被験者3 「会社員・山野さんの場合9」
私が帰宅するとポストに弁護士事務所の名前の入った封筒があった。ああ、ついに来たかと思った。妻が離婚に向けて相談したのだろう。妻と二人でいるのにたえられなくなってわざと帰りを遅くしたりもしていたし、色んな鬱憤がたまってモラハラな言動や態度もとっていた。離婚されない方がおかしい。
封筒の宛名は妻の名前だから進捗報告とかだろう。
封筒の電話番号をメモしてまたポストに戻した。
まだ気づいてないふりをしておくのと同時に弁護士にも連絡して妻の希望通りにする旨を伝えようと思う。
私は決して良い夫でも父親でもないから見限られるのは仕方ない。彼女がどういう風に思ってるかはわからないが、とりあえず反論せずに謝ってみよう。とにかく弁護士から話を聞いてみようと思い、翌日電話をかけた。
「すみません、山野と申します。うちの妻がそちらの事務所の方に相談している件についてお話を聞かせて頂きたいのですが。」
『申し訳ありませんが相談内容を他者にお教えする事は守秘義務違反ですのでお答えする事はできません。』
「そうですよね。では、担当の方がおられるならお伝え願いたいのですが、離婚には同意しますし何かしらの金銭的要求があるなら対応しますので、この電話があった事は黙っておいてくださいとお伝えください。」
『えっ?そんな事をですか?』
相手を困らせてしまったかと思っていると、電話の向こうで何かを話している声が聞こえて来た。そして
『お電話代わりました弁護士の山田と申します。
奥様の相談を受けさせて頂いてるのは私です。
奥様はあなたが浮気していると思われているようです。
それについて反論はありますか?』
「浮気ですか……家にいるのが嫌で帰りを遅らせていたのがそんな形でとらえられているとは思ってませんでしたね。
信じて貰えるかはわかりませんが、私は浮気はしてません。
居酒屋で一人で飲んで時間を潰してただけなのでキャバクラとかにも行ってません。そもそもこんな冴えない男を相手にする女性はいないでしょう?」
『こちらも色々と調べさせて貰いましたが、浮気を立証する事はできませんでした。どうされたいですか、浮気はなかったけどモラハラはあったんですか?』
「モラハラはあったかもしれません。自分でも自分が嫌いになるくらい悩んでいた時期もありましたし、冷たく当たられるような家で育っていたので自分もそう言うことをしてしまっていたかもしれません。」
『なるほど、それでは浮気については誤解があったとお伝えします。モラハラに対する慰謝料の請求がされますが、それは納得されますか?』
「致し方ないと思います。
先程も言いましたが妻の要求は不当なものでなければ全面的に受け入れます。なので、今日のこの会話があった事は内緒にしてください。妻もおそらく私が気づいていないと思ってるはずですから。それが妻の望みならそうしてあげようと思います。」
『関係の改善を望まれないんですか?』
「実は会社を辞めることにしたんです。
今までの給料もなくなりますし、あっちこっちに移動しながらの生活になるかもしれないので苦労をかけるくらいなら別れた方が良いかと思います。モラハラで出世しないダメ夫の方が妻も捨てやすいでしょうから。」
『承知いたしました。それではその日が来るのをお待ちください。』
「よろしくお願いいたします。」
電話を切って空を見上げる。涙が溢れそうになるのをこらえて、自分が今までどれほどひどい事をしていたのかと後悔しかなかった。




