04 9月15日 笹尾山、石田三成本陣 午〈うま〉の刻(午前12時ごろ)
オールラウンダーの光秀さんと違って、三成さんは個性的というか、よくあの時代で曲りなりにも出世出来たもの。書きかけて、『あー。三成だから、これ変だわ。』と思うことが度々。結構楽しんで書けるかもです。
細川忠興隊五千百が三成の陣に殺到している。すぐ後ろには出番を待ち構えている黒田長政隊も控えている。細川忠興は結果的に溺愛していた妻の玉を三成に殺された形になっているので恨み骨髄に達しているのだ。
…まったく、三成の阿呆が。なよっとした文官なら人質も有る程度有効だろう。だが、猛将の看板掲げている連中が人質とられたからと言って行動変えるはずがない事ぐらい理解できないのかよ。まったく、戦国のサイコパスにも困ったもんだ…。
黒田長政は事情は細川忠興と全く異なる。こいつは自ら進んで家康の与力になっている。家康が豊臣家を滅ぼす予定である事も、勿論百も承知だ。親父の黒田官兵衛が謀将だったので、自分は文武両道のスーパースターを夢見ているが、本人にそこまでの能力は無い。実態はその野心をうまく家康にコントロールされている、徳川の走狗だ。戦後、親父に論功行賞の時、
『なぜ家康を刺さなかったんだ?あぁん?』
と言われて馬鹿にされたり、豪傑、後藤又兵衛に陰湿な意地悪したり、これまた豪傑の母里友信(太兵衛)がこの関ケ原に来ておらず豊前の親父の元に残っている事実。
先を見通す目も中途半端、武勇も中途半端、本当の意味での人望も無い事がわかる。
…だが、此度はせっかく仕込んだ小早川の返り忠もまだ不発だし、島左近の狙撃にも失敗で相当に功に飢えているだろう。忠興並に猛攻してくるだろうな…。
「治部様。流石左近殿、細川の猛攻を上手くあしらい、微動だにしておりませぬぞ!」
まあ、そりゃそうだ。三成の陣は坂の上だし、柵も盛土も有る。上から長槍で突かれたり叩かれたら忠興は平気でも兵は嫌がるからな。それに三成隊は鉄砲も異常に多い。こういう処は三成の良い面が出ているのだが。
「まあそうだろう。だが左近は余裕でも兵の体力は限りがある。早めに交代したほうが回復も早いので交代の機は逃すなよ。」
蒲生郷舎がやや不思議そうな顔をしている。そうか、オリジナルの三成はこんな簡単な事にも無頓着だったのか。
さて、史実ではこの猛攻に耐えかねて島津に救援を求めに行き、余計に島津義弘の臍を曲げさせてしまった。今回は左近が健在とは言え、やや不安がある。…どうしたものか………。
「国友藤二郎!」
「はっ、藤二郎これに。」
「藤二郎。今撃てる抱え筒は幾つ有る?」
「八で御座る。先に撃った二門はまだ筒の点検中で御座れば。」
大筒と言っても戦場に持ち運べるのは抱え筒で、今風に言えば小型の臼砲を平射する感じだ。まだ炸薬を詰めすぎると砲身が保たないのだ。だが、この戦場での唯一の砲だ。これをなんとか使いたい。
「よし、ならば二門だけで良いので、先に言いかけた葡萄玉を試したい。」
「は。で、その葡萄玉とは?」
「こんな感じだ…。」
地面に指揮棒で絵を描く。
エネルギーを受け止める後部と弾体が一体化したキャニスター弾なら連射できる可能性もあるが、今は時間がない。
使い捨ての板でエネルギーを受け止めるだけだから射程は短いがこの戦場では効くはずだ。
「ほぉ、なるほど、それで葡萄玉で御座るか………。」
「どうだ、出来そうか?」
「筒が保つかどうか分かりませぬが、火薬を少な目で撃てばさほど問題はありますまい。」
「そうか、では早速準備を頼む。」
後、俺が出来る事は………そうだ!
「中島氏種殿を呼んでくれ。」
中島氏種。この将を大阪城から引っこ抜いて連れてきているのは、三成には珍しいクリーンヒットだ。ある意味、重要なキーマンでも有る。なにかと問題の有る七手組の将が多い中、この中島氏種だけは完全に信用できる人材だ。史実では最後まで豊臣家と運命を共にしており、大阪城落城寸前まで粘り強く戦い、ついに自害に至っている。結構な剛将のはずの中島氏種に頼むのはやや気が引けるが重要な任務だから、なんとか頼み込まねば…
「治部殿、お呼びとの事だが?」
「おお、中島殿。すまぬ。今お願い出来る将が中島殿だけなので、儂と共に一働きして戴きたいのだ。」
「元よりその積りなれば。して、何処の戦場へ?」
「輜重隊で御座る。」
「………は?」
「輜重隊。鉄砲玉や火薬から、飯や水、薬に至るまで前線に届ける、その専門部隊で御座る。」
「その輜重隊とやらを、我が隊が担えと…。」
「剛将の中島殿にはご不満も有ろうかと。されど、とても重要な事で御座る。この戦は短時間で終わるような戦ではござらぬ。長く元気に戦い続けるためには、誰かがこのお役目を為さねばなりませぬ。」
「ふうむ。確かに大阪城から持ってきた大量の武器弾薬食料は我が隊が保管して御座る。また、治部殿の所には元々大量に備蓄して御座いますな。」
「左様。さればいまから飯炊きを行い汁も造り、前線の各隊に届けたく。」
「各隊全てで御座るか?それは各隊各々も手当しているはずで御座いましょう。」
「然に非ず。遠隔地の諸将は切り詰め切り詰めて食い繋いでいるのが実態。近隣の将とて、有り余る準備など望むべくも無く。惣無事令以後は現地での略奪もご法度なれば皆腹を空かせているはず。」
「なるほど。確かにその通りやもしれませぬ。」
「儂と共に配って戴けましょうや?」
「!治部殿が自ら配られるので御座るや?」
「然り。ご存じのとおり、戦場では儂は役に立ちませぬ故。そして共に中島殿も来ていただき、この機に諸将に顔を売って戴きたい。」
「自分を?でござるか?」
「中島殿のお立場は、実はかなり重く御座る。後々ではこのような事は頼み難くなりますれば、今のうちに…。」
「治部殿には、なにかお考えが有る様子。解り申した。共に飯運びを致しましょうぞ。」
かくて前代未聞、武将自ら率先して給仕に走り回る、奇っ怪な光景が西軍陣営で展開される事になってしまうのだった。