009 面接
その日、朝から俺はまたレンタカーを借りて、ホームセンターと倉庫を往復していた。
荷物の搬入にも慣れ筋肉痛も和らいできたので、今回は一気に出来るだけ多くの商品を搬入しておこうと思ったのだ。
最終的に昼前に搬入を終えた時点で、塩を1000キロ、砂糖を500キロ、そしてロックグラスを300個に鏡を大小200枚づつ購入した。
しめて27万円分の商材を購入したことになる。まだ販売前なのにこんなに購入するのもためらわれたが、開店後は忙しくなりなかなか搬入できなくなるかもしれないので、いまのうちに持ち込めるだけ持ち込みたかったのだ。
そんな搬入の疲れを心地よく感じていると、そろそろ昼になるころだった。時間を確認した携帯を、しっかりとバッグにしまう。これは異世界の人に見られてはいけないのだ。
ちなみにこの世界も1日24時間だ。月は年間12で同じだが、ひと月は全て30日なので一年360日となる。
なので俺の世界のカレンダーは、異世界では使えなかった。
「そろそろ行こうかな」
俺は店員さんの面接のため、商人ギルドへと向かうのだった。
「ふぅ~これで30人かぁ」
「お疲れ様です。ここで少し休憩時間を取っておりますので」
隣に座るエルフのリーナスさんが優しく声を掛けてくれた。
ここは商人ギルドの会議室のひとつだ。お昼から面接を開始して、ようやく30人目が終わったところである。
「あと何人いるんでしたっけ?」
「残りは15名です」
「まだそんなに!?」
「これでも書類選考で100名以上、落としたんですよ」
「そ、そんなに応募が来たんですか?」
「はい。今回は未経験者でも年齢が低い人でも応募できる条件でしたので、かなりの募集数が集まりました」
「な、なるほど」
今まで面接した30人はどれもいい子ばかりで、誰を採用しても問題無いと思えた。それは書類の段階で選りすぐられていたというかとなのか。
「今まで面接した中で、いい子はいましたか?」
「そりゃもう。みんな可愛いし、笑顔も素敵だし、やる気もあるし、奇麗だし、元気だし、可愛いしで、もう問題無い子ばかりですよ」
「フフフ、容姿は大事ですものね」
「や、やだなぁ……僕は外見よりも中身を重視したいと思ってるんですよぉ……外見は二の次かなぁ、ハハハ」
「それは失礼しました、フフフ」
な、なぜ、みんなが可愛過ぎて外見ばかりに気を取られていたことに気付かれたのだ!?さすがリーナスさん、恐るべし。
「読み書きが出来ない子も多いですが大丈夫ですか?」
「はい。読み書きよりも足し算、引き算が出来るほうが重要ですね。でもこんなに読み書き出来ない子が多いとは、思いませんでしたけど」
「この世界の識字率はまだまだ低く、国民の3割りほどだと言われてます。ですがここは王都なので識字率は少し高く4、5割り程度ではないでしょうか」
「なるほど。だから店の看板に絵柄が多いんですね」
「その通りですね」
しまった。もう看板を店名だけで発注してしまったぞ。あとで何かイラストを追加しようかな。
「それでは、そろそろ面接を再開いたしますね」
「はい、お願いします」
そう言うとリーナスさんが入り口に立つスタッフに目配せする。するとスタッフは扉を開け、次の面接者を招き入れた。
「ミーナといいますニャ。よろしくお願いしますニャ~」
俺の前に立ったのは猫耳の可愛い女の子だった。目がクリクリとして大きく、髪は茶色のボブで猫耳が自然にピンとついている。
「茶、茶トラだっ!」
「獣人の子は初めてですか?」
思わず心の声をつぷやいた俺に、心配そうにリーナスさんが話しかけてきた。
「す、すいません……な、慣れていないもので」
いるとは聞いていたが、初めて獣人を、しかも猫耳の子を見て興奮をおさえられない。しかも可愛いしっぽがフリフリと動いているではないか!
ああ、触りたい!しかしそれは100%セクハラだ。経営者として絶対にやってはいけない。
「いかがしましたか、タクマさん?」
「さ、採用で」
「は?」
「彼女を採用します」
「まだ、面接者は残ってますよ」
「で、では採用の方向で検討することを前提の仮採用で」
「タクマさん、落ち着いてください」
「この私が落ち着いてないように見えますか?」
「見えます」
「ですよね」
自分でもビックリなのだが、俺は犬より断然、猫派だった。そんな俺は、もう猫耳がたまらなくなってしまっていたのだ。
その後リーナスさんになだめられ、猫耳娘との面接を進めたが、やはり彼女を採用したい欲望をおさえることは出来なかった。
「それではよろしくお願いいたしますニャ」
この語尾のニャは、たぶん本当は現地語では言ってないのかもしれない。きっと指輪の力が俺の欲望を感知して、そう訳しているだけなのだ。
「では、採用不採用は後ほど、の・ち・ほ・ど!検討してお知らせしますので」
そう言ってリーナスさんは肘で俺を小突きながら、猫耳娘を会議室から追い出すのであった。
「次の方どうぞ!」
そんなやり取りをしながら、最後の面接者が入って来る。
「え?」
俺の目の前に立ったのは、小さな女の子だった。紫色の髪の毛をポニーテールにしており、透き通った汚れを知らなさうな瞳も紫色だ。かおも可愛い。でも、どう見ても子供だ。
「あの……お嬢ちゃん、いくつ?」
「12歳です。リサと言います。よろしくお願い致します!」
見た目よりは歳が上だったが、それでも12歳とは……。
「リーナスさぁん……」
「なんでしょうか?」
これはダメでしょうとリーナスさんを見ると、彼女は何か問題でも?という顔をしている。
え?なんで?
「若過ぎでしょ?」
「いえ、12歳で働くのは当たり前ですよ。もっと若くから働く子もいますし」
「え?学校は?」
「貴族や大金持ちでもないかぎり、あまり学校へは行きませんよ」
なるほど。ここはそういう世界なのか。だから識字率も低いんだな。
「どうしますか?やめますか?」
「い、いえ、ちゃんと面接はします」
俺は改めて面接の女の子に向き直った。女の子は緊張した面持ちで俺とリーナスさんとのやり取りを見ていたようだ。
イスに座るように言うと、跳ねるようにしてちょこんと腰かけた。足がブラブラと床についていないところを見ると、改めてこの娘が幼いということを認識させられる。
「お店で働いた経験はありますか?」
「は、はい。1年ほど酒場の厨房で、皿洗いをしていました」
小さい娘にしては、しっかりと俺の質問に答えてきた。精神的にはずっと大人なのかもしれない。
「読み書きは出来ますか?」
「す、すいません……出来ません」
女の子は顔を赤らめて下を向いて答えた。
「では問題です。50ガロル銅貨30枚の塩を150ガロル買いました。銀貨1枚で支払うと、おつりはいくらですか?」
「え~と、え~と……」
女の子は上を向いて真剣な表情で計算を始めた。この問題は面接した全員に出したものだ。何名かは間違えたが、だいたいの子は答えられた。ちなみに猫耳ミーナはすぐに答えたが、答えは間違えた。
「あっ!おつりは銅貨10枚です!」
「おおっ!正解!」
「あら」
リーナスさんも感心したような声を上げていた。俺たちが驚いているのは正解したからではない。この娘の回答が今まで面接した子の中で、一番早かったからだ。
この子は思った以上に頭も良く、しっかりしているようだ。
そして俺はもうひとつ質問した。
「なんでこの仕事に応募したのですか?」
「両親は私がまだ小さいときに死んでしまいました。それで今は叔母さんの家にお世話になっているんです。ですのであまり迷惑を掛けたくなくて……」
「前の仕事を続けるのではダメなんですか?」
「こちらのほうが未経験者でもお給料がいいので……早く叔母さんの家を出たいと思っていて」
そう言いながら女の子は下を向いてしまった。
叔母さんとの関係が良好とはいえないのか、早く家を出たいようだ。この年でこんなことを考えるなんて、よっぽどのことなんだろうな。
なかなか異世界の生活もハードモードらしい。
「いかがでしたでしょうか?面接は」
ようやく全員との面接が終わり、リーナスさんとふたりだけになった。さっそく最終選考を開始する。
と言っても、俺の心の中では、もうすでに決まっているのだが。
「ふたり決めました」
「どの子でしょうか?」
「ミーナとリサです」
そう言うとリーナスさんはふたりの書類をテーブルの上に出した。書類の束の一番上に2枚ともあったことから、リーナスさんはもう俺が選ぶ子が誰なのか分かっていたようだ。
どうやら俺の顔には、掲示板なみに色々と書いてあるらしい。
「このふたり、リーナスさんはどう思われますか?」
「よろしいんじゃないでしょうか。おふた方とも素晴らしい方で、問題無いかと思います」
「では、このふたりで決めたいと思います」
「それでは雇用内容を確認させていただきます。業務時間は11時から18時までの7時間で1時間の休憩をはさむので実働は6時間。そして給金は1日銀貨4枚」
「はい、それで間違いありません」
1日実働6時間で約5600円だから、時給千円弱というところか。日本だと凄い高いわけではないが、ここ異世界ではけっこう高給のようだった。
この賃金だと10時間以上働いても高いようで、リーナスさんには何度も金額の確認されたっけ。
「さっそく勤務は明日からと聞きましたが……」
リーナスさんが心配そうに尋ねてくる。
「いえ明日から来ていただきますが、明日は開店ではなく研修と開店準備を手伝ってもらおうと思ってます」
「了解しました」
「それで明後日、開店しようと思ってます」
「あ、明後日ですか!?」
「はい。最初に販売する商品の種類も少なく、販売方法も特殊ではないので、先ほどのふたりがいれば大丈夫だと思います」
「それはそうでしょうが……開店前に告知や宣伝などはされないのでしょうか?むしろそちらが心配かと」
「はい。宣伝などはしないつもりなので、だから明後日開店できると思ってるんです。宣伝しなければ、いきなりお客さんがたくさん来ることもないですからね」
「なるほど。タクマさんは徐々にお客さんを増やしていくことで、店員さんたちにも徐々に経験をつけていこうと考えてるんですね」
「その通りですが……実は自分が徐々に慣れていきたい、というのが本音なんですけどね」
正直、まだ異世界のことをよく知らない状態で、スタートダッシュを決める度胸は俺にはなかった。
俺としては少しづつお客さんが増えていき、だんだんと利益が上がって来るというペースが望ましいのだ。
「商人としてはもっとガツガツ行ったほうがいいのかもしれないですけどね」
「いえ。なるべく安全な橋を渡るのも商人としては大切だと思います」
「リーナスさんにそう言ってもらえると安心しますよ」
「ただ、商売というものは、思い通りに行かないことも多いですけどね、フフフ」
「え?」
そんなリーナスさんの嫌な予感は、すぐに的中することとなるのだが、俺はまだこの時、商売というものを甘くみていたのだった。