第8話 山賊と貴族
山賊の本隊を追ったカイルとジークは僅か二十分ほどでその最後尾を視認した。
見つけた後は脇にそれ、彼等が見つけられない距離で並走して進んでいる。
「しかし、此処まで短時間で追いつくとはな。いくら何でもおそすぎだろ」
カイルは呆れたように呟く。
確かにニ角馬であるジークは普通の馬よりも遥かに速く走れるし、山道の悪路をものともしない。
しかし、カイルは結構な時間を留守部隊の討伐に使ったのだ。その間もずっと移動していたと考えると、こうまで早く追いつくとは思っていなかったのだ。
「烏合の衆なのがよく分かるな〜」
カイルは弓に矢を番えて頭が射程に入るのを待つ。見つからない距離を保つことが大前提のため、射程が結構ギリギリなのだ。
「頭〜そろそろ休憩にしましょうや〜」
「あっ?テメェさっき休んだばっかだぞ!何言ってやがる」
「でもこうも道が悪いと歩くのも大変ですし、村についてもヘトヘトで動けなかったじゃ話になりませんよ。別に村は逃げやしませんって」
「たっくよぉ。しゃあねぇ。休憩だ野郎ども」
「「「おおぉぉ!!」」」
頭が呆れた声で休憩の指示を出すと、部下たちは歓喜の声を上げながらその場に腰を下ろす。
「やたらと移動が遅かった理由はこれか」
山賊達の体たらくにカイルも思わず乾いた笑みを浮かべてしまう。
こんなに根性の無いことで山賊などやっていけるのであろうか?いや、逆に根性が無いから山賊になるしか無かったのだろうか。
そんなどうでも良い事を考えながらカイルは弓を番える。
「(この連中なら、頭を失えば、怯えて村の襲撃どころじゃ無くなるだろう)」
カイルが頭に狙いを定めた時、下っ端の一人が声を上げる。
「あ!頭!」
「ん?どうした?」
「(っっ!!)」
見つかったかと思い、焦るカイルだが、その後の言葉で、どうやらそうではないと気づく。
「侯爵の使いが来るのは今日じゃなかったですかい?」
「ああ。だからケインを置いてきたんだ。ちゃんと上納金を払っといてくれるさ」
頭の言葉を聴いたもう一人の山賊が面白くなさそうに尋ねる。
「しかし頭、何時までもあの侯爵に頭を下げる必要がありますか?俺達ももう三百人の大所帯だ。中央の貴族様の後ろ盾なんか無くてもやっていけると思いますぜ」
「そうっすよ頭。ヴィードの兄貴の言う通りっすよ!」
下っ端達もヴィードと呼ばれた男の意見に賛成する。
しかし、頭は呆れたように首を横に振る。
「アホかお前ら!」
「で、でも…」
「あのなあ、国やお貴族様の力ってのはすげえんだ。まともにぶつかったら俺達なんてひとたまりもない」
「でも、頭!軟弱な王国兵や貴族の私兵に負ける俺らじゃありませんぜ!」
力強く反論するヴィードを頭は出来の悪い子どもを見るような目で見ながら諭す。
「おう!そうだな。軟弱な王国兵なんぞ、一対一なら俺達の敵じゃねえな」
「なら!」
「それで、王国兵が何人居るか知ってるか?」
「え!?」
頭の問いかけにヴィードは詰まる。
「俺達は三百人だ。で、王国兵は何人いる?」
「それは…」
ヴィードの目が泳ぐのを見て頭はため息を着くながら答えを言う。
「知らねえか?王国軍二万人。騎士二千人だ。で、もう一回訊くぞ。三百人で二万二千人相手にして勝てるか?あ?」
「無理です」
「そうだろ。だから上納金納めて見逃して貰ってんだ。だいたい…」
山賊達の会話を聴いたカイルは、驚きのあまり、矢を射つことを忘れてしまっていた。
「(確かに貴族は屑だと思ってたけど、山賊の親玉もやってるなんて!!)」
本当に、この国は何処まで腐っているのかとカイルは頭を抱えてしまう。
「(しっかりしろ!気を取り直せ!貴族すら後ろ盾になってるんならやっぱり俺達自身の力でなんとかしないといけないんだ!)」
カイルはもう一度弓を大きく引き絞ると、山賊の頭に狙いを定めて、そっと矢を離す。
弓から放たれた矢は凄まじい勢いで風を切り、部下たちに向けて話す山賊の頭に突き刺さる。
「さて、そろそろあげぇ!」
「「「え!!」」」
山賊達の間の抜けた声がカイルに届く。どうやら起こった事が理解できないらしい。
しかしそれも当然であろう。今まで元気に話をしていた自分たちの親玉にいきなり矢が突き刺さったのだから。
こめかみから矢によって頭を貫通された山賊の頭は、目を見開き、涎を垂らしながらその場に倒れると、ニ三度痙攣して動かなくなる。
「か、頭!頭!」
「お、お頭?え?何が?」
オロオロとしだす山賊達。その様子にカイルはほくそ笑む。
「(よし!いける!!)」
そのまま五射連続で矢を射る。カイルの矢は狙いを違わず、標的になった哀れな五名の山賊は頭を矢で貫通され、頭の後を追う事となる。
「ひっ!矢?敵襲か?」
「一体何処から?」
更に仲間が射殺され、状況を理解したのか、山賊達は一気に騒がしくなる。
「まだまだ!」
そんな山賊たちにカイルは更に狙撃を続ける。時間が開けば冷静になるかもしれない。それを危惧してのことだ。
「ぎゃ!」
「へぶぅ!」
「いぎぃぃ!!」
「な、何だよこれ!?何がどうしてこんな!?」
「ありえねぇ!何なんだよ〜」
次々と仲間が射殺され、怯えた山賊達は恐慌状態になる。
「落ち着けバカども!!」
「あ!」
「ヴィードの兄貴!」
頭を庇うように盾を構えたヴィードは大きな声で山賊達を一括する。
「矢は正確に頭に飛んてきやがる。頭を守れ!」
「「「へっへい!!」」」
慌てて盾や武器で頭を庇う山賊達。更にヴィードは矢が飛んできた方向を睨みつける。
「矢が飛んできた方に敵がいやがる。矢の数から見て、敵はそんなに多くねえ。二三人。多くて四五人だ。接近戦になれば負けやしねえ。ぶっ殺しに行くぞ!」
言うが早いか。ヴィードは矢の飛んできた方向に歩き始める。
「(こっちに来るな?)」
向かって来るヴィードにカイルは矢を放つ。
「(別に頭しか狙っちゃいけないなんて決まりはない!)」
放たれた矢は正確にヴィードの胸、心臓の在る位置に迫り…
「へっ!?」
「アホか!」
カンッと短い音を立てて弾かれる。
「心臓なんて守るのが当たり前だ。服の下になんにも付けてねえと思ったか!!」
「おお!!」
「流石ヴィードの兄貴!!」
「野郎ども!頭の敵討ちだ!コソコソ隠れてる奴らをぶっ殺せ!!」
「「「おお!!」」」
矢が弾かれた事で恐怖が消えたのか。山賊達はヴィードに続き、前進を始める。
「(流石に守ってるか。なら…)」
カイルはセジュの毒液を鏃に塗ると、肌が露出しているヴィードの右腕に向かって矢を放つ。
「ははは!イケイケ!いでっ!」
「ヴィードの兄貴!!」
「腕に!?」
勢い良く進んでいたヴィードが悲鳴を上げて立ち止まった事で、山賊達は勢いを失い。その場で立ち止まる。
「気にすんな!腕を狙いやがって!畜生。悪あがきを…!!」
「あ、兄貴?」
「え?」
「うぶぅぅ!!」
自分の腕刺さった矢を抜こうと、手で持ったヴィードだが、そこで異変が起こる。
口からよだれを垂らしながら目を剥き、その場に倒れ込む。
「あ、兄貴!!何が!?」
「あ、あがぁ!く、くるじぃ!」
うめき声を上げながらしばらくのたうち回ったヴィードだが、やがてギョロリと目を見開いたまま、硬直し、動かなくなる。
「あ、兄貴?ヴィードの兄貴?」
「し、死んでる!!」
「「「ヒィィィィ!!!」」」
皆の士気を高めていたヴィードの死に、周りの者達は腰を抜かして驚く。
「一体なんで?」
「おい!見ろ!ヴィードの兄貴の傷口!」
「傷口?なっ!」
「緑に!!これは!」
「毒か!」
「嘘だろ!毒まで持ってるのかよ!」
山賊達の間に絶望的な空気が広がる。これでは急所では無くとも、一矢食らったら確実に死ぬ。
「あがぁぁ!!」
「なっ!」
「うわぁ!矢が来る!!」
怯える山賊達に容赦なく矢が放たれる。
「嫌だぁぁ!!死にたくないぃぃぃ!!」
一人の山賊が悲鳴を上げながら矢が飛んでくる方向とは反対側に逃げる。それが皮切りだった。
「「「うわぁぁぁぁ!!!」」」
山賊達が悲鳴を上げながら矢が来る方向とは反対方向に走る。
しかし、元々敵が居ると思われる矢が来る方向に進んでいたのだ。いきなり逆走を始め、しかも皆で固まっていたのだからどうなるかは火を見るよりも明らか。押し合いへし合いがいたる所で起こり、多くの山賊が仲間に蹴倒され、踏みつけられていく。
「(そう簡単に逃がすか!!)」
カイルはなるべく遠くに居る相手から順番に狙いを定め、次々と山賊達を射殺していく。
「た、助けてくれ!!」
「嫌だ!!!」
「死にたくねぇぇ!!」
山賊達が走り去った後、カイルはジークを進め、彼等が休んでいた場所に向かう。
「これは。矢で死んだ奴より、仲間に踏み潰されて死んだヤツの方が多いだろ!」
散乱している山賊の死体の内、矢が刺さっているものは三十体。一方で矢が刺さっていないにも関わらず、手足が折れ曲がり、胴体が不自然に凹んでいる死体が五十体。
「狂乱した集団の恐ろしさか」
カイルは加護の力で影の中に死体を全て収納すると、再び洞窟へ向けて戻る。
「山賊の頭と一応幹部っぽい奴を二人とも倒したし、下っ端ばっかりだったら早々体勢立て直せないよな」
カイルはジークを走らせると、行きと同じく二十分足らずで洞窟にたどり着く。
「すいません皆さん。山賊の件でお話が、え?」
洞窟の中に入ると、王国兵士の面々が難しそうな顔で縄を打たれた小奇麗な身なりの男を囲んでいた。
「何度言えば分かる貴様ら!俺にこんな事をしてただでは済まんぞ!俺は法務卿を務めるリュガー侯爵様の使いだ。お前らみたいな末端の下っ端兵士が侯爵様の機嫌を損ねたらどうなるか、解らないはずはあるまい!!」
「どうしたんですか?」
「ん?ああ!先程の!山賊の本隊はどうした!?」
カイルの言葉に、彼が戻って来たと気づいた王国兵士が山賊本隊についてカイルに尋ねる。
「一応山賊の親玉と幹部みたいな奴は射殺しました。でも死者は全部で八十人くらいで後は逃げ散ったので、まだ百九十名も残党が居ます」
「なっ!敵の首魁を討ち取ったのか!!」
「嘘だ!お頭がお前みたいなガキに負けるもんか!!」
カイルの言葉を、捉えられていた山賊の一人が悲鳴じみた声を上げて否定する。
「一応死体は持ってきている(ゼナ)」
議論をするよりも死体を見せたほうが手っ取り早いと考えたカイルは心の中でゼナの名を呟く。
「なっ!!」
「これは!!」
「か、加護!」
カイルが胸中でゼナの名を唱えると同時にカイルの影が広がり、先程回収した死体が浮き上がってくる。
以前は口でゼナの名を唱えなければ加護が発動しなかったし、必要がない時でも呟けば発動してしまっていたが、この三年の訓練でそのような事は無くなっている。
「これが射殺した山賊の死体です。一応確認して下さい」
「なっ!コイツは!」
山賊の頭の死体を見た王国兵は驚愕の声を上げる。
「剛力のダメンか!」
「剛力のダメン?」
聞きなれぬ名前にカイルは首を傾げるが、王国兵は興奮した様子でダメンについて説明する。
「大斧を振り回して追手を両断すると恐れられた山賊だ。その首に金貨三百枚の懸賞金が掛ってる。そうか。我々が戦った時は必死で気づいていなかったが、剛力のダメンが敵の首魁だったとは。手強い筈だ」
「先輩!これ!」
「ん?どうした?」
他の死体を確かめていた若い王国兵が驚愕の声を上げる。
「蛮勇のヴィードです。懸賞金金貨七十枚の」
「馬鹿な!あのヴィードがダンメの部下になっていたのか!?」
更に王国兵が声を上げる。
「こっちはなぶり殺しのピュエルです。懸賞金は金貨五十枚!」
「ああ。後、この洞窟を守っていたケインという男、何処かで見たことがあると思ったら剛剣のケインだ。懸賞金は金貨百二十枚」
「まさか此処まで錚々たる面々が揃っていたとは、壊滅したから良かったものの、放置していれば大変な事になっていただろうな」
騒然となる洞窟の中でカイルは一つ嫌な予感を覚えていた。
「あのちょっと良いですか?」
「何だね?」
「そっちの縛られている人も気になるんですが…」
「だから私は侯爵様の使いだ!早くこの縄を解かないと反逆者とみなすぞ!!」
男の叫び声を無視してカイルは言葉を続ける。
「山賊達の中に居た懸賞金が掛ってるやつはこれで全員なんですかね?」
「ん?」
「俺は今までダンメはボスだろうと思ってましたし、ケインとヴィードも周りに指示を出していたんで幹部だと解ってました。でもピュエルは全く気づかなかった。山賊の数は三百人。内討ち取ったのがこの洞窟で三十人。さっきの戦闘で八十人。合計で百十人。つまりまだ百九十人生き残りが居るってことです」
「そうか!もしそうなら…」
王国兵もカイルが言いたいことが解った様で顔を強張らせる。
「統制の取れない烏合の衆だと思って深く考えませんでしたけど、もし纏められる力量の奴がまだ生き残っていれば…
そこの男が言うことが事実なら貴族の後ろ盾も有るんだから装備も良い物を揃える事も出来るでしょうし、ひょっとしたら思いの外早く体勢を立て直すかも」
「………」
王国兵は捕まえていた山賊の下っ端に歩み寄り、その首に剣を突き付ける。
「ひっ!!」
「おい!正直に答えろ!お前らの中に賞金首は何名居た?」
「あ、あ、」
「言え!」
「げふぅ!」
王国兵のケリが下っ端の鳩尾に入り、下っ端は悶絶する。
「まだ言わないなら、次は耳でも削ごうか?」
「ひっ!言います!言いますから!止めて!!」
怯える山賊に向かって王国兵はきつい調子で問いかける。
「で?」
「お、俺達の中に居た賞金首は、頭である剛力のダメン。幹部のなぶり殺しのピュエル。蛮勇のヴィード。剛剣のケイン。謀殺のジルド。この五人だ。間違いねぇ。本当だ!許してくれ!」
下っ端は耳を削がれないように必死に懇願するが、その言葉は王国兵の耳にもカイルの耳にも入っていない。
恐れている事態が起きていた。
「ジルドの懸賞金は?」
「金貨百五十枚です」
「よりによって!!」
金額だけで見ればナンバー2を仕留め損ねた訳だ。これは痛い。
「探しましょう!!」
カイルは即座に洞窟を出ると、ジークに飛び乗る。
「待ってくれ!」
「え!?」
「次は我々も協力する。だが、その前に君の村へ案内してくれ。一旦体勢を整えたいし、クラウディア隊長とも合流したい」
「分かりました!」
王国兵の申し出を快諾したカイルは彼等を案内し、山を下りた。
ー○●○ー
一方山のある一角では山賊達の残党が集まっていた。
「ジルドさん。一応三十名が集まりました」
「全然足りてないだろ。あたりを探せ。せめて百名見つけるまで再戦は無理だ」
「「「へい!」」」
突然飛んできて。ボスと同僚を射殺したあの弓、あれのせいで山賊達はバラバラに逃げ、まだ全く集まれていない。本当に厄介なことをしてくれたとジルドは爪を噛んだ。
「あの矢を射た奴。必ず見つけ出して八つ裂きにしてやる!!」
ジルドは爪を喰い千切った。