第3話 加護と狼王の価値
加護とは精霊を始めとする高位生命体が人間や亜人に与える力であり、与えられた者の体内にあるマナを消費して超常現象を生み出す。
よって加護持ちは体内のマナが切れると当然加護が使えなくなる。
「簡単に説明するとそれが加護だ」
カイルは今、盗賊たちのテントで、コジモから加護についての説明を受けていた。先程、コジモがあまりにも遅いことを不審に思った部下たちがカイルとコジモの下にやって来て、カイルに襲いかかろうとした。しかし、コジモからカイルが自覚がない加護持ちなので、彼等では何人束になっても敵わない事や、コジモが自身に加護を与える妖精の名に賭けて降参した事を聴き、カイルに対する敵意を無くしている。
「加護で起こる超常現象の規模は加護を与えてくれた存在の強さと、加護を持つ本人の資質で決まる。例えば俺は加護で『物の大きさと重さを10分の1まで小さくすることと、逆に10倍まで大きくすること』が出来る。だが、俺が以前出会っった別のスプリガンの加護持ちは『物の大きさと重さを10分の1まで小さくすること』はできたが、逆はできなかった。同じ種類の妖精の加護でも個人差がある。此処までで質問は?」
コジモに質問を促されたカイルだが、初めて聞くことばかりで何処から訊いて良いのか分からない。
「(あれ?でも待てよ。何でコジモは俺と戦う時に加護を使わなかったんだ?)」
カイルとコジモの戦いは命がけだった。そんな超常の力が有るなら普通は使う。
「あの」
「ん?」
「何でさっきは加護を使わなかったんですか?」
カイルの質問にコジモはその事かとばかりに苦笑した。
「使わなかったんじゃ無くて使えなかった。いや、正確には使う意味が無かった」
「使う意味が無い?」
コジモの言葉にカイルは首を傾げる。
「俺の加護は自分以外に掛ける時は、一度その物に触れなきゃいけない。触れてから1時間ぐらいが加護が続く時間だ。
接近戦の時にでかくなって相手を圧倒するのには使える。体がでかくなればその分筋肉も増えて力が強くなるからな。でも、遠距離から狙撃されてからでかくなっても的を広げるだけだろ。
逆に小さくなっても10分の1程度じゃ、狙いがつけれないほど小さいわけでも無いしな」
コジモの話を聴き、超常の力と言っても必ずしも全ての場面で有利になるわけでは無いらしいとカイルは納得する。
他に何か有るかと考えてカイルは一番訊きたい事を思い出す。
「あ!俺に加護を与えてる存在について何か知ってますか?」
「『ゼナ』か〜」
カイルの質問にコジモは眉根を寄せる。
「聴いたことはねえが、名前なら知らなくて当然だ」
「そうなんですか?」
「ああ。俺に加護を与えてる妖精も、種族名である『スプリガン』は有名だが、個体名の『ケルケイン』は知ってる奴の方が少ないからな。加護を使う時に唱えるのは個体名の方だけで良いからな。そいつは他に何か種族名みたいなのを名乗ってなかったか?」
カイルは少女との会話を必死に思い出す。
「すいません。名前だけでした。ただ、」
「ただ?」
「『ゼナ』は略称で本名は ゼルリアーナ・ダークネス・ウァルヴ・エレメントロードって言ってました」
カイルの言葉に反応して地面から影の刃がさっき発動した時の倍の量が生えてきた。恐らく2度使ったと判断されたのだろう。
「能力の制御も要練習だな。名前言うたびに出てたんじゃ、直ぐにマナが枯渇する」
コジモは苦笑しながら考える。
「しかし、 『ゼルリアーナ・ダークネス・ウァルヴ・エレメントロード』ねぇ?その中に種族名ぽい単語が無いんだよな〜お前は何か知らないか?」
コジモは隣りにいるもう1人の盗賊に話しかける。
「すいませんお頭。分かりません。でも、エレメントロードって確か精霊王につく称号じゃないっすか?」
「そうだけど。闇の精霊王は『アビス・エンドール・エレメントロード』だろ?他の精霊王の名前とも一致しなし、この能力はどう見ても闇系統だしな」
コジモともう1人の盗賊は頭を悩ませる。
「英霊」
「ん?何だ?」
後ろで会話を聴いていた線の細い盗賊がボソリと呟くように言う。
「エレメントロードが精霊王しか名乗れ無いと言うのは、精霊と妖精の間での決まりであって、元が人間の英霊には適応されない。『ゼルリアーナ』は英霊ではないですか?」
「な、なるほど」
「その考えは無かった。でも、そんな英雄や偉人の話し、聴いたこと有るか?」
英霊ではないかと言われ、カイルも昔話で登場する英雄や偉人を思い浮かべるが、『ゼルリアーナ』等という名前は知らない。
「そう言えば、話は変わりますけど、皆さん盗賊なのに博識ですね」
カイルは率直に思ったことを口にする。普通の盗賊は此処まで精霊などに詳しくないだろう。
「まあ、俺とコッチの2人は色々有ってな。他の連中は知らねえぜ。そのへんのゴロツキだ」
コジモの言葉に周りの盗賊が「ひでぇなお頭〜」と笑う。
「そうそう。お前、その荷物はどうするんだ?」
コジモはあからさまに話を逸らすように銀王狼の毛皮について訊いてくる。
「町で、売るつもりですけど?」
少し遠いが、この領地唯一の町に毛皮を買い取ってくれる商人が居るのだ。カイルは頻繁に狐の毛皮などを売っている。今回も彼に売るつもりだった。
「町でか?止めたほうが良いぞ。その商人が代金をきちんと払える保証がないし、買ってくれたとしても衛兵なんかに取られるのがオチだ」
「え!じゃあどうするんですか?」
「付いてこい」
コジモに促され、彼等と山道を進むと、木と草で巧妙に隠されたテントが見えてくる。
「居るか?ダニロ」
「おお!コジモ様。ようこそ。ダニロ商会コルド王国出張所へ」
テントから出てきた小太りの男は愛想の良い笑みでコジモを迎え入れる。
「誰ですか?」
「おや?新入りですかな?」
「いや、小僧、コイツは闇商人だ。かなり高額な盗品も買ってくれるからな。多分お前のそれも買ってくれるはずだぜ」
「おや、何かお売りいただける物でも?」
ダニロとコジモに促され、カイルは銀王狼2頭分の毛皮と爪と牙をダニロに見せる。
「こ、これは!」
「すげえだろ!俺も驚いてる」
呆気にとられていたダニロだが、直ぐに毛皮等の鑑定を始める。
「状態も良いですし、そうですね。毛皮1頭分で金貨100枚。爪は1本金貨2枚、牙は犬歯以外が1本金貨3枚、犬歯は1本金貨5枚というところですね。占めて金貨450枚でいかがでしょう?」
金貨450枚。その言葉にカイルは目が点になる。銀貨すらめったに見ない平民にとって金貨など一生無縁なのが普通である。
凄まじい大金に呆然として頷きかけるが、コジモが横から口を挟む。
「おい!ダニロ。そう言う試すみたいは真似はよせ!お前王宮御用商人のくせに満足に計算もできねえのか?毛皮2頭分で金貨200枚、爪が2頭分で40本だから金貨80枚、犬歯以外の歯が56本で金貨168枚、犬歯が8本で金貨40枚。合計で金貨488枚だろうが」
カイルはコジモの言葉に驚くが、ダニロの方は苦笑しながら返す。
「いえいえ。これは私なりの挨拶ですよ。後、バラすの止めて下さい。この少年を消さないといけなくなる」
ダニロの瞳に一瞬暗い光が宿る。
「安心しろ。テメエでも消すことなんてできねえよ」
「なるほど。余程の加護をお持ちのようだ」
コジモの言葉から何かを察したダニロは再び愛想の良い笑みを浮かべる。
「今後共ご贔屓に」
「はぁ」
何と返事を返して良いのか分からず、カイルは曖昧な声を出すことしかできなかった。
ダニロのテントを出た後、カイルはコジモ達と別れて狩りをすることにした。まだ時間が速いので狐や鹿も狩ろうと思ったのだ。
狐6匹と銀狐1匹と鹿3頭と言う大量の獲物を仕留めたカイルはホクホク顔で帰路に立つ。
多量の獲物を仕留めたが、カイルの身は軽い。仕留めた獲物と金貨は全て加護の力によって影の中に収納した。
カイルの加護によって出現する影の刃。あれは刃では無く扉だった。触れたものを影の中に収納する。木や剣が切れたのは触れた部分のみが影の中に入ってしまった事によるものだった。
「なんだか、色々ありすぎて現実味がないな」
カイルは別れ際にコジモに言われたことを思い出す。
『お前には見逃して貰った仮が有る。いつでも尋ねて来い。読み書き計算と武術くらいなら教えてやるぜ』
「読み書きに計算、それに武術か」
今まで自分とは無縁だと思ってきたもの。でも、案外身につけておくと役に立つかもしれないとカイルは思い始めていた。