被験者1 「フリーター多奈川さんの場合7」
『ピーッ』という機械音と共にVR装置のようなヘッドギアが外れた。多奈川は何が起きたのかわからずに周りを見渡した。
さっきまで自分も着けていたであろう装置を着けられた人達が何人かいる。立ち上がろうとすると足首と手首は固定されていて身動きがとれなかった。どうしようかと悩んでいると放送が入り、
『多奈川さん、お疲れ様でした。
当ラボの最高責任者である困野と申します。
ご安心下さい、あなたに対するシュミレーションが終了したため装置が外れたんです。
シュミレーションの内容によっては暴れる方もいるかなと思い拘束はさせていただいてますが、多奈川さんの様子なら必要ありませんからすぐに職員が外しに行きます。
何かご質問などはありますか?』
「私は他の方々より早く終わったようですが、私のシュミレーションに問題でもあったんですか?」
『なっるほど!良い着眼点ですね。
ですが、問題はありません。
このシュミレーションは個人の抱えている問題や葛藤が解決すれば終了となります。多奈川さんが抱えていた問題は人と違う生き方をする自身への劣等感と自分の行動に対する自信のなさでした。人はみんな違う、親が優秀でも子が優秀かはわからない。
高く飛べる鳥の子が高くは飛べないが他の誰より速く飛べる事はある。
誰にも長所と短所があり、短所にばかり注目が集まって自分なんてと考える人が増えてしまう。
あなたは決して誰かに劣った人間ではない。
徒競走でよーいドンッで一斉にスタートして一斉にゴールしろと言わんばかりに周りと一緒を強いてくる社会の中であなたはあなたなりについて行こうとしたができなかった。
できなくて当たり前の事をできなくて何が悪い?
あなたは人には立てない場所に立ち普通では見れない景色を現象を見てきた。それがあなただ多奈川さん。
何も劣ってないし誰かに負けたわけでもない。
あなたが感じた全てが必要な事であり、これからの人生の土台になります。速く終わったのもあなたがまっすぐに自分と向き合える強い人だったからですよ。』
「あの世界はこれからどうなるんですか?」
『続くかもしれないし、早期に打ちきりになるかも知れない。
あの世界の方がよかったですか?』
「仕事も人間関係も一緒で評価してくれるのはあの世界だけだった。それならあの世界の方が良かったと思ってはいけませんか?」
『いいえ、そもそもがあなたが評価されていないと思い込んでるだけですから。目に見える物が全てではないからこそあなたは高額の給料を受け取れていたのではないのですか?
あなたの知らない所で評価されてるんですよ。
あなたが望むのなら、今回の謝礼としてあなたの描く夢に出資しましょう。あなたがやりたい事も意味がある事だと感じたでしょう?』
「どこまで私の事を知ってるんですか?」
『全て!と言えば言い過ぎですが、少なくともあなたよりもあなたを知っているしあなたを信じてますよ。
可能性に満ちた人間だったからこそ、あなたは被験者に選ばれたのですから。おっと、話が長くなりましたね。
あなたの関係者にはこちらからうまく誤魔化せる理由とそれなりのお金を渡して了承を頂いてるので、普段の生活にも戻れます。
あなたはあなたのやりたい事を求められる形で誰かに提供すれば良い。あなたが何をしてもあなたの評価が変わるだけですからね。』
「……ありがとうございます。」
私が答えた所で仮面を着けた怪しい人物達が僕に向かってスプレーをかけてきた。苦痛はなく眠気により意識を保つのが難しくなった。この感覚は2度目だ、つまりこうやって拐われたのだなとか考えてるうちに意識を失った。
『一列に並ぶどんぐり、優秀な人間のクローンを作ろうとする人間、自分の叶えられなかった夢を押し付けるエゴイストの親。
誰かと一緒なら安心できるかもしれないが、誰かと一緒では必要な人間として選ばれない社会。
彼はそんな狭間でもがく選ばれた人間でした。
受け入れたようで心の中では反発する、それができるのも彼が凡人でない事の証明でしたね。
さぁ、次に出てくるのはどんな人でどんな答えを得るんでしょうね?楽しみですね~!』
困野のは誰に言うでもなく楽しげに話していた。