしてもすぐに忘れちゃうかもしれないけど、言うよ。


―――それは、止めた方がいい。

―――ううん、言い方が柔らかいかな、してはならないことだよ。

―――私はこう見えても、結構書庫に籠るんだ、面白いからね。そこで何度も会ったの覚えてる? ああ、無理か。だけど、その本の内容は知ってる。今やろうとしていることが、どういうものなのか。


―――それは自殺、だよ。


―――たとえ成果がどれほど魅力的でも、対価が重すぎる。……ああ、そういえばその本には、対価はちゃんと細かく書いてなかったんだっけ。でも私は知っている。危険なことだって。


――それに、成果だって、そもそもそこに書いてあることが本当かどうかも分からない。本当だとして、ちゃんと正しい手順が書いてあるかも分からない。


―――だから、ダメ。


―――……ああ、でも、なんでだろうね。そう思うのに、私は身体を使ってでも強引に止めようと思えない。

―――気力がちっとも湧かないんだ。きっと寒いからだね、ここが。


―――悲しいよ。悲しくて、本当に悔しくて、そして、寒い。


―――私はもう行くよ。きっとこの会話も、忘れちゃうんだろうな。何でだろう。本当に、何で、こんなことに。


―――分からない。分からないから、行くしかない。少しでも温かい光のところへ。


―――例えそれが、偽りの日輪だとしても。


――――――


 おんりーらぶ!?


――――――


「ど、どどど、どうでした。わ、わたくし、きちんと礼を払っていましたでしょうか……!?」

「ちっ、けーっきょく夜が明けやがった」

「ど、どうでした……? ああ、何か失礼なことをしていたり……」

「くっ、あーあっ、寝みぃなぁ、おい」

「そ、そうですか、では、まだ、まだ何とか。ですが、これからまだまだ取り戻していかなくては」

「……」


 さて。この鬱陶しい騒音を聞き流すのと、この女を雪山に沈めるのでは、どちらの労力が上か。

 遠方の山々から本物の太陽が姿を現したのは、スライク=キース=ガイロードがそんなことを真剣に考えていたときだった。

 巨大で屈強な体躯に、それをも上回る大剣を腰に携え、大岩にどかりと腰を落としている様はなかなかに荘厳なのだが、修道服の女が傍で喚き散らしていたのでは台無しだ。

 カイラ=キッド=ウルグス。このレスハート山脈に存在するマグネシアス修道院に努めている彼女は、未だに慌ただしく身なりを整え続けている。


 事の始まりは昨夜だった。

 極寒の風が吹く夜、雪積る極寒のレスハート山脈、その虚空に、『太陽』が浮かび上がったのだ。

 そこへ向かうべく、スライクが“馬”を走らせていると、途中、面白いものを見つけてしまった。

 あれば便利くらいに考えて拾ってみたものの、これがなかなかに面倒な事案を抱えていた。


「ですが!」

「…………」

「わたくしたちは中々の貢献ができたのではないでしょうか。何せ、こほん、“勇者様”のお手伝いができたのですから!」

「…………」

「そうでしょうそうでしょう、ですがまだまだこれから―――」


 大岩に語り続けるカイラを意識の外に放り出し、スライクは目をひそめた。

 そして睨む。本物の太陽を。

 勇者の探し人も、修道女の戯言にも興味はない。

 すでに若干飽き始めているが、完全に飽ききるまでは、斬り殺すことを考えよう。


 沈まぬ太陽―――セリレ・アトルス。


 現在この、レスハート山脈全体に降り注いでいる、異常の光を。


―――***―――


「どういうことだ……」


 この岩に座りながら、もう何度呟いただろう。

 ヒダマリ=アキラは昇った日の光の強さに目を閉じながら必死に昨夜のことを思い返していた。

 夜通し走り回っていたというのに、眠気は不思議とない。それよりも、昨夜の珍騒動が、胸の奥をきりきりと締め付けていた。


 昨夜、共に雪山に挑んでいた“土地調査団”のメンバーの男ひとりが忽然と姿を消した。

 それですら大問題なのだが、さらなる問題は、『同行者のひとりが雪山でいなくなった』という異常事態に、誰ひとりとして“危機感を覚えなかったこと”。あるいは、その男の“存在自体を忘れかけていたこと”、だ。

 危機感というか、常識というか、そういう、“意識していない当たり前のこと”が崩壊していた感覚を味わうことになった。

 おそらく、あの場で最も恐怖を覚えたのは自分だろう。

 アキラは手を広げて眺めた。魔力を込めれば、この寒空の下でも暖かな熱が籠るように思えるこの力。

 オレンジの色を放つ―――日輪属性。

 闇を裂き、魔王を討つこの力は、“勇者”の証明と言ってもよいほど強力で、その性質上、“異常”に対する圧倒的な耐性がある。

 空気は薄く、意識も刈り取るような暴風が吹き荒れる高度にいてもある程度は耐えられるし、骨が砕けるような負傷をしても、治療次第では数日程度で完治する。その耐性は身体だけには留まらない。意識を誘導するような些細な精神攻撃にも、即座に違和感を察知できる。アキラ自身、そうした搦め手に対する耐性をかなり拠り所にしていた。


 しかし、この件に関しては違った。


 1度は気づけた。ひとりの失踪が騒ぎになったのはアキラが叫んだからだ。


 しかし、僅かな間を置いただけで。

 自分は確かに、忘却していた。


 原因は、はっきりしている。

 『沈まぬ太陽』―――セリレ・アトルス。


 昨夜遭遇したあの存在は、アキラと同じ、オレンジの色を放っていた。


「そう気に病むな」

「……」

「まあ、私が言える次元の話ではないかもしれないがな」


 日本刀に酷似した刀を携える長身の女性は、静かにアキラの隣に腰を掛けてきた。

 サクことミツルギ=サクラ。彼女は、アキラがこの異世界に迷い込んだ最初の大陸から共に旅をしてきた仲間だ。

 年下とは思えないほど冷静な彼女に、何度助けられただろう。そして今回ほど、彼女の存在をありがたく思ったことはなかった。


「マジで助かったぜサク。お前がいなきゃ、俺は多分、今も忘れていた」

「なに、“主君様”の命令を守っていただけだよ」


 失踪した男の捜索中、忘却していたアキラに異常を思い出させてくれたのは彼女の行動だった。

 自分がスライクに半ばさらわれるような形で元凶に向かっていた中、彼女だけは、男の捜索を続けていた。

 その姿がなければ、捜索は自然消滅していただろう。音も立てずに崩れ落ちていく自分の常識と共に。


「まあ、うまい具合に補完できたじゃないか。お前が気づいて、私が忘れない。それでいいんだと私は思うよ」

「ああ、そうだな」

「……まあ、それはそれとしてもだが」


 サクは、眉を寄せた。

 アキラも同じ表情をする。昨夜の騒動が静まったあとでも、未だ頭を悩ませている問題がある。


「時にアキラ。“見つかった男”も何も覚えていない。そんな魔術がこの世にあるのか?」


 結論から言って、失踪者は発見できた。


 発見したのは、離れたところで大岩に座り込んでいるスライクと、その傍で何かを喚いているように見える修道服の女性だ。

 “勇者様”には最大限の敬意を、というのがこの世界の常識だそうで、彼女は事情を話すとすぐに捜索に加わってくれた。

 主に行ったことと言えば常識に捉われずに無視を決め込んだスライクの周囲でさんざん喚き散らし、探索要因に引きずり込むことだったようだが、ともあれ、その数分後に、彼女とスライクは遭難した男を連れてきてみせた。

 ワイズ、といったか、彼女が使役する、この雪山での捜索を容易くこなした 巨大な“召喚獣”には衝撃を覚えたが、乗る気でないスライクの説得という利益か死の極限の行動を行ってくれた彼女に深く感心したのを覚えている。


 だが、それ以上に、見つかった遭難していた男には恐怖を覚えた。

 カイラの話では、彼は近くの洞窟で、ただただ“自然”に眠りにつこうとしていたらしい。

 一見ひとり旅のようにも見紛える男は、強引にここへ連れてこられたときも、まるで当たり前のようなことのように落ち着いたまま仲間たちに合流していた。

 向かい入れた仲間たちも、失踪事件などなかったことのように自然に向かい入れ、今は静かに眠っている。

 どこまでも自然に、常識が崩れたまま。


「どこへ向かおうとしていたのかも覚えていないらしいな」

「ああ。それどころか、本人は軽い散歩くらいの感覚だったみたいだぜ。わざわざ迎えに来てくれたのか、ありがとう、ってさ。ビバーク紛いのこともしていたらしいのにさ。念のために聞いとくが、この世界では、極寒の雪山で勝手にひとり出歩いて、一夜を明かすことを散歩っていうのか?」

「そういう事態に巻き込まれそうな奴が目の前にいるから何とも言えないが、この世界では違うな」

「……巻き込まれたら助けてね?」

「まあ、そんなことはどうでもいいとして、正直私は、この“異常”、遭難した男が見つかればある程度解決の糸口が見つかるかと思っていた。だが結局空振りか」

「ふーん……」

「悪かったとは思うが、口調と拗ね方に腹が立つ」


 アキラは首を振って意識を切り替えた。どうやら徐々に眠気が迫ってきているらしい。

 だが時間はない。

 あの太陽が沈む頃には、再び偽りの太陽が浮かび上がるだろう。

 それまでに“何か”が分からなければ、再び“何か”が起こってしまう。

 雲を掴むような具体性のない方針だが、タイムリミットは日没まで。

 せめてセリレ・アトルスがどういう存在なのか掴まなければならない。

 悠長にしてはいられなかった。


「正体なんざどうでもいいが、殺し方なら概ね掴んでいる」


 ゾクリとする声に、アキラは顔を上げた。

 いつの間にかスライクが歩み寄り、猫のような鋭い眼でアキラを睨むように見下ろしていた。


「あ、あの、“勇者様”はお疲れのご様子。ひとまずあの方々と一緒に我が修道院までお連れしましょう。お連れの方たちも首を長くしてお待ちしていますよ」


 何やらカイラが慌てて間に入り、愛想笑いのようなものを浮かべていたが、アキラはスライクの眼光をまっすぐ睨み返していた。

 逸れたふたりとの再会は、何よりも優先したいところだが、スライクの眼光が、アキラの感情を押し潰す。

 この男。昨夜の接触で、すでにセリレ・アトルス撃破の方法を掴んでいるというのか。

 これが棒立ちに近かったアキラと、セリレ・アトルス自体には興味はなく、ただただ敵を殺すことだけを考えていた者との差か。


 スライクは僅かに剣に手をかけ、顎を上げた。


「面貸せ。戻る前に話がある」


―――***―――


 身体が熱い。

 ピリピリと、身体中が痺れている。

 暗く深い空間で、自分の身体だけが浮かんでいた。


 身じろぎをしてみると、身体が何かの膜で覆われていたことに気がつく。

 動かし続けると、音のない空間で、パキリ、と子気味のいい音が響いた。


 身体の痺れが、少し引いたことに気がつく。

 痺れの原因は、どうやら身体を覆う“膜”だったようだ。

 調子づいて、身体をがむしゃらに動かし、膜を破壊していった。

 身体中が解放されてくる。鬱陶しく感じていた熱が、少し収まったように感じた。

 とうとう膜をすべて取り払うと、この上ない解放感に包まれた。身体全体で、外の空気を感じられる。


 そこで、気づく。いや、確信する。


 自分は、この膜を、決して破壊してはならなかった。


 籠っていた熱も、身体中が痺れるように感じていたのも、今の自分がそう思わなかっただけで、生まれてからずっと存在していた大切で必要なものだった。

 今の自分の行いは、痛みを覚えたからといって、痛覚を消滅させたようなものだ。


 慌てて周囲を探ると、粉々になった膜の残滓が、泡のように溶けていくのを感じた。

 持っていなければならなかった壁。

 その防波堤を、自分は鬱陶しいからと強引に破壊してしまった。


 ゾッとする。静かに涙が零れた。途方もない喪失感を覚える。


 そしてくる。外から、本物の熱が。

 膜がなければ、自我が崩壊しそうなほどの熱量。暗闇は、いつしか業火に包まれていた。


 助けを求めて泣き叫ぶ。

 誰も手を差し伸べてくれない、自業自得だ。


 燃える、燃える、燃える。

 超えてはならない一線を越えてしまった者を襲う灼熱は、身体を焦がしていく―――


「……熱い」


「いやいやまだまだ足りませんよキュルルンッ!! もっと、もっとあっためないと!!」

「今の、わたしじゃないよ」

「ふえ?」


 エリーことエリサス=アーティが目を覚ますと、再び暗闇に捉われていた。

 身動きひとつできない。よくない夢を見ていた気がするが、どうやらまだまだ悪夢は続いているようだ。


「え、えっ!? なに、なにっ!? 埋められているの!?」

「エ、エリにゃん!! お目覚めですか!! ううぅ、良かった、良かったよぅ」

「顔、塞いじゃってるよ」


 くぐもった元気な声と、冷静な幼い声が聞こえたのち、エリーの顔から毛布のようなものが取られた。

 最初に目に入ったのは自分の身体の上に積まれた毛布の山。

 何が彼女をそこまで駆り立てたのか、天井付近まで伸びる毛布の塔は、エリーを埋葬しているようにすら見えた。

 建設者は間違いなく、隣で泣き腫らしているティアことアルティア=ウィン=クーデフォンだろう。

 小柄で小さな少女だが、それよりも幼いキュール=マグウェルが冷静に毛布の塔を崩しながらエリーの救命を行っている様を見ると、彼女の活気さは年相応というわけでもないらしい。


 エリーは弱々しく窓の外を見た。日が昇っている。

 どうやらあれから一晩経っているようだ。


「もしかしてあたし、遭難してた……?」

「そうですよっ、昨夜は色々変なこと続きで……うう、あっし、もうどうしたらいいのか分からなくて……。マルドンは大丈夫だって言っていたけど、身体中冷たくて、心配で心配で」


 3人で捜索して、自分を見つけてくれたようだ。そして夜通し看病していてくれたのだろう。

 ようやく常識の範囲内の毛布の量になってきて身体は軽くなってきたが、どうも心が重かった。


「……ごめん、ふたりとも、本当にありがとう。マルドさんにも、お礼言っとかなきゃ」

「はい、そうですね」


 にっこりと、ようやくティアは微笑んだ。そしてゆっくりと、水差しから水をとって差し出してきた。

 常温の水のはずだが、ビクリとするほど冷たい。どうやら身体が燃えているというのは、案外比喩ではないのかもしれなかった。

 エリーは、自分の身体が、こうなってしまった理由を知っていた。


「……何やってんだろうね、あたし」


 ティアは静かに黙り込んでいた。

 こういうときに何も聞いてこないのは、彼女の美徳かもしれない。

 そうした態度が、ありがたくもあり、同時に、自分自身が酷く情けなく思えた。


 失敗、か。


 エリーは心の中で呟いた。

 感覚で分かる。“あの魔術”は失敗した。

 何度も手順を確認していた自分が言うのだから間違いがない。施している途中で、意図した形とはまるで違う方向へ魔力が流れていたのを確かに感じた。

 そしてその対価に、自分の大切な何かが削り取られたような感覚も味わった。

 生きているだけでも儲けものか。


 ……?


 おかしい。

 自分が見つけた“あの魔術”の対価は、命までとは書いていなかった気がする。正確には、失敗時の対価は“不明”だった。

 だが、今の自分は、対価の存在に確信を持っている。

 自分はこの知識をどこで得たのだろう。

 また。

昨夜、この魔術をある程度把握している人物と会話したような気もする。

 あれは、誰だったのか。


「……」


 エリーは目を瞑り、軽く首を振った。

 終わったことは、いつまでも悩んでいても仕方がない、今に向き合おう。

 身体は言うことを聞かないが、とりあえず頭は働かせられる。


 今は“あの男”がこの雪山に入ってきているのだ。どんな異常も敏感に察知しなければならない。


 まずは、とティアに目を走らせた。

 ティアも失言だと思っていたのか、慌てて席を離れようとしたが、エリーは鋭く呼び止めた。


「ねえティア」

「いやいやエリにゃん、今はゆっくり休んでいてくださいっ」

「昨日、変なこと続きだって言ってたわよね?」


 ティアが下手な口笛を吹き始めた。

 病人の自分に下手な気は使わせたくなかったのだろうが、いらぬ世話だ。


「昨日何が起こったのか、話して」


――――――


 世界は劇場。

 自然は道具。

 生物は演者。


 劇場の中で、決まったものが演者になり、演者には役割があり、道具を使い、筋書き通りに言葉を発し、歌い、踊り、事を成す。


 それでは少し堅苦しい。

 筋書きを、少し荒くする。


 決まったものが演者になり、演者には役割があり、事を成す。


 それでもまだ、面白みがない。

 まだまだ荒く、もっと荒く。


 とある人は、演者になる可能性があり、演者には役割があり、事を成すかもしれない。


 これでは舞台は崩壊する。

 多少固くする。


 とある人は、演者になる可能性があり、演者には役割があり、事を成すかもしれない。

 だが特定の存在は、決められた演者になり、決められた事を成す。


 概ね世界は、このように、固まった大きな流れと、不安定な小さな流れでできている。


 これが、前提。


 では、不安定な小さな流れをすべて特定の報告に向ければ、大きな流れを阻害することはできるのだろうか。

 言い換えれば、起きる可能性のあるに過ぎない小さな事象が、すべて特定の方向に発生すれば、劇場は崩壊するのだろうか。


 例えば記憶。

 特定の集団で、とあるひとりが、『誰かひとり』を忘れたとする。

 だが、周囲が覚えていれば、とあるひとりの記憶はすぐに蘇るだろう。

 しかしその、とあるひとりが、特定の集団の全員だったらどうなるか。

 たまたま『誰かひとり』と関わらないという稀有な一日を、全員が過ごし続けていたらどうなるか。

 『誰かひとり』もその日々に疑問を感じなかったらどうなるか。


 そんな実験が、かつてこのレスハート山脈で行われた。


 執行者も忘れ去っているような、この忘却の土地で。


―――***―――


 カイラ=キッド=ウルグスの使役する召喚獣―――ワイズは想像以上に有能だった。

 彼女自身とスライクは当然として、アキラ、サク、および同行していた調査団の面々すらも軽々と乗せ、レスハート山脈の大空を優雅に羽ばたいてみせた。

 調査団の面々は仕事を中断する羽目になったが、事情が事情だ。何とか説得し、ひとまず全員でマグネシアス修道院へ向かう運びとなった。

 その説得の際、カイラがヒダマリ=アキラは“勇者様”であると喚き散らしてくれたお陰で、移動中ずっと背中に羨望と畏怖が混じり合ったむずかゆい視線を浴びる羽目になったのだが、アキラは空の景色に意識を集中させ、何とか目的地に辿り着いた。

 そして。

 絶景に心洗われ、何とも優雅な気分になっていたアキラを待っていたのは。


 騒音だった。


「アッッッッッッキーーーーーーッ!!!!!!」

「……」

「サッッッッッッキューーーーーーン!!!!!!」

「っ」


 自分は誓った。

 彼女と次に出逢うとき、心の底から感謝を捧げると。


「ブギャッ、おおおおおおーーーっ!?」


 最早攻撃とも表現できる猛チャージに、アキラはとっさに身をかわし、最小限の動きで足払いをかけてみた。

 雪の大地に顔面から飛び込み、ずささーっ!! と滑っていくティアを見ながら、アキラはサクに視線を走らせた。

 サクは小さく頷いて見せる。

 どうやら、自分がやらなければ彼女も同じことをしていたようだ。


「ううぅ、なっ、何するんですかアッキー!! せっかくの感動の再開を!! あっし、この日をどれだけ心待ちにしていたか!!」

「いや、その、急に来るから」

「きーっ!! そんなこというと、あっしがこの数か月でどれだけの雪遊びを編み出したか話しませんからね!!」


 アキラの心の底からの足払いは、どうやらお気に召したらしい。沈黙という最高の選択をティアはしてくれたようだ。

 彼女とあの死地で逸れて約3ヶ月。以前と変わらぬ実家のような安心感を彼女は与えてくれる。


「でも、マジで久しぶりだな、ティア。いい子にしてたか?」

「むむぅ……、まあ、それはもう、こほん、ようこそ、マグネシアス修道院へ!!」


 ティアが広げた手の向こう、山の腹部に築かれたマグネシアス修道院は、アキラがイメージしていた修道院とはかけ離れていた。

 海辺にポツンと建てられている教会のような建物を想像していたのだが、マグネシアス修道院は横に長く、山の腹部にガチリとはめ込まれているようで、奥行きはまるで分らない。

 山と一体化したこの建物は、穴倉のようにも見えた。

 だからだろうか。直感的に、この建物に底知れぬ“寒さ”を覚えてしまったのは。


「……ま、いいか。それで、ティア、その、あいつは?」

「エリにゃんですか? そだそだ、そうですね! ……でも残念ながら、エリにゃん風邪をひいちゃってて、今お休み中です」


 随分と間が悪い。久方ぶりとはいえ、押しかけるのも迷惑だろう。

 やや気落ちしながら視線を泳がすと、修道院から男が歩み寄ってくるのが見えた。

 マルド=サダル=ソーグ。

 スライク=キース=ガイロードと行動を共にしている男だ。よく見れば、足元にキュール=マグウェルもいる。

 ふたりは、アキラを一瞥して軽く会釈すると、スライクに歩み寄っていった。

 他者を拒絶するような男なのによくもまあ人が集まるものだ。自分たちはまだ全員がきちんと再会できていないというのに。

 アキラが筋違いの恨みがましい視線を送っていると、スライクは、意外なことにマルドに歩み寄っていった。

 そして短く呟く。


「何が分かった」

「色々と、ね。そっちの情報と合わせれば、大分クリアになると思う」


 それだけ聞くと、スライクはそのまま修道院へ向かっていった。

 マルドはそれを見届けると、アキラの方へ向き直る。


「一緒に来てくれ。多分“そういう”問題だろ?」


 そうだ。

 とりあえず、再会の前に済ませておきたいことがある。


―――***―――


「起こしてしまいましたか、申し訳ありません」


 無意識に身じろぎしたら、真横から聞き覚えのある声がかけられた。

 別に、眠ってはいなかったが、人が来たことに気づかなかった。

 ひたすらに身体の熱と戦っていただけだ。どうやら大分感覚が麻痺しているらしい。


「カ……カイラさん?」


 普通に呟いたつもりだったが、潰れてほとんど声が出なかった。

 顔だけ横に倒してみると、修道服の女性が毛布を畳みながら積んでいる。

 もしかしたらあの量が、自分を責め苦しませていた元凶だろうか。


「アルティア……さ、ん、なら、いませんよ。しばらく戻ってこないでしょう。大変恐縮ですが、あの方は加減が分かっていません。なんの儀式かと思いました。どこから集めたのか分かりませんが、人を殺せる量の毛布……」


 どうやらカイラがティアを近づかないように計らってくれたらしい。未だに身体中に重い痛みが残る。原因は、毛布の量だけではないのだろうが。


「もっとも、加減を知らないところがよいのかもしれませんが。どうぞ」


 差し出された水に手を伸ばすと、またピキリと膜が壊れたような感覚を覚えた。

 カイラに気づかれぬように自然な動作で水を飲む。

 人肌に近い水のはずなのに、氷のように冷たかった。


「それでも、わたくしがいたらこんなことにはならなかったのに。いずれにせよ、ご無事で何よりです。遭難されたとか。お体を大事になさってください」

「すみません……。あれ、カイラさん、外出していたんですか?」


 なんとなく話を逸らしただけだったが、カイラの口元が微妙に動いた。


「いえ、エリサスさん。今はお休みになってください」

「ああ、あたしなら大丈夫です。人と話していた方が元気になりそうなんで」


 事実、そうだった。

 寝てばかりでは億劫になるばかりだったが、思考を働かせるたび、身じろぎするたびに、身体が軽くなっていくような気がするのだ。

 寝汗をかいて身体が冷えそうなのに、かえって身体中に熱が漲る。

 小さな痛みと、膜が壊れるような喪失感は未だ付き纏うが、エリーは気にしないことにした。峠は越えている、はずだ。


「ま、まあ、そんな大げさなことではありません。その、昨日少し、わたくしは冒険、しまして」


 適当に話を逸らした割には、なかなかいい展開になってきた。恐ろしく話したそうな様子をしておられる。

 先ほど結局ティアは話を逸らして、遂には逃げ出してしまったのだ。

 何とか聞けた話は『セリレ・アトルス』という単語。

 カイラはその件にかかわっているはずだ。話を容易く聞き出せるかもしれない。


「じゃあ、是非あたしに、」

「じ、実はですね、」


 待ちきれなかったのか、かぶり気味にカイラは口を開いた。

 非常に良い展開だ。


「昨日わたくしは、『セリレ・アトルス』の調査に向かいましてね。怪しげな書物が散乱している空間や、セリレ・アトルスの影響を受けたと思われる方の捜索やらを飛び回り、」

「は、はあ、」

「遂には、遂にはですよ? セリレ・アトルスの目前まで、わたくしと……まあ、もうおひとりいらっしゃいましたが……“勇者様”と共に迫ったのです、わたくしのワイズで!」

「は……はぁっ!?」


 もう汗は出ないと思ったが、身体中から発汗した。

 カイラを調子に乗らせた天罰を受けた気分だ。


「ど、ど、どういうことですか!?」

「ま、まあ、わたくしのワイズは飛行性能が高くてですね、……まあ、わたくしはほとんど覚えていないのですが、満点の星々の世界にすら到達し、セリレ・アトルスの―――」

「そっちじゃなくて。そっちじゃなくて!!」

「え……、あっ、そうでした。“勇者様”をお連れしましたよ。そもそもわたくしは、それを伝えに来たのですが、失念していました」

「ちょっ!?」


 力いっぱい起こした上半身は、良識的な量になっていた毛布を吹き飛ばし、ベッドを強く軋ませた。

 慌てて周囲を警戒したが、視界に入るのは目を丸くしているカイラだけだった。


「あ、“勇者様”なら今、別室でお話しされていますよ。アルティア……さ、ん、もそちらにべったりのようで」

「そ、そう、ですか」

「あとで尋ねるとおっしゃっておりました。どうされます、お連れしましょうか?」

「い……いえ、それより、……そだ、話、聞かせてください」

「そ、そうですか、では、」


 促しておいて失礼だが、エリーはカイラの冒険談をほとんど聞き流していた。

 遂に、来てしまったこのときが。

 同じ建物の中に、あの男がいる。


 どうやら彼は、この地でも“異常”に巻き込まれ、そしてそれを打破すべくもがいているようだ。

 彼のそれは今に始まったことではない。

 ありとあらゆる地で、ありとあらゆる“異常”が発生する。それも、彼が逃れられない形で。

 彼が来ているということは彼女も来ているだろう―――サクも、その異常性を危惧していたように見えた。

 シリスティアの“失踪事件”は自分も当事者だが、タンガタンザの“百年戦争”に巻き込まれたと聞いたときは胸が潰れるかと思った。

 しかしそれでも彼は、まだ前を見て、今度はモルオールの伝説にすら手を伸ばそうとしている。

 一緒に旅を始めた彼は、今ではこの僻地にすら名が轟く“勇者様”だ。


 それに比べて自分は何をしているのか。

 彼の眼には輝いて映ったらしい自分の姿は、エリー自身では見つけられない。

 結果ばかりを求めて、自爆して、結果このざまだ。


 本当に、自分は、


「……何をしているのでしょうね」


 ぎょっとして顔を上げると、先ほどまで意気揚々と話していたカイラが目を伏せていた。


「……いえ、昨日の出来事。エリサスさん方の旅に比べれば、あまりに小さな事かもしれません。でも、わたくしにとっては大冒険でした。行き尽したと思っていたこの山脈も、まだまだ知らないことだらけでした。そして思うのです。もっと、もっと、広い世界を見てみたいと。だから、思うのです。わたくしは、何がしたいのか、何をやっているのか、と」


 カイラの視線は、窓に向いていた。そして、山々のさらに向うを眺めている。

 生まれも育ちもここという、外を知らない彼女の眼には、今、何が映っているのだろうか。

 彼女にあるのは外への欲求だろう。もともと潜在的に持っていたのかもしれない。

 昨日経験したらしい冒険で、その意欲が強く刺激されたのだろう。

 そしてその一方で、この修道院の想いもある。

 そんな感情が伝わってきた。


「ああ、申し訳ありません、変なことを言い出して。エリーさんもお疲れでしょう」

「いえ……」


 エリーも倣って外を見た。それがどちらの方角かは分からなかったが、故郷のアイルーク大陸を思い浮かべた。

 境遇はまるで違うだろうが、隔離されたような地に住んでいたのは自分も同じだ。

 なんとなく、口を開いた。


「あたしも旅に出る前、田舎の小さな村に住んでました」

「アイルーク大陸の、でしたっけ」

「ええ。そのときは、カイラさんと違って、外へ行きたい、とか、冒険したい、とか、そんなこと、思っていませんでした。嫌だった、っていうわけじゃなくて、想像もできなかったんです。安定した職について、安定した生活をする、っていう、変な夢を持っていたんです」

「変、といっても、普通の方は、そうなんじゃないですか?」

「あ、そうですね、今のあたし、やっぱり変わったかも。なんかそれが、“自分の普通”じゃないと思い始めているのかも」

「では、なぜ旅に?」

「多分、理由はふたつあったと思います。ひとつは、あたし、妹がいるんですけど、その娘、本当にすごくて。多分、あたしの方が先に魔術について勉強し始めたと思うんですけど、あっという間に―――ううん、“彼女が魔術に意識を向けた瞬間”に追い抜かれちゃって……。魔術師試験、あっさり受かっちゃったんです」

「それは……すごいですね」

「で、あたしは落ちちゃって……ものすごく落ち込んだんですけど、ね。多分そのときからです。早く追いつきたい、早く外へ向かいたいって強く思うようになったの」

「……そう、ですか」


 カイラは何か思うところがあるのだろうか。少しだけ眉をひそめた。


「それで、1年越しで、何とかかんとか魔術師試験に受かって、空を見上げたら……ふたつめが、落ちてきました」


 あえて言葉を濁した。カイラは察したのか、追及してこなかった。


「それで、旅に出ました。きっと、魔術師隊に入っても、あたしは後悔することはなかったかもしれない。でも、旅に出た今も、……そう、後悔していない。もちろん、もし魔術師隊に入っていたら、って何度も思ったことはあるし、悩みっぱなしだけど、それはどっちでも同じことだったと思う。だから、カイラさんも、無責任に言うかもしれないけど、思った通りにして、悩んだ方がいいと思う。……なんて、ティアみたいなこと言っちゃった」


 漠然とあの頃のことを思い出す。

 自分の魔術師への夢を経った男が現れたときのことを。

 あのとき自分は、彼を心の底から恨んでいたと思う。だがそれと同時に、期待もあったかもしれない。遠すぎる妹の背中を追うことを諦めかけていたという情けない理由もあったかもしれないが、それ以上に、自分がまだ知らない、見たこともない世界が、目の前に広がる予感を覚えていた。


 そんな悩み続けていた自分の姿を、彼は輝いて見えたと言ってくれた。

 そして、まったく頼りにならなかった彼も同様、ここまでの旅で、悩んで、苦しんで、それでも前へ進んできた。

 そんな彼を、自分は、疎ましく思っていただろうか。


 エリーは目を閉じた。

 これは、本当に自爆だ。

 自分は共に旅を始めた彼の背中が遠のいた気がして、きっと焦っていたのだ。

 “勇者様御一行”など仰々しい看板をぶら下げるのに、自分の力に不足があると強く感じてしまったのが発端だ。

 彼の世界と、自分の世界が切り離されるような感覚に陥っていた。離れていたとしても、確かにつながっていたというのに。


 焦る必要なんてなかったのかもしれない。

 彼がそうしたように、もがき苦しみながらも前へ進んでいればよかっただけなのだから。


 焦らず、急いで、強くなろう。


「大変恐縮ですが、わたくしと境遇が似ているかもしれませんね」


 カイラがふっと笑った。


「え……?」

「理由ですよ。わたくしも、多分ふたつあります」


 カイラは外から視線を外していた。エリーがそうしていたように、追憶するような遠い目をしている。


「ひとつは昨日の出来事。あっという間の出来事でしたが、わたくしの中の感情が揺さぶられました。それと、もうひとつ」

「それは?」

「わたくしにもひとり、血は繋がっていませんが、姉妹のような間柄の方がいましてね。幼いころからどうやって山を下りているのか……修道院の仕事があるのに、当たり前のように外に飛び出て、叱られて、エリサスさんの妹様に比べると、あまりに出来損ないですが」


 妹のように思っていた相手なのかもしれない。

 カイラの口調は、エリーの知る限り、最も優しい。


「でも、叱られた帰りに、わたくしの部屋を訪れてきて、何度も土産話を。ほとんど自慢話でしたが。わたくしも不出来な頃がありまして、つい聞き入ってしまいました。お土産をこっそり頂いたり、本当に、もう」


 話を聞く限り、どちらが姉でどちらが妹と例えているのか分からなかった。

 ただ、カイラにとって、この異郷で、叱られるのを覚悟で外の旅を話してくれるその人物は、無二の関係だったのかもしれない。


「そのせいです。わたくしが、外へ出たいと思うようになったのは。ワイズの姿があのようになったのも、そのせいかもしれません。今でも聞こえるようです。眠りにつこうとベッドに横たわったら、ドアを強く叩かれて、彼……女……が、」

「その人は、今も修道院にいるんですか?」


 カイラに目を合わせようと顔を上げたエリーは、凍り付いた。

 カイラは、目を丸くして、身体を震わせていた。


「あ、の?」

「ア、アリハ? アリハは!?」


 ただ事ではない様子でカイラは立ち上がった。

 エリーが気を静めようと起き上がろうとしたところで、ドアが叩かれると同時に開いた。


「あの」


 扉には、小さな少女が立っていた。

 キュール=マグウェルは、幼さを感じさせない静かな表情で、取り乱しているカイラを見据えて頷いた。


「こっち来て。スライクたちが呼んでる」


―――***―――


「ようやく異常が特定できた、かな」


 アキラの机を挟んで正面、マルド=サダル=ソーグが机に乗り出しながら言った。

 この場にはサクも、そして離れてふて寝しているようにも見えるスライクも、その隣でおとなしく座っているキュールもいるというのに、自分とその隣のティアにのみ言い聞かせているような様子が気になったが、彼の中では、この場で最も理解が遅そうなふたりと判断しているのかもしれない。


「スライク。もう1度確認するけど、お前が見た書物だらけの“空間”はセリレ・アトルスが産み出された場所だったんだろ?」

「……」

「だったらもう間違いない。この山脈の伝説の正体は、“集団記憶喪失”だ」


 スライクは無言を返しただけだったが、彼らの間ではそれは肯定らしい。特に気にした様子もなくマルドは続ける。


「セリレ・アトルスは―――記憶を操作する“魔法”を操る」


 記憶操作の魔法。

 普段なら何を馬鹿なと言うところだが、昨日経験したばかりの身としては、その言葉に納得できた。

 昨夜雪山で苦楽を共にした仲間の存在を確かに自分は忘却したし、この修道院も不自然なほど人が減っているらしい。

 そして、あの色。

 日輪属性の力ならば、そんな超常的な事件を発生されられるだろう。


「ヒントになるかもしれないが、」


 アキラは、記憶を辿りながら呟いた。


「前に出遭ったサーシャ=クロラインとかいう月輪属性の魔族。そいつは、意識を操作する魔法を使っていた。……サクも覚えているだろ?」


 渋い顔でサクは頷いた。

 彼女にとっては苦い思い出だろう。


「それと似た魔法なのかもしれない」

「でもでもアッキー。あっしが聞いた話では、アッキーには効かなかったって」

「いや、効かなかったわけじゃないだ。確かに効いていた。だけど、途中で気づくんだ。なんて言ったらいいのかな、確かに意識が誘導されるんだけど、思っていたことが180度変わると目が覚める。騙し切られはしなかったけど、騙されなかったわけじゃないんだよ」


 だけど、今回は違う。

 自分の意識が、記憶が、書き換わっても、何か発端がないと気づかない。

 気づけたとして、小さな違和感くらいだ。


「まあそれはともかくとして、だ」


 話が脱線し始めていると感じたのか、マルドは咳払いをして話を戻した。


「起こっている現象は、記憶操作。だけど、その狙いが分からない。もっと言うと、失踪している人たちは今どうなっているんだ? 聞いた話じゃ、」

「“どこか”へ行こうとしていた、だ」


 確認のためにスライクへ視線を投げたが、彼は腕を組んで目を閉じたままだった。

 昨日彼に救出された男は、仲間から離れ、ひとり雪山を進んでいたという。


「だけどさ、凍死させるのが目的ならそんな面倒なことをするか?」

「俺が気になっているのはそれもあるんだ。スライクが見つけた男は身支度まで整えていたんだろ? 本当に、目的があって行動していたようにしか見えなかったって」


 そう、目的。

 それが理解できない。

 だが、考えられる理由はいくつかあった。


「アキラ。これは、“失踪事件”、と言っていいんだよな」


 口を開いたサクにアキラは頷いた。彼女も同じことを考えていたようだ。

 ティアも表情が険しくなる。

 自分たちがモルオールで合流する羽目になったその理由は、彼女にとっても忌むべき記憶だ。


「あの魔族。あの野郎は、ガバイドは、各地方から“実験素材”を集めているらしい。アドロエプスのような“転移装置”がこの雪山にもあるのかもしれない」


 そもそもティアたちは、ガバイドが転移先として保持していたマジックアイテムでここにきているのだ。


 やはりこれが、事の顛末か。

 おそらくこの雪山のどこかに―――各所にかもしれないが、あの強制転移を行うマジックアイテムが設置されている可能性がある。


 失踪者たちは、この雪山のどこかへ向かい、そして。

 煉獄へ転移している可能性がある。


「そんだけ分かりゃあ十分だ」


 スライクは身を起こし、猫のように鋭い視線をマルドに投げた。


「細かいことは知ったこっちゃねぇ。こっちは奴の殺し方は分かってんだ」


 スライクは視線の鋭さそのままでアキラを睨んだ。


「だけど、セリレ・アトルスを“呼び出す方法”が分からなかった。だろ?」

「ああ。だが今ので概ね掴めた。その勇者の言ってる通りなら、奴は狙った人間を特定の場所に呼び込んでる。だったら、」

「却下だ。お前、どこかへ向かおうとする“誰か”の後をつけようとしているだろ」


 マルドとの間で鋭く交わされた会話に、アキラはスライクを睨んだ。

 この男は、また当たり前のように犠牲を見逃そうとしているのか。


「ああ、その手もあるな。だがそんな日が来るのをちまちま待ってられるかよ」

「だな。そもそもその“誰か”を全員が忘却している可能性もある」


 冗談だったのだろうか。マルドは特に気にすることもなく呟いた。

 このふたりの会話は分かりにくい。


「ふん。だが俺が言いたいのはこの修道院には今いいエサがいるってことだ。本当なら昨日だか今日だか分からねぇが、本来失踪してたはずの奴がいるだろ」


 “エサ”という表現は気に食わなかったが、アキラはようやく理解が追いついた。

 セリレ・アトルスの撃破の方法は概ね掴んでいる。だが、今現在奴がどこに身を潜めているのか分からない。

 だから、スライクは、


「昨日のあの男を囮にする気か!?」

「でけぇ声だすな。なにも奴がまたふらふら出ていくのを待ってるわけじゃねぇ。あのデカブツにとって、昨日の“救出”は想定外のはずだろ。奴の周囲に―――つまりここに、あのデカブツがのんびり浮かび上がるんじゃねぇかって言ってんだ」


 スライクの言うことは分かる。

 確かに“魔法”を受けたあの男が未だこの雪山にいることは想定外のはずだ。

 早ければ今夜、セリレ・アトルスが浮かび上がる可能性はある。


「だけどここは危険だろ。この近くにおびき寄せるって……、ここに何人いると思ってんだよ」

「その前に殺せば済む話だ。それとも何か、あの男をここから離れた雪山に置き去りにでもするか?」


 さすがに言葉が詰まった。

 言っていることは間違っていないとは思う。いや、言い方が違うだけで、結局のところアキラもその手段を取っていたかもしれない。想定通りなら、今あの男はこの雪山の伝説に目をつけられていることになる。ひとりにするのは危険すぎる。

 何とも言えない感覚に、アキラは自分が駄々を言う子供のような気さえして頭を痛めた。

 この男は、やはり自分とは違う世界線にいるのかもしれない。


「ひとりじゃ弱いな」


 おそらくスライクと同じ世界線にいるのであろう男が静かに呟いた。

 マルドはすでに、この場所を戦地として考えているようだ。


「この雪山だ。仮にどこかに転移装置があって、そこへ人が向かうとして。必ず取り零しがでる。魔物に襲われるかもしれないし、そもそも凍死するかもしれない。セリレ・アトルスをおびき寄せるには、もう数人、犠牲になるはずだった存在が欲しい。敵に、この手はもう通じない、とはっきり伝えたいところだ。確率を少しでも上げた方がいいだろう」


 淡々とした口調に、アキラは、昨日我に返ったときのことを思い起こしていた。

 レスハート山脈の“伝説”。このふたりは、それをただの事実として受け止め、粛々と撃破することを考えている。

 静かに思考を進めているサクと、案の定話について来られずに頭が揺れているティアと、そして悶々としているアキラ自身。

 あまりのスピード感の違いに、アキラは少しだけ焦りを覚えた。


 しばらく目を閉じていたマルドは、はっと顔を上げた。

 そしてキュールに視線を投げる。


「なあキュール。昨日、ここの修道院長に会ったよな。そのとき彼女が、」

「うん。マルドが聞いた話だよね。昨日、もうひとりいなくなったかも、って」

「……はっ。それならあっしも覚えています。エリにゃん探すときに、他にもいるかも、って言ってたやつですよね?」


 スライクは続きが読めたのか、さも面倒そうに呟いた。


「昨日なら、まだこの辺りにいるかも、ってか」

「ああそうだ。そして、捜索隊が誰かは言わなくても分かるよな。周辺は俺も探してみるけど、そこそこ距離が離れた場所だと―――そうだな。“セリレ・アトルスの対象の救助実績がある人間”が望ましい」


 スライクは、殺意をそのまま込めたような視線をマルドにそのまま向けると、響くような舌打ちと共に窓を睨んで呟いた。


「あの修道女を呼んで来い。歩きは面倒だ」


―――***―――


 マルドが言いたかった望ましい救助隊編成。

 それは、おそらく日輪属性の人間、という意味だ。


 想定されるセリレ・アトルスの能力は脅威だ。

 記憶操作。仮に戦闘になったとき、それを利用されればどうなるかは、アイルーク大陸の魔族戦で承知している。

 ゆえにその魔法をかけられた人間を探すとなれば、ある程度は耐性のある属性、日輪属性が望ましい、ということだろう。


 それを理解しているからこそスライクは、マルドの案に猛烈には反対しなかったのだろう。


 アキラもそれを理解していた。

 だから、不機嫌さを隠そうともしないスライクと、挙動不審なカイラと共に空を行くことに、まったくもって、何の不満も、なかった。


「こっちで合ってるのか」

「……は、はい、マグネシアス修道院から降りたとなると、出口は数か所しかありません。となればまずはあちらへ向かえば……、ちょうど人が夜を過ごせる、洞穴がいくつもあった……かと」


 感情のない声でカイラに尋ねると、彼女は震えた声で応じてくれた。

 やはり挙動不審だ。

 この世界の“しきたり”に準じているらしい彼女にとって、“勇者様”が隣にいるというのはそれほどまでなのだろうか。


 今、アキラたちが乗っているカイラの召喚獣―――ワイズ。この存在が、彼女の精神状態によって影響を受けるようなものだったとしたら、アキラは今、絶体絶命の危機に瀕していることになる。


 これ以上カイラを刺激しない方がいいと判断し、アキラはワイズの後部で陣取っている大男に視線を投げた。

 ふて寝でもしているかと思いきや、意外にも彼は猫のような眼を眼下に走らせていた。

 やるからにはすぐに終わらせる、ということなのだろう、アキラも倣って視線を投げる。


 高速で通り過ぎる雪景色から人ひとりを見つけ出すことはほぼ不可能とようやくアキラが理解した頃、山のふもとに開けた地を見つけた。

 もしかしたらあそこが、カイラが往復しているというマグネシアス修道院の生活物資が届く場所なのかもしれない。


 案の定そこへ着陸すると、カイラはワイズの頭を優しく撫で、ワイズは青い光の粒子になって雪景色に溶けていった。


「手分けして探せ。俺は向うへ行く」


 ワイズが消え切る前にスライクは歩き出していた。

 あの行動力は見習うべきものなのかもしれない。


 アキラも周囲を見渡して歩き出そうとしたとき、カイラがワイズの消えた場所を呆然と眺め続けていることに気づいた。


「あの?」

「……ああ、申し訳ありません。捜索、ですよね。では、わたくしはあちらを」


 彼女がさした場所は、スライクが進んでいった場所だった。


「大丈夫、か? 俺のことなら気にしなくていいから、」

「……あの、“勇者様”には大切な方、というのはいらっしゃいますか?」

「……は?」


 ものすごく意外なことを言われ、アキラは言葉に詰まった。


「わたくしには……いた、はず、です。ただ、なんでだろう、分からなくなってしまって」


 これは、彼女の独白だろう。

 おそらく、自分の日輪属性の力が働いている。

 きっと今彼女は混乱していて、混乱したまま言葉を吐き出しているのだろう。

 本当にこれが日輪属性の力だとしたら、我ながら酷い属性だ。


「さっきからずっと、頭に何か引っかかり続けて……。多分その人が、今大変なことになっているのに、分からなくなって……、すぐにでも探しに行かなくてはならないのに」

「……まさか、遭難している人が?」

「分かりません。その人だったか、自信はありません」


 カイラの表情は、恐ろしく静かなものだった。

 修道服に身を包んだ雪女のようにさえ見える。


「……俺と一緒に行こうか。そんな様子じゃ危ないだろ」

「……はい、恐縮です」


 カイラに歩幅を合わせて、ゆっくりと歩を進めた。

 さすがに土地勘はあるのだろう、進む先に迷いはなかった。


「先ほど簡単にお話は伺いました。我がマグネシアス修道院は、魔物に攻撃されていたのですね」

「ああ……。言いにくいけど」

「分かっております。ただですね、それを聞いて、本当に怖くなりました。今探している方だけではない、わたくしの大切な人は、もっと、ずっと多くいたはずです」


 あたりをつけた最初の洞穴は、空振りだった。昨夜人が過ごしたとなればその痕跡があるはずだったが、小動物すらいない。

 昨夜からの時間を逆算すればこの辺りだとカイラは言うが、今の彼女の様子から、まともな計算ができているとは思えなかった。


「先ほどわたくし、思い出したんですよ。その人のこと。……でも、ダメですね、今それが薄れています。多分それは、いつものことです。日常で、その人がいる日も、感情は薄れていまして……。それが魔物の攻撃のせいだけだとは、思っておりません」


 ふたつめの洞窟も、空振りだった。

 動物が生活している様子があったことから、アキラたちは即座にその場所を離れることを決めた。

 途方もない捜索だ。

 消えたかもしれない人がいるかもしれない場所を探し続けることになるとは。

 カイラの言葉に耳を傾けながら、アキラはカイラこそ不憫だと感じた。

 大切な人が消えたかもしれないから、いるかもしれない場所を探し続けているのだ。

 あやふやなのは、足取りだけで十分なのに。


「そうなると、思ってしまうのです。その人は、自分にとって、本当に大切な人だったのか、って。大切なのは、もしかしたら過去の、刹那的なものだけだったのではないか、と。本当に、わたくし発狂しそうです」

「それは……分からない」


 3つ目の洞穴が見えてきた。

 アキラは入口に足跡でも残っていないかと探りながら、ぼんやりと応えた。

 なんとなく、自分の中の感情を刺激されたような気がする。


「本当に分からないよ、それは。でも俺は、そうじゃないと願いたい。…………例えばさ、過去、大切な人がいたとして―――“今の俺は俺じゃなくて、今のあいつはあいつじゃない”。そんなとき、俺はあいつを、大切だと言い切れない……だろうな」

「……似たような経験が、おありなのですか?」


 アキラは答えなかった。


「でもさ、俺はさ、旅をして、何度も思ったよ。ここを選んで良かったって。それも、刹那的なことかもしれないけどさ」


 今が辛いと先を焦がれて。今が楽だと先を恐れて。やはりそれはずっとあり続けるのだろう。


 カイラはほんの少しだけ首をかしげていた。

 分からなくていい。これは誰かに自慢したい話ではないのだから。


「俺難しいこと分からなくてさ、そんなこと、細かく考えられなかったよ。今も悩み続けて、流れに身を任せて……。でも、多分、今は―――どうだろうな」


 少しだけ歩を速めた。

 この答えは、今は出せない。


「だけどさ、いつか答えを出す。もう、それでいいじゃないかと思う。大切かどうかとかに限らずさ。自分で決めればいいんだ、って。例えそれがすぐに後悔につながる刹那的な感情だったとしても―――それでまた悩んだって、いいんじゃないか、って」


 カイラはようやく微笑んだ。

 少しは彼女の気は紛れたのだろうか。


「エリサス様と似たようなことを言いますね」


 その言葉にアキラの背筋が凍りついたとき、ふたりは3つ目の洞穴に到着した。


―――***―――


 カイラがこの部屋を離れてから数分のこと。

 気分新たに先へ進むことを決意したエリサス=アーティの―――病状が、悪化した。


「ぁ……ぅ」


 ひとり、ベッドの上。

 エリーは身じろぎひとつしただけで声が漏れた。


 最初は本格的に風邪を引いただけかと思ったが、どうやら違うらしい。

 寒気は覚えず、むしろ熱い。

 それどころか身体を僅かにでも動かすと、そこに熱した鉄板を押し当てられたような鋭い痛みを覚える。身体中が火傷していたとしたらこんな感じなのかもしれない。


「本格的に……やばい、かも」


 全身に行き渡る血液は、沸騰しているかのようで身体を熱で蝕み、何とか逃れようと身体を動かせば再びそこから熱が湧き出す。

 風邪ではない。むしろ身体中の感覚が毛先の一本に至るまで鋭敏になり、研ぎ澄まされている。身体中が敏感になっているからこそ、この熱を正しく感じてしまっていた。


 危機感を覚えるほど身体中が発汗していることに辛うじて気づけたエリーは、痛みをこらえてベッドの脇の水差しに手を伸ばす。なりふり構わずそのまま口に運んだエリーは、水が蒸発しないことに違和感を覚えるほど、水からは何も感じなかった。


 が。


「ぁ……ぇ」


 何とも奇妙な感覚に、エリーはかすれた声が漏れた。

 水を飲んだおかげではない。何の脈絡もなく、少しだけ熱が引いた気がしたのだ。

 だがそれは外に逃げていったわけではなく、熱は、身体の中に潜り込んでいったように感じる。

 底知れない恐怖を覚える。

 身体の中の、どこか熱を感じられない部分をその熱が燃やし始めているのかもしれない。

 続けて、脳に重い痺れを覚えた。

 チカチカと視界が揺れ、何かが見えるような気がした。むしろ、今見ている部屋の風景が薄れ、その“何か”の比重が大きくなる。

 脳が溶け出し、何かと融和するように、現実と空想の区別がつかない。

 こんな経験は前にもした。アドロエプスからどこかへ強制転移させられたときに、脈絡もない光景が眼前に広がる―――あの、全能感。

 幻覚まで見え始めている。もしかしたら、自分はすでに死んでいるのかもしれないとさえ感じた。


「……死ぬ前には、会いたいわね、流石に」


 精一杯の作り笑いを浮かべると、エリーは気絶するように眠りに落ちた。


―――***―――


 そこに、誰かが、いる気がした。


「ア……、あ、れ」

「遅いよ。もう……、聞こえてないかもしれないけど」


 結局、3つ目の洞穴も空振りだった。

 だが、何とか気を取り戻したカイラは、アキラと離れて捜索を開始した。

 そしておぼろげな記憶を辿っていたところ、ふと、マグネシアス修道院がかつて使用していた運搬ルートを思い出したのだ。

 急斜面で、申し訳程度の線路はあるものの、荷台をほとんど引きずりあげるような形になるルートは、カイラが荷運びを担当してからほとんど使われなくなったマグネシアス修道院への正規ルートだ。

 その麓。

 カイラが現在荷を受け取っている地点から僅かばかり山を登った個所にある洞穴のひとつ。


 そこに、誰かが、いる気がした。


「でも、よく分かったね。ここ、私がよく修道院を抜け出すときに通ってたんだ。酷いよね、ちゃんと正規の道から出入りしているのに、みんなあんなに叱らなくていいじゃん―――あれ、叱ってくれたみんなって、誰だっけ。―――はは、私も同罪だ」


 少しだけカイラは我に返った。

 今、自分は、雪山で遭難した人物を―――いや、違う、セリレ・アトルスの犠牲になった、だったか、いや、ともかく、この周辺にいる存在を探していたのだ。

 見つけた。彼女だ。


 なぜかほんのりと明るく、神秘的にさえ思えるこの空間の中央。おぼろげな表情でこちらを見ている彼女が、救出対象だ。

 彼女は座り込んだまま動かない。足を負傷でもしているのだろうか、すぐに向かう必要がある。


 だが、なぜか足が動かない。

 まるで彼女の正体を思い出すまで、彼女に手を差し伸べることが許されないように。


「分かんないんだ、私。はは、おかしいな、カイラが来てくれて、嬉しいはずなのに、そんな気が起きない。自分では、もうちょっとあっさりした性格だったつもりなのに、気力が湧かないんだ。そっちに行ったら、私、ひとりになっちゃう―――そんな気がして」


 漠然とした無気力感。それを覚えているのはカイラも同じだ。

 身体が思うように動かない。だが、感情は、確かに焦りを覚える。


「みんなに悪気はないんだって、今でも思ってる。ただ、いろいろ間が悪かっただけなんだよね、私に対して無関心なのは。私はよく、分かってる。だから不満を上げなかったんだよ。だけど、それが最大の間違いだった。言えば良かっただけのはずなのにね、私を見て、って」

「あな、た、は、」


 カイラは振り絞るように声を出した。

 身体は動かない。だが、何としてでも彼女を繋ぎ止めておかなければならないと、身体の中で何かが訴えている。


「ここ、で、何をしているのですか」

「……はは、懐かしいや。よくカイラに言われたよ、その言葉。カイラ昔から、私がサボって隠れている場所見つけるの上手かったよね。見つけ出したときの第一声。大体それだった」


 パキリ、とカイラの頭の中で何かが砕けた。

 知っている。自分は目の前の彼女を、知っている。


「……ワンパターンなんですよ、貴女は」


 ぼそりと、呟いた。

 手ごろに空腹を満たせる予備の食糧庫。裏庭の吹雪の日でも暖かさを感じる僅かな窪み。屋上に上って外壁から降りた絶景が見える最上階の窓辺。

 あれで自分から隠れているつもりだったのか。幼少のころ、自分と共に見つけた場所がほとんどだったではないか。


「はは、とうとうここも見つかっちゃった。教えちゃ危ない、って思って、私はカイラにも言わなかったのに」

「いつの話、ですか。ここであれば、今はもう、わたくしがお連れした方が早いというのに」

「ほんとだよ。でもカイラ、中々サボってくれないから」

「貴女は、本当に、もう」


 目の前の女性は、静かに目を伏せた。


「……でも、遅いよ、もう。そんな話、いつでもできたのに。もっと早く、いっぱい話したかったのに。少しだけ後ろ髪引かれちゃうじゃん。でも、もう、決めたから」

「な、にを?」

「“行こう”と思う。分かってる。危険なことだって分かっている。だけど、諦められなくなってる。“この先には”、今じゃないここが待っている――――そう、思っちゃうんだ」


 彼女がしゃがみ込んだ足跡。そこに、“石”のようなものが埋まりこんでいるのが見えた。

 この洞窟の、ぼんやりとした光源が分かった。

 あれは、何らかのマジックアイテムだろうか。

 マジックアイテムらしき物体の光が、強くなっていく。


 しかし、それよりも。

 彼女の乾いた瞳に、強烈な違和感を覚えた。


「―――ぅ」


 視界に収めた途端、カイラの身体中から汗が噴き出した。身体の中で焦っていた感情が、早鐘のように胸を打つ。


「ごめんね、弱くて。私、自分がみんなに関心を向けられない日々を、耐えられなかった」


 最後にこちらを向いた彼女は、泣いていた。


「アリ―――」

「そこから離れろっ!!」


 爆音のような怒号が、洞穴内に響き渡った。

 カイラが振り返ろうとすると同時、疾風のようにオレンジの閃光が自分を追い越す。


 目の前の少女は一瞬呆気にとられたようだが、即座に足元の“石”。手をかざした。

 オレンジの光に身を包んだ男は、襲い掛かるような勢いで彼女に手を伸ばす。

 しかし、彼女の動作は早すぎた。


「っ」


 そして。

 オレンジの閃光は、彼女がいた場所を通過し、岩壁に鋭く激突した。

 洞窟内にいるのは倒れ込んだ男と、立ち尽くすカイラ。


 それだけだった。


「ぐっ、まだ!!」

「どけ」


 倒れ込んだ男が立ち上がると同時、再び背後から声が聞こえた。

 最早糸の切れた操り人形のように力が入らないカイラは、通り過ぎた大男に突き飛ばされるように倒れる。


 直後、ガギィ、と鈍い音が響いた。

 顔を上げれば、ヒダマリ=アキラが手を伸ばそうとしていた先ほどの“石”を、スライク=キース=ガイロードがその大剣で真上から叩き割っていた。


 眼前で起こっているのに遠い世界の出来事のように感じる光景を眺めながら、カイラはようやくその名を呼べた。


「……アリハ」


―――***―――


「とりあえずこれで全員、かな。誰にも確認できないけど」


 マルド=サダル=ソーグはマグネシアス修道院の奥、食堂の扉をぱたんと閉じて呟いた。

 一番人が修道できそうだと判断したこの空間には、修道院長も、職務に励んでいた修道院の面々も、昨日この施設に保護された“土地調査団”の面々も揃っている。

 各員には、各々極力手をつないでいるように、と指示しておいた。記憶を書き換え、人を雪山へ連れ去ってしまうセリレ・アトルス対策だが、男性に慣れていない修道院の面々にも、儀式ような行動に慣れていない土地調査団の面々にも大分不審がられてしまい、“勇者様”であるヒダマリ=アキラの指示であると嘯いておいた。それは容赦してもらおう。


 昨日連れ去られた可能性のある存在の探索は、見立て通りあっさりと終わった。足ですぐに行ける距離にいるわけがない。そもそも昨日エリーを探す際に概ね調査を終えているのだ。

 一応任を果たしたマルドだが、やるべきことは終わっていない。

 万全とは言い難いが、修道院の面々の安全は確保した。

 次は、セリレ・アトルス対策だ。


 今、スライクたちが調査へ行っているが、救出できるかは日輪属性のふたりがいても五分五分だろう。相手も日輪属性だ。

 ならば“釣り餌”は十分とは言えない。

 セリレ・アトルスは、今夜空に昇らない可能性がある。


 あの飽きっぽいスライクのことだ。早ければ明日ここを離れてもおかしくない。それまでに、何としてでもセリレ・アトルスを撃破しなければならないのだ。


 二手三手と検討する。

 策と、その策が失敗したときのためのことを。

 自分は、そうである必要がある。


 マルドは歩き出しながら、もう一度食堂の大きな扉に振り返った。


 彼らはこの伝説の被害者だ。

 それでも自分たちは、この場所を戦地に選んだ。そのことは彼らに伝えていない。ましてや、その中のひとりがエサであることすら知らない。


 まさしく悲劇だろう。

 伝説に生活を蝕まれ、同じく伝説になるであろう存在たちにいいように利用されている。


 だが、彼らに悪気は覚えても、マルドは同情はしなかった。


 例え作戦が失敗し、彼らが犠牲になったとしても、マルドは振り返ることもしないだろう。

 弱者は守られるべき存在なのだろうが、守られるとは限らないのだから。


 マルドは深く思考する。


 それゆえに、我々は、万全を尽くさねばならないのだ。


―――***―――


「何故こんなことを、―――なんて言わないだろうな」

「……っ」


 眼前には人のものとは思えないほどの大剣が突き刺さり、その所有者の眼光を鋭く受けながら、アキラは、それでも、睨み返していた。


 スライク=キース=ガイロード。

 今しがた発見した救助対象が消えた道を、迷うことなく砕いた―――自分とは違う、もうひとり。


「それでも、訊く。……なぜやった」


 アキラは声を震わせながら立ち上がった。

 しかし頭は酷く冷静で、右手に明かりを灯し出す。以前の自分だったら、この右手は剣を握っていたのかもしれない。


 薄明かりの中で、スライクは大剣を抜き去り、切っ先についた石の残骸を振り払いながら腰に収めた。

 リロックストーン。

 スライクが剣で砕いたそれは、魔族が利用すると言われる転移用のマジックアイテムだ。

 そしてその転移先は、おそらく。


「彼女は正気じゃなかった。そんな状態でこの先に行ったら―――どうなるか分かるだろ」


 スライクは鼻を鳴らしながら呟いた。


「分かるなら、何故行く必要がある」

「お前、は、」


 強く言ったつもりだが、アキラは、まったく声が張れなかった。


「理由を訊いたな。答えてやる。この場からもし、お前が消えればセリレ・アトルスは撃破できない。そうなりゃ少なくともひとつのエサがある修道院は近々壊滅だ。お前がそれほど絶望するものがこの先にあったなら―――尚更だ」


 分かっている。分かっていた。

 自分が熱くなり、考えもなしに彼女を追ったとしていたら、この場に戻っては来られなかっただろう。仮に戻って来られたとしても、それは先の話になる。

 自分はスライクに救われた。


 分かっている。分かっていた。

 でも、納得はできない。

 それは、この男と行動を共にすると、必ずぶつかる壁だった。


「それが彼女を見捨てる理由になるのか」


 自分が嫌になった。嘘を吐いているような心境になる。


「俺にはなる―――そう言っている」


 スライクも分かっているのか、投げやりにそう答えてきた。


 揺るがない。この男は揺るがない。

 アキラは酷く自分が情けなく思えた。

 彼はたったひとつだけ目標を定めていて、自分は八方美人に手を伸ばそうとする。そして今、すべてを取り零すところだった。

 自分には“情報”があるという絶対的な優位性を、自分自身の手で砕いてしまったように感じた。


「……わたくしには、なりません」


 洞窟の入り口から、カイラの小さな声が響いてきた。

 反響しなければ聞こえなかったであろうか細い声は、彼女の心境を表すように、強く迷いが感じられる。


「すべての方に救いの手を伸ばす。―――“勇者様”として、あるべき行動だと、思います」


 カイラは立ち上がり、とぼとぼと歩み寄ってきた。

 視点は定まっていない。


「それを咎めるのは、違うでしょう」

「……咎めちゃいねぇよ。こいつが決めたことだ。邪魔はしたがな」


 苦々しく呟いたスライクに、カイラは視線を上げた。

 それでもまだ、スライクの胸元に泳いだ視線を見て、アキラはカイラの気持ちが理解できた。


「俺が“それ”を語るのは妙な話だがな」


 スライクは呟いた。


「“勇者”は希望かもしれないが、世界の全員に救いの手を差し伸べるなんてことできるとは俺には思えねぇ。物理的に不可能だ」


 必ず取り零しが出る。

 世界と比すれば圧倒的に狭いこの山脈の中ですら、セリレ・アトルスが取り零しているように。


「救われた奴は、たまたまだ。運が良かった。そう思うべきなんだ」


 その言葉に、アキラは違和感を覚えた。

 淡々とした言葉を選ぶスライクの声色が、僅かに変わったように思える。


 救われた者は、救われるべきだから、救われる。

 その真理とも言える筋書きめいたものを、スライクは酷く嫌悪しているように感じた。


「多くを救えばそいつは英雄だ。だがな、救われなかった奴が英雄を非難するのは―――馬鹿馬鹿しい。そいつは運が悪い上に―――」

「だから、それを救うのが、“勇者様”でしょう」


 あるいはスライクの態度が違えば、カイラは納得したのかもしれない。

 おとなしく、申し訳なさそうに、消えた彼女を救出する術をなくしたことを詫びれば、カイラも行先のない憤りを抱えたまま、沈んでいたかもしれない。

 本当に、不毛な会話だ。


「―――運が悪い上に、自分じゃ解決できなかった奴ってことだろ」


 しかし、スライクは少しだけ声を荒げた。

 猫のような眼光が、カイラを鋭く射抜く。

 ひょっとしたらスライクにとって、あの決断は、確固たる信念に基づくものだったのかもしれない。


「“勇者”はすべてを救い、魔王を倒す」


 スライクは、この世界の“普通”を語った。

 そして。


「そんなもん信じてどうすんだ。勇者いようがいまいが、死ぬ奴は死ぬ。特に、悲劇が起これば、勇者が来ると盲信しているような奴からな。悲劇が起これば助かるはずだ―――そんなもん信じててどうすんだよ。救いの対価は悲劇じゃねぇぞ」


 ぴしゃり言われ、カイラは口元を歪めた。

 アキラにはなんとなく分かる。

 ここへ飛び込んでくる直前、中の会話が少しだけ聞こえていた。


「わたくしは今、途方もない怒りを覚えています」

「かもな」

「……ですが、それは、貴方の言う通りであれば、貴方への怒りではないのでしょうね。ですが、言わせてください。言葉にしないと、また、やっと掴んだ答えを、取り零してしまいそうで」


 カイラは、彼女が消えた地点に身体ごと向き直り、両手を胸の前で組んだ。


「わたくしには、アリハ=ルビス=ヒードストという大切な友人が、いました」


 彼女は、そしてアリハという女性は、今回、不運にも、悲劇に襲われた。

 そしてアキラも、スライクも、その悲劇から彼女を救うことはできなかった。

 彼女は、救いの手がさし延ばされる幸運な存在ではなかったということだ。

 ただ―――それだけのことだった。


 静かに目を瞑るカイラに倣って、アキラも目を閉じた。

 アキラも今、怒りを覚えている。

 カイラも同じだろう、この状況で、不運を振り払えなかった自分自身への怒りを、確かに覚えていた。


「……戻るぞ。もうこの場所には用は無ぇはずだ」


 沈黙を破ったのはスライクだった。

 彼はあえてそうしているのか、無遠慮に足音を鳴らし、歩き出す。

 その背を、カイラはしばらく見つめ、そして、意を決したように呼び止めた。


「貴方は」

「……あん?」

「先ほどこう言いましたね。救いは、待っていてもどうしようもないと」

「さあな」

「ならばわたくしたちは、自らが奮い立ち、自らを救わなければならないのですね」

「…………できねぇなら、そこから先は運任せだ」


 信じる者は救われる。彼女の信仰としてあるはずのそれは、スライクの言葉とは真逆のものなのかもしれない。

 だが、カイラは得心が言ったようで、目を瞑り、呼吸を落ち着かせ、スライクをまっすぐ見据えた。迷いは見えない。


「でしたら、わたくしは奮い立とうと思います。大切な方を―――もう2度と、失わないために」

「……そうか、なるようになるだろ」

「で、ですから、わたくしを―――」


 彼女の言葉の続きは、聞こえなかった。

 直後、爆音とも言うべき振動が洞窟内を揺さぶり、カイラはよろけて倒れ込みそうになる。

 アキラは即座に警戒した。

 元の世界で言えば、空港の発着場にいるときのような音源が、何を意味しているのか即座に分かった。

 考えるまでもない、この音は、ほど近い上空を、巨大な物体が高速で飛んでいる音だ。


「―――はっ、夜まで待つつもりはねぇってか」

「な、な、な、」

「すぐに出るぞ。修道院だ!!」


 状況が呑み込めなかったカイラを、スライクが小荷物のように抱え、即座に外へ走り出す。

 アキラはそれを追いながら、強く拳を握った。

 まさか今来るとは思わなかった。

 だがもう、切り替えよう。


 偽りの太陽―――セリレ・アトルス。

 この不運を、今日で最後にするために。


―――***―――


「こっち、こっち、こっちです!!」


 修道院は別の爆音に襲われていた。

 下手な不安を煽らないためにも全員を食堂に集めていたのだが、今頃食堂内もパニックになっているだろう。

 マルドは、いつ転んでもおかしくないような慌てた姿で駆けるティアを追って、修道院の廊下をひた走っていた。


 セリレ・アトルス。

 ティアが発見したそれは、どうやらここへ一直線に飛んできているらしい。


「他のみんなは!?」

「アッキーたち戻ってきてないエリにゃんお休み中サッキュンもう外キュルルン見当たらない、です!! あっ、キュルルンいた!!」


 何の呪文だ。

 走りながらようやくティアの言葉が解読できたころ、キュールが合流した。

 ティアの大声も捨てたものではない。どうやら事情は察しているらしい。


 この周辺の探索が終わったあと、ティアはセリレ・アトルスの見張りを行うと言っていた。

 どうやら律儀に昼から見張りを行っていたらしく、それが好転したようだ。


 マルドは思考する。

 セリレ・アトルスが出た。どうやらエサはひとつで十分だったらしい。

 しかし、まさか昼から出るとは。


 いや、とマルドは考え直す。

 記憶を操作するセリレ・アトルス。

 もしかしたらそれは、思考を読む力をある程度有しているのかもしれない。日輪属性だ、無い話ではないだろう。

 つまり、セリレ・アトルスは、“自分たちがセリレ・アトルスの狙いに気づいたと同時にこちらの動きに気づいた”可能性がある。


 だから、今。

 警戒が強まる夜ではなく、今、この瞬間に、セリレ・アトルスが現れた。

 しかもそれは、従来の記憶操作による襲撃ではない。

 ティアの話通り、こちらへ向かってきているということは、魔法による攻撃ではなく、物理的な突進を仕掛けている可能性が高い。


「来ました!! お連れしました!!」

「来たか、どうする!?」

「ぅ」


 修道院の外で待っていたサクが指さすそれが、否が応でも目に入り、マルドは思わず息を詰まらせた。


 視界いっぱいに、太陽が広がっていた。


 唖然とした。

 遠方、なのか、敵が巨大すぎで分からないが、空に小さく浮かんでいる本物の太陽を超える巨大物体が、煌々と輝きながら空に浮かんでいる。


 あまりに現実感のないサイズ。

 やはり―――巨大すぎる。


「あの!! あれ、本当にこっちに!?」

「ああ、さっき言った通りだ。分かり辛いが、確かに接近している。距離感は―――だめだ、分からない」


 最早それは破滅の光にしか見えなかった。

 視界を急速に埋めてくる巨大物体は、山脈の影を根こそぎ奪いながら、なおも接近してくる。

 かつてこれほど巨大な存在に出遭ったことはない。

 接近するそれを前には、眼下の山も、いや、山脈も、途端に小さく感じてくる。

 山ひとつをまるまる投げつけられることは未来永劫無いであろうが、あるとすれば、目の前の光景に出遭えるであろう。

 そして、距離感も、許された時間も、まるで分からなかった。


「落ち着け!!」


 マルドは声を張り、自分にも言い聞かせた。

 ここにきて、ヒダマリ=アキラとスライク=キース=ガイロードが修道院から離れたのが効いてくる。

 いや、向うはそれすらも察知したからこそこれほど直接的に狙ってきたのか。

 あるいは、この修道院が消滅すれば、セリレ・アトルスの役割は終わる―――つまり、この修道院が、レスハート山脈の最後のターゲットということか。


 終わらせない。

 間近に迫ってきている死を前に、マルドは深く考えた。


「セリレ・アトルスの本体は、あれほど巨大な存在じゃない」


 整理するために、マルドは今まで集めた情報を口に出す。

 先ほど、セリレ・アトルスに接触したスライクから得た情報だ。


「あれは“魔力”の基本中の基本、防御膜だ」


 スライクは、セリレ・アトルスと接触しながら、アキラが攻撃した場所を見たといった。

 土曜属性を模倣した魔術攻撃は、セリレ・アトルスの防御膜を破壊していたそうだ。


「ただ特例中の特例なのは、防御膜なのに身体の周辺で留まらず、それが膨張している―――つまり、想像を絶して層が厚い、ってことだ」

「な、なら、突撃されても本体まで来なければ大丈夫、ってことですか!?」

「いや、防御膜ももちろん物理干渉はあるよ。それに、日輪属性の防御膜だ。触ったら何が起こるか分かったもんじゃない」

「じゃあ、わたしが止める。マルド、わたしを空へ連れてって」

「キュールなら……確かに。でも、俺はそれで手一杯だ。球体を一点で止めるのがどれだけ難しいか分かるか?」


 使えるカードは、自分の力とキュールの力、のみだろうか。これでは足りない。

 マルドは鋭く視線を走らせる。

 サクは白兵戦向きと見えるし、これほど巨大な敵との空中戦は難しいだろう。

 ティアに至っては、もう、何が何だか分からない。


 どうする―――


「あの、ですね!!」


 そこで、ティアが声を荒げた。


「もしかして、マルドン空中へ行けるんですか!? カーリャンみたいに」

「ああ」


 似たようなものだ、それでいいだろう。


「なら、ならですね、ちょっといろいろ分かっていないんですが、お伝えします。みんなが助かるなら、私を連れて行ってください」


 ティアは、マルドをまっすぐ見据えて、言った。


「私は、あの防御膜を破壊できます」


―――***―――


 騒がしい。

 ティアか。いや、修道院全体がざわめいている。


 妙な感覚と共に、エリーは目を覚ました。

 熱は引いている。

 心も落ち着いていた。


 かつてここまで目覚めの良かったことはないかもしれない。


 だが。

 何故かまともに頭が働かない。

 冷静なのに、身体が勝手に身支度を整え始めている。

 脳が指令を飛ばしているとは思えないのに、身体は的確に“戦闘準備”を始めていた。


 妙な感覚だ。

 眠るたびに思っていた。

 “分かっていることが多すぎる”。

 自分が知りえないことが、勝手に記憶として脳に染みついている感覚がするのだ。


 もしかしたら昨日の術式の副作用で、未来予知能力でも備わったのだろうか。だとしたらそれこそ大失敗だ。

 そんな馬鹿げた思考ですらも、今のエリーは落ち着いて分析を始めている。


 両手を握ってみる。

 何も変わっていない。

 自分は自分だ。


 妙な予感は勘が当たっただけだと楽観的にとらえ、エリーはゆっくりと部屋を出る。


 さあ、行こう。


―――***―――


 本当に中途半端だ。

 マルドは自分を嗤った。


 ティアのできること、キュールのできること、カイラのできること、そして、あるいはスライクのできること。

 自分はすべて実現可能だ。

 そう言えば、自分はすべての存在を超えているように思えるかもしれないが、事実その逆だ。


 自分はすべての存在に劣っている。


 彼が、彼女らが、片手間に、息を吐くようにできることを、思考を研ぎ澄まし、精神を集中させ、必死に術式を組み上げ、ようやく実現できるのだから。

 そこまで必死になってやったとしても、その次の瞬間にはその過程はすべて無に帰している。

 だから何度も何度も繰り返し、過程からやり直して、何とか同じ結果を何度も出せるように苦心している。

 ある程度勘所は分かってきたつもりだが、自分が自信満々に使えると言える魔術は、実のところ何ひとつない。

 だからマルドは、常日頃から、自分が使用するであろう魔術を、あらかじめ、使用ギリギリのところまで組み上げている。魔法ともなればなおさらだ。

 戦闘でも、日常のことを考え、日常でも、戦闘のことを考え―――本当にやっていられない。


 やっていられないが、成功したときの喜びは他の魔術師の比ではないだろう。


 今回も何とか成功した。


 月輪属性大魔法―――フリオール。


 “銀”のヴェールに包まれた3人は、レスハート山脈の空に“浮かび上がり”、巨大な隕石へ向かっていた。

 一応金曜属性で、防御に近い力が使えると言ったサクを最後の砦として修道院へ残し、マルド、キュール、ティアは宙を浮き、セリレ・アトルスへ突撃する。


「あとどれくらい時間がありますか」

「もうすぐだ。やっと距離感つかめてきた。キュールも準備いいか」

「うん。わたしは大丈夫」


 目指すはセリレ・アトルスの中心だ。

 マルドは自らにかけた魔法で精神を研ぎ澄まし、強い光を睨みながら、慎重に中心部へ移動する。

 彼我の差はあまりに大きく、3人の影を足しても太陽の黒点にも満たないかもしれない。


 今から行うことは、キュールがセリレ・アトルスを物理的に止め、ティアがセリレ・アトルスの防御膜を魔術的に破壊することだ。


 この作戦は、修道院近辺では絶対にできない。

 たとえ両者が成功しても、セリレ・アトルスの本体が暴れ回れば修道院は即座に崩れてしまうだろう。

 ゆえにセリレ・アトルスが修道院に辿り着くまでに、空中で処理しなければならないという難易度の高い芸当をしなければならないのだが―――マルドはこの状況を作り出すことで限界だった。

 あとはふたりに任せる他ない。


 間もなくセリレ・アトルスと接触する。


「信用してくれて、ありがとうございます」


 巨大物体の接近が影響か暴風が吹き荒れる中、“銀”に包まれるティアが発した言葉は耳に届いた。

 彼女は精神を研ぎ澄まし、卵を形作るように両手を構え、魔力を溜めている。


「できるんだろ」

「ええ」

「なら、そういうことだ」


 不安がないと言えば嘘なのだろう。

 セリレ・アトルスの防御膜。

 そんな未知のものを破壊できると言えるのは、怪しいと言えば怪しい。

 だが彼女は、スライクがその話をするときその場にいて、“勇者様御一行”の水曜属性の魔術師として、あのときそう発言した。

 信じるか信じないかは問題ではないのだ。

 やれ。マルドはそう言っている。


「来るぞ、キュール。ここが中心だ」

「うん」


 どれだけ幼かろうとも、使えるカードはすべて使う。

 そして、巨大物体を前に怯えもせず、幼さを見せない少女を前へ送り出した。


 キュール=マグウェルが瞳を閉じ、蹲るように身をかがめたその瞬間。

 セリレ・アトルスに比べてあまり矮小な円が彼女の周りに展開した。


 “制限時間付絶対防御”。

 スライクの剣ですら打ち砕けないその強固な“盾”は、一定時間、ありとあらゆる障害から彼女の周囲を守りきる。


 衝突―――


「―――っ―――」


 相当な衝撃が大気を震撼させた。

 手を伸ばせば届く距離に、太陽がある。だがそれは、あまりに小さいキュールの球体と拮抗していた。


 ひとまず成功だ。


 マルドが使用した魔法―――フリオールは、空中浮遊の魔法ではない。

 キュールの防御膜とは違い、術者が指定する事象以外を、都合よく遮断するという魔法だ。

 例えば重力。

 一定の重力を遮断するだけで、対象は月輪のように浮かび上がる。

 例えば大気。

 一定の温度を遮断するだけで、対象は極寒の上空ですら無事でいられる。

 例えば光。

 一定の光度を遮断するだけで、対象は太陽が眼前に迫っても目を開けていられる。

 例えば音。

 一定の音量を遮断するだけで、対象は巨大物体の衝突音を前にすら平然といられる。


 遮断できるものは何で、何を調整できて、何ができないことなのか。そんなものは勿論分からない。魔法は論理ではないのだ。


 セリレ・アトルスの突撃はキュールによって一定時間停止させることには成功したようだが、予断はできない。

 あるは自分の恐怖心が、ほんの僅かな精神の乱れが、魔法という超常現象にどのような影響を与えるか分からない。

 暴力的なサイズのセリレ・アトルスを眼前に置きながら、マルドは何度も魔法を精査する。

 自分は落ちてもいい。何としてでも、キュールとティアをこの場に維持しなければ、修道院は壊滅する。


「行きます―――」

「―――」


 そこで、マルドはティアをキュールの背後からセリレ・アトルスへ近づけていった。

 常日頃騒がしい彼女は、神妙な顔つきで、両手をかざし、そして。

 魔術を発動した。


「バーディング」


 ため込んでいたからなのか、はたまた加減が分からなかったのか。

 おびただしい量のスカイブルーがセリレ・アトルスの防御膜を包んでいった。


 バーディング。

 水曜属性の術者が操るそれは、魔術を崩す妨害魔術だ。

 魔力を血と例えるならそれはウィルスのような存在で、魔力の影響を受けている場所に正常な動作を許さない。

 防御膜が巨大すぎるセリレ・アトルスへの対抗としては、ある種セオリーあのかもしれない。


「ぬ、ぬぬぬぬぬううううううううう!!」


 巨大すぎて影響が分からないのか、ティアはさらに強く魔力を押し流す。

 だが、マルドには分かった。

 謎に包まれる日輪属性に対して効果があるのかは不安だったが、少なくともこの魔術は、セリレ・アトルスへ絶大な効果を発揮している。

 現に今、セリレ・アトルスの防御膜が徐々に大気へ四散していた。


「だぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!!」


 ティアの叫びが大気に響いているが、マルドには他の音も聞こえていた。

 自分だけ解除した外の音。

 その中に、鳥類を思わせる悲鳴が混ざっていることを。

 セリレ・アトルスは今、確実にダメージを受けている。


 だが、気は緩めない。

 このままキュールが止め続け、ティアが攻撃し続け、自分はこの状況を維持し続けなければならないのだ。

 何分巨大すぎるせいで、ティアが破壊し尽すまでの時間が長い。


 マルドの頬に汗が伝う。

 キュールを流し見たが、彼女も焦りを覚えている。

 ティアのバーディング、自分のフリオール、キュールの絶対防御。

 そのいずれも、制限時間はあと僅かに思えた。


 が。


「おおっ!?」


 途端ティアの体制がかくんと崩れた。

 キュールも同じように鋭く顔を上げる。


 フリオールの影響で分かりにくいが、眼前の巨大な球体が、消滅した。


「な―――」


 即座に状況に気づいたマルドは思わず手を伸ばそうとした。

 だが、間に合わない。


 セリレ・アトルスは、この3人の突破が困難と判断し、“防御膜を解除した”。


「お―――わ」


 一瞬で消失した太陽の上空、巨大な鳥が羽ばたいていた。


 黒。


 逆行だからではない、足も、翼も、眼球ですら塗り潰された漆黒の怪鳥が、空の青を汚していた。

 全長30メートルはあるだろうか、羽ばたくだけで大気を支配するその怪鳥こそが―――セリレ・アトルス。

 先ほどの太陽と比べればあまりに矮小ではあるが、それでも規格外。

それはまさに、レスハート山脈に落とされた巨大な影のようだった。


 自らの防御膜という卵から産まれ出たようにも見えるセリレ・アトルスは、僅か嘶き、直後。


 マグネシアス修道院への突撃を開始した。


「ま―――」


 マルドが口を開こうとした瞬間、フィルタがかかったような景色や音が、復活した。

 まずい。

 これは、タイムアップだ。


「ちょ、ちょちょちょ!?」

「みんな!! わたしにつかまって!!」


 キュールがいれば、自分たちは例え何千メートル上空から落下しても無傷でいられるだろう。

 だが、修道院は間に合わない。

 太陽の突撃よりは多少はマシであろうが、あの鳥が修道院へ到着しては、結果は何も変わらないであろう。

 遠ざかるセリレ・アトルスを見ながら、マルドは強く歯を食いしばり―――


―――そこで、“着地した”。


「間に合わせろ」

「もちろんです!!」


 気づけば自分たちは、別の巨大生物の背に乗っていた。


「ティア、よくやった」


 高速で景色が過ぎる中、巨大生物の前方に、獲物に飛びかかるように身を屈めた内のひとりが、振り返らずに呟いた。


「あとは任せとけ」


―――***―――


 ミツルギ=サクラは焦りを覚えながら、慎重に魔力を研ぎ澄ませていた。


 遠方で様子は分かりにくいが、どうやらティアたちは成功し、そしてセリレ・アトルスがそれを上回ってしまったようだ。

 巨大な太陽は消滅したが、不気味で、不吉の象徴であるような漆黒の怪鳥が、今度こそこちらへ向かって突撃してくる。

 そして徐々に、身体に日輪の色を宿し始めていた。


 最初よりはずいぶん小さいが、それでも巨大だ。

 概ね距離感は掴めるから、この場所に到着するころ、あれがどれだけのサイズになるかは推測できる。


 サクは防御力が売りの金曜属性を有しているが、その実、防御をすることはまずない。

 彼女自身の戦闘スタイルによるところも大きいが、そもそも魔術に関しては素人に近いのだ。

 それでも使える魔術は、足場改善。

 足場に魔力の足場を発生させ、たとえ雪山だろうとトップスピードで駆け抜けられる攻撃用の魔術だ。


 だから目の前の巨大生物の突進について、自分は回避する術しかない。


 だが。


「やるべきだろうな」


 あのティアがあそこまでやったのだ。自分が遅れをとるわけにはいかない。


 狙うは、端的に言って、“蹴り”だ。


 セリレ・アトルスの眼前に、“足場”を生成する。

 セリレ・アトルスは物理的に衝突するだろう。

 奴がどれほど空中を縦横無尽に飛び回ろうが、自分はその動きについていく自信がある。


 必ず奴を止められる。


 サクは少しだけ苦笑した。

 こんなこと、前の自分では考えなかっただろう。

 奴をかわし、その首をはねる。

 そんな発想しか、出てこなかっただろう。


 敵を討つだけではなく、“止める”。


 そんな戦いをさっそく迎えるとは―――あの戦争の経験も、無駄ではなかったようだ。


「……」


 ただ、奴の衝突は止められるとはいえ、戦場がこの修道院になることは変わらない。

 それが気がかりだった。


 そこで。


「―――だったら、あたしがやる」


 穏やかな声が聞こえた。


―――***―――


「止み……ましたか?」

「いえ、まだ、揺れていますよ」


 マグネシアス修道院の食堂内、修道院長ミルシア=マグネシアスは慎重に顔を上げた。

 生涯をこの地で過ごしてきたミルシアにとっても、今回のことは異例であった。

 “勇者様”がこの修道院を訪れたこともそう、食事時でもないのに食堂に全員が集まることもそう、そして何より、セリレ・アトルスという“伝説”が本格的に姿を現したこともそう。

 修道院の面々の手前、慌てたそぶりは見せられないが、確かな焦りを覚えていた。


 そして。

 ざっと周囲を見渡す。

 気を紛らわすためだと提案された、互いに手をつなぐという方法を、自分たちは実直に守っているが、その輪が、あまりに小さかった。


 周囲に気づかれないように、顔を伏せて、目を強く瞑った。

 まただ。

 自分はまた、途方もない喪失感に襲われている。

 ここ数年、自分は酷く混乱していた。

 日々何を失い、それに気づけないという、根拠もない恐怖をずっと覚えている。

 だから、あの真面目なカイラ=キッド=ウルグスに、“伝説”の調査などという途方もない依頼をしてしまった。


 自分の信念が、この歳になって崩れているように感じる。

 いや、歳のせいであろうか。生涯真摯な神の子であった自分が、理由もない不安を前に、“変化”を求めるなど。


 この修道院の意味を、ミルシアはよく知っている。

 ここは、失うことがあまりに多いモルオールで、変化を封じた場所なのだと。

 だからすべての存在は、ここで凍り付くように時を止める。

 若い者たちは聞かされていてもピンと来ていないだろうが、自分を含め、ここに長くいる者たちは知っている。

 この場所に発展はない。モルオールの脅威から身を潜めるだけの、何もしない場所なのだから。

 この事実に気づいたのは、何年前だったろう。

 もう覚えていない。

 覚えていないが、そのときも、すでに歳をとっていて、遅すぎた、と思った記憶はある。そう思うと、自分はどうやら真摯ではなかったのかもしれない。

 他の年配者たちはどうだろう。気づいたときに、自分と同じことを思ったのだろうか。あるいは、愚かなのは自分だけで、他の者たちは、そもそもそれを願っているからこそここを選んだのかもしれない。


 いずれにせよ、答えは出ない。


「こんなときに何なのですが」


 緊張に耐え切れなかったのか、修道院の面々の円から離れて、別の輪を作っている内のひとりの男が声を出してきた。

 確か、土地調査団、だったか。明朝カイラが救助して連れてきた男性たちだ。


「この辺りで、その、人が住めそうな場所を知りませんか? 私たち、この山脈を調査していまして」

「え、ええ。中々うまくいっていないんですよ」


 男が口を開いたのが緊張を和らげたのか、別の男も口を開く。視界の隅では、修道院の若い面々が、小声で会話を始めていた。


「この山の麓から少し行った先に、確か、ですが。……あれ、村があったような……」

「おお、あとで教えてくれませんか?」


 修道院に長らくいる者が勝手に答えた。

 本来なら無駄口を慎むように注意すべきだろうが、今くらいはいいだろう。


「どんな人が住むんですか?」

「いや、それは分かりませんが、来たいと思う人は大勢いますよ。老若男女さまざまです。ほら、土地不足が深刻でして」

「……そうなのですか?」

「あ、私ここ来る前に聞いたことあります。あとあと、えっと、この山の裏手にはもう行かれましたか?」

「ちょっとティアちゃんの口調移ってるよ」


 勝手な雑談が続く。張りつめていた空気が四散したのは、彼らのおかげだ。まずは彼らに感謝しよう。

 ミルシアは静かに耳を傾けながら、ぼんやりと、追憶した。

 気のせいかもしれない。だが確か、昔、自分はこの山を何度か下りていたような気がする。もっと言えば幼い頃、自分はこの修道院を抜け出して―――


「そんなにここに近いところに多いなら、どうですか。しばらくここを拠点として、調査を続けたいのですが」


 男がそう言った途端、修道院の面々が静まり返った。

 この場に自分がいるからだ。

 自分は周囲にはどう映っているだろう。規律に厳しく、恐怖の対象でもあるだろうか。まさしくその通りだ。

 そんな存在が、怪我人ならともかく、修道院を宿代わりに使わせるなど許すはずもない。


 ミルシアは視線が自分に集まっているのを感じ、顔を上げた。

 禁句を言ってしまったのかと焦る男は、愛想笑いを浮かべて続けた。


「ま、まあ、修道院長様のご意見をうかがわなければ、もちろんしませんから。修道院長様がお決めになってください」


 世辞で言われたことは分かった。

 だがその言葉に、ミルシアは胸を打たれた気がした。

 自分は変化を求めていた。それは認めよう。

 そして諦めかけていた。自分は遅すぎたからだ。


 だが、それでも。

 この地に住む場所ができるだけで、救われる者たちがいる。

 この地で新たな生活を始めようとする者の中には、自分よりも年配の者もいるかもしれない

 そんな者たちも、新しいことを始めようとしている。

 そんな迷える子たちには、何をすべきなのか。


 そして。

 それを決めるのは、自分自身なのだ。


 ミルシアは、慣れない愛想笑いなどせず、表情ひとつ変えず、強い口調で言った。


「興味深いお話です。是非お続けになってください」


―――***―――


 外に出たら、サクがいた。

 そして眼前には、巨大な黒鳥。


 “すべて、知っていたことだった”。


「サクさん下がっていて。あたしが止める」


 サクは即座に飛び退いた。流石理解が早い。


 エリーは拳に力を込める。

 眼前の黒鳥は、身体の周囲にオレンジの光を纏い、それも徐々に膨張していた。


 黒鳥の飛行速度と、オレンジの膨張速度。

 エリーは、それらを悠然と眺め、いつ自分が拳を突き出すべきか―――完全に理解した。


「なんだろう……変な感じ」


 その全能感は、大気に触れたせいか、徐々に薄れている。

 もうすぐ自分は、この感覚を失うだろうということすら分かっていた。

 だがもう十分だ。

 必要なものはすべて拾った。


 あとは、前へ行ける。


 あの黒鳥の、その背後。

 巨大なスカイブルーの召喚獣の上の存在が視界に入り、エリーは小さく微笑んだ。


 この先迷わないかと言われれば、多分嘘になる。

 ずっと迷い続けるだろう。傷つき続けるだろう。もしかしたら再び、怪しげな魔術に手を出してしまうかもしれない。

 そんな不安は常にある。

 それでも、少なくとも、今の自分は、焦らない。

 自分の世界がみんなの世界と離れても、再び逢えると、感じられたから。


 巨大な黒鳥が眼前に迫る。


 あの全能の感覚の中で、最初から自分のものであったかのようにこの手に転がり込んできた魔術。

 眼前の敵が、どれほど巨大であろうが、その力は、それを跳ねのけることができるだろうと強く感じる。

 その感覚を手放さないように、エリーは、拳を強く突き出した。


「スカーレッド・ガース」


―――***―――


 目を焼かれたのは、昨夜に続いて2度目だった。

 カイラの操る召喚獣―――ワイズの背に乗り、セリレ・アトルスを猛追していたアキラは、修道院の正面で、大気を揺るがす爆音と共に空を焼くような赤を見た。

 それは、爆撃などという生ぬるいものではない。

 隕石と隕石が地上で正面衝突したような天災とさえ思えた。

 それと同時、どうやら修道院前から“突き飛ばされた”セリレ・アトルスは眼下の別の山へ落ちていく。

 セリレ・アトルスの向こう、修道院が、いや、修道院が建つ雪山が未だ存在することに、強い違和感を覚えるほどの、非現実的光景だった。


 だがアキラは何故か、誰が、どのようなことをしたのかを悟れていた。


「お、おおお」


 背後でティアが感嘆の声を上げた。それはそうだろう。

 最早建物のようなサイズの飛行物体が弾かれ、墜落して行ったのだから。


 しかしアキラは。


 その赤に、胸が締め付けられるような恐怖を覚えた。


「ちっ、下りろ!!」

「っ、急に方向なんて変えられません!!」


 高速で過ぎ行く世界。

 そのまま修道院へ直進するワイズの背に乗り、セリレ・アトルスの墜落現場を通り過ぎても、アキラは修道院の前の少女を見ていた。


「もう―――いったん下りてください、すぐに立て直します!!」


 結局修道院にたどり着くまで減速しきれなかったカイラは、修道院の前で放り投げるように全員を下ろした。

 そして勢いを殺しながら修道院の門ギリギリでワイズを消滅させると、再び召喚獣を呼び出しながら駆け寄ってくる。その動作は淀みなかった。


「乗ってください!! 追いますよ!!」


 再び、ワイズの上で空を行く。

 ただ、今度は、隣の乗客が変わっていた。


「久しぶり」

「ああ」


 会話はそれだけだった。

 今はふたりとも、いや、全員が、墜落したセリレ・アトルスを睨んでいる。


 ようやく全員揃った。

 あれだけ待ち焦がれていた再会だったが、アキラは自分が思った以上に冷静なことに僅かばかり戸惑いを覚える。


 だが。


 アキラ、エリー、サク、ティア。

 そして、スライク、マルド、キュール、カイラ。


 この全員が、この場所にいることを当然と思う。


 たとえ思想が違っても、世界が分かれていたとしても、目指すものは同じなのだ。


 集う、世界。


 隣通しでも、隣にいなくても、見ているものが変わらなければ、世界は集う。


「勇者!! お前は横から殺せ!!」

「ああ!!」


 眼下に見えたセリレ・アトルスは、小高い山の開けた大地に墜落していた。

 見晴らしもいい。かえって好都合の場所だ。

 アキラは迷いなくワイズから飛び降りた。

 黒く塗り潰されているセリレ・アトルスの表情は見えないが、こちらを敵として認識しているようだ。エリーの攻撃の影響か、動きが億劫にも見える。

 セリレ・アトルスは即座に防御膜を張り始めた。

 分厚く、この山脈すべてを欺き続けてきた、日輪の力。


 アキラは強く睨み、セリレ・アトルスの正面に降り立った。


―――***―――


スライク=キース=ガイロードは己の剣の鼓動を感じる。

 生きているかのように錯覚する感触がした。

 求めれば応じるように、この剣は脈打つ。


「何をするおつもりですか!?」


 他の面々がすべて降り立ったワイズの上、スライクと残されたカイラは声を荒げた。

 先ほどの、一度消失させてから再び出現させるという召喚方法は無理があった。

 一瞬で根こそぎ魔力を持っていかれた気がする。

 ワイズを維持できるのも僅かかもしれない。

 だが、そんな焦りを、目の前のスライクは気にもしていなかった。

 彼は、巨大な剣を腕ごと水平に伸ばし、猫のような鋭い眼光で眼下の獲物を睨んでいた。


「奴を殺す。確実にな」

「―――は」


 カイラは自分から変な声が出たのを感じた。

 スライクが掲げるその大剣。

 そこから漏れるその色は、


「な、な、え、ええ?」

「喚くな。迷わずに、奴に向かって突撃しろ」

「―――はい」


 カイラは、意を決した。

 そうだ。その色が何であろうと、そんなことは関係ないのだ。


 自分とカイラは、悲劇に見舞われた。救いの手は来なかった。


 今日のことは、自分は一生後悔し続けるだろう。それは変わらない。

 しかし、本当に後悔するのであれば、自分は塞ぎ込むわけにはいかないだろう。

 遅すぎたかもしれないが、悔やむ以上、2度と悔やまないように、あらゆる手段を用いて自分の今を、変えていこうではないか。

 例え自分を変えたことで悔やんだとしても―――今の自分に、未来への恐怖はない。


 もう待つだけはしない。


 だから、今、目の前の敵に、彼を導こう。


「行きます!!」


―――***―――


「キャラ・ライトグリーン!!」


 グンッ、とアキラの身体能力が急速に引き上がる。

 それでもまだ、足りない。

 だが。

 魔力の原石の剣には、アキラの身体への魔術干渉を受けつけなかった―――変換前の魔力が蓄えられている。


 論理崩壊。


「行く気なの!?」

「ああ、打ち合わせ通りだ!!」


 エリーに強く応え、アキラは構えた。

 眼前のセリレ・アトルス。

 嘶き、黒光りする嘴をアキラに向けたその巨大な黒鳥は、自身の防御膜で、その姿を徐々にひそませ始めていた。


 だが、その攻略法。

 身体を分厚い防御膜で覆ったこの存在の撃破方法は、スライクが初戦で看破していた。


 自分は光で見えていなかったが、どうやら自分の土曜属性の攻撃を再現した一撃は、セリレ・アトルスの防御膜を破壊していたらしい。

 だが、彼が言うには、セリレ・アトルスは即座にそれを修復していたというのだ。

 ならば、成すべきことはふたつある。


 ひとつ目は防御膜を破壊すること。

 これも並の方法ではできない。

 昨日のアキラのような即座に回復される破壊では意味がなく、さきほどのティアのように時間のかかる破壊では逃げられてしまう。

 防御膜すべてを一瞬で機能しなくなるほどの一撃―――スライク=キース=ガイロードの木曜属性の力を再現した浸食の攻撃が必要となる。


 ふたつ目はセリレ・アトルス本体を破壊すること。

 こちらは最も危険が伴う。

 防御膜は基本中の基本であることを考えれば、セリレ・アトルスには記憶操作以外にも特殊な力が備わっている可能性もある。日輪属性以外の者では、何をされるか分かったものではない。

 だからこそ、日輪属性の術者が放つ即座に死を確定させられる一撃―――ヒダマリ=アキラの火曜属性の力を再現した破壊の攻撃が必要となる。


「いくぞアキラ!!」

「ああ、頼む!!」


 サクは即座にアキラの前に回り、足場の魔術を展開する。

 この雪山でも、セリレ・アトルスへ道は、何不自由なく駆け抜けられる。


 セリレ・アトルスが僅かに動いたように感じた。こちらの思考を読む力が備わっているのかもしれないが―――もう遅い。

 セリレ・アトルスは、ヒダマリ=アキラとスライク=キース=ガイロードの両名に、決して同時に出遭ってはならなかった。

 考える時間は与えない。


「っは!!」


 まずはスライクが高速で落下するワイズと共にセリレ・アトルスに突撃した。

 その高速の落下の中、スライクはさらにワイズを強く蹴り、膨張していた防御膜へ向かって大剣を振り下ろす。


「っ―――」


 バギッ、と殻の割れたような音と共に、耳をつんざくような悲鳴をセリレ・アトルスは上げた。

 防御膜中に同色の魔力が稲光のようにまとわりつき、卵に入ったひびのように防御膜は浸食される。

 スライクのこの一撃は、生物、魔力に対する圧倒的な殺傷力を秘めている。

 木曜属性の力の殺意のみを詰めたような『剣』の一撃は、セリレ・アトルスの脅威の防御膜を即座に破壊し尽した。


 そしてその中央、再び視界に入った巨大な黒鳥。

 あまりに巨大な防御膜に守られて、スライクの一刀のみでは本体には届かなかった。

 嘶くということはスライクの攻撃の影響を受けてはいるようだが、死滅しないということは、もしかしたら純粋な生物ではないのかもしれない。

 あまりに未知な日輪属性の魔物の撃破方法は、やはり不明なのだ。


 だが、何ら問題がない。


 それが生物であろうと、物体であろうと、破壊しろと言われれば、今のアキラは容易く頷ける。


「そういう次元の威力じゃねぇぞ……!!」


 ひとりにつきひとつの属性という常識とも言える前提を、乗り越えられるヒダマリ=アキラの日輪属性。

 極限まで高めた身体能力が、極限まで破壊を追求した力を放つ。

 計算式など存在しない、論理を超えた破壊の一撃。


 迷わずアキラは突き進み、剣を振り下ろした。


「キャラ・スカーレット!!」


 爆音と共に、セリレ・アトルスを正面から切り裂いたアキラは、勢いそのままに駆け抜けた。

 身体が軽い。腕への反動も押さえつけられる。そして、剣も砕けない。

 最早必然の結果に、アキラは、剣を収めた。

 真っ二つになったこの山脈の伝説―――セリレ・アトルスは、悲鳴を上げる間もないまま、撃破された。


 そして。


「よぉし!! キュール!!」

「わ、わ、わ、」


 魔物の撃破。それも、大型だ。

 さらに言えばあのガバイドの放った可能性が高い魔物となれば、戦闘不能時に備えないことはあり得ない。

 たまたま視界に入ったキュールにアキラは一目散に駆け寄った。


 が。


「わっ!?」

「生き埋めになりてぇならひとりでやってろ」


 目の前のキュールという希望は、スライクによって奪われていった。

 彼はキュールを掴みながら、迷わず崖へ向かっていく。


「マルドッ!! 準備はできてんだろうな!!」


 理解できていないのは自分だけか。

 自分以外の全員がスライクを追って駆け出していく。

 アキラもようやく察し、即座に駆け出した。


「ああ、何とか間に合ったよ。全員迷わず飛べよ!? フリオール!!」


 崖の前で待っていたマルドが、その長い杖を振りかざすと、全員が銀の膜に包まれる。

 よく知るアキラは迷わず崖から飛んだ。


 直後、背後から聞こえる爆発音。

 それが戦闘不能の爆発だけだったのか、それともアドロエプスで見た強制転移の粉をまき散らす罠だったのか、振り返らなかったアキラには分からなかった。


―――***―――


「さてさてさて!! どこ行きます!? 何食べます!? 何のお話しましょうか!?」


 翌日。

 マグネシアス修道院の正門前。

 しきりに盛り上がるティアをサクに任せ、アキラはセリレ・アトルスを撃破した山を遠目で眺めていた。


 伝説になるほどまで長くこの地を破滅に導いていたセリレ・アトルスはもういない。

 想定通りに撃破できた。

 だが、再び偽りの太陽が昇らないとは言い切れない。

 それを繰り返さないか否かは、自分の、自分たちの腕にかかっているのだ。


 アキラはふと、ティアから距離を置いて立っているエリーに視線を移した。彼女は自分の手のひらを見つめていた。

 なんとなく照れ臭くてあまり話はしていないが、これから先、そんな機会は幾度となくあるだろう。


 だが。


 アキラは胸を押さえる。

 彼女が放った、セリレ・アトルスを弾き返すほどの間あの魔術。

 あれを見て、自分はその光景に確かに恐怖を覚えた。

 あの感じは、まさか。


「……あ。またよろしくね」


 エリーは視線に気づいたのか、微笑んで、見つめていた手のひらを小さく降ってきた。

 その仕草が自然に見えて、アキラも小さく振り返す。


 この不安は、置いておいた方がいいだろう。

 ようやくまた、旅が始まるのだ。


「断る」

「そうでしょうそうでしょう……って、え!?」


 アキラたちと僅かばかり離れた修道院の正門前で、スライク=キース=ガイロードは恐ろしく面倒な相手に絡まれていた。


 小耳にはさんだ話では、このマグネシアス修道院は、以前とは在り方を少し変えるらしい。

 昨日マルドがここの面々と土地調査団だとかいう連中を同じ食堂にいれたのが事の発端らしく、修道院としての在り方は変えぬまま、来客用のエリアを少し拡張し、周囲に人が住める場所を作る拠点とするそうだ。そして徐々に、エリアを拡大していくというのを計画しているとか。

 細かな話はまだまだ決まっていないらしいが、それが成功すれば死地とさえ言われているレスハート山脈は、遠い未来、あらゆるところに人が住み始めるようになるかもしれない。


 そんな話はどうでもいいと眠りについた自分をスライクは呪った。

 たとえ吹雪が酷くても、こんな女に絡まれることになるのであれば、昨日中に迷わずこの地を離れるべきだった。


「いいですか、貴方は昨日わたくしの有用性に気づけたはずです。セリレ・アトルスを追い掛け回し、遂には撃破まで!!」

「ああそうだな、助かった。これでいいか? もう二度と会うことはねぇだろうがな」

「大体、この雪山を下りるのだって一苦労でしょう。ああ、もう、キュールのような小さい子に無理をさせて……」

「こいつらとはたまたまここで遭遇しただけだ。ついてこいとは言ってねぇ」

「ああ、もう、……いや、でしたら!! わたくしも勝手についていきます。いいですか!?」

「失せろ」

「うっ!? ぐぐぐぐぐぐ」


 唸り始めるカイラに、スライクは睨みながら続けた。


「大体、お前はこれからここでやることがあるだろ。お前は使える。荷物運びにな」

「っっっ、痛いところを……!!」


 カイラは頭を抱え始めた。いい頃合いだ。この地を離れよう。

 いい加減、雪も飽きてきた。


 しかし、スライクが背を向けようとすると、カイラは、強く言い放った。


「確かに、わたくしはすぐにはここを離れられません」

「だろうな」

「ですが、間もなく人が来るでしょう。それも、大勢。そうすれば、徐々にわたくしの負担も減るでしょう」

「そうだな。百年後くらいだといいな」

「ぐっ、しかし、昨日修道院長様は、わたくしのこの気持ちを理解してくださりました。貴女が決めたことなら、とおっしゃってくださいました」


 カイラは、祈るように両手を握りしめ、スライクの眼を正面から見据えてきた。

 始めてこの女の眼を見たような気がするほど、スライクには強く見えた。


「憧れというだけではありません。わたくしは、昨日の件で、強く思いました。世界の不幸を、わたくしは無くしたい。貴方が不可能と言ったとしても、わたくしは、それを望み続けたいのです。でも、わたくしひとりでは力不足です。わたくしがいることで、貴方の選択肢が増えれば……、貴方なら、きっと何かを成せると思います」


 スライクは、何も返さなかった。


「だから、中途半端にはここを離れられません。ですが、すぐにやるべきことを片付けて、きっと貴方を追います。貴方の力の行く先は、もっと正しい方向へ向けるべきです」

「……それを判断するのは、俺だ」

「ええ。それでも、わたくしにそのお手伝いはできませんか?」


 スライクの脳裏に、太古の記録が過った。

 召喚の力は、決して強く道を指し示すものではない。だが、あの誰にも影響されない太古の超人が、前人未到の速度で奇跡を起こせたのは、何者かの導く力があったからだという。


「ふん」


 鼻を鳴らして、スライクは今度こそ背を向けた。

 マルドがカイラに妙なメモを手渡したのが視界に入る。どうも嫌な予感がするが、もう気にする気にもなれなかった。


 近くにいれば利用するが、いなければ他の方法を考えるだけだ。

 本当に、どうでもいい。

 奴らがどう動こうか、カイラが先ほど言った通り、自分には関係の無い世界のはずなのだから。


 だが。


 スライクは、他の修道院の面々に盛大に送り出されようとしている“勇者様御一行”―――その内のひとり。


 赤毛の少女を流し見た。


 あの女。

 昨日、修道院へ突撃しそうになったセリレ・アトルスを迎撃した、あの瞬間は今でも覚えている。


 特殊な術式を使っていたわけでもない。

 マジックアイテムを使用したわけでもない。

 そして、日輪の力や月輪の力が宿っているわけでもない。


 だが、それなのに。何故。


 あの赤毛の少女の攻撃は、ヒダマリ=アキラの攻撃と同じく―――論理が崩壊していたのか。


 頭を軽く振り、スライクは今度こそ歩き出す。

 それが何であれ、結局のところスライクには関係の無い話だった。


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