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チューリップの教会

 ヒナはトリーと同じ年に聖アウローラ中学に入学した。

 聖アウローラ中学では、2年になると、虚無の民の生徒は、オーラが使える者たちとは、別のクラスが分けられる。

 通常のクラスは、よりオーラの力を高めたり、覚えておくと社会人生活を営むうえで便利な、ごく初歩的な魔法を習得したりする。一方、虚無の民たちのクラスは、オーラの代替のなる魔法の習得に多くの時間を費やすことになる。

 魔法の上位互換の存在であるオーラの習得者たちと争わねばならぬため、虚無の民の生徒達のクラスの生徒達の就職は、それなりに厳しいものがある。そのため、虚無の民のクラスのカリキュラムは、ハードになりやすい傾向にある。

 2年生が84名いる中、虚無の民のクラスは16名しかおらず、そのうちの2人がトリーとヒナである。

 ヒナは虚無の民ではない。しかし、ある事情でオーラの力を発動させることができないため、虚無の民の生徒達と同じクラスに所属している。

 そのある事情とは、破壊オーラ性自壊症、通称、自壊症と呼ばれる先天性の疾患からだ。

 基本的に個々人の習得するオーラの属性は、家系から遺伝することが多い。その中で、一定の範囲を破壊する能力が使える、破壊属性のオーラを持つ家系の人間が稀に罹患する疾患で、有効な治療方法が現段階で確立されていない難病だ。

 定期的に体に傷が開き、出血するのが主な症状だ。これは患者の持つ破壊のオーラの力があまりにも強すぎるため、肉体が破壊の能力を抑えきれず、オーラの体得者の身体自身に破壊の能力が発動してしまうことが発症の原因である。

 患者はオーラの力を発動させることができる者たちが多いが、発動させてしまうと、自身の肉体にまでオーラの力が作用してしまい、患者自身の身体に大きなダメージを与え、最悪の場合、死に至ることもある。そのため、原則的にオーラを使用することはご法度である。

 彼女以外のすべてのクラスメイトが、虚無の民であるなか、オーラの力を使用できながら、虚無の民の生徒のクラスに所属する彼女の存在は完全に浮いていた。

 彼女は、クラス内で完全に孤立していた。




 私はいつもひとりぼっち。

 自壊症を持って生まれてきた私は、オーラを使用できる力があるにも関わらず、自身の生命維持のため、その力を活用することができないので、やむなく、虚無の民の生徒と同じクラスに所属している。

 普通の者にも、虚無の民にもなりきれない、中途半端な私……。

 私はこれまで出会ってきた誰とも打ち解けることができず、慢性的な孤独感に苦しまなければならかった。

 自壊症の症状も私を悩ませた。授業中に突然、手首や足の甲などから血がタラリと流れ出すことがあり、担任のウィンクルム先生が治癒属性の魔法を使って傷をふさいでくれるのだが、そんなとき、クラスのみんなは私やウィンクルム先生を眺めながら、いかにも気まずそうな苦笑いを浮かべている。

 親友はおろか、まともに談笑できる相手すらいなかった。完全に、私は腫れ物扱いだ。


 ある日のこと、私はクラスメイトとの人間関係に耐えきれず、誰もいない昼休憩中の教室で、机に突っ伏してひっそりと泣いた。ただただ涙が止まらなくて、私のワイシャツの袖をぐっしょりと濡らした。なぜ私は生まれてきたのだろうと自問自答を続けた。もちろん、答えなどないし、生まれてきた意味も、生きる意味も、きっと存在しない。それでも、何か、何か意味がなかったら、この不条理に耐えられない気がした。この病がなければ、私は、私は、こんな疎外感も、孤独も感じなくてもよかったのに……。そんな益体のないことを考えていた。

 その時だった、クラスメイトのトリーが教室に入ってきた。

 彼は、自身が虚無の民という現実に、真っ当に向き合っていた。習得が難しい魔法も、何時間と修練を重ねて、着実に上達させてしまう。虚無の民のクラスの鑑のような存在だ。

 彼とは、あまり会いたくなかった。彼と会うと、この現実に打ち克てない惰弱な自分と、現実に立ち向かえる強靭さを持つ彼を比較してしまい、自分という人間の弱さを痛感してしまうからだ。

「わっ……!」

 彼が突然、教室に入ってきたから、私は驚いて、思わず声を上げた。泣いている姿を見られたと思ったからだ。

「……どうした?」

 トリーは私の反応を見て、当惑していた。

「いやっ……その……別になんでもないよ。ちょっと驚いちゃっただけ。ごめん」

 私は何でもないと、平静を装った。しかし、彼は私がさっきまで泣いていたことに気づいていたみたいだった。

「あぁ……。なんか……ごめん」

「……気にしないで」

「あのさぁ……!」

 トリーは声を僅かに張った。

「何かあったら、遠慮なく相談してくれよな……!」

 そう言ってトリーは、強張った、へたくそな笑顔を浮かべていた。私は彼に気を使わせたことを申し訳なく思った。

 それと同時に、彼が私に寄り添ってくれるんじゃないかという。淡い期待を感じた。

「トリスティオ君……」

「トリーでいいよ」

「……トリー」

 彼は愛称で呼ばれると、例の下手な作り笑顔を見せた。

「大丈夫……。少し疲れちゃっただけだから」

「そうか……」

 これが、私とトリーの交流の始まりだった。


 彼は私と遊びに付き合ってくれるようになった。

「チェスでもするか」

「……うん」

 トリーはいつもボードゲームを持ってきてくれた。学校でもボードゲームの持ち込みは許可されているが、実際に持ってくる人はほとんどいなかった。うちのクラスは、ボードゲームよりも、体育館やグラウンドでスポーツをしたいという人の方が多かった。

 彼は最初、ダイヤモンドゲームなど、さまざまな種類のボードゲームを代わり替わり持ってくれていたけど、いつの間にかチェスしか持ってこないようなった。おそらく、私がチェスが好きだと気付いて忖度してくれていたのだと思う。彼はいつも、私がゲームを楽しめるよう配慮を欠かさなかった。

 そんな彼の密やかな優しさが、私は好きだった。

「チェックメイト!」

 普段はまともに声も張れない私が、彼の前にいると、つい大声をだしていることがある。

 最初は緊張して、ほとんど囁き声のような声量でしか話せなかった。だが、次第に打ち解けて言って、始め感じていた緊張感も、何度も遊ぶうちに、徐々に和らいでいった。

 そして、彼はいつの間にか、私が心を開くことができる唯一の人間になっていた。

「あぁ。やっぱりヒナは強いなぁ」

「まぁ、チェスだけはね」

 少し謙遜して見せた。実際、彼より勝っているものも、それほどない。学力も身体能力も人並み程度だし、魔法の習得も、それほど早く進んでいるわけではない。一方の彼は、身体能力は元から高かったし、危機感を持って学業や魔法の習得に力を注いでいるから、成績は良かった。

 そんな彼に、果たして、平凡で神経衰弱な私が近づいてもいいものだろうか……。そう悩むこともある。それでも、彼と一緒にいると、なんとなく楽しい。それだけは、確かなことだ。

「……また、遊んでくれる?」

「もちろん!」

 放課後のチャイムが鳴り、昼休憩の終わりを告げた。




 ある日、ヒナがとうとうオーラの力を使ってしまった。

 事の発端は彼女と、通常クラスの学生であるイレクスとのトラブルである。

その時、ヒナはトリーと一緒に教室へとつながる廊下を歩いていた。そして、彼らの歩く方向とは反対の方向に向かっている生徒がいた。それがイレクスだ。

 2人とイレクスがすれ違おうとした、その時だった。

バタッ……。

 ヒナが転倒していた。

「大丈夫かっ!」

 イレクスが、したり顔で彼女を睥睨へいげいしている。

 彼がどうやら意図的に、彼女の足をかけて転ばせたらしい。

「ちょっ……お前なぁ!」

 そのことに気づいたトリーが、イレクスに詰め寄る。

「えっ、何っ?」

 彼は冷笑を浮かべながら、とぼける。

「今の……わざとなのか?」

「いやいやっ、何のことかわからないんだけど」

「じゃあ、その表情はなんだよ……!」

 彼らが口論しているその時だった、ヒナがすっくと立ち上がろうとした。

 イレクスは彼女の肩を押し、それを阻止した。

「おっ、おいっ!」

 トリーは彼を殴ろうとする衝動をかろうじて抑える。

「お前ら、むかつくんだよ」

 イレクスの顔が、せせら笑うような表情から、侮蔑のこもった苛立ちの表情になった。

「出来損ないのくせによぉ、俺たちと同じように学校生活を送ってんじゃねぇよ」

 そういって、イレクスが彼を殴りつけようとした、その時だった。

バギッ……!

 彼の後方で、何かがへし折られるような、大きな音が鳴った。

 トリーは音が鳴った方向を凝視している。イレクスは慌てて振り向いた。

 廊下に、人間を落とせる程度の広さの穴が開いていた。そして、その奥には、血に濡れたヒナの姿があった。

 オーラを発動させる際に力を込めたであろう両手は、掌から肘あたりにかけて、ナイフで抉ったような深い裂傷を負っていた。右足の甲も、血が細く流れていた。

「はあっ……。はあっ……」

 ヒナは肩で息をしている。顔色も先ほどよりも蒼白くなっている。

「ゲホッ! ゲホッ!」

 彼女は激しくせき込み、吐血した。

バタッ……。

 彼女が床に倒れた。かろうじて意識はあったようだが、薄目を開けて、ぐったりとしている。

「おっ、おいっ……」

 事の重大さを理解したイレクスは、一目散にその場から離れた。

「ヒナっ!」

 トリーは憔悴しながら彼女の元へ近づいた。

sanatio(サーナーティオ)……!」

 トリーは最近学習したばかりの回復呪文をヒナに向かって唱えた。彼女の傷が僅かに浅くなるが、危険な状態には変わりはない。

 彼は彼女を抱え、回復属性のオーラが使える保健師のいる保健室へと連れて行った。


 この事態を受けて、ヒナにオーラを発動させる原因となったイレクスは一週間の停学処分となった。ヒナの方はその後、保健室で治療を受け、事なきを得た。しかし、この件は彼女とほかのクラスメイト達との間にある溝をより広げることとなった。

 この日から1日後の昼休憩中、トリーはヒナをボードゲームに誘おうとした。イレクスとのトラブルで多大なストレスを受けていると思われる彼女のことを、元気づけなければと思っていた。

 ヒナは1人、自席で突っ伏していた。表情は読み取れなかったが、嗚咽を漏らしているのが聞こえた。

 トリーはそっと、教室から抜け出した。




 トリーが一緒に遊んでくれるようになって、暗い学校生活にも、一条の光が差したような気がした。だが、それは幻想だったらしい。

 通常クラスの生徒に足をかけられたとき、それを実感した。

 『出来損ないのくせに……』その言葉が、私に深く突き刺さった。たとえ、一時的にうまくいっているように見えても、所詮、出来損ないなんだと嘲笑されているように感じた。

 それと同時に、私とトリーを一緒くたにして、彼を馬鹿にするような言動に、怒りを覚えた。

 気づけば、禁じ手のオーラの力を発動させていた。そして、体中に激痛が走り、そのまま倒れこんでしまった。

 僅かに意識があった。横たわる私を前に、憔悴しきって私を介抱しようとする彼の姿が見えて、辛かった。

 そして、気づけば、この教室で再び泣いている……。

 そうこうしているうちに、今日の授業が終わった。

 さあ、早く家に帰ろう……。こんな惨めな私を、これ以上、他の誰かに晒したくない。


 私の自宅は、学校から1kmほど離れた林の中にある。普段は授業で習った移動系の魔法を使用して帰宅するのだが、疲弊しきった今、魔法を唱える気にもならない。

自宅の方向を目指して歩いた。林の木々は鬱蒼と生い茂っていて、林の中は陰鬱な雰囲気で包まれていた。ここをまともに歩くのは10歳の時以来だが、ここまでくらい場所だったのかと痛感させられる。

 道に迷ってしまったらしく、歩けど、歩けど、自宅にはつかない。

 ……さすがに、移動魔法を使った方がいいだろうか。そんなことを考えていた、その時だった。

「少女よ」

 背後から、突然声がした。若い男の人の声で、厳粛さを感じるような、重厚な声だった。

「少女よ」 

 再び声がした。私は背後を振り返った。

 そこにいたのは、純白のローブを身にまとう、若い聖職者の男性だった。

「はっ……!」

 私は思わず声を上げた。彼は聖職者らしく、慈悲深そうな微笑みを浮かべていた。

「私についていきなさい」

 そう言って男はどこかへ向かって歩き出した。

 本来なら、突然現れた男の言葉など、安易に従うべきではないのだろう。しかし、私は一切の迷いなく彼についていった。彼が私を導いてくれるかもしれないという、妙な期待があったからだ。溺れる者は藁をもつかむとは、こういうことを言うのだろうか。

「ここだ」

 しばらくして、目的地にたどり着いたらしかった。

 そこには、何もなかった。

「えっ……?」 

「足元を見てみなさい」

 彼がそう指示をする。私はそれに従って足元を見た。

 視線の先に、1輪の紅いチューリップが咲いている。

「うわっ……!」

 私は驚いて、思わず飛び上がってしりもちをついた。

 そのはずみで視線が正面に上がった。そこには、装飾の施された大理石の壁が横に広がっていて、その手前に、色とりどりのチューリップに囲まれた祭壇があった。その近くに、例の聖職者がいる。

 彼女が今いたはずの空き地は、教会になっていた。この聖職者は、どうやらここの司祭らしい。

 私は、妙な高揚感を感じていた。おそらく興奮していたためだろう。てのひらや足のすねから出血していたが、全く気にならなかった。

「さあ、汝の祈りを、血を捧げなさい」

 私は一切の迷いなく、司祭に催促されるままに、組んだ手を額に合わせ、首を垂れて祈りを捧げた。

 そして、掌の血を、足元に咲いていたチューリップの花の中に注いだ。不思議なことに、どれだけ血を注いでも花からこぼれることはない。ある程度の量が溜まった段階で、かさが変わらなくなる。チューリップが血を吸っているという事だろうか……。

 今、どのような状況なのか、わからなかった。だが、血を捧げている時の私は、得も言われぬ充足感に包まれていた。


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