二話目
馬車が動き出し、目を閉じる。
馬車の座席に置きっぱなしにしていた外套からカチャカチャという音がして、僕は外套の中に入れっぱなしだった彼女へのお土産を思い出した。
行きの馬車では伯爵に見せる陶器を運ぶことにしか頭がなく、すっかり忘れていたものだ。
あのピンクの釉薬をつかった陶器の貝殻型の小物入れ。
手のひらサイズの小さな入れ物で。
ピンクというよりは赤に近く、赤と呼ぶには情熱のような色が足りない。
他の入れ物は綺麗なピンクだったというのに。
これは失敗作だな、といった陶工の言葉を遮ったのは僕だった。
これは、僕が貰う、失敗作だなんてとんでもない。
そういって僕はそれを引き取った。
それは、確実に僕の目を引いた。
彼女に似ている、と思ったのだ。
沢山あるピンクの中でひときわ目を引く赤に近い濃いピンク。
まさに彼女のようだ。
喜んでくれたら、と思って用意したのに、結局渡せなかったな、と自嘲気味に笑う。
僕はいつもこんな感じで、スマ-トに全てこなせない。
想像の中でなら、スム-ズに彼女に贈り物を渡せるのだけど。
現実は、この体たらく。
贈り物一つでさえ満足に渡すことも出来ないような男。
今更あんな大仰な見送りの後に再度伺うなんて出来ない。
溜息をついて、また目を閉じた。
結婚式は、来年だ。
まだ半年以上ある。
それまでに、道を踏み外さない程度に、彼女が誰かに恋することが出来たら良いのだけど。
僕は移り行く街並みをぼんやりとみていた。
次の日、僕はタウンハウスの家令に命じて何かしら流行の贈り物を彼女に届ける様に伝えた。
伝えた後、僕は気が付いた。
そういえば、僕はいつも家令に命じて彼女への贈り物をしていた。
王都に住んでいない僕には王都の流行り廃りが分からない。
情けないが、女性の好みそうなものなんて聞かれてもお手上げ状態だ。
だから、王都に住んでいて情報収集も兼ねている家令にお願いしていたのだ。
お願い、という言葉はいいが、実質ただの丸投げだ。
昨日の彼女の髪留めは、母が商談している最中に僕を呼び出して選ばせたから、だから彼女がしているのにも目を止めて気が付いた。
つけていてくれることに、少し嬉しく思って。
でもそれを素直に口に出すことが出来なかった。
せめてつけてくれていることを嬉しく思ったことだけでも伝えればよかった。
実際、あれは、彼女によく似合っていた。
だけど、それ以外、僕が何を贈ったのかすら定かではない。
報告は、受けていただろうに、記憶にない。
家令に命じて僕がここ何年か何を贈ったのか調べてもらった。
それを読んでみて、僕は驚いてしまった。
毎月五日、季節に応じて花が送られている。
何故五日なのかを問いただしたら、婚約を結んだ日が五日だから、だそうだ。
毎年一番金額が高いのは社交はじめの夜会の時のドレスと宝飾品。
ただ、毎年1枚だけしか購入出来ないので仕方ない。
我が家の懐具合を考えるとかなりの出費に見えるが、きっと彼女の実家が購入するものに比べたら安物なのだろうと思う。
その次に誕生日に送る宝飾品。
去年はオパ-ルを送っている。
なぜオパ-ルか聞いたら、去年はオパ-ルの涙という劇が流行っていてオパ-ルを贈るのが流行していたからだそうだ。
その前の年は、翡翠で、これも何らかの流行だと聞いた。
最初の年は流石に覚えている。
彼女のデビュタントも兼ねていたから、彼女の瞳にあわせサファイアを。
恋がしたい、か。
僕はぼんやり思い返していた。
日々の雑務に追われ、気の利いた事一つ出来ない男。
こんなつまらない男と恋は出来ない、よな。
大きく息を吐いた。
そして、彼女の笑顔を思い出す。
あの笑顔を他の男に向ける?
想像すると、胸がチクリと痛む。
僕はジッと帳簿を見ていた。
家令が何か不都合がありましたか?と聞いてきたので僕は苦笑して首を振る。
不都合?
不都合だらけだよ。
本当に。
今まで一体僕は何をやっていたのだろうか。
僕は自嘲する。
家令には自分で贈り物を選ぶから、先刻の依頼は気にしないでくれ、というと、一瞬だけ驚いた顔をしてから、それがよろしいかと、と慇懃に言われ、なんというか、とても嬉しそうに微笑まれた。
…僕が小さい頃、何か一つ出来る様になるとあんな感じで褒めてくれて、微笑んでいたよな…うん、何だろう、何だか釈然としない思いがするんだけど…
彼女の家のタウンハウス程立派でも何でもない普通の部屋で、僕は気合を入れた。
彼女が、恋がしたいなら。
それなら。
せめて僕だって候補に上がれるように。
そう。
出来れば彼女に僕が婚約者で良かったと思ってもらえたら。
明日、王城に献上しにいったら領地へトンボ帰りの予定だったが、4日ほど滞在を長くすることにした。
家令には、2日後に彼女の家に再度訪問する旨を伝達するように伝える。
王城帰りに何か彼女に贈れるようなものを自分の足で探して渡したい。
そして、自分の手で彼女に渡したい。
いつだって、僕は自分の手で彼女に贈り物を直接渡したことがなかったのだから。
少しでもいいから、僕を意識してくれたら。
渡せなかったお土産と一緒に。
僕は、渡せなかったお土産の小さな箱を見つめた。