プロローグ2
あれはちょうど、今日と同じように蒸し暑い夏の日だった――。
「駿ー! 今から買いに行ってくる!」
やる気に満ちた声で父さんが声掛けしてくれた。
「ありがとう! 楽しみにしてる!」
今日は待ちに待ったDDOの発売日である。そこで、俺のために有休をとってくれていて、買ってきてくれるという。なんともありがたい話だ。
そんなに欲しいものなら自分で買いに行けよという話なのだが
俺、深見 駿は生まれつきの全盲なのである。今回DDOを購入するにあたり、販売店でかなりの混雑が予想されるため、目の見えない俺では危ないということから、父さんが俺の代わりに買ってきてくれることとなった。いつも俺のことを考えてくれていて、最高の父親であり俺の自慢だ。
残された俺は、とりあえず自分の本分である学業に専念しておくこととする。
今年から高校1年生に上がったばかりで初めての夏休みではあるのだが、当然のように宿題は山ほどある……。面倒ではあるが出来るうちに済ましておくのが無難だろう。
宿題もある程度進み、針を触る腕時計で時刻を確認すると両の針は十二時を周っていた。
「そろそろ父さん帰ってくるかな」
独り言をつぶやき、俺のためにDDOを買いに出てくれた父さんを労うために昼ご飯の準備にかかる。
幼いころから全盲であったため、自分の家での料理は慣れたものだ。
「ただいまー!」
やたら元気な声が玄関に響き渡る。
「おかえりー! やっぱり混んでた?」
「とんでもない列だったぞ!」
一通りのやり取りを終え、空腹だったのかすぐに食事を始める。。
「とりあえず買ってきたの部屋に置いておいたからな! 夜寝る前にセッティングしてやる!」
「助かる! けど、食べながらしゃべらなくていいから」
食事を済ませた俺は部屋に向かった。
内心今からでもDDOをプレイしたくてうずうずしている気持ちを抑えつつ、とりあえずは宿題の続きを進めることにする。
気が付くと何だか美味しそうな香りがする、仕事に出ていた母さんも帰ってきたようだ。
二階にある俺の部屋の真下がキッチンで夏場窓を開けていると換気扇から出た夕食を作る良い香りが漂ってくる。
「勉強も一通り終わったし、リビングでのんびりするかな」
俺は一階のリビングに向かうことにした。
「母さんおかえりー。今日は早かったんだね」
「ただいまー! そうなの! 今日は残業もなくてラッキーだったよー!」
実にフランクな母親である。
「夕食あとどれくらいで出来るの?」
「二十分くらいかなぁ? テレビでも見てのんびりしててー!」
声がウキウキだ……。残業なくてよっぽど嬉しかったんだな……。
夕食も食べ終わり、食休みにのんびりテレビを見ていた時に、俺は母さんに一つ頼みごとをする。
「母さん。うちの家族アルバムのデータ貸してくれない?」
「勿論いいわよー。あっ! そっか、今日例のゲーム買ってきたんだったね」
「うん。子供の頃からずっと楽しみにしてたからね」
俺が生まれる何年も前からDDS自体は高額ながら存在していたため、幼いころから両親には必ず一般に普及する日が来るからと言い聞かされていた。
俺の幼いころからの願い……『大好きな父さんと母さんをこの目で見たい』
遂に叶うんだ。と考えてしまうと今からでも胸が高鳴る。
お風呂に入ったあと好きな音楽を聞きながらベッドで寝転んでいるとコンッコンッとドアをたたく音がした。
「はいるぞー」
と、父さんの声
「はーい。どうぞー」
「良い時間になったし、セッティングしにきたぞー!」
俺は早速DDOをプレイするためのヘッドマウント機器を装着し、初期設定や操作説明をしてもらう。
「六時間で一日経つらしいからな。次会うときは朝飯の時だから、お前からしたら俺に会うのは明後日になるのか」
「改めてすごい技術だなぁ……」
「アラームちゃんとセットしておけよ。母さんの美味しい朝飯食いそびれるぞ!」
「わかってるよ! それじゃあまた明日!」
父さんが部屋から出て行ったあと、俺は教えてもらった通り設定時間に目が覚めるようアラーム機能をセットする。
「ふぅー」
一度ため息を吐く。
「それじゃあ行きますか。ドリーム・ダイブ!」
その発語とともに意識が遠のいた――。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
俺は暗闇の中をまるで宙に浮いているかのように漂っていた。
宇宙に行ったらこんな感じなんだろうかとバカなことを考えていたら、いつもは暗い眼前に光が差した。
瞼を開いてみると何やら字が浮かんでいる。
『welcome to DDO』
「あぁ……そうか。俺はDDOの世界に入ったのか」
ゲームの中に入った事実と同時に、初めて目にする文字に衝撃を感じていた。
そんなことを考えている間にもゲームは進んでいき、どうやらゲーム内で使用するアバターを作成するらしい。
『名前を決定してください』
まずは自身の名前を入力するようだ。
「んー、誰かになりきってロールプレイする人もいるみたいだけど、俺は本名でいいかな」
俺は目の前に出現したキーパッドから自分の本名を入力した。
『これが現在のあなたのアバターです』と一人の男性グラフィックが表示される。
父さんの話によると、初期アバターはヘッドマウントした機器からスキャニングした俺自身が映し出されるらしい。
「これが俺……!?」
思わず声が出てしまった。
初めて見る自分の顔――。他を知らないので何とも言えないが、悪くない……と言えるんじゃないだろうか。とりあえず俺自身は不快には感じない。
などとゲーム以外の部分に思わぬサプライズを受ける形になった。
どうやらここから種族や体格等、見た目のすべてを変更できるらしい。ただ、俺はその初めて見た自分を気に入ってしまい、そのまま決定ボタンを押してしまう。押した直後には別の種族に変えてみても面白かったかなと、よくある後悔をしまうのだが……。
直後自分の周りが白い光に包まれる。
あまりの眩しさに俺は目を瞑ってしまった――。