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24. 断罪の炎




 路地を駆け回ること二十分弱、未だに七海は犯人の足取りを押さえられていなかった。



 「ハァ……ハァ……、クソっ……! こっちの方向に来たことは間違いないのに……。とにかく日没まで時間がない。早くしないと……」



 空は刻一刻と闇に落ちていく。

 乱れる呼吸を整えることもせずに七海はひたすらに動き続けた。

 手掛かりの一つも見逃すまいと、黒に融けゆく景色に目を凝らす。


 その執念とも言うべき原動力の裏には、モモのあの悲しむ姿が張り付いていた。


 一緒に働くことで彼女のお金に対する価値観を知った七海は、時間や苦労の詰まったそれをただの“力”ひとつで奪おうとする犯人の魂胆が気に食わなかった。その怒りと焦りが、彼の頭を支配する。


 握りしめた手の中の小さなボタンに、より一層の力が籠る。



 「このままじゃ……、このままじゃ――」




 ――ガサッ。



 七海が通り過ぎてしまった小道から、袋を擦るような物音がした。

 神経を尖らせていた彼は、それにコンマ数秒だけ遅れて足を止める。



 「誰だ!」



 「ヒィッ!」



 強い口調で見えざる影をけん制すると、その影は驚いて間の抜けた声を上げた。

 バッタンバッタンと派手な足音を立てて逃れようとするのを、七海は後ろから全速力で追いかける。

 すると、前方を走る奴の手をすり抜けた白いボタンが、七海のもとへと飛んできた。


 それをしっかりと受け止めて前に向き直ると、彼の疑惑は確信へと変わる。



 「あれは……」



 輪郭さえおぼつかない()の手に、七海とモモがおばあさんから貰ったあの封筒が確かにあった。

 タイムリミットになんとか間に合った安堵と共に、犯人であると分かったそいつへの憤りに頭に血が上っていく感覚を七海は覚えた。



 「待ちやがれッ!!! この外道!!!」



 自然と言葉も荒くなっていた。

 そんなことも気付かないくらいに、彼は犯人を追うことに夢中だった。


 

 「ヒィ……、ヒィ……、ヒィ……、……ぁあッ!」



 息の詰まるようなカーチェイスならぬヒューマンチェイスは、犯人の目の前に現れた行き止まりによって突然の幕切れを迎えた。どうすることも出来ない犯人は、立ちはだかる壁の前でただオドオドとしている。



 「――どうやら神様に見放されたようだな。天に見放されちまったお前は……、これから地獄行きだな」



 「ンヒィッ!!! わわわわ悪かった!!! これは返す!!! 返すから命だけは――」



 「――返せば済む話じゃないだろう。僕の愛しい愛しいラブリーマネーちゃんたちを攫いやがっ……じゃなくて、僕とモモが必死に働いて稼いだ金を盗みやがって。しかも“返すから逃がしてくれ”なんて、ちょっと虫が良過ぎないか?」



 七海は胸の前に突き返された封筒を剥ぎ取ると、闇の中でも動揺が伝わる程に泳いでいる眼光をギラリと睨みつける。顔や表情は伺えず、その素性は全く分からない。


 声も上げられなくなった犯人が生唾を呑む音が聞こえる。



 「それじゃ……、始めようか」



 「な、何する気だ! オイ!」



 「何って、“生きること”を舐め腐った、角砂糖よりも激甘なお前の脳みそを溶かすに決まってるだろう」



 そう言って七海は二つのボタンを左手に移すと、空になった右掌に炎の玉をイメージする。

 魔法の発動は以前より格段にスムーズとなり、念じれば直ぐにそれは現れた。


 目が焼けるような蒼い光を、徐々に相手の顔に近付けていく。



 「殺す前に、お前の顔をちゃんと見ておかないとな。()()()()()()()()、お前の顔をな」



 ゆっくり、ゆっくりと灯りは下から昇っていく。

 着ているデニム調の服は穴だらけだった。

 縋るように胸の前で合わせられている両手は、皺も多くガサガサしている。


 そして遂に、二人の稼ぎを盗んだ犯人の顔が七海の断罪の炎によって暴かれる。



 「――っ! お、お前は……」



 七海はその人物を知っていた。ボサボサの髪と尻尾に見覚えがあったのだ。



 「えっと……、『マヌケ』? だっけ?」



 「『ケマンヌ』だ! 誰が間抜けだこの野郎!!」



 それは酒場で出会った、酒とギャンブルが大好きなホームレス、ケマンヌだった。


 間違いを訂正したケマンヌは威勢を若干取り戻すが、立場が逆転することなどあるはずもなく、強気な七海に再び気圧される。



 「間抜けに違いはないけどな。そんなことよりほら、言い残したことはないか? モモが待ってるんだ。とっとと終わりにしたい」



 冷たく七海が言い放つ。

 封筒を取り返した以上、怒りを鎮めて一刻でも早くモモのところへと戻らなければならない。


 その剣幕に死をも覚悟したのか、ケマンヌはのっけから怒涛の勢いで心中を吐き出した。



 「何だよ!! テメェは魔法使いなんだから、そんなのはした金だろうがよォ!! ケチケチしやがって……。それとも、これからその金であの嬢ちゃんとホテルでも行こうってのかァ? んゥ? へッ、その()()()みたいにアッツい夜過ごそうってか!!!」



 血気盛んな言葉とは裏腹に、ケマンヌは震える指で七海の右手の魔法を示す。

 しかし、既にケマンヌに見限りを付けていた七海は、そんな戯言には耳も傾けなかった。



 「最期の最期までそんなことか。くだらない嫉妬なら死んでからやってくれ」



 炎の出力のギアを上げる。

 風船ほどに膨らんだ蒼が、相対する二人の表情をぼんやりと照らす。


 そして右腕を大きく振りかぶった七海は、救いようもないケマンヌ(クズ)の息の根を止める一撃を放つ。

 



 「――待て」



 ケマンヌの顔面に火玉が直撃する寸前、七海の背後から制止を求める声がした。


 熱さをかき消すように冷たく、落ち着き払ったその声は、主を肉眼で確認せずとも誰のものであるかは容易に分かった。




 「……アリアさん」



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