第7話 天賦の弓
「見つけた!ジーク」
はるか先に目的の物を見つけ、カイルはジークに呼びかける。
「ブルッ」
名を呼ばれたジークは乗り手の意図を正確に汲み、速度を緩めた後、殆ど音を出さないように静かに停止する。
普通の馬には絶対に出来ない芸当であり、これだけで二角馬の知能の高さが伺える。
「ジークは此処で待っててくれ」
流石にジークを連れて歩くと目立つと判断して待機しておいてもらう。普通の馬なら山の中で放す等ありえないが、ジークならば獣に襲われることも逃げ出すことも無いだろうとカイルは判断した。
「すー、はー。行くか!」
深呼吸を行い、覚悟を決める。
手近な木に登ると、音を立てないように、慎重に進んでいく。
「(山賊達の天幕だ。えっ!後ろに洞窟!!)」
山賊達の天幕から20m程離れた巨木の上にしゃがむようにしてカイルは山賊達の様子を窺った。
葉が生い茂る木の上にしゃがみこんでいれば早々気づかれる事はない。
しかし、状況はカイルが想像していたより悪いようであった。
山賊達の天幕の後ろに洞窟が有ったからだ。洞窟が有るならそこで寝泊まりすれば良い。態々天幕を張る意味は無い。それが天幕を張っていると言うことは、洞窟に収まりきらない程の人数が居ると言うことである。
「(百じゃ利かないかな?)」
カイルの嫌な予感は的中し、天幕の側にぞろぞろと汚い身なりをした男たちが集まってくる。
「(百、二百、三百。三百!!)」
集まってくる男たちの人数を数えていたカイルはあまりの人数の多さに絶句する。
「(これは拙いな。流石にこれで全員か?中にもまだ居たりしないよな?)」
注意深く山賊達の様子を窺うカイルに彼等の会話が聞こえてくる。
「お頭!辺り一帯探しましたが、この三人で最後です」
一人の山賊が縄をうたれた三人の男を頭の前に突き出しながら報告する。
三人は金属製の鎧を着ており、王国兵と思われる。
「あの女の隊長は?」
「見つかりません。山を降りたのかも」
頭の不機嫌そうな質問に部下は悔しそうに首を振る。
「俺達に掛かって来た身の程知らずな兵士の数は五十人。最初の戦いでぶち殺したのが十五人。怪我で動けなかったのが五人。逃げた奴らを今日まで山の中を探し回って捕らえたのがこの三人を合わせて二十人だ。足りねえだろ!」
「そうっすね。後、ニ三人居るかも」
受け答えをする部下の頭を頭が軽く小突く。
「アホかテメェ!後十人も足りねえよ!」
「え!そんなにですかい!」
「お前〜。いくら学が無ぇつっても限度があるだろ?こんな簡単な勘定も出来ねえのか!」
山賊の頭は大きなため息を吐く。
「ともかく残りも見つけ出せ!なるべく生け捕りにしろ。上玉な女は勿論だが、男だって奴隷の需要は多い。鉱毒が多い鉱山、船の漕ぎて、荷運びと、欲しい奴らは山程居やがる。ぶっ殺しても銅貨一枚にもならねえ。解ったな」
「了解っす!」
木の上で彼等の言葉に聞き耳をたてながら、カイルは聴いた情報を分析する。
「(天幕の中に捕まった王国兵が居るのか。毒薬を使って一網打尽って訳にはいかないな)」
カイルは懐から毒々しい赤黒い液体が入った小さな壺と、汚れた麻布に包んだ葉っぱを見てため息を吐く。毒々しい液体の方が「ポイズンウルフの歯肉」、葉っぱの方が「ドクゼリ」と呼ばれる植物である。両方共単品でも毒物だが大した事はない。しかし、この二つを混ぜて火に焚べると吸い込んだ者は呼吸困難になって数分で死に至る恐ろしい毒の煙が発生するのだ。
居るのが敵だけなら、夜中に接近して、洞窟の中や天幕に流し込んでやっても良かったが、捕まっている者達が居る以上それは出来ない。
「(やっぱり当初の予定通り、山賊の頭を狙撃するしか無いか?)」
カイルが思案する間も山賊達の報告は続く。
「ダニロが麓に村を見つけたみたいです。そこに匿われているかも」
「麓の村?一昨日も一つ潰したばかりだが、まだ有ったか。そりゃあ良い」
「(麓の村?ココらへんには三つあるけど何処の事だ?少なくともウチじゃ無いな。一昨日なら俺も普通に居たし、新たに見つかったのがウチの村か?と言うか、村の位置を把握してないって、こいつら此処に来たのは最近か?)」
「そう言えば、エッボとダンテ、フッボはどうした?」
「そう言えば、まる一日経ったのに帰って来ませんね」
「魔物に殺られたのかもしれねえっす。この山結構多いっすから」
「ちっ!しょうがねえな。よし!野郎ども!先ずはダニロが見つけた村を襲うぞ!ケイン!」
「へい!」
片目に傷のある山賊が頭の前に進み出る。
「お前を含めた三十人で此処に残って番をしろ。解ってると思うが攫った女達をヤるなよ。奴隷商に売る時に値を下げられちまう」
「解ってますよ。でも最後までしなきゃちょっと遊ぶくらい良いでしょ?後ろを使うとか」
「しかたねえ奴だな。価値だけ落ちないように気をつけろよ」
「へい!」
頭はケインの言葉に困った奴だと苦笑すると、後ろを向き、他の仲間に向かって声を上げる。
「他の連中は俺と一緒に来い!麓の村を襲う!全て奪い尽くせ!」
「「「おお!!!」」」
頭に率いられた山賊達は歓声を上げて行軍を開始する。しかし、その隊列はバラバラだし、速度もお世辞にも速いとは言えない。
「(残るのは三十人か。身のこなしからしてそこまで強そうな奴は居ないし、加護込みで考えるならなんとかなりそうだな)」
カイルは頭の中で戦略を練っていく。
「(まずは、本体が十分に離れた後、こっちを攻撃して捕まってる王国の兵士を助ける。
次にジークに乗って移動して本体に追いついたら敵が気づかない距離から山賊の頭を狙撃。
こんなところかな?あいつらの行軍速度ならこっちを片付けた後でもジークに乗れば簡単に追い
つけそうだし)」
「よし!」
カイルは周りに聞こえないような小さな声で気合を入れると、鏃にセジュの毒を塗って様子を窺う。
………
………
「(行ったな!)」
すっかり山賊の本体が見えなくなってから、カイルは洞窟に視線を移す。
「(クズ共め!)」
狩りで鍛えられたカイルの聴覚は洞窟から聞こえてくるかすかな声。若い女の咽び泣く声を捉えていた。
「(全員洞窟に入っていったな。天幕に見張りは無し。と言うことは捕まった人たちや奪った物は全て洞窟の中か?)」
見張りは僅か二人。残りは全員中で獣欲を満たしているのだろう。
「(見張りが少なくて良かった。一気に行けるな)」
鏃に毒を塗り込んだ矢を構えたカイルは、弓を少しだけ引き、更にもう一本の矢を手に持っておく。
見張りは二人。中の連中に異変を気づかれない為には、どちらも声を出させる前に倒さなければならない以上即死させる必要がある。
カイルは矢を二本同時に射つことは出来るが、流石に二本同時に寸分違わず狙った場所に当てることは出来ない。
今回の場合は一射目の後、即座に二射目を射つ必要が有ったのであまり弓を引き絞らなかったのだ。
「(流石!イチイと銀王狼の骨を使っただけはある。あまり引いていないのにこの手応え!これなら!)」
「はっ!」
カイルは一射目を放つとほぼ同時に、二射目を番えて、即座に狙いを付けて放つ。
「ッッ!!」
「ぇ!?」
カイルの放った矢は、二射とも寸分違わず見張りの喉に突き刺さる。
彼等は、驚愕の表情を浮かべたが、喉を矢で貫かれている為、声を出すことも出来ず、セジュの毒によって何も出来ずに息絶える。
「金属の鎧を着て無くて良かった」
息絶え、その場で崩れ落ちた見張り二人。もし、金属の鎧を纏っていればけたたましい音が鳴っただろうが、彼等が身につけている皮鎧では大した音を立てない。
「さてと。へ〜!これは好都合!」
見張りを始末したカイルは洞窟内部の構造を見て思わずほくそ笑む。真っ直ぐに置くまで続いており、カーブなど無い。置くまでは大体五十メートルほどだ。
洞窟の入り口に立って矢を放てば、中の相手を一方的に狙撃出来る。
「(これなら楽勝だな)」
カイルは三本目の矢を番えると、今まさに泣きながら抵抗する女性をうつ伏せで押さえ込み、その上にのしかかろうとしていた下卑た男の後頭部目掛けて射つ。
「はは、あ!?」
「え!」
後頭部に刺さった矢が貫通して口から生えた男は、不思議そうな声を出しながら倒れる。二三度痙攣すると、ピクリとも動かなくなる。
襲われていた女性も何が起きたのか分からず、眼を丸くしている。
「まだまだ減らすか」
山賊達が事態に気づく前にと、五射の矢を連射し、矢が五名の山賊の頭を貫通する。
「何だ!?何事だ!」
「ケインの兄貴!入り口に!」
「あん!?」
やっと事態に気づいたのか。山賊達が武器をとって此方を見る。
「(弓を持ってる奴は三人か。案外少ないな)」
カイルは素早く矢を弓に番えて三連射を行う。
「ぎゃ!」
「え!」
「ぶぎゃぁ!」
カイルの放った矢は三人が持つ弓の弦を切り、そのまま彼等の胸や肩、喉に突き刺さる。
「な!見張りは何をしてやがった!野郎ども殺せ!敵だ!」
「「「おお!」」」
山賊達は気炎を上げてカイル目掛けて殺到してくるが、彼等とカイルの間には五十メートルの距離がある。 カイルが矢を放つには十分な時間だ。
「ぎゃぁぁ!」
「ぶぎゃらぁ!」
「ひぎぃぃ!!」
「あげぇ!」
「いでぇ!」
「ちくしょ!!」
三本の矢を同時に弓に番えて放ち、また三本番えて放つ。一本づつ射るよりは精度は下がるが、狭い洞窟の中で密集している相手には対して狙いなど付けなくても当たる。
「うおぉ!止まるな!」
「退け!うぎゃぁ!」
「止めろ!踏むな!!!」
先頭集団六人が矢を受けて止まると、後ろから来た後続達が彼等にぶつかったり、躓いたりして将棋倒しの様な有様になる。
「こ、此処まで上手く行くとは…」
自分に都合が良すぎる展開に、カイルは一瞬困惑するが、このスキを見逃す愚か者は居ない。
カイルはすぐさま矢を番えて連射し、ありったけの矢を山賊たちに打ち込む。
「ひぎゃぁぁ!!」
「やべでぐれぇぇ!」
「こ、降参だ!!助けて!!」
「いでぇ!いでぇよ!!」
15名の山賊達が矢を受けて阿鼻叫喚の地獄絵図となり、後ろに居たケインと他4人が腰が引けたように後ずさる。
「な、何だよこれ!」
「こんな、馬鹿な!」
「クソッ!テメエェ等!何してやがる!相手はガキ一人だぞ!良いようにやられてんじゃねぇ!とっととぶっ殺してこい!」
いち早く混乱から立ち直ったケインは必死の形相で部下を叱咤する。
「でも、アニキィ〜」
「こんなのどうしろってんだよ」
「解った。一人ずつ行け!最初の奴が矢で殺られても、後ろの奴がその分近づけてれば良いんだ。距離さえ詰めちまえば弓は意味がねぇ!ふん縛って嬲り殺しだ!」
「な、なるほど!流石ケインのアニキ。じゃぁ一番手はクッポ、お前が行け!」
「な、何言ってんだ!お前が行けよ!」
「い、嫌だ。俺は四番手が良い」
「四番手は俺だよ」
作戦は決まったが、下っ端四人は犠牲になる役目の押し付け合いを始める。
「何をごちゃごちゃ言ってやがる!クッポお前が行け!」
「で、でも、アニキィ〜」
指名された下っ端は泣きそうな顔でケインに訴える。しかし、そこで許すほどケインは甘くない。
「此処で俺に斬り殺されるのと、一か八かでツッコむのとどっちがマシだ?」
「そ、それは…」
ケインの脅しを受け、下っ端は言葉に詰まる。
そんな下っ端の迷いをケインは見逃さない。
「心配すんな。頭さえ庇ってりゃ矢が刺さっても死ぬことは、あぎゃ!」
下っ端を諭そうとしたケインのこめかみに、カイルが放った矢が刺さり、そのままケインの頭を貫通した鏃が反対側から突き出す。
「ひっ!アニキィ!!」
矢が頭を貫通したケインはそのまま崩れ落ちると、二三度痙攣して動かなくなる。
「そこまで俺の矢が届かないって誰か言ったか?この程度の洞窟なら一番奥まで俺の射程圏だ」
「「「「うわぁぁぁぁ!!」」」」
下っ端四人は悲鳴を上げながら洞窟の一番奥に行くと、頭を抱えて震えながら蹲る。
「お前ら。俺の言うことを利くなら今は殺さないでおいてやる」
「「「「………」」」」
「おい!」
「ひっ!な、なんですか?」
カイルが少し苛ついた声を出すと、一人の下っ端が顔を上げる。
「俺の指示に従え。じゃないと全員射殺す」
「は、はい!!」
下っ端は他の三人も力ずくで立たせてカイルに向かって直立不動の体勢をとる。
「ご、ご命令は何でしょうか!」
「王国兵やお前らが襲った村の村人が捕まってるはずだ。全員の拘束を解け。今すぐにだ!」
「は、はい。でも」
「ん?」
「時間が掛かります。数が多いんで」
「解ったなら、お前とお前」
カイルは適当に二人の下っ端を指差す。
「「は、はい!」」
「王国兵四人開放しろ。それくらいなら時間は掛からないだろ」
「「は、はい!ただいま!」」
指示された下っ端は飛び上がるように動き、素早く王国兵を縛っている縄を解く。
「残った二人」
「「はい!!」」
「捉えられてる女性四人開放しろ」
「「は!ただちにぃ!!」」
後の二人も大慌てで女性が囚われてる所に行き、四人の縄を解く。
縄が解かれるのを見届けたカイルは次の指示を出す。
「よし。次だ。全員その場で両手を頭の後ろで組んで、膝を地面につけろ!」
「え?ぎゃぁぁ!」
疑問の声を上げてカイルの方を見た下っ端の眉間に矢が突き刺さり、彼は悲鳴を上げて倒れると、痙攣して動かなくなる。
「「「ひぃぃぃ!!」」」
「指示に従わないと射殺すと言った」
残りの三人は悲鳴を上げながら急いで言われた通りの体勢を取る。
「よし」
満足そうに頷いたカイルは開放された王国兵士に視線を向ける。
「(王国兵士には碌な奴が居ないって聴くけど、今は仕方ないな)」
「すいませんけど手伝っていただけますか?」
「あ、ああ。君は我々の命の恩人だ。何でも言ってくれ」
カイルに話しかけられた王国兵士は、カイルの頼みを快諾する。しかし、その視線には、若干怯えの色が混ざっている。
「貴方達を縛っていた縄を使ってその三人の手足を縛って下さい。あ!手を縛る時は縄を首にも廻して、腕を動かそうとすると首が絞まるようにして下さい」
「ああ。解った」
王国兵士はカイルの指示に従い、三人を拘束する。
「ありがとう御座います。この三人に少々訊きたいことが有るので、他の捕まっている人の拘束を解くのをお願いしていいですか?」
「ああ。勿論だ。だが、訊くこと?」
「山賊本隊は見つけた村を襲うために進撃中です。彼等に追いついて山賊の頭を射殺し、奴らを混乱させる必要があります。そのために聞き出しておきたい情報があります」
「なっ!」
カイルの言葉に王国兵士は絶句する。
「そんな事態になっていたとは、では我らもすぐに」
「走ったら流石に間に合いません。馬は俺の一頭だけです」
「うっ、そうか」
村が襲われそうと聴き、自分たちも助けに行くと言った王国兵だが、カイルに徒歩では間に合わないと言われて口を噤む。
「(よく居る王国兵とは少し違うみたいだな。少なくてもよく言われてるような王国兵なら民を助けに
行くとか絶対言わないだろうし。
この様子なら捕まってた女性たちを任せて大丈夫か)」
カイルは囚われていた者達の事は王国兵にまかせても良いと判断し、下っ端の尋問を始める。
「おい!」
「ひっ!」
カイルに声をかけられた下っ端は引きつった顔で悲鳴を上げる。
「お前達の頭は加護持ちか?」
「え?加護持ち?」
首をかしげる下っ端にカイルはため息を吐く。今の反応からして知らないようだ。しかし、下っ端が知らないからと言って頭に加護は無いと決めつけるべきではない。
カイルは訊き方を変えることにする。
「例えばお前たちの頭は物の大きさを変えられるとか、火を出せるとか、そう言った事はないのか?」
カイルの質問に下っ端は首を振る。
「いいや知らない。そんなの見たことがない」
「(知らないか。加護は無いと見るべきか?でも、コイツの前で使ってないだけかも?)」
下っ端の態度から加護について何も知らないと解ったが、だからといって持っていないとは断定できない。
「(情報不足だけど、調べようが無いな。仕方ない。行くか!)」
カイルは決意を固めると、王国兵士の方に体を向けて頭を下げる。
「すいませんが、捕まってた皆さんの事、よろしくお願いします」
「頭を上げて下さい。命を救っていただいた上に、お力にもなれず、口惜しい限りです」
そんなカイルの態度に恐縮したように兵士は口を開く。
「一つ。お役に立つかは分かりませんが、我らが戦った時、奴らは超常の力など使ってはきませんでしたよ」
「貴重な情報ありがとうございます。ああ。1つだけ」
「なんですか?」
「あなた達の指揮官のクラウディア様ですが、現在俺達の村で保護してます。ご無事ですよ」
「な!本当ですか!」
「はい」
「良かった!!」
安堵の息を吐いて座り込む王国兵士に苦笑しつつカイルは洞窟を後にする。
「ジーク!!」
カイルは大声でジークを喚ぶ。
「ヒヒィィィン!」
待たせていた場所は洞窟から距離が有ったが、嬉しそうに駆け寄ってくる所を見ると、ニ角馬は相当耳が良いらしい。
「行くぞ!山賊の本隊に追いついて、奴らの頭を射殺す!」
「ヒヒィィィン!!」
カイルを乗せたジークは、山賊本隊の後を追って、風すら追い抜くと言わんばかりの速度で山道を駆けて行った。