三話目
今日こそ。
私は震えそうになる自分を奮いたたせる。
婚約者のジェイミ-様に、もっと私を意識してもらいたい。
ううん、私を好きになってもらいたい。
彼は、いつでも礼儀正しくて、婚約者として間違いのない対応をしてくれる。
だけど、それだけ、だ。
私から言い出した婚約だ、仕方ないかもしれない。
でも、でも。
一生懸命お洒落をしても、彼は微笑むだけ。
紳士的対応でお愛想で綺麗だね、と言ってくれるだけ。
ううん、言ってくれるだけで嬉しい。
でも、本音を言えばもっと微笑んでもらいたい、もっと一緒にいたい。
分かっている。
私は欲張りだ。
社交シ-ズンの第一夜で、贈られたドレスと一緒につけても彼は綺麗だよと微笑んでくれるだけで。
他の誰でもない、彼に喜んでもらえる様に精一杯お洒落をしても、彼は私を熱くみるでもなく、普通に、本当に妹でもエスコ-トするように紳士な対応をしてくれて。
例えば友人のマリアンナの婚約者であるエドワ-ド様が冗談で口説いてくれるような甘い言葉を望んでいるわけではないのだけど、それでも、やっぱり少し寂しい。
「とても綺麗ですよ、アナベル」
お会いした時に下さる誉め言葉一つだけでは、悲しい。
私はいつも彼の隣で置物か何かの気分になる。
出来れば、もう少しだけ、そう、ちょっとでも良いから女性としてみてもらえたら。
ジェイミ-様がいない夜会は、正直行きたくない。
お兄様のエスコ-トで何度か出席しているけど、私は、ジェイミ-様にだけ女性として見てもらいたいのであって。
舐める様に見てくる年配の方や、分かりやすく熱のこもった目で見てくる若い殿方もいらない。
「アナベルは子供ね、適当にあしらっておけばよいのに」
友人のマリアンナも、エドワ-ド様も二人して私を馬鹿にするけど。
出来ないものは、仕方ないのだ。
だから、ジェイミ-様がいない夜会にはジェイミ-様がくれた髪留めや、宝石類を必ず身に着けていった。
ジェイミ-様が守ってくれるようで安心するから。
友人達から呆れられたって構わない。
ジェイミ-様は私の大切な初恋の人なのだもの。
あの5年前の第一王子様の誕生会で、真剣に陶器を見ていたジェイミ-様。
お兄様は第一王子と仲が良く、第一王子に媚を売ろうとした方々はお兄様は勿論、私にまで媚を売ろうとしてきた。
私は、どちらかというとお兄様の陰に隠れてしまうような引っ込み思案な子供だったから、それが怖くて、周囲の子供の輪から離れた。
ふと気が付くと、一枚一枚真剣にお皿や花瓶などを見ていたジェイミ-様がいた。
彼は周囲を気にもしないで一人でいた。
一人でいる子なんて珍しい、と思って興味をひかれた私は、何を見ているのか声をかけたら、彼は案の定お皿と答えて。
変なのと思っていたけど、今日あそこで果物が盛られているお皿は、異国の製法でわが国ではまだこのような陶器は作れないんだよ、とか、色々とお皿薀蓄を披露してくれた。
それはそれは本当に楽しそうに。
説明も私に分かりやすく言葉を選んでくれて、そして何よりも楽しそうに目をキラキラと輝かせて饒舌に話すジェイミ-様に私は俄然興味がわいた。
そう、彼はお兄様の友達のように私を質問攻めにしてこなかった。
知らない事を馬鹿にすることもなかった。
他の男の子と違って大きな声で喚くように早口で喋ったり、いばるような事もしない。
穏やかな口調で話すジェイミ-様に好感を抱いた。
だから、お父様に聞いて、お願いしたのだ。
ジェイミ-様の婚約者になりたい、と。
お父様は色々考えてらしたようだけど、翌年には話を纏めてくれていた。
とっても嬉しくて、私は本当に喜んだ。
婚約して顔合わせをしても、彼は私を覚えていなかったけど。
それでも私は気にしなかった。
だって、彼は何の変りもなかったのだもの。
私が陶器の話をふると、目を輝かせ色々と教えてくれる。
夜会にいけば、そこの夜会先の陶器について。
初めて贈られたサファイアのネックレスは私の宝物だ。
いや違う。
彼から贈られた物なら何でも。
毎月5日に届く花束は、一つだけお気に入りを決めて押し花にしている。本当は全部押し花にして保管したいけど。
今年の誕生日プレゼントの黒真珠の髪飾り。
今日、何度も髪飾りに視線を感じたから、きっと私がつけているのを喜んでくれている、と思ってもいいんだよね…?
嬉しくて、顔がつい綻んでしまう。
そして、私は今日こそ!と自分を奮い立たせてジェイミ-様に伝えたのだ。
私、恋がしたいわ、ジェイミ-様と、と。
だけど、恥ずかしくて結局小さな声でぼそぼそと呟くような感じになってしまった。
そして恥ずかしいのが彼に分かってしまうのが嫌で、つい何でもないようなふりまでしてしまったのだ。
あぁ、ジェイミ-様に誤解されたらどうしよう?
私なんてことを言ってしまったのかしら。
いえ、婚約者である彼に伝えたのだから、あなたと恋がしたいのと伝えた、で良いのよね?
お慕いしております、と言えばよかったのかもしれない。
でも、出来れば彼にも私に恋してもらいたかったから。
あぁ、でもジェイミ-様は外は寒かったですねと返されたから、そもそも最初のセリフも聞こえていなかったのかもしれない。
私の独り言だと思われたのかしら?
政略結婚なのに、なにを言っているんだ、と思われた?
あぁ、どうしよう?
一生懸命に御家の稼業の陶器に夢中なジェイミー様に煩わしいと思われてしまったかもしれない。
もうそれだけで頭がグルグルしてしまって、会話らしい会話も出来ずにジェイミ-様はお帰りになられた。
あぁ、私、なんてことをしてしまったのかしら…?
その夜、私はどうしても寝付けずに、まんじりともせず朝が来るのをベッドで待つだけだった。