008 異世界メシのお味
翌日、俺は商品を本格的に異世界へ持ち込もうと思っていた。
まずは倒産した会社の倉庫の近くにあるレンタカー屋で、ボックスタイプの軽自動車を保険料込みの6時間7千円でレンタルする。
そして台車を買うためにホームセンターへと向かった。
そこで300キロまで積める少し大き目の台車を1万5千円で購入。さらにそのホームセンターで良い物を発見した。
なんと塩と砂糖が巨大な紙袋入りで売っていたのだ。
20キロ入りの塩が、お米10キロの袋ぐらいのサイズだった。砂糖も同じ20キロ入りだが、塩の袋よりは一回りサイズが大きいようだ。
そして値段が塩20キロで2千円。砂糖は同じく20キロで4千円という安さだ。思わず笑いが止まらない。
その塩と砂糖を10袋づつ、つまり200キロづつ購入した。しめて6万円なり。
大量に買ったと思ったが、それでもエステバンさんと想定した4日分の量にしかならないのだが。
その後、今度は近くの百円ショップへと向かう。ここはサンプルを買った店の系列店なので、この前と同じ商品が売っているのだ。
さらに先日、店に立ち寄り商品の大量予約を入れておいたので、今日はそれを回収する。
注文したのはロックグラス200個に鏡の大小を各200個。それとグラスを入れるために丁度いい無地の布製の小さな巾着袋を見つけたので、それも注文した。しかしこれは100個しか用意できないということだった。
とりあえず、こんな感じであと数日、搬入を繰り返す予定だ。
倉庫に着くと台車を使って急いで荷物を運びこむ。台車があったとはいえ、ひとりで全部運び込むのは意外としんどかった。
ここも何か対策を考えないといけないな。でも扉を他人に見せる訳にはいかないので、難しいところなのだが……。
小一時間で全ての商品を搬入した俺は、急いで車をレンタカー屋へ返しに行く。この倉庫は勝手に使っているため、車をながらく止めておくわけにはいかないのだ。
そうして、ようやく異世界の自分の店にたどり着き、やっと一息ついたところだ。
「ハァ……疲れた」
でも、心地いい疲れだ。やはり楽しく有意義なことをやっていると疲れの種類も違うようだ。
冷たい物でも飲みたいところだが、冷蔵庫など無い世界だ。いや探せばあるのか?
飲み物を持ち込みたいところだが、俺ルールによりペットボトルはNGなのでダメだ。瓶の飲み物もキャップとかの精巧な構造を考えると持ち込まないほうがいいかな。
「喫茶店とかないのかなぁ?」
そう思い店を探しに通りに出る。しかし色々と探してみたが、あるのは酒場ばかりだ。この辺もファンタジー設定らしいといえばらしいな。
仕方がないので、自分の店に一番近い酒場に入ってみる。看板には『赤いグリフォン亭』と書いてあり、その下には真っ赤なグリフォンの絵も飾られていた。
「いらっしゃいませ~!お好きな席にどうぞぉ~!」
酒場に入ると元気な若い女の子の声が迎えてくれた。店内は意外と広く奥には長いカウンターがあり、フロアーには木で出来たテーブルとイスがいくつも並んでいる。
とりあえず奥の方の窓際のテーブルに座ることにした。
酒場と書いてあったが食事もとれるようで、昼間だが半分ほどのテーブルは客で埋まっていた。
「いらっしゃいませ!」
そう言って先ほどの声の元気な女の子が俺の席にやってきた。赤毛の髪の毛を左右で結んでツインテールにしている。顔も目が大きくて可愛く、まさに看板娘という感じだ。
「なににしますか?」
「はじめてなんだけど、食べ物のおすすめってあります?」
「だったらステーキか、肉がダメなら白身魚のフライとか」
「じゃあステーキで。あと酒じゃない飲み物は?」
「オレンジかグレープのジュースは、どうですか?」
「じゃあグレープジュースを」
「分かりました!少々お待ちくださいね~!」
そう言うと女の子はカウンターの後ろの厨房へと走って行った。本当に元気な娘だ。
そう言えば何の肉か聞かなかったけど、ステーキってどんなものが出てくるんだ?まさかモンスターの紫色の肉とかじゃないよな……。
そんな悪い予想を打ち消すように、俺のテーブルにステーキがドカンと置かれた。
「お待たせしました~!ステーキとパン、それとグレープジュースになりま~す!」
「おお、おいしそう~」
「でしょ~う!ごゆっくりぃ~!」
そう言うと女の子は、また違うテーブルへと走って行った。
「本当に美味そうだ」
ステーキが鉄板の上で音を立てている。どう見てもビーフステーキのようだ。よかった。
ボリュームもあり500グラム以上は軽くありそうだった。
とりあえずナイフとフォークを取ると、ステーキをカットして一口食べてみる。
「う、上手い!」
「でしょ~う!」
俺の声を聞いたツインテールの女の子が、遠くから笑顔で俺に叫んできた。店が褒められて嬉しそうだ。俺もこんな店を愛してくれるような娘を雇いたい。
ステーキはまさに牛のステーキと同じ味だった。少し硬いが肉を食べているという感じがして嫌いじゃない。味はシンプルだが何かのスパイスがすり込まれているようで、スパイシーで美味しい。ただやはり塩が高価なためか、塩気は少し物足りないが。
とか言いながらも、気が付くとステーキを半分ぐらい食べていた。一息ついてパンに手を伸ばす。
「か、硬い……」
みかんぐらいのサイズの黒っぽいパンは予想以上に硬かった。なかなか手で千切れない。食べてみるとパサパサで、あまり味がしない。どうやら異世界のパンは、あまり美味しくないようだ。
これだったら日本のふわふわなパンを持ち込めば、かなり売れそうだ。でも食品を扱うのは怖いし面倒だよなぁ。
ここ最近すっかり思考が商人らしくなっていることに気付き、思わず苦笑してしまう。まだ1円も稼いでいないのに気の早い話だ。
「ふぅ~美味しかった。ごちそうさま!」
最後にグレープジュースを一気に飲み干すと、大きく息を吐いた。ジュースの味は普通だったが、本当にステーキは美味しかった。
「どうでした?気に入ってくれました?」
俺の食べ終えた食器を片付けながら、女の子が聞いてくる。完食した皿を見て満足そうな表情をしていた。
「いや美味しかったよ。本当にこのステーキは最高だった」
「良かった!ステーキは、うちの自慢なんだ」
「うちの店から近いんで常連になりそうだよ」
「お店やってるの?」
「ああ、この通りのご近所さんだよ」
「なんて店?」
「なんてって……」
しまった!店の名前も考えないといけないんだ!
「どうしたの?」
「あ、いや、実はこれからオープンなんだ。面白い商品もあると思うから、開店したら来てね」
「分かった!かならず行くから開店日、決まったら教えてね」
「了解」
とりあえずお客さん第一号ゲット!
美味しい店も見つかったし、なかなか良い日になりそうだ。
そんな今日は、ここ異世界で色々とお店の備品などを買い揃える予定だった。俺は目的の店を探して通りを歩きだす。
この通りはまさに商人通りと呼ばれているように、様々な店が軒を連ねている。
先ほど酒場のように色んな所ににバラバラとあるものもあれば、工房や鍛冶屋など、業種で固まっている店も多くあるのだ。そして目的の店は木工房のブロックだ。
木工房ブロックに入ると、そこら中でトントンと木をノミなどで削る音が聞こえる。通りには木の良い香りも漂ってきた。
そんな木関係の店を覗いていくと、店の前に木樽がたくさん並べてある店を見つける。
「あった!ここだ」
その店に入ると、頑固そうな髭面の親父が黙々と樽を組み立てていた。筋肉質だがずんぐりとした体形は、きっつとドワーフ族に違いない。
「すいません」
「は~い」
声を掛けると店の奥から奥さんらしい女性がやって来た。頑固親父と違って、こちらはとても優しそうでホッとする。
「樽が欲しいんですが……」
「どういったものがよろしいですか?」
「これぐらいの樽を探しているんですが……」
そう言って7、80センチぐらいの高さの樽を両手で表現してみた。
「ああ、それぐいならよくあるサイズなので、在庫はたくさんありますよ」
そう言って奥さんが店の奥から樽をひとつ運んできた。まさに欲しいサイズ感の樽だ。これなら塩や砂糖の20キロ袋がすっぽり入るはずだ。
「いいですね。1個いくらですか?」
「銀貨2枚です」
「では、それを10個ください」
「お買い上げ、ありがとうございます!」
「届けてもらえますか?その先の店なんですが」
「夕方になってしまいますが、いいですか?」
「大丈夫です。あと升みたいのってありますか?」
「それなら3軒隣の工房ですね」
俺は支払いを済ませると、奥さんにお礼を言って升がある工房へ向かった。
そこで問題無く塩50ガロル用の升と、少し大きい砂糖50ガロル用の升を10個づつ購入した。
塩の升は1個銅貨40枚だったが、砂糖用の升はサイズを調整してもらったので1個銅貨60枚になった。
升をショルダーバッグに積めながら店を出る。すると向かいの店に目が止まった。その店の前に看板らしきものが何枚か立て掛けられていたのだ。
「ここで看板を作ってもらえるのか……」
しかし店名をまだ決めていなかった。しかし俺の性格上、このあと時間を掛けて考えても、決して良い名前が思いつくとは思えない。
なので、ここはもうスパッと今のインスピレーションで思い浮かんだ名前で、看板を頼んでしまったほうがいいだろう。
こうして大事なうちの店名は、あっけなく決まったのだった。後悔はしていない……はずだ。
その後、色々と掃除道具など細かな備品の購入をして店に戻った。
あとは夕方あたりに来る予定の、注文した品々を待つだけだ。それまでまだ時間はあるので、もう一度、部屋の確認をしておこう。
店舗部分の確認のあと、隣の在庫&休憩室を確認する。相変わらず薄暗いので、照明も早いとこなんとかしないとな。
「ん?なんだこれ!?」
2階への階段の裏側を確認したとき、今まで何で気付かなかったんだという物を発見した。
「こんなところに扉が……」
その扉には鍵が掛かっていたが、この部屋に鍵らしいものは無かったはずだ。試しに店舗入り口の鍵を使うと、扉は簡単に開いた。どうやら共通の鍵らしい。
扉の先は短い廊下になっていて、その突き当りにまた扉がある。その扉を開くと、眩しい光が俺の目に飛び込んできた。そう、そこは建物の裏口だったのだ。
「こういう造りになってたのか」
建物の裏庭は広くはなかったが、真ん中に井戸があった。さらに隅には小さな小屋と、さらに小さい縦に細長い小屋がある。
普通の小屋の中には、薪がたくさん積まれていた。
「暖炉とかってあったっけ?」
とりあえず、のちのち使うことになるかもしれないな。
もうひとつの縦に細長い小さな小屋は、トイレだった。
やった!ぼっとん便所のようだが、トイレがあるのはありがたかった。これで風呂でもあれば最高なんだが、さすがにそれはなさそうである。
そんなこんなで夕方になり、次々と注文した物が店に届き出した。
届いた樽は店舗のカウンターの後ろに並べる。そして休憩室には長テーブルとイスを8脚ほど設置した。ソファはなかったので、木製のベンチを壁際にひとつ置いた。
そして追加して購入したランプをテーブルの上に並べる。これはあとで、何とか壁付け出来ないか考えたい。
「ふぅ~どうやら形になってきたな」
とりあえずは開店出来る形にはなったようだ。あとは商品の在庫を切らさないようにすることが重要だな。
トントン
その時、店の扉をノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
そういうと店の扉を開けて、ひとり若い男性が入って来た。髪は短く整えられていて清潔感があり、とても真面目そうな顔をしている。着ている服もグレーのスーツのような、しっかりとした服だった。
こんな感じの人、どこかで見たな。
「お忙しいところ失礼します。わたくし商人ギルドのリーナスの使いになります」
ああ、どこかで見たと思ったらリーナスさんの雰囲気に似ていたのか。
「何かありましたでしょうか?」
「タクマ様の店舗募集スタッフの応募が50名を超えましたので、ここで明日あたり面接をされてはいかがでしょうか?ということでした」
「もうそんなに!分かりました、では明日、面接したいと思います」
「それでは明日の昼ちょうどより、商人ギルドの会議室にて行なうということで、よろしいでしょうか?」
「問題ありません。それでよろしくお願い致します」
「了解いたしました。それでは明日、お待ちしております」
そう言ってお辞儀をすると、使いの男は静かに扉を閉めて帰って行った。身のこなしもしっかりしたスタッフだ。さすが商人ギルドというところか。
よし。これでさらに開店出来る形がととのったな。
逸る気持ちをおさえ明日の面接に備えるため、とりあえず今日は家に帰ろうと帰宅準備をするのだった。