06 9月15日 笹尾山、石田三成本陣 申〈さる〉の刻(午後4時ごろ)
藤二郎を伴い三成本陣に帰ってきている。今は左近と交代した郷舎が本陣で指揮している。
「殿、目の前の細川忠興の部隊は未だに戦意旺盛でござるが、黒田が出なく成り申した。他の戦場でも槍合わせしている場所があまり御座らぬ。今日はもう終わりでしょうや?」
朝からずっと戦い詰めだ。野営の準備もある。そろそろ店仕舞いしたくなる頃合いではあるが…
「ちょっと早すぎないか?」
「やはりそう思われまするか。まだ申時でござるし。」
福島正則を負傷退場させた影響なのか。福島隊が引くと大谷隊の手が空く。井伊や京極は元々負担の大きい大軍の宇喜多隊を相手にしていた。ここで大谷隊に横槍を入れられると保たないので引いたか。それに福島隊が引いたなら、見せかけの槍合わせを朽木など四将と藤堂隊が演技する意味もなくなる。黒田はどうしたのか?市松が砲撃された情報を早くも掴んだか。小狡い奴の事だ、少しでも危険と見れば引くに違いない。
「市松に手傷を負わせて撃退する事に成功した。その影響が出ているのかも知れぬ。」
「藤二郎が?」
「ああ。見事、葡萄玉を成功させたぞ。」
「大手柄ではないか、藤二郎!」
「はっ。されど、打ち取り損ねました。」
そう言うものの、喜びが滲み出ている。
「藤二郎、大いに効果があると知らしめた。残りの砲も準備を頼む。筒の点検が終われば、使用済みの砲にも再装填を。」
藤二郎が頷いて下がる。
実働人数では今だに劣勢だが、これで猛攻を受けても撃退出来る目処が立った。
オリジナルの三成が闇雲に発注した装備だが、なんとか活用出来てやれやれだ。
「それはそうとしてだ、郷舎。黒田が交代せぬでは、細川勢は一時半近く、ずっと戦って居るのか?」
「そうですな。」
「そんなに戦い続けられるのか?いや、死地で退路が無いなら判る。だが、今は引いて休めるだろう?」
「どうでしょうなぁ。細川の兵は我らよりも忠興殿を恐れているのやも知れませぬ。」
あり得ない話でもない。細川忠興は部下が嫁である玉の姿を見るだけでも嫌がったと云う。玉に対しては、明らかに偏執病だ。恐らく今も陣内で狂気を宿して暴れているだろう。三成を殺せ、すぐ殺せ、今殺せ………などと。
「成る程な。ならば削れるだけ削っておくか。藤二郎!」
「はぁ?今はまだ1門しか出来ておりませぬが?」
「よい。今日は眼前の細川忠興隊だけのようだ。準備出来次第、撃てるだけ細川勢にぶっ放せ。明日の準備は夜にゆっくりやり直せば良かろう。」
「成る程、そういう事であれば、早速に…。」
藤二郎と国友村の仲間だろう、二人が仕上がった1門を抱えて前線に出ていく。
ドズ~ン………
ある程度離れていると、あの雹のような音までは聞こえないようだ。暫く待っていると二人が帰って来る。ニコニコ顔なので今回も成功と判る。だが判っていてもわざと聞く。
「どうだった、上手く薙ぎ倒せたか?」
「はっ。今度は最初から上手くいきましたぞ。もう火薬の量も板の具合も掴みました。順番に主な仲間に経験を積ませまする。」
「そうしてくれ、いずれ鉄砲以上の主兵装になるやもしれぬ。」
「火薬がいくら有っても足りませぬがな、はっはっはっ。」
「確かにな。だが勝てば良いのだ。勝てばいくらでも物は集まって来る。」
頷いて藤二郎達が次の砲の準備で後ろに下がる。
「ん?どうした郷舎。何か言いたそうだぞ。」
「はっ、いえ、殿が勝てば良い、物は後でどうとでも成る…などと云われるので。」
あぁ、そうだった。オリジナルの三成がそんな曖昧な見通しを言う訳がないか。火薬は今、三百斤有るなどと、具体的な数字を言うはずだ。
「あ。あぁ。そうだな。あまりにも砲が上手く行ったので儂とした事が、ちと舞い上がっていたようだ。まあ、この戦場には大阪城からも大量に持ち込んである、だから…あ。」
しまった、大量などと云ってしまった。
「殿、各陣地を回られ、かなりお疲れのご様子。藤次郎ももう任せておけば宜しそうで御座れば、下がられてお休みくだされ。此処は某や左近殿、藤次郎で大丈夫でござる。」
「そ、そうだな。そう致そう。では頼む。」
これは困った。オリジナルの三成に似せる事がこれほど難しいとは。
三成なら言いそうで、尚且つ、今の俺の感性を正当化する、何かぶっ飛んだ宣言とかしないと駄目だな。
考えながら自陣の奥に引っ込む。だが思考はいつの間にか明日の戦いに向いている。明日の戦いは経緯がまったく不明で上手く読めない。そもそも、どういう形で最終的にこの戦いを勝つのか、その着地点が見つからない。考えがぐるぐる堂々巡りするが、その間も忘れた頃に ドズ~ン……… と云う音が響いてくる。
「殿、島津様がお見えです。」
「なに!すぐにお通しするように。」
島津義弘、豊久が揃っての面会だ。まさか、これは…
「治部殿、手堅う戦うちょらるっな。今までとは見違ゆっごたるぞ。」
「いや、お恥ずかしい。この三成が前に出ると碌な事になりませぬので、裏方に徹して居りまする。」
「それも重か役回りじゃっで。じゃっどん、今はえ機会がきちょっ。」
「はい。細川がこの三成憎さに張り付いて居るので、砲撃の良い的にしております。」
「え考えじゃ。それじゃっでこそ、今こん時は細川を叩きんめす時じゃらせんか。」
「と、申されますと、やはり…」
島津義弘が頷いて云う。
「細川ん兵は皆足がもう上がっちょっ。きもっは張っちょっても体がちて行けちょらん。石田ん兵は敵ん的になっで、しっかり力を残しちょかんなやっせんが、儂ん兵はまだ一度も戦うちょらんで余裕が有り余っちょっ。なあに、行って帰って来っだけじゃ。無茶はせん。今なら細川ん陣を割って当分立ち上がれんごつ出来っじゃろ。」
「有難く。宜しくお願い致しまする。」
深々と頭を下げ、伝令を左近に走らせて島津勢の突撃路の準備と収容の手筈を整えさせる。
今はそんなチャンスだったのか。言われてみれば当たり前じゃないか。だが、何故か不明だが、戦術眼が悪くなっている。オリジナルの三成の影響で悪い方向に補正されている?或いは三成の運の悪さが影響して良い機会を見逃しやすく成っているのか。
悩んでいるうちにも準備が完了したと連絡が来る。陣の前まで出て見送る。
ゴウ………ズァーーー
突撃直前に、一発砲撃が入り、即座に砲撃で出来た穴めがけて島津隊が突撃する。鋒矢陣の先端、先鋒を島津豊久が担った強力無比の一撃だ。細川陣の中心やや左、山側寄りに突撃、細川勢を切り裂いて行く。
「成る程、あのようにするのだな…」
「殿?」
「見ろ左近。島津殿はわざと敵陣中央ではなく、少し左に外して突撃されている。真正面だと主将を守るため必死に防戦する敵も、あのように少し外して突撃すれば、主将を逃がす事に努力するだろう?ましてあの忠興だ。馬廻りは防戦どころではなく、忠興をなだめて退避させるので精一杯だろうな。」
「なんと、島津殿の強さの裏にはそのような冷徹な見通しが有ったとは………。」
急所を一瞬で見抜く眼力。あれが島津義弘の真髄か。とても真似出来るものではないな…。
見る間に敵陣を突き抜け、そのまま左旋回、再び通り抜けたコースからわずかにずらせた経路で突撃、帰陣する。
細川隊の右側2/5ほどが崩壊している。これでは細川隊は、当分立ち直れまい。
「お見事でした。豊久殿も流石の武勇。」
「こん程度てしたことはなか。そいに半分ほどは治部殿ん手柄じゃぞ。そろそろ大谷刑部どんを手助けせんにゃならんかち思うた矢先、福島正則を治部どんが退けたじゃろ。そいでおいに余裕が出来たでな。こいで今日はお終いじゃ。治部どんの今夜ん軍議、楽しみにしちょっど。」
去っていく島津勢を左近と見送り大きく息をつく。
「お味方で良かったですな、殿。」
「全くだ。左近、此処は郷舎に任せて手伝ってくれ。」
「はっ。で、何を?」
「今夜の軍議の準備だ。」
「おお、既に作戦が決まっているのですな、陣形図を描く紙を用意させまする。」
「いや………飯と酒だ。」