被験者3 「会社員・山野さんの場合10」
離婚の話をされた時は自分でも恥ずかしくなるほど泣いてしまった。言うつもりもなかったやり直すチャンスが欲しいとまで言ってしまった。もちろん、妻からチャンスを貰える訳もなく妻は自室に戻り、翌朝には家を出ていった。
私もこの家から出ていく準備はできていたので鍵をかけ妻との共通の友人に頼んで妻に鍵を渡して貰った。
かつてのチームメート達が用意してくれたアパートに引っ越し、色々な所に挨拶周りをしているうちに1ヶ月が過ぎた。
今日は初めてチームのミーティングに参加する日だ。
正直にいうと会社の偉い人が推薦したぽっと出の監督など認めて貰えないと思っていたためかなり緊張している。
「それでは、今季から監督に就任してくれた山野さんから一言頂きたいと思います。山野さんよろしくお願いします。」
コーチの一人に促されて選手の前に立つ。
60人はいるだろう人の前に立つのは現役の頃やコーチをしていた頃以来で落ち着かない。
「ご紹介に預かりました山野です。いきなり監督として認めて貰うのは難しいと思うので、まずは皆さんからの信頼を得られるようにしっかりとコミュニケーションを取らせて頂きたいと思います。面倒だと感じるかもしれませんが選手ひとりひとりと面談をさせて頂きたいと思います。
選手としての悩みだったり、選手と会社員の両立の悩みだったりがあればぜひお聞かせください。
私は一応、その道を通ってきましたから何かアドバンスできるかもしれません。皆さんがプレーに集中できる環境を作るのも私の役割だと思っています。年長のプレイヤーに関しては引退後の話や時期に関しても相談が必要なら受け付けます。
最高のプレー環境を作るために一緒に頑張っていきましょう。」
私が話終えて一礼をすると割れんばかりの拍手が聞こえた。
少なくとも歓迎はされているようでほっとした。
私は常に誰かと自分を比べて判断の物差しを作っていた。
自分がどうしたいかではなく、自分がどう見られるかを最優先に物事を進めてしまっていた。
私の中では『誰か』が中心で自分はいつも蚊帳の外だった。
誰とも比べたくないと思いながらも自分が作った家族の中でさえ優劣をつけようとした。自分を見ようともせず周りばかりを気にして自分はダメだと決めつけてしまった。
私が私を大事にしなかったために元妻や息子までも大事にできなかったのだ。
私は運良く私より私を知ってくれている人達によって救われた。謙虚さは日本人の美学などと言った人がいたらしいが、自分を主張しないのと謙虚なのは違う。
自分を守った上で誰かを尊重する事こそが謙虚というものなのだろう。ただへりくだっていた私は謙虚でもなんでもなくただの偏屈な男だった。
これから変われるようにこのチームで頑張っていこう。
そう決めた時になぞの機械音が鳴り響いた。




