被験者1 「フリーター多奈川さんの場合6」
善行とは?
人の役に立つ行動……だと誰もが思うだろう。
私は常に人の役に立てる事を探すようになった。
時には誰かのやってる行動を参考にしたり、ネットで検索した時もあった。私はバイト先でも同僚が困っていたら助けたり、教えたりした。ここで私は不思議な感覚を覚えた。
違和感と言ってしまえばそうなのだが、周りからの反応が以前と変わらない。
違うバイトで苦手な先輩が何かと困ってる人を探しては口だけのアドバイスをしたりする所などを見ていたが、明らかに迷惑そうな顔をして適当に流されていた。
私も同じ事をしていたのではないかと思うと恥ずかしさが込み上げてきたし、迷惑がられていたらどうしようと不安にもなった。
長く同じバイトをしてる人の表情の変化は見ていればわかる気になっていたが反応が変わらないという事に不安を感じた。
そんな事をうだうだと考えていると店長が来て
「多奈川、どうかしたか?」
「あっ、すみません。
実は仕事で困ってる人を手伝ったり教えたりするのって迷惑なんじゃないかなって思ってしまいまして、どうすれば良いかなと悩んでました。」
「アハハ、自給生活に踊らされ過ぎじゃないか?
確かに人に迷惑をかけないように意識して行動するのは大事だよな。相手側の気持ちになって考えるなんて当たり前の事がこんな社会にならないとできないんだから笑っちゃうよな?」
「店長は善行をしようとは思わないんですか?」
「悪い事はしないように心がけてるが、善行をしようと思ってはいきてないな。」
「善行をした方が給料がたくさん貰えるのにですか?」
「多奈川、俺はな善行っていうのは誰にも迷惑かけない自己満足だと思ってるんだよ。
例えば道に落ちてるごみを拾うのはなぜかって言うと、自分が落ちてるのを見つけて気分が悪くなってどけようと思ったからだろ?そりゃあ正確に言うなら環境問題とか何かしらの事故に繋がるからなんて考えが根底にはあるかもしれないが、見つけて嫌な思いをしたから拾ったって言うのが自然なんじゃないか?
自分が嫌だったからとった行動が結果として誰かに良い方に評価されたら、それが善行なんだよ。実際はどうか知らないけど俺はそう思って生きてる。それで良いじゃないか。」
「あれこれ考えての行動は善行じゃないんですか?」
「俺からすれば『こんな事されたら嬉しいんだろ?』って押し付けられてる気がするな。
多奈川がさっき言ってた後輩の子らを手伝ったり教えたりするのって、この制度が始まる前からお前が普通にやってた事だろ?
だから、皆がお前が世話をやいても嫌な顔しないんだよ。
お前からそういう風にされるのが普通であって、誰もお前が善行のためにやってると思ってないからだよ。
確かに何が人のためになるかを考える事は大事だし、皆がそう考えてたら犯罪なんて失くなるかもしれない。
でも、考えてした事は本当にお前じゃなければできない事か?
考えたらみんな同じ答えに行き着いて同じような事しかしないんじゃないか?じゃあ、その場その場で最適・最善の行動をとれるから人は人なんだよ。テンプレートでしか動けなくなったらロボットで良いだろうと俺は思っちまうからな。
ほら、お客さんだぞ。お前の今の最適・最善の行動しろよ。
いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
店長の言った事が僕の抱えていた違和感を解決してくれた。そして私が無意識でしていた事のなかにこそ善行が隠れていたのだと気づいた。私のできる最適・最善の行動が私の人生を豊かにし、私を形づくるのだと学べたような気がした。