15. 一撃
【報告】
本編とは関係ない些細な事ですが、サブタイトルに話数となる数字を入れるようにしました!
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アリアの後ろに付いて、七海とモモは協会の奥へと進んでいた。
特に言葉を交わすこともなく、長い廊下に三者三様の足音が、異なるテンポで鳴り響く。
そして一枚のドアの前で、先頭のアリアの足が止まった。二、三歩遅れて残りの足音も止む。
「着いたわ」
一言だけアリアは告げると、七海たちを伺うこともなくドアノブを握った。
彼女はそれを捻って押し開けると、そこは何もない、真っ白で広いだけの空間だった。
ただ例の如く、中央の床には協会のシンボルマークが描かれている。
三人は中へと足を踏み入れた。
バタン、というドアが閉まる音と同時にアリアは更に進んでいく。
だが想像と違ったその空間に唖然としている他二人は、入口で立ち尽す。
「ん、何をしているの。ナナミ、あなたは早くこちらに来なさい」
それに気付いたアリアが、七海だけを呼び寄せる。
「は、はい!」
言われて我に返った七海はアリアのもとへと駆けだした。
その場に一人となったモモは、眉を下げて寂しそうにしている。
七海が近くなったのを確認して、アリアは再び歩き始めた。
その彼女の背中に向けて、彼は問いかける。
「ここで戦うんですか? もっと華やかな場所をイメージしてたんですけど……、観客のいる闘技場的な」
「たかが腕を見るくらいよ……。ここも魔法の訓練場としては随一の広さを誇るわ。戦いの舞台としては遜色ないでしょう」
そうして二人は、シンボルの上へと到着した。
「では始めましょうか。あなたはそちら側ね。準備して待ちなさい」
アリアが七海に部屋の左半分に行くように仰ぐと、そのまま彼女は逆の右半分へと向かっていく。
――魔法を使っての戦闘は転生初日の熊以来二回目だ。
対人……というか対ケモノ? 獣なら熊も同じだしな……。ややこしいがとりあえず人を相手にするのは初めて。
前回から時間も経っているし、馴染んでいなかった魔法も少しは根下ろししてくれているだろう。
アリアはかなり手強いが、勝機は必ず存在する――。
定位置について心の準備を終えた七海は、遠目のアリアと向き合う。彼女も既に整っているようだった。
「モモさん、開始の合図をお願い出来ますか?」
アリアが、変わらず入口付近に佇むモモに声を掛ける。
不意に呼ばれたモモは、耳を立てて驚いた。
「わっ! はははははい! わかりました! では――」
一気に緊張感が高まる。
七海は体重を落とし、直ぐに動けるように構える。
対するアリアは棒立ちのまま、真っ直ぐに七海を見つめている。
「――始め!!!」
モモの合図に、七海の身体が反応する。
一直線に走り出した彼は、アリアとの距離を詰めようとしていた。
――先の戦いで分かったことだが、僕の魔法は長距離に向いていない。
まずは懐に入って、直接ダメージを入れてやる……!
走りながら七海は魔法の起動を始めた。詠唱など要らないので、ひたすらに大きい炎をイメージする。
そのイメージが、彼の拳に具現されていく。
見た目ほど熱くない蒼い炎が、拳を覆う。
蒼を見て、猛スピードで向かってくる七海を静観していたアリアの目の色が変わった。
「なんですって――」
彼女は分かり易く動揺し、戦闘態勢へとシフトする。
右足を半歩下げると、左手を高く掲げた。
すると、天井辺りに大きな水の渦が現れた。ゴゴゴゴゴと轟音を響かせ、それは更に成長していく。
突然のそのおぞましい水魔法に、七海の足は躊躇しそうになる。
しかし、それより自分の魔法に確かな手応えを感じていた彼は、勢いそのままに突き進む。
――力がしっかり魔法に伝う感覚がある。
頭上のヤツがヤバいのは分かるが、その前にこの一撃で終わらせるッ!
拳を纏う炎が、見る見るうちに膨れていく。
いつしか手元だけでなく、腕全体まで燃え上がっていた。
間違いなくそれは、彼にとってはベストバウトだった。
二人の距離は五メートルもない。
姿勢を崩さないアリアに、七海は最後の一歩を強く踏んで飛び掛かった。
「食らぇぇぇええええええ!!!!!」
爆炎の拳を、アリアの顔面目掛けて突き出したその時だった。
「はぁ」
彼女は呆れた表情を薄く浮かべ、溜息をついた。
そしてアリアが半身だった身体を更に引くと、目標を失ったミサイルのように、七海は後方へと頭から突っ込んだ。
どんがらがっしゃん。
「ハルカさん!!」
祈るように両手を重ねて握っていたモモが、堪えていた分の大きな声で叫んだ。
アリアはただその七海の様子を眺めている。
十分な間を置いて、ボロボロの七海はゆっくりと起き上がる。モモも胸を撫で下ろした。
「くッ……、いてェ……。ちょっと! 何も避けなくても良いじゃないですか!」
赤くなった鼻を押さえながら、七海はアリアに言う。
天井に張り付いていた彼女の魔法は、いつしか消えてなくなっていた。
「避けるわよ。痛いのは嫌だもの。それより、もうこんなのは終わりにしましょう」
いつもの冷めたアリアの声が七海に届く。
ただ彼女が呆れているのを、距離のある所にいる彼は見てとることは出来なかったが。
「もう終わりでいいんですか? これじゃ分かるものも分からないような……」
「大丈夫よ、もう分かったから」
「そ、そうですか」
淡白なアリアの返事を七海はそれとなく受け取る。
そして彼女は、無言で入口へと歩み出した。
「待って! どこ行くんですか!」
「仕事もあるし、帰るわ。では、今度こそさようなら」
アリアはモモの隣を通り過ぎ、扉に手を懸ける。
「待ってください! 最後に一つだけ……、聞いてもらえませんか」
最後、という言葉に、仕方なくアリアも動きを止める。
「僕たちのライプ村が……、ラグランに、騎士団に弄ばれているんです。……手を、貸して貰えませんか」
最後の“お願い”は、七海に託されていた、村の救済への協力だった。
七海に背を向けたままで、アリアは静かに答える。
「……それは無理なお願いね。私たち魔法特捜隊の活動は、あくまで魔法の関わる事象に対してよ。魔法を使わない騎士団との抗争に介入する理由はないわ」
そう言い捨てて、彼女は部屋を後にした。
ドアが閉まる心ない音とともに、七海とモモは残された。じっとしていたモモが彼に歩み寄る。
「大丈夫ですか?」
「顔を打っただけだから。貼ってくれた絆創膏、剥がれちゃったけど」
七海がおでこに手を当てて言った。
それを見たモモは頬を緩めて、優しく笑う。
「また貼ればいいんですよ、それくらい」
そんな彼女の気遣いが入らないほど、額を擦る彼の頭の中はアリアの言葉で一杯だった。
そして、改めて感じていた。
モモの村を守れるのは、自分しかいないということを。




