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光の皇女と闇の魔姫  作者: ポテチ
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第1話  闇の少女と狼王

 狩人の少年カイルは周囲を警戒しながら慎重に山道を進んでいく。


  狩りに向かう道中でカイルがいつも考えるのは、魔物や魔獣の危険についてだ。奴らは普通の獣よりも遥かに凶悪だ。


「(国軍がしっかり魔獣を討伐してくれれば良いのに) 」


  ごく稀に訪れる旅の商人に聴いた話では、国軍や衛兵が討伐してくれる国もあるらしい。

 しかし、残念ながらコルド王国ではそんなことは無い。今代の王は暗愚で、民に重税を課して自分は遊蕩に耽っている。

 そんな国王に付き従う貴族たちは大半が国王に倣い、同じように民に重税を課す。

 大陸の普通の国では農村の人頭税は年に銀貨1枚が普通であるし、収穫税も王家に2割、領主に4割が普通だ。

 しかし、コルド王国では人頭税は農村でも金貨1枚、収穫税は、王家に3割、領主には5割〜6割支払わなくてはならない。

 普通に考えて農民が餓死しそうな税率だが、あくまで収穫税は小麦にかかる税であり、大麦や野菜には無関係のため、各農家は、農業などした事が無い徴税官が見て、納得する程度の小麦を効率悪く、離して植えた後は、大麦や野菜を植えたり、小麦を収穫した後の畑に根菜を植えたりして飢えを凌いでいるらしい。

 王侯貴族がその様な状況なので、当然王国の兵士もやる気が薄く、 魔獣討伐などの自分の利益が少ない事は絶対にしないのだ。

 その為この国では、魔物や魔獣が大量にいる。開拓村が魔物や魔獣の群に壊滅させられた話など、日常茶飯事だし、ちゃんとした村や町が魔物や魔獣に壊滅させられた話もあるほどだ。


「考えても仕方ないか?おっと?この辺で良いかな?」


  考え事をしているうちに狩り場に丁度良い場所にたどり着き、カイルは手近な木に登った。


「狐が居ると嬉しいけどな~」


 あたりを見回しながら狐の影を探す。


  カイルが狙う獲物は鹿と狐だ。

  鹿は肉は食べられるし、毛皮は売れる。ツノや骨は弓矢の材料にできると便利で、多くの狩人が狙う獲物だ。


  狐は肉は食べられないが毛皮が高く売れる。


 実はカイル、狐を見つけるのが結構得意で、平民にしては稼いでいる方だ。狩人は獲物が獲れないと餓死してしまうが、搾取の対象が少ないので、腕が良ければソコソコ余裕がある生活が出来る。死ぬか生きるかは腕次第だ。


「狐居ないかな~。ん?」


 狐を探すカイルの視界の端にまばゆい光が一瞬見える。


「げっ!」


  不思議に思い、そちらの様子を窺ったカイルに銀色が映った。


「あれは!」


 それが何か分かったカイルは顔面を蒼白にする。


 太陽光を反射して光輝く白銀の毛皮、鋭く生え揃った牙と牛よりも一回り大きな体躯、出会えば命を諦めろとさえ言われる、中央半島で最強の魔獣・銀王狼だ。


「な、何であんなのがこんな所に?」


 銀王狼の強さに関する話はカイルでも知っているほど有名だ。

  いわく、魔獣討伐に出た千の兵士をたった一匹で壊滅させた。

  いわく、その身は鋼の刃でも弾く強度を持つ。などなど、この辺で最強と呼ばれるのに相応しい魔獣だ。


  余談だが、コルド王国などがある中央半島では最強の銀王狼だが、大陸中央部の大山脈に生息するドラゴンにとっては赤子も同然である。


「(マズイ!ここは村からそれ程離れていない。もし、あんなのが村に出て来たら)」


 最悪の事態を想定してカイルの顔色は更に悪くなる。


「(毒は一応あるけど、上手く行くかな?)」


  銀王狼ほどの魔獣が普通の村に現われたら簡単に村は壊滅する。なんせ対応策が無いのだ。


「ごくっ!」


背中にびっしょり冷や汗をかきながらなまつばを呑み、カイルは左腰に吊っている小さな壺に触れた。


壺の中には、毒々しい深緑色の薬品が入っている。


「(大丈夫!セジュの毒は強い。風も無風、やるなら今しか無い)」


  猟師の中には矢に毒を塗る者もいる。肉を食べられる獲物には使えないが、毛皮だけが目的の場合は使える。また猟の最中に熊などの猛獣に襲われた時にも使える。


カイルもセジュと呼ばれる毒草を使った毒薬を持っている。


「(銀王狼にも毒は効く。無敵な訳じゃ無い)」


 人間が銀王狼を倒す方法はある。銀王狼の体の中で唯一鉄で貫ける部分、眼球に毒矢を撃ち込むことである。


「(不幸中の幸い。鉄の鏃も3本ある)」


 普通、狩人は獲物の骨で作った鏃などを使う。戦で敵の鎧を貫くと言うのなら鉄の鏃が必要だが、動物相手なら骨や石で作った鏃で十分だからだ。

 また、矢は消耗品なので一本一本にあまり金を掛けられないという切実な理由も存在する。


「(魔物対策に鉄の鏃を買っておいて良かった)」


 カイルは鏃に毒を塗りながら大きく深呼吸する。


 狩人の中には銀王狼を打ち取るなどという馬鹿な考えを持つ輩が、時々現れる。

 銀王狼の毛皮は美しく、各国の王侯貴族に大変人気があるのだ。

 毛皮の状態にも依るが、金貨100枚の値が付いたとの話もある。

  そのため、銀王狼で一攫千金を狙う猛者が度々現れ、彼等は口を揃えて言うのだ。

『銀王狼など眼球に毒矢を撃ち込めば、倒せる。少々強い獣に過ぎぬ』と。


 確かにその通りなのだが、 実際には動きが速い銀王狼の眼球に正確に毒矢を撃ち込むことのできる者などほとんどいない。

  巷で言われている倒し方は、机上の空論でしか無い。


「(覚悟を決めろ!ここに隠れていてもいずれ見つかるかもしれない。それにどの道人里の近くにあんなのが出るのを放って置けない)」


  失敗は即死に繋がる。 カイルは自分で自分を鼓舞しながら弓に矢をつがえる。


「は〜」


 もう一度大きく深呼吸をする。 カイルは12年の人生で経験したことが無い程の冷や汗をかきながら毒矢を銀王狼の眼球に向ける。


「遠い」


  カイルは小さく呟いた。


「(こんな距離で獲物を狙ったこと今まで無い)」


  カイルが登っている木と銀王狼の距離はおよそ 300m 普通なら体に当てるどころか、矢を届かせることすら難しい。しかも眼を狙わなくてはいけないのだ。並の狩人なら、絶対に成功しないだろう。

  失敗すれば即死に繋がる。カイルの登っている木など銀王狼が何度か体当たりすれば簡単に折れるだろう。


「(やるしか無いんだ!行け)」


  カイルは集中して、銀王狼の眼球を見据え、毒矢を放った。


 ヒューと音を立てて飛んで行く毒矢。一瞬の時間がカイルには、永遠に感じられた。


 ズガッ!


「ギャウゥゥゥゥ!!」


「やった!」


 やがて永遠にも感じた一瞬が終わり、カイルの放った毒矢は十分な威力を保って銀王狼の眼に届き、その眼球を貫いた。


「グゲガァァァ」


  しばらく、恐ろしい啼き声を上げながらのたうち回っていた銀王狼だが、やがて力尽きた様に倒れ、動かなくなった。


「やった。のかな?」


  念のためにもう片方の目にも矢を射ると、カイルは辺りを警戒しながら銀王狼に近づいた。


「これが銀王狼かぁ!」


 近くで見るとその毛並の美しさが更に際立つ。


「銀貨なんてほとんど見た事無いけど、銀貨より綺麗なんじゃ無いか?」


  各国で使われる銀貨には、銀以外の金属も混ざっているため、純銀と同じ色の銀王狼の毛皮の方が綺麗なのだが、カイルはその様な事は知らなかった。


「おっと、見とれてる場合じゃ無い。毛皮の剥ぎ取りをしないと」


  幾ら金のために倒した訳ではないとはいえ、せっかく目の前にあるのだから毛皮も欲しい。


「動かすことはできないよな」


 本来は、血の匂いを嗅ぎつけて別の獣がやって来る恐れが有るので、毛皮の剥ぎ取りなどは安全な場所に持って帰って行うのだが、牛より一回り大きい銀王狼だ。持って帰ることはできないので、その場で皮を剥ぐしか無い。


 カイルはナイフで銀王狼の歯茎と唇の間の部分に薄い切れ目を入れる。毛皮や外皮が鉄を通さずとも、口の中は鉄のナイフで傷がつく。

 そこから慎重に毛皮を剥ぎ取り始めた。


  作業をするカイルを見下ろす影があった。 赤い瞳で、カイルの事をジッと観察している。


「まさかあの距離から正確に眼球を射抜くなんて、素晴らしい弓の才能ね。もともと候補達の中でも素質は1番あったし、心根も悪く無い。更にこの国で1番ではないかと思える弓の使い手」


 カイルを見下ろしながらルビーのような赤い瞳の主は微笑を浮かべる。


「やっぱりこの子に決まりね。先ずは様子見に加護を与えて、後々キチンと祝福してあげましょう。ん?」


  楽しげに呟く彼女の視界の端にある物が飛び込んできた。


「あれは!まずいわね」


「よし、出来た~」


  満足げに声を出し、カイルは手許にある物を見る。綺麗な白銀の毛皮


 手早く毛皮を丸めて荷物袋に入れ、カイルが立ち上がろうとすると、背後に何が近づいて来た。


「グルルルルゥ」


「ひっ」


「(しまった)」


 振り向いたカイルの背後には、2頭目の銀王狼が迫ってきていた。


「(幾ら銀王狼が大きくて動かせないとはいえ周囲の警戒を怠るなんて!)」


  カイルは自分の失敗に後悔するが最早後の祭り。銀王狼は目前に迫っている。


「あぁぁ」


  間近で見る銀王狼の存在感にカイルは呆然とする。


「ごめんなさい。仇討ちをさせてあげられなくて申し訳ないけど、その子に死なれると少し困るの」


「ギギァ!!」


 カイルが死を覚悟した時、鈴を転がした様な声が響き、銀王狼の首が鮮血を撒き散らしながら宙に舞った。


「えっ!?」


  唖然とするカイルの目の前に1人の少女がいた。夜空を固めた様な漆黒の髪とルビーの様な色合いの瞳、その容貌はゾッとする程美しい。そして、その左手は血によって深紅に染まっていた。


「大丈夫だった?周りは常に警戒しなくてはダメよ」


「あ、ありがとう。すいません」


 カイルは少女の血に染まった左腕と胴体と泣き別れた銀王狼の頭を見る。

 明らかに普通の人間ではない。


「き、君は誰?」


 未だ目の前状況が理解出来ず、混乱しているカイルの口から漸く出た言葉だった。


「夢で見たでしょう?」


「夢?あっ!」


 夢と聴いて今朝の夢の光景を思い出す。しかし、カイルには今朝の夢の光景が何なのかさっぱりわからない。目の前の少女が夢に出て来た事は覚えていても誰かはわからない。


「………」


 カイルがしばらく無言でいると、彼女は眉根を寄せた。


「ひょっとして夢を見なかったの?いや、それは無いね。夢の内容が理解出来ないのかな?」


  彼女はカイルの顔を覗き込みながら問いかける。


「あの、夢は見ました。でも、貴女が誰かはわからなくて」


「ああ、やっぱりぃ。千年位前は皆すぐにわかったんだけどな〜」


 彼女は苦笑して答える。


「私の名前はゼルリアーナ。ゼルリアーナ・ダークネス・ウァルヴ・エレメントロード。長いからゼナで良いよ」


「ゼナ?」


「そう、ゼナ。あなたに加護をあげるから、助けが欲しかったら私に願って」


「加護?」


 聞き覚えのない言葉にカイルは首を傾げる。


「そう加護。いずれ祝福してあげるつもりだけど、いきなり祝福も使い難いだろうから先ずは加護ね。大丈夫あの白い野良犬、貴方達は銀王狼と呼んでいたかしら?あんなの問題にならなくなるから。あ、知らない様だから教えておくけど、銀王狼は牙や爪も良い値が付くわよ」


  それだけ言うとゼナは背を向けて木々の中へ歩いて行く。


「待って、君は何者なの?加護って何?君に願うってどうすれば良いの?」


「簡単よ。私の名前を思い浮かべるだけで良いの」


 返事と共にゼナの姿は見え無くなった。


「助けてくれてありがとう」


 カイルはゼナが消えた方向を向いて感謝を口にした。

  木々の葉が風に揺られてこすれる音だけが山に木霊していた。 


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