20 9月17日 北天満山、宇喜多秀家本陣、密議 亥〈い〉の刻(午後10時ごろ)
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「宇喜多様!」
宇喜多秀家に声をかけられ中島氏種が驚いて振り向く。
秀家にも早晩話を通しておく必要があったので丁度よい。頷いて秀家の私室に通してもらう。
「やれやれ、一旦軍議を終えて広家を去らせてからでないと本当の軍議が出来ぬのも面倒な事よ。」
宇喜多秀家が愚痴る。
「侍従(吉川広家)が家康に内通と聞いては居りましたが、確かな様子で残念で御座る。」
同じ毛利家に連なる毛利元康が嘆息する。
「小早川秀秋は心が捻じ曲がってしまって居るので致し方ないにせよ、元康殿も、援軍をお願いしている小早川秀包殿も、皆、表裏無く働かれて居るのに何故に広家殿は家康などにご執心なのでしょうや?元康殿であれば、なにか心当たりをご存知では?」
「…小知恵が先に立ち、勇が不足して居るのでしょうなぁ。そういった者の恒として細かい事に執念深い。毛利家が太閤様に臣従した居り、秀包殿…当時は小早川元総で御座るが…と共に広家殿も人質として大阪城に送られて御座る。」
「そう言えば、たしかに大阪城に来て居りましたな。確か、すぐに帰されたかと。」
「治部殿の言われる通り。そのすぐに帰された件で御座る。広家殿は軽んじられたと受け取ったので御座る。」
「なっ!馬鹿なっ! あれは元春殿が広家殿を可愛がられていた事を知った殿下が、そう云う事で有れば…人質は元総殿だけで良いと、返されたのですぞ。元康殿。」
「おそらくは治部殿の言われる通りなのでしょう。されど、広家殿自身はそうは受け取らなかったので御座る。輝元様が広家殿に隠岐を預けられしも広家殿に不満の色が顕に出ていた為…そのように密かに聞き及びまする。」
「くっくっくっ…治部殿。どの御家中にも駄々っ子は居るものですな。」
宇喜多秀家が混ぜ返す。
「確かに…市松(福島正則)と、概ね同類か………。徳川に付いた処で毛利家のような大封を家康が黙認する筈も無かろうに………。」
「如何にも。治部殿の云う通りよ。上杉家同様難癖付けて来るのは火を見るよりも明らかよの。」
「全く宇喜多殿の言われる通りで御座る。ましてや既に阿波・讃岐・伊予では東軍に組みせし諸将の封土を輝元様が召し上げておられる。いまさら家康と並び立てる筈がないと云うのに。」
元康が嘆く通り、あまり周知されていないが、この時期毛利輝元は積極的に四国の東軍諸将の領地を召し上げている。伊予の加藤嘉明領は守将の奮戦で撃退されたものの、阿波の蜂須賀家政は高野山に押し込まれているし、讃岐の生駒親正も高野山送りになっている。
「広家殿は仕方ないとして、秀元殿は何故に動かれぬのであろう?たとえ広家殿が行手を阻もうとも高高三千。一万五千を擁する秀元殿なら余裕で押し通れましょうに。」
秀家の疑問は尤もで、西軍諸将は皆同様の思いだろう。
「それは毛利家の複雑な事情が有りまする。ご存知の通り、我が父の元就は子沢山で御座る。されど、正室の妙玖様の御子である御三方と其れ以外では格が違いまする。広家殿は元春殿の三男で有り現吉川家当主で御座る。穂井田元清殿(毛利元就四男)の次男である秀元殿より本来は格上。さらに、秀元殿が秀就殿(輝元の子)誕生で毛利本家の世嗣を辞退され、別家を立てるに当たり、広家殿の所領を譲り受ける件での混乱は治部殿もご承知の通りなれば、秀元殿は広家殿に相当に遠慮されているので御座ろう。」
「成る程…そう云う事で有ったか。されど其れを良いことに輝元殿の決められし方針を翻し無断で家康に通じるなど、増長にも程があるのでは?」
宇喜多秀家が事情を汲みつつも、筋論を展開する。中島氏種も頷いている。
「されば、今少し時をくだされ。儂(元康)と秀元殿、広家殿の3者で膝詰めで話をしますれば。」
宇喜多秀家に目で承諾の合図を送る。
「それが宜しかろう。なに、どうせ次の戦は秀忠殿着陣以降で明日は戦になるまい。其れぐらいの余裕は有りましょう。」
「忝ない、秀家殿。」
一応の方針が決まり、場が弛緩する。それぞれが落ち着いた時分を見計らい提案する。
「話は変わりまするが、毛利吉政(史実では大坂の陣で奮戦した毛利勝永)と申す将が安国寺恵瓊殿の陣中に配属されている筈。有能な将なれば、彼を召し出し無主(一応毛利輝元が抑えているが阿波は誰にもまだ徴兵されていない)となっている阿波に送り込み一軍を編成致せば如何かと。」
場が一気に色めき立つ。皆が急速に思考を巡らせ始める。
「毛利吉政………おお、あの伏見城攻めで奮戦した将か。儂(秀家)も感状を出したわ。たしかに有能であるが、阿波は些か不穏である故徴兵は難しくないか?」
「真に大毛利家の御血筋であれば無理で御座る。が、毛利吉政殿は尾張出身で御座る。蜂須賀家政殿とも特段の遺恨もなく、話は出来ましょう。蜂須賀家は嫡男至鎮殿が僅かな兵で家康に従って居りまする。が、このままでは西軍勝利の暁には改易必至。西軍戦勝後の阿波安堵で家政に徴兵の協力をさせては如何かと。すでに形の上では阿波は西軍占領下故至鎮殿も家康に言い訳できましょうし。」
毛利元康と中島氏種が驚いている。
何故に毛利家が抑えている阿波の現状をそこまで知っているのかと言いたいのだろう。
「流石、治部殿。細かなことまで良く把握されて居る。儂(秀家)などまるっと忘れて居ったわ。…成る程のう、試す価値は有ると思うが、如何かな元康殿。」
「失敗しても損は有りませぬ。恵瓊殿の陣であれば秀元殿との話し合いの折に呼び寄せ、高野山の蜂須賀殿の元へ行ってもらいまする。」
話が纏まり中島氏種と自陣へ戻る。
「しかし、治部殿は宣教師が言っていた錬金術師さながらですな。よくそれ程に兵を捻り出せるもの…」
「なに、兵や将の調達も補給の一種で御座れば、得手な事故。集めた後で如何に戦うかは島津殿や立花殿などの名将に任せまするので、楽な事で御座る。」
そうだ、俺(三成)が補給に徹して漢の劉邦を支えた蕭何のような存在になれば良い。
家康を項羽に見立てて対応すれば、きっと何とか成る。そう信じよう。




