第5話 勝つための選択
「山賊か」
「はい。村の直ぐ近くまで来ていました」
カイルは村長の家で村長と頭領に兵士と山賊について話していた。
頭領とは村の狩人達のまとめ役である。遠目からなら熊と間違える様な巨体と、鋭い眼光、全身の傷痕、目が合っただけで子どもに泣かれることは日常茶飯事の男だが、心根の良い真面目な男だ。
一方、村長は好々爺然とした小柄な老人で、村人の大半からも人徳のある人だと思われているが、実は相当腹黒いことをカイルは知っている。
だが、その腹黒さが発揮されるのは役人や貴族相手にであって村人たちのことは大切に思っている。
カイルが3年前に銀王狼や加護の事を素直に話せたのも村長の人柄故だ。この国の普通の村長なら、何か理由をつけて銀王狼の代金を奪おうとする。
後、加護について村長に話すことが出来た理由はもう一つ有り、何と村長も加護持ちだったからである。
村長は『フォーン・イルルケ』の加護を持っており、他人の嘘を見抜けるらしい。
「山賊の規模によるが、そのうち狩人を集めるべきかもな」
「いえ、直ぐに集めるべきです」
カイルは50名ほどの兵士が山賊討伐に向かった事を伝える。
「兵士が山賊の討伐にのぉ!」
村長が驚きの声を上げる。
兵士が山賊の討伐など、この国では滅多に無い事だ。
「山賊が少数なら良いが。念には念を入れた方が良いな」
頭領が難しい顔で呟く。
「そうじゃな。山賊が少数なら兵士に討伐されて終わりじゃが、兵士が負けた場合は深刻な脅威になる 」
兵士に勝利し、勢いに乗った山賊が略奪を行おうと、押し寄せて来るかもしれない。
「よぅし!全員集めるか!」
頭領は勢い良く立ち上がる。
「俺も参加します」
カイルも頭領に続いて勢い良く立ち上がる。その姿を見た頭領は感慨深げに頷く。
「あの小さかったカイルの坊主もすっかり一人前だな。よし!一緒に頑張ろうぜ!」
「はい!」
カイルが苦笑しながら頭領に返事をするのと、カイルの耳に村長宅に人が走って来る足音が聞こえて来るのはほぼ同時だった。
「カイルやどうした?」
足音を聞いて、勝手口の扉の方を見たカイルに、村長は不思議そうに声をかける。
「いえ、人が走って来る音が聞こえたので、何かあったのかと思って」
カイルの返答に村長と頭領は首を傾げる。2人には足音は聞こえていない様だ。
「(気のせいかな?)」
カイルが勘違いかと思い始めた時、 「ドタドタドタ!」と慌てた様な足音が近づいてきた。
流石に此処まで近づいてくると誰にでも聞こえる。村長と頭領が驚いてカイルを見ていると、外から村長を呼ぶ慌てた声が聞こえてきた。
「大変だ。村長!」
「何事じゃ!?」
「ボロボロの兵士が!」
動揺した様子で、話すのはこの村ではちょっとした有名人であるピッポ。彼は甲冑を着た血まみれの少女を抱きかかえていた。
「その娘は!」
その少女の顔を見てカイルは驚く。
「カイル?」
知っているのかと村長が視線をカイルに向ける。
「兵士たちに指示を出してた少女です」
「なっ!それでは!」
村長が驚き、悲痛な声を上げる。兵達の指揮官が血まみれで1人だったと言うことは、山賊と兵たちの戦闘の勝敗は自ずと想像がつく。
カイルもそのことを察し、唇を噛む。
「(山賊の数がどのくらいかは分からない。でも、50名の兵士に簡単に勝てたんなら、少なくとも倍以上は居るはず)」
カイル達の村の人口は300人程度だ。100名を超える数の山賊に襲われたらどうなるか。考えるまでもない。
「(正確な情報が要るな)」
覚悟を決めたカイルは真剣な顔で頭領の正面に立つ。
「ん?どうした?」
「頭領。さっき、俺も一緒に戦うって言いましたけど、やっぱり外してください」
「何!?」
驚く頭領に対してカイルは更に言葉を続ける。
「俺は山賊の正確な数を探ってきます。出来れば俺が何とかします」
「はぁ!?何を馬鹿な。兵士がやられちまったんだぞ。お前一人で何が出来る」
頭領はカイルの言葉を、出来るはずがないと否定する。
「早まるなカイル。村人皆で一丸となって村を守るしか無いのだ」
村長もカイルを諭す。しかし、カイルは首を横に振る。
「山賊共の数は分かりませんが、50名の兵士を退けたんだから100名以上は確実に居ます。村人が一丸と成ったとして、100名の山賊相手に村を守れますか?」
「それは…」
口籠って視線を逸らす村長。彼にも解っている。50名の兵士を退ける様な山賊を300人の村人で防ぐことなど出来ない。
「村長。何も俺はヤケクソで言っているんじゃ無いんです。ちゃんと考えが有ります」
「考え?どのような?」
加護で俺の言葉に嘘がないと見抜いたのだろう。村長は真剣な表情で聞き返してくる。
「俺の弓で山賊の頭を遠距離から狙撃します。俺なら全力を出せば、400m先からでも確実に相手の急所に当てることが出来ます。頭を失えば山賊は烏合の衆。上手く行けば霧散するだろうし、少なくとも、新しい頭が現れて、一味を纏めるのに相当な時間が稼げます」
「カイルよ。言っておる意味が解っているのか?失敗すれば死ぬぞ!」
村長は厳しい口調で覚悟を問い、頭領は止めておけと首を振る。
「失敗したら死ぬ?そんなの狼狩りでも同じです」
特に銀王狼を狩るときなど、毎回死を覚悟しているとカイルは心の中で呟く。
「やらせてください。村長!これが俺達が生き残る唯一の方法です」
王国軍や領主の軍など当てにならない。しかし、300人の村人で賊と正面から戦うには限界が有る。これしか無い。
「しかし…」
カイルは村長を真っ直ぐに見つめ、村長は口ごもる。
「解った。やってみろ」
「頭領!!」
口ごもる村長に変わって頭領が許可を出す。村長は咎めるような声を出すが、その後の言葉は続かない。
「カイルももう一人前の男だ。その男が覚悟を決めたって言うんなら、気持ちよく送り出してやるのが俺達年寄りの勤めだからな」
頭領は豪快に「ガハハ!」と笑うと、大きな手のひらでカイルの背中をバシバシと叩く。
「頭領!痛い!」
「おお!わりぃ」
もう一度豪快に笑うと、頭領は叩く手を止める。
「では、家で準備してきます」
村長宅を辞したカイルは、家に戻ると、父母と妹に山賊の親玉を狙撃に向かうと伝えた。
カイルの母と妹は予想通り反対したが、父親は神妙に頷く。
「本当に良いんだな?カイル」
「父さん。なんだか皆誤解してるけど、どうせ村に残ってたって死ぬよ。運良く生き残れてもまともな生き方は出来ない」
山賊が押し寄せてくれば、どうせ村人では対抗出来ない。山賊に殺されるか、生け捕りにされて奴隷に売られるか。
「確実に死ぬと失敗したら死ぬ。生き残る可能性が高い方を選んだつもりだけど?」
カイルの言葉に思わず父は苦笑する。
「まぁ、そうだわな。カイルの言う通りだ。よし!行ってこい!」
父の言葉に、母と妹は諦めたのか、心配そうにカイルを見ながら口を閉ざす。
「(毒液の小壺7種類。例の液体。矢束。鉈。後、影の中にはちゃんと剣も有る。よし!全部揃ってる)」
所持品を確認したカイルは準備完了とばかりに勢い良く立ち上がる。
「じゃあ、父さん、母さん、イルマ、行ってきます」
「おう!」
「……」
「お兄ちゃん…」
カイルの出かけの挨拶に対して、父は無駄に元気よく答え、母は俯き、妹は悲痛な声を漏らした。
「(よし!)」
家族に背を向けたカイルは勢い良く家の扉を開ける。
「あ!」
「よう…」
「カイル」
家の扉を開けると見慣れた人物が2人立っていた。1人は身長2mに届こうかと言う巨漢。もう1人は栗色の髪をした、クリクリとした瞳が特徴的な小動物を思わせる雰囲気の少女。
「ロベルト。ロレッタ。どうしたんだ?」
「いや、カイルが1人で盗賊を倒しに行くって聴いて…」
「カイル。考え直して!死んじゃうよ!」
ロベルトの言葉を遮ってロレッタが悲痛な声を上げる。
「さっき父さんにも言ったけどさ。村に残っててもどうせ死ぬ。それよりは一か八かで盗賊の親玉を狙撃したほうがまだ生き残る可能性が高い。俺は生き残る確率が高い方を選んでるだけだ」
カイルは丁寧に無謀ではないこと。成功すれば皆が助かることを説明するが、ロレッタは首を横に振るだけだ。
「俺も連れてけ!」
どうロレッタを説得しようかとカイルが困っていると、ロベルトが更に困らせる様な事を言う。
「ロベルト。確かにお前は村一番の力持ちだ。でも、お前の巨体は目立つ。連れてはいけない」
どれだけ力があろうが、1人で百人を超える山賊をどうにか出来るわけがない。隠れて遠くから狙撃することだけが勝機なのだ。
「は〜。解ったよ」
ロベルトは深くため息をついた後、妹であるロレッタの頭を乱暴に撫でる。
「ほら、ロレッタ。カイルが大丈夫って言ってんだ。信じてやらないでどうする」
「う〜。でも…」
「大丈夫だ」
「うん」
ロレッタはまだ不安そうだったが、兄の言葉に折れると、俺に気をつけてと言って手に持った物を差し出してくる。
「これは?」
「お守り。村の外れに祠が有るでしょ」
「ああ。何を祀ってるかわからないトコだよな」
カイル達の村の外れにには祠が有るが、今はめったにお参りする人もなく、何を祀っているのか知っている人も皆無な忘れ去られた祠である。
「うん。あの祠に動物の骨を捧げてお祈りして、その骨でお守りを作ると、持ってる人を災いから守ってくれるお守りになるんだって」
「え?そんな話し有ったか?」
カイルの記憶にはなかった。また動物の骨を捧げるというのは中々奇妙なお祈りの方法だ。ちょっと恐怖も覚える。
「村で一番長生きなオババに聴いたんだけど、オババが子供の頃、当時一番長い気だったオババが教えてくれたんだって。実際にそのお守りを付けてた狩人は一度も魔物に遭わなかったらしいよ」
効果が有るような無いような話で有る。確かに一度も魔物に遭遇しなかったのは凄いが、その狩人が優秀で魔物の痕跡を事前に見つけて避けていただけかもしれない。
魔物の痕跡を探って慎重に進んでも運が悪ければ遭遇するが、遭遇率はグッと減る。お守りの効果は関係なく、その狩人が運も実力も兼ね備えていただけかもしれない。
「ありがとう」
カイルはあまり信じる気になれなかったが、ロレッタからお守りを受け取った。こういう物は気の持ちようだ。効かないと思っていれば効かないし、効くと思っていれば効く。
それに、せっかくロレッタが作ってくれたのだ。カイルには受け取らない理由がなかった。
「じゃあ、行ってくる」
「あ!カイル!」
「ん?」
いざ行こうとしたカイルをロレッタは引き止める。
「その…」
顔を赤らめモジモジとするロレッタ。となりで兄のロベルトは無言で何やらジェスチャーをしているが、ロレッタは一向に喋ろうとしない。
そんなロレッタの態度にカイルはまだ不安なのかと思い、笑顔で力強く宣言する。
「大丈夫だ。絶対生きて帰ってくる」
「あ!」
ロレッタがまだ心配していると思ったカイルは力強く宣言すると、足早に山へと向かった。
一方、その後ろ姿を見送ったロベルトとロレッタ兄妹は深いため息を吐いた。
「お前、度胸なさすぎだろ!お守りも渡して、言うなら今だったぞ!」
「言わないで兄さん。私だって自己嫌悪中だよ」
ロレッタは暗い顔で再びため息を吐く。
「まあ、五年も片思い拗らせてるもんな。そう易々と告白出来るとは思ってなかったけどよ。
そろそろ言わねえとカイルに嫁をとか言う話になるぜ。アイツは弓の腕は村一番で、狩りの成果も良いんだ。狩人は俺達農民と違って稼ぎがお上に解かり辛いから、払う税も少なく済む。だから腕の良い奴は金が有る。グズグズしてると他の嫁さんが見つかっちまうかもしれねえぞ?」
「うぐっ!それは、そうだけど…」
「これが終わったらちゃんと告白するんだな。俺も付いてったやるから」
「う〜……うん」