第6話 雷のニ角馬
カイルは山中を駆ける。もしその姿を遠目に見た者がいたならば、大きな猿か新種の魔物だと思っただろう。少なくとも人間とは思えなかった筈だ。
カイルは軽やかな身のこなしで木から木へと飛び移り、道なき道を凄まじい速度で進んでいく。元々体が柔らかく、反射神経も良かったカイルは木登りや木から木へと飛び移るのは得意であったが、3年前、加護を授かって以来、身体能力の向上が凄まじく、更にコジモから体術を学んだことで、常人とは一線を画す身体能力を備えていた。
「問題は山賊達の居場所だな。拠点が分からないことには狙撃どころか様子を探ることも出来ない」
あたりに視線を走らせながら独りごちるカイルの視界に黒い物が映る。
「何だ?」
歩みを止めたカイルがそちらを窺うと、黒い影の正体に気づく。
「二角馬!ツイてないな」
馬型の魔物である二角馬はその形の通り草食であるが、気性が荒く、偶然遭遇した狩人が突き殺されたや踏み潰されたという話は枚挙に暇がない。
「(見つけたからには無視できないな。それに山賊達から隠れてる時に襲われても困るし、やっとくか)」
決意を固めたカイルは、二角馬に向かって毒を塗った矢を放つ。
「ブルッ!ヒヒィィン!」
「なっ!」
カイルの矢に気づいた二角馬は一声鳴くと、全身に雷を纏わせる。カイルが放った矢は二角馬に当たる前に雷で消し炭となり、地面に落下する。
「属性持ちかよ!」
カイルは顔を手で覆って天を仰ぐ。二角馬には能力を持たない通常個体と、炎や風、雷を纏える属性持ちが居る。大体属性持ちの二角馬は一万頭に一頭くらいの割合であり、遭遇することは滅多に無いと言われている。
「運悪すぎでしょ」
自身の不運を嘆くカイルだが、二角馬はそんな事では止まってくれない。
「ブルッ!」
二角馬の全身を覆っていた雷が額にある二本の角に集まりる。
「何だ!?」
何が起こるのかは解らないが、カイルは嫌な予感を覚えた。そして、その予感は的中する。
「ヒヒィィン!」
カイルの方を睨みつけた二角馬が頭を振ると、その勢いで、角に集まっていた雷が矢のようになってカイル目掛けて飛んでくる。
「うわっ!ゼナ!」
咄嗟の判断だった。二角馬から何かが放たれる。そう認識した瞬間、カイルは加護を発動し、眼の前に影の壁を作って、雷の矢を影の中に収納する。
最近カイルが気づいた加護の使い方である。飛び道具は大体このやり方で防げる。
「お返しだ!」
影の壁をもう一つ出し、先程収納した雷の矢を打ち出す!
「ブルッ!!?」
雷の矢は二角馬の横に建っていた大木の幹を貫き、支えを失った大木は大きな音を立てて二角馬の上に倒れ込む。
「ヒヒィィィィィン!!!」
想像してなかった横からの攻撃に、二角馬は反応が遅れ、大木の下敷きになる。
「やったか?」
カイルは大木が倒れ、砂煙が上がる場所に目を凝らす。
「(あれだけの大きさの木が倒れてきたんだ。下敷きになったら二角馬と言えども無事では済まないだろう)」
運が良ければ死んでいるだろうし、万が一生きていても丸太の下敷きになって身動きが取れないだろうと判断し、カイルは勝利を確信する。
しかし、世の中そう上手く行くことばかりではない。カイルの眼に予想外の物が映る。
バチッ!
「(砂煙の中に雷?)」
「げっ!まさか!!」
落雷の様な爆音があたりに響き渡り、砂煙の中に凄まじいスパークが生じる。
「まぶしっ!」
カイルは思わず左手で眼を庇う。直接見ていれば目が変になっていただろう。
光が収まると、次は炎が燃え上がる。
「嘘だろ!」
砂煙が薄くなり、視界が開けてくると、何が起こったのかが見えてくる。
「雷で木を燃やしたってことか」
二角馬の上に落ちた大木は真っ黒に炭化し、まだそこら中から火と煙が出ている。
「ブルッ!」
二角馬が立ち上がると、その勢いで大木は崩れ落ちる。
「ありえないだろ!コイツ銀王狼より強いんじゃないか!」
本来、二角馬は銀王狼より弱い。属性持ちでも銀王狼には敵わない。しかし、属性持ちの能力には個体差がある。
「(コイツの雷の威力は桁違いだな。多分銀王狼でも焼き殺せるだろう)」
どう戦うかとカイルが思案していると、再び二角馬の角に雷が集まり始める。
「(また来るか!?)」
雷の矢を警戒するカイルだが、予想に反して二角馬はカイルが登っている木に目掛けて突進してくる。
「うわぁ!」
「ズドン」という重い音と共に木が大きく揺れる。木の幹を貫いた二角馬の角は、纏っていた雷で木の幹を焼き、耐えきれなくなった木が「ベキベキ」と嫌な音を立てながら倒れる。
「なんて奴だ」
カイルは地面に着地しながら影から剣を取り出す。
「(確か鉄は電気の通りが良いんだっけ?剣で斬りかかるのは拙いよな。鞘を付けたまま戦うか)」
木製の鞘なら鉄製の剣身ほど電気の通りは良くない。もっとも、大木を簡単に消し炭にする威力だからかなり心もとないが。
「ブルッ!」
「くっ!はっ!」
角で突き殺そうとしてくる二角馬の角を剣で受け流し、二角馬の頭の横に入り込むと、そのまま二角馬の顔を鞘に納めたままの剣で思いっきり打ち付ける。
「ヒヒィィィィィン!」
かなり痛かったのか、二角馬は上半身を跳ね上げて、後ろ足だけで立つ。
「はっ!」
そのスキを見逃すカイルではない。剣を持ち替えると、上から降りてくる二角馬の顎目掛けて、剣の柄頭で勢いを付けて思いっきり突き上げる。
「ブヒィィィィン!!??」
よほど効いたのか。悲鳴のような泣き声を上げた二角馬は一度倒れた二角馬は、起き上がろうとするが、脳震盪を起こしてしまい、フラフラしていてなかなか起き上がれない。
只々威嚇するように体に雷を纏うが、その威力は目に見えて最初より弱く、纏ってもすぐに消えてしまう。
「(もしかして大木を炭化させた時に力を使い果たしてるのか?)」
そう考えれば辻褄が合うとカイルは確信する。属性持ちの力は無尽蔵ではないというのは有名な話だ。また、そうであるならば、ここまで戦っていてカイルが疑問に感じたことの説明もつく。
「(大木を炭化させてから雷を飛ばしてこない。それにさっきだって俺に接近されたら、大木を消し炭にしたような雷を出せばよかった。それをしないのは出せないからだ!)」
相手が弱ってきている事を悟ったカイルは距離を詰め、連続で二角馬を殴り続ける。
「ヒィヒッ!ヒィヒッ!ヒヒィィィン!!!」
何度も殴られた二角馬は、ついに耐えきれなくなったのか、大きな音を立てて倒れ込み、力無く鳴く。
「ヒィン」
「終わりだな」
剣で切っては感電させられるかもしれないと考えたカイルは距離をとって弓矢を構える。
「お前に恨みはないけど、お前を生かしておくと、仲間の狩人が犠牲になるかもしれない。済まないな」
「ヒヒィィン」
カイルが矢を番えるのを見た二角馬は、耳を横から後ろ気味に倒し、弱々しく鳴く。
「(確かあの耳の形って、馬の服従のポーズだったよな?降参するから殺さないで欲しいって事か?)」
村唯一の農耕馬を世話しているタッデオが昔話していたことをカイルは思い出す。
「(確かに山賊と戦うのに騎馬が有るのは嬉しい。でもちゃんと言うこと聴くかな?と言うか、二角馬ってどのくらい賢いんだ?普通に言葉で命令して分かるのだろうか?)」
最初は討伐することしか考えていなかったカイルだが、二角馬の反応で少し予定を変更する。
「お前、俺の言ってることは分かるか?もし分かるなら、右の前足で地面を二回叩いて見せてくれ」
「ヒヒィィン」
カイルの言葉を聴くやいなや、二角馬は右の前足で二回地面を叩く。
「言葉はちゃんと通じてるのか?」
「匕ヒン!」
「それとも偶然か?」
「ヒヒィィィン」
二角馬は「通じているのか」と言われると頷き、「偶然か」と言われると首を横に振ってみせた。
「これは通じてると思って良いか。念の為、次は左の前足で三回地面を叩いてくれ」
「匕ヒン」
またもやすぐに二角馬は左の前足で地面を三回叩く。
「知らなかった!二角馬って普通の馬と比べて物凄く頭が良いんだな!」
思わぬ二角馬の知能に、カイルは思わずと言った感じで呟く。
「じゃあ、俺の騎馬になってくれるか?なってくれるなら右足で地面を三回叩いてくれ」
「匕ヒン」
二角馬は嬉しそうに三回地面を叩いた。
「ヒヒィィン」
「お!」
そうこうしている間に、ダメージが抜けてきたのか、二角馬は立ち上がり、カイルの方を見る。
「(さっきまでのは時間稼ぎの可能性も有るよな?)」
二角馬の意外な知能の高さを知ったカイルは、さっきまでのが時間稼ぎで立てるようになったら攻撃してくる可能性も有ると身構える。
「ヒヒン」
しかし、そんなカイルの予想は外れ、二角馬はカイルの前に歩いてくると、体を屈めてくる。
「乗れって事か?」
「ヒヒン」
カイルの問いかけに二角馬は軽い調子で鳴いて、首を立てに振る。
「よっと!」
カイルが軽やかに二角馬の背に乗ると、二角馬は立ち上がり、歩き出す。
「(本当におとなしいな。攻撃もしてこない。ありがたいけど、こんなに簡単に服従して良いのだろうか?)」
カイルは知らないことであったが、二角馬は誇り高く、滅多に他者に従うことはなく、人の騎馬になることも滅多に無い。だが、逆に誇り高い分裏切りを嫌い、一度服従した時はその相手に何処までも尽くす忠誠心を持った種族である。
「(乗馬は一応コジモに習ったけど、大丈夫かな?)」
コジモ達が一頭だけ馬を持っており、カイルは一応それに乗せて貰って訓練はした。しかし、コジモ達が持っていた駄馬と二角馬とでは大きさからして違う。また、鞍も手綱も無い裸馬に乗るというのもカイルには初体験であった。
「(まあ、馬のほうが合わせてくれるから楽か)」
カイルは二角馬はの鬣を軽くなでた後、あることに気づく。
「そう言えば、名前が無いのは不便だな」
「ヒヒン」
二角馬も「そうそう」とばかりに頷く。
「そうだな…」
カイルは少し考えてから、手を打つ。
「決めた!お前の名前は「ジーク」だ!」
「ヒヒン!!」
気に入ったのか、二角馬、改めジークは嬉しそうに鳴く。
「よし。ジーク。山賊達のアジトを探してるんだ。知ってるか?」
「ヒヒィ?」
ジークは首を傾げるような仕草をする。
「あ、山賊やアジトって言葉が解らないか?」
「ヒヒン」
肯定するようにジークは頷く。
「解った。じゃあこの山の中で大量の、百人を超える人間が集まっている場所は分かるか?」
山賊の数は百人以上は居るはずという予想でカイルがジークに尋ねると、今度は肯定するようにジークが鳴く。
「ならそこに向かってくれ。ただし、そいつらに気づかれないように、そいつらから見えない位置までで良い」
「ブルゥ!」
ジークは任せておけと言わんばかりに嘶くと、ある方向を目指して走り始める。普通の馬ではありえない事だが、木々の間を縫うように走っているのに全く速度が落ちないことにカイルは二角馬の凄まじさを痛感した。
「余計な時間は食ったが、結果的にラッキーだったな」
カイルとジークはものすごいスピードで山道を駆けていった。