08 9月15日 北天満山南面、大谷吉継本陣 密議その1 亥〈い〉の刻(午後10時ごろ)
今日も、誤字のご連絡ありがとうございます。
密議は長いので分割しました。
「左近殿。治部殿が島津様に軍をお預けなさるとのお話。さほど驚かれぬご様子でしたな?」
「なに、元より兵の指揮を殿は致しませぬ故。それに今日も島津殿と共に戦いましたが気持ちよく戦えておりまする。島津様であれば兵も納得でござる。」
「ほう、治部殿の軍勢はなかなかに風変わりで。」
二人の話に聞き耳を立てているうちにも大谷吉継の陣に到着する。
「入るぞ、紀之介。」
先の約束も有り、すでに大谷吉継が供回りの湯浅五助と待ち構えていて戦場周辺の地図も軍勢のコマも配置されている。本人は目が見えないが、客人のために準備させたのだろう。
「左近と中島氏種殿も連れてきた。この二人であれば問題なかろう。」
「うむ。治部、先程の軍議では、よく堪えたな。本当に成長したのだな。」
「なに、広家の内通は掴んでいたからな。何を言おうがただの雑音よ。」
「ふふ。そこらは今まで通りの佐吉で安心した。で、この先の事の相談だが。儂が掴めていない事を佐吉が知っておるようだが、どういう事だ?」
「先ずはそこからだな。手短に説明する。確実に判っている事だけを言うぞ。」
「話を飛ばすな。」
「紀之介。何故儂が知っているか説明して何になる。それが如何に胡乱な方法で有ろうとも、お主はその事実を信じて策を練る。違うか?ならば無意味なことはどうでも良かろう。」
暫しの間が空く。ついで大谷吉継が大きく息を吐く。
「ふぅ~。相変わらずだな。判った。続けろ。」
俺の三成っぷりも板に付いてきたようだ。こんな感じが良いのだな。
「現状で裏切り確実な者は、小早川、吉川と朽木など四将だ。だが吉川は裏切って居るが我らを直接攻める可能性はほとんど無い。逆に他はすぐにでも矛を向けかねない。」
「小早川、吉川は儂(大谷吉継)も考えていた。朽木など四将は全く気が付かなかったが。」
「それは別系統の調略だからだ。小早川は黒田長政、朽木など四将は藤堂高虎の働きで、どちらも家康は直接関与していない。」
「ふむ。判った。それで?」
「難しいのが毛利秀元だ。正直、何を考えて居るやら全く謎だ。現時点で味方に数える事は危険。それしか不明だ。」
「それで良い。味方に都合よく考えぬ事は正しい。」
「次は現在関ケ原へ移動中の軍勢についてだ。」
「毛利元康殿と立花宗茂殿の事は軍議で聞いた。まだ有るのか?」
「有るも有る、大有りよ。」
「ほう?聞こう。」
味方について
1.長曾我部盛親六千六百が松尾山の裏に秘匿して配置してある事。
2.小野木公郷一万五千が3日前後で着陣する事。
3.加賀小松城の丹羽長重に参陣を要請した事。兵力は約三千。
4.鍋島勝茂九千六百は参戦意欲はあるが父の鍋島直茂に様子見させられている事。今は伊勢から美濃に入って居る。約1日の距離で止まっている事。
5.上杉景勝の命で直江兼続が最上を攻めている事。だが、兵力を出し惜しみして攻め切れていない事。
6.佐竹 右京大夫(義宣)は動くに動けない事。
7.大垣城の福原長堯以下の守備隊七千五百は東軍に内応する者が出る可能性があるが、関ケ原の戦い本戦が負けない限り持ち堪えられる事。
敵方について
1.徳川秀忠三万八千は中山道を6日程度の距離で接近中である事。すでに真田勢と交戦し、相応の損害を出して一敗している事。
2.津軽為信が千前後の兵で東軍側に加わるべく東海道を接近中で有る事。現在は駿河から遠江付近。
その他
1.伊達は東軍の体裁だが、独自行動をする事。目は北へ向いて居る事。
2.九州で黒田如水が形だけ東軍の体裁で独自行動に出る事。家康も息子の長政も無視して勝手に動く事。
3.鍋島直茂はその黒田如水の手先の大友義統と衝突する事。
4.前田利長は丹羽長重に痛撃され撤退した事。
5.徳川家康本軍は小身者の寄せ集めで3万と謂えども戦闘力は格段に落ちる事。徳川主力は秀忠が率いている事。
湯浅五助が言われるままに地図に駒を置いてゆく。話が進むに連れて空気が重苦しくなる。
「…佐吉。貴様、どうやって知った?…いや、聞かぬ約束だったな…。」
流石の大谷吉継も驚いて居る。当たり前だ、知り得る筈がない未来知識だからな。
「しかしまあ、見事に八方塞がりだな。で、治部はこの戦如何に勝つ積りなのだ?」
「この関ケ原本戦で負けぬ事だ。」
何を今更と、中島氏種と島左近が呆れている。が、
「其れしか有るまい。此処で耐えていれば伊達は北に去る。援軍の無い籠城だ。如何に稚拙な攻めでも、何れ上杉は最上を倒す。まあ、最上を抜いても上杉の向かう先は越後だろうが。」
「えっ?上杉様は関東に乱入せぬのでしょうや?」
左近が異を唱える。まあそう思うだろう。それが当然だから。
「左近殿。上杉景勝殿、いや、直江兼続か。何れにせよ目先の事しか見えておらぬ。今や辺境で割拠しても早晩中央を纏め上げた勢力に潰されるだけだと判って居らぬのだ。地方で生き残る為には中央の騒乱に関与して勝つ側に与せねばならぬのだがな。彼らは未だに戦国の戦をやって居るのだ。」
「紀之介の言う通りよ。それは伊達政宗も黒田如水も同様よな。なまじ戦国の経験があるから世の中が変わっている事が判らぬのだろう。」
「そうであれば、鍋島直茂殿は先が良く見えて居られると言う事でしょうや?」
「うむ。中島殿の申される通り。地方で先を見て居るのは鍋島直茂殿、島津義久殿、そして真田…であろうか。」
大谷吉継は真田一族と縁戚であるので呼び捨てだ。
「言い忘れていた。大阪の毛利輝元殿へは連日参陣要請を送るように、佐和山の父上に依頼してある。食料、火薬などの物資も持てるだけ持つように具体的な要求も添えてな。あの方は最前線に立つには不向きだが補給は真面目にこなす。補給のお役目となれば出てくるだろう。準備も有るので七日前後といったところだ。だが出てきても、そのままでは人数には入れられぬ。元康殿などに兵を渡させる必要がある。」
「ふっ、総大将にも補給役をさせるか。佐吉は補給がよほど気に入ったようだな。だが総大将としては些か情けないのう。」
「状況は理解できたと思う。だが、此処に来た目的はこれでは無い。儂と紀之介は自覚せねばならぬ。」