10 9月16日 笹尾山、中島氏種本陣 卯〈う〉の刻(午前6時ごろ)
いつも誤字のご連絡ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
「押しかけて居座るようで申し訳ない。中島殿。」
中島氏種と二人での朝食だ。流石に朝食は各部隊に任せてある。
「今日も苛烈な戦に成りそうですな。治部殿。」
「いかにも。そこで中島殿に一つ頼みたいのだが。」
「自分に?」
「中島殿は五七桐の旗や差物をお持ちのはず。」
五七桐は豊臣家の家紋として用いられてきた紋だ。
「勿論、秀頼様出陣が何時有ろうが即応できるように、準備してありますぞ。」
「今日は其れを使う場面があるやもしれませぬ。」
「…はぃ?しかし、秀頼様は………」
「秀頼様は来て居られませぬ。が、中島殿は紛うこと無く豊臣家直属兵団の将なれば、掲げる旗は五七桐以外に無いでは御座らぬか。まして秀頼様御前で出陣の儀も執り行いし上は豊臣家の名代でも有るのですぞ。」
「…そ、それは、まあ、そう言えぬ事も無い…ですが。」
「さればこそ、諸将も軍議で中島殿を粗略には致されなかった、そうは思いませぬか。」
「わ、判り申した。では即座に掲げられるように手配しておきまする。」
「お願い致す。」
さて、市松(福島正則)は昨日負傷しているので今日は出ては来るまい。他に豊臣恩顧で忠誠心自体に嘘が無い奴は誰だ?
黒田、藤堂、細川は論外だ。
筒井定次はどうだ?かなり秀吉にも厚遇されたが…駄目だな。あの一族に義理を期待する方が間違いだ。今回も一旦伊賀上野に戻っているのにわざわざ家康に尻尾を振るために出てきている。
田中吉政は完全に家康に賭けている。福島が東軍で有る事など無関係に、家康が勝つと確信したのだろう。今では東軍に全振りで転ぶ余地はない。
竹中重門も駄目だろう。彼は秀吉の軍師、竹中半兵衛の嫡子。だが、そもそも秀吉が親父の働きに見合った加増をしていない。居城も家康に差し出していて全く芽が無い。
京極高知………主体性があるとは思えない。流れのままにぼやっと東軍に居るだけで、的にする価値も無いだろう。一族である京極高次が大津城で積極的に東軍の働きをしても居る。
寺沢広高。秀吉没後、自発的に家康に乗り換えた奴だ。これも論外。
生駒一正。親父の親正は西軍の田辺城攻囲軍に少数の兵を与力しているが、主力の兵を一正が率いて家康に従っている。最低限度の義理だけ親父が果たして、一正の代では家康の下で生き延びると親子で話が出来ているのだろう。駄目だな。
金森長近。70歳を超える爺さんだが千ちょいの兵をつれて参戦している。戦国生き残りの化石に義理も恩も有る訳がない。そもそも秀吉が全く目を掛けていない。
山之内一豊、池田輝政、浅野幸長は南宮山の毛利秀元と対峙しているので接触の予定が無い上、皆秀吉への恩義などかなぐり捨てている。対象外だ。
結局、多少影響が期待できるのは加藤嘉明だけだな。加藤嘉明は子供のころから秀吉に引き上げて貰っている。福島正則同様に豊臣家そのものに弓は引けないだろう。
「今日は我々は何処に居るのが良いでしょうな、治部殿。」
「そうですな、昼にはまた飯配りが有りますので島津殿の予備隊の北隣付近としましょう。」
「北で御座るか。今日は小早川が突撃すると刑部殿が申されていました。ならば、南のほうが良くありませぬか?」
「いや、加藤嘉明が北に出て寄せて来るはず。その時に五七桐の旗を立てて戴きたいので、北側でお願い致す。」
「加藤嘉明殿………。成程、確かにあの方が五七桐めがけて矢を射れるとは思えませぬな。」
「然り。味方には出来ずとも、足止めには十分有効なはず。」
「では北側に構えましょう。」
島津義弘と宇喜多秀家、そして小西行長へ、加藤嘉明を足止めする事を連絡しておく。駄目元の手なので、特に反対はされない。西軍主力にもだいぶ信用されてきたようだ。三成が自発的に前線指揮を実績のある島津義弘に委ねたので彼等も内心安堵しているのだろう。
帰ってきた伝令に尋ねる。
「島津義弘殿はなにか言われなかったか?」
「は…、特には何も。ただ、大筒の半数程を大谷様と宇喜多様の中間に待機させるように命ぜられたようです。」
今西軍主力は関ケ原の西北で正方形に近い形になっている。南東の角の部分が一番多くの敵兵が取り付ける場所であるので、予め手を打っているのだろう。小早川を排除できれば、関ケ原西部で南北に一本の大きな横陣が造れる。このような弱点も心配が無くなるのだが。
「治部殿、そろそろ霧が晴れますぞ。」
関ケ原は霧が深い。現代でも少し曇るとすぐに霧で視界不良になる場所だ。朝は決まって霧だが、陽が上るにつれて見通しが良くなる。
「見えてきましたぞ。加藤殿はまだ後方のようですな。 ! 小早川が最初から此方を向いて居りますぞ。朽木などもそのままこちらと向き合って御座る。」
「刑部が指摘した通りか。」
「来ますぞ!! 朽木などが大谷殿! 小早川はその隣! 南東の角あたりに突っ込んできます。…東も来ます! 筒井定次隊、田中吉政隊…ん?あれは… ”丸に違い鷹の羽”!?」
「浅野だ。昨日強かに打ち据えられた細川勢と浅野幸長勢を入れ替えたようだ。細川は五千を超える兵力だった。それに近い兵力となると浅野か池田しかない。」
東軍も結構カツカツの兵力なのかもしれぬ。徳川本軍三万があまり宛に出来ないとなると、こんなものか。
まあ、秀忠隊が来るまでだが。




