被験者5「死刑囚・鈴本の場合」
俺は鈴本武、28歳。
父親はやくざで母親はギャンブル狂いと両親共にクズだった。外を歩けば『やくざの息子』と知らない人に後ろ指を刺され家にいれば母親の借金取りが一日中ドアを叩き続ける。そんな環境で育っていても誰も助けてくれなかった。近年はシングルマザーが増えているらしいが、生活に困窮しながらがんばる母親は周囲に助けてもらえたり行政からの支援があったりもするし、子供がかわいそうと決めつけてくる阿保な大人に面倒を見てもらえたり児童相談所というものもある。俺は親も揃っていたのにそんな子供より劣悪な環境にいた。親から暴力を受けても誰も俺を児童相談所に連れていってはくれなかった。
いつも『あそこはやくざだから仕方ない』の一言ですまされていた。ふざけるなといくら叫んでも目をそらされるだけだった。まともに生きてやろうと思ってもどこまでも親が俺の足を引っ張った。
中2の夏に父親からの暴力に耐えきれなくなり酒で泥酔している所を包丁で刺した。何も感じなかった。
苦しみ悶えている父親を見下し動かなくなるまで見ているとギャンブル帰りの母親が帰ってきた。血まみれの夫とそのそばで包丁を持った息子を見て全てを悟って逃げようとした母親の背中を包丁で刺した。
息子に殺されるまで恨まれていた両親、そんな母親の最後の一言は『お前なんか産まなければ良かった』だった。
最後の最後まで自分だけが大事だった母親にも何も感じない。いなくなれば良いのにと何千何万回と思ったがいなくなっても嬉しくもない。アリを踏み潰しても何も感じないように俺は親が死んでも何も感じない。
親父が俺を殴りながらいつも『弱いやつが悪い。強ければ何しても良い』とかわめいていた。
弱いと思ってた奴に殺された気分はどうだったのだろう?
『私は運が悪すぎる』と愚痴るだけだった母親は本当に運が悪い。もし親父が死んでからもう少し時間をあけて帰宅していたら俺も冷静になってこの部屋からいなくなっていたかもしれないのに親父が死んだ直後に帰宅してきたのだから。でも、一番運が悪いのは俺だ。
親ガチャで両方大外れをひいたのだから。
母親の悲鳴を聞いた誰かが警察を呼び俺は逮捕された。
だが、俺はすぐに少年院に送られた。
日々の暴力による虐待でついた身体中のアザや栄養失調でガリガリの身体を見た警察は親がやくざだった事もあって情状酌量しかないと言って簡易裁判で少年院送致にしたのだ。結局、俺の人生は変わらず悪事を重ねて今は刑務所の独房に死刑囚として三食寝床つきで働かなくても生きていられる環境を手に入れた。




