006 商人ギルド
百円ショップでアイテムを買いそろえた次の日、また郊外にある会社の倉庫にやって来た。
相変わらず人気が無く、誰か入った形跡はない。しかし、いつまでものこの場所を使い続けるわけにもいかないだろう。
「扉が展開できる広さの物件を見つけないとな……」
のちのちは大量の商品を搬入することにもなりそうなので、それなりの広さが必要になってくるだろう。やはり倉庫系を借りるしかないのだろうか。
とりあえず中に入り、倉庫の内鍵をしっかりと掛け、小さくなっている扉を倉庫の中央に置く。
「扉よ、開け」
俺がそう唱えると、一瞬で扉が高さ3メートルのサイズまで巨大化した。
「よし」
改めて異世界への扉が存在するということを実感しつつ、俺は扉をくぐった。
扉の先は相変わらず真っ暗な石造りの地下室だ。俺は昨日、百円ショップで買ったLEDライトをつける。
もちろんLEDライトは俺ルールで異世界NG商品なので、人前では使えない。
鍵を取り出すと倉庫の扉を開け階段を上がる。そしてもう一部屋抜けると、店舗部分の明るい部屋へとたどり着いた。
今日は商人ギルドへ行く予定でいた。店の開店許可もいるだろうし、色々と相談にも乗ってくれるかもしれない。
建物を出ると通りを東へと歩く。商人ギルドの建物は、この通り沿いにあるのだ。場所は健太のメモを頼りに昨日の市場調査中に確認しておいた。
「突然、訪れても大丈夫だよな?」
俺は商人ギルドの建物の前に立っていた。派手さは無い石で出来た頑丈そうな3階建ての建物だ。この世界は平屋か2階建てがほとんどなので、3階建ては珍しいといえば珍しかった。
「まぁ入らないことには始まらない」
意を決して商人ギルドの扉を開く。
建物を入ってすぐはロビーとなっていて左右の壁沿いにテーブルとイスが何セットも並んでいる。その半数ぐらいはすでに人が座っており商談や情報交換などをしているようだった。
そんなテーブルたちを横目に奥へ進むと長いカウンターがあり、ギルドのスタッフらしき人たちが座るいくつも窓口があった。
その空いている窓口のひとつへと俺は向かう。若くて可愛い女の子のスタッフを選んでないと言えば嘘になる。
「いらっしゃいませ」
ギルドスタッフの女の子は可愛い笑顔で対応してくれた。
「店の開店をしたいのですが……」
そう言って健太が用意してくれていた出店許可証と商人ギルドの会員証をカウンターへ置いた。
「拝見いたします」
笑顔でその書類を受け取ったスタッフは、書類の内容を確認しだす。すると今までの笑顔が嘘のような真顔になり、表情と体が固まってしまった。
「しょ、少々お待ちください」
引きつった笑顔でそう言うと、俺の返事も聞かずに急いでギルドの奥へと走って行ってしまう。
「あ、あの、ちょっと……」
もちろんスタッフの女の子の姿はとっくに無くなっている。
なんかまずいぞ。健太ぁ~なんかやらかしてないだろうなぁ。
逃げようかとも少し考えたが、商売をするには商人ギルドの許可が必要なのだ。無職の俺としては、いま逃げ出すわけにはいかなかった。
そんなことを考えていると、先ほどのスタッフの女の子が走って戻って来た。
「ハァハァ、お、お待たせいたしました……ギ、ギルドマスターがお会いしたいそうです……ハァハァ」
息を切らせながら女の子がそう伝えてきた。
「ギルドマスター?」
「は、はい……ハァハァ」
「マスターってことは……偉いの?」
「はい、もちろん。ここの責任者ですから……ハァハァ」
マジかよぉ。健太ぁ~恨むぞぉ。
「ご、ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
こうして俺はギルドの奥にあるギルドマスターの部屋へと連れていかれることとなった。
「ここ商人ギルドのギルドマスターをさせていただいております、エステバンと申します」
貫禄のある少し小太りな男が俺の目の前に座っている。淡いブルーのシャツに茶色い革のベストを着ており、シンプルな服装だがこの世界にしては生地の素材が高級そうである。
笑顔を絶やさない優しい雰囲気だが、目の奥に鋭い光が……なんてことは俺には分からない。
とにかく、人の良さそうなおっちゃんにしか見えなかった。
そんなおっちゃんと俺はギルドマスターの部屋の応接セットに向かい合って座っている。
「拓馬と申します。よろしくお願い致します」
俺はこの世界にならって、名前だけを名乗ることにした。
「タクマさんは、ケンタさんのご友人で?」
「はい。十年来の友人です。今回、健太から出店許可証と商人ギルドの会員証を譲り受けまして」
「ええ、ケンタさんからは聞いております」
エステバンさんは、そう言ってウンウンと何度もうなづいてから話を続けた。
「最初にケンタさんから商売の話を聞いた時は、その独創性に驚かされました。なので、私もギルドマスターという立場でありながら、直接ケンタさんと商売の話をしておりました」
やはり健太のビジネスセンスは異世界でも通用していたようだ。
「しかし2か月ほど前に突然、商売をご友人に譲ると言うではありませんか」
気が付くとエステバンさんの笑顔は、いつの間にか消えていた。
「正直、驚きました。そしてそれ以上に、もの凄く落胆したのです。ケンタさんが私に色々と熱く話しておられた商売が、実現せず見ることが出来なくなってしまったということに」
エステバンさんは本当にガッカリしたように溜息を深くついた。俺も健太のビジネスをぜひ見てみたかったので、気持ちは良く分かる。
「それでケンタさんは元気にされていますか?」
その言葉に俺は固まってしまう。そんな俺の様子を見て、エステバンさんの顔も強張り出した。
「実は先日、健太は亡くなってしまいました。かなり重い病気でして」
「ああ、なんという……」
突然の報告にエステバンさんは言葉を失っていた。
「今までお知らせ出来ず申し訳ありません。実は私も数日前に聞かされたものでして」
「そうですか……残念です……本当に」
「健太の死後、私に送られてきたのが、この権利書と会員証でした。そして私に健太の意志をついで、ここで商売をしてくれないかと」
「なるほどそういうことでしたか」
そう言うとエステバンさんはウンウンと何度もうなづいていた。
「分かりました。ケンタさんが跡を託したご友人です。きっと素晴らしい商人となられることでしょう!」
やばい。一気にハードルが上がってしまった。
「跡を継ぐと言っても書類関係を譲り受けただけで、実は健太から商売の話は何も聞いてないのです」
健太は持ち前のビジネスセンスでエステバンさんの心をがっちり掴んだようだが、俺にそれを求められても困るのだ。そんな期待にはとても応えられない。
「それを聞いて安心しました!」
「え?」
「商売の細かい説明をせず、ただ書類だけを託したということは、それだけケンタさんがあなたを買っていたということです。もしあなたに商才を感じていなかったら、事細かに商売の指示を記していたことでしょう」
え?そう捉えるの?ハードル上がりっぱなしじゃない?そろそろハードルの下をくぐれますよ。
「タクマさん。改めまして、ぜひご協力させてください」
そう言ってエステバンさんは俺の右手を掴んで握手してきた。どうやらビジネスマンは握手が好きなようだ。
「それでタクマさんは、どんな商売をお始めになるのですか?」
落ち着きを取り戻したエステバンさんがイスに座りなおして聞いてきた。
「健太から譲り受けたあの店で、色んな物を売りたいと思っておりまして」
「ほぅ。それはどういった物で?」
「少し見本品をお持ちしたので、見ていただけますか?」
「それはもちろん、喜んで」
そう言ってエステバンさんが身を乗り出してくる。こういうところは実に商人らしい。
まずは塩と砂糖を取り出す。ビニール袋そのままではなく、百円ショップで買ったガラスの小瓶に移し替えてあるものだ。
「塩と砂糖です」
「塩と砂糖ですか……」
エステバンさんの表情が曇った。落胆していることが俺にも分かる。
「塩と砂糖の販売は、王国が専売としているとかありますか?」
ひとつ気になっていた問題点を聞いてみる。昔から塩は国が管理していることが多いからだ。
「塩も砂糖もここエルーデン王国では自由に売買できますよ。しかし、確かに貴重な物ですが、塩ですか……」
エステバンさんの落胆は塩という珍しくもない物を俺が出してきたからなんだろう。ただし俺には勝算があった。
「この塩を50ガロル銅貨30枚で販売する予定です」
「50ガロルを銅貨30枚ですと!?」
今までの落胆が嘘のように、エステバンさんがテーブルに乗り出してくる。
「はい。安いでしょうか?」
「安いもなにも!塩は原産地でも50ガロル銅貨40枚は下らないですよ。さらに海の無いこのエルーデン王国では銀貨1枚以上はします。それを銅貨30枚とは」
「薄利多売でいこうかと」
「薄利って……そんな金額で利益が出るのですか?」
「でます」
「では、品質は?」
そんな安値で売るのには、何か問題があるのではと思ったのだろう。確かに疑っても仕方がない。
「なめてみますか?もちろん体に害はありませんよ」
そう言って俺は塩の小瓶のフタを開ける。それを見たエステバンさんは、なんの躊躇も無く右手を出してきた。その掌に、小瓶から少し塩を出す。
「美しいほど真っ白ですね。それに粒も小さい」
エステバンさんが掌の塩を穴があくほど観察する。商人魂に火がついたようだ。
確かに現代の塩は真っ白だ。先日、ここ異世界で買った塩は混ざりものがあり少し茶色く結晶も荒いものだった。
「失礼して……」
そう言ってエステバンさんは掌の塩をなめる。
「た、確かに塩だ。いや、塩にしては辛いくらいしょっぱいですな」
「混ざりものが少ないので、塩気が強いようです」
現代日本では、むしろ異世界の塩のほうがミネラル豊富で高額だ。しかし、ここ異世界では安物の塩のほうが価値が出ると思っていた。
「しかし、この塩はどうやって製造されたのですか?」
「申し訳ありませんが、そこは秘密ということで……」
「確かに、そんな機密をもらすバカはおりませんな。これは失礼」
そう言ってエステバンさんは苦笑いをする。そしてしばらく塩の小瓶を眺めていた。
「ムムゥ……しかしこれを50ガロル銅貨30枚とは……」
「いかがでしょうか?」
「倍の銅貨60枚で売ったとしても、かなり売れると思います。それを30枚とは、売れないわけがない」
「よかったです」
「しかし、量はあるのですか?少なければすぐに品薄になってしまいますよ」
「どれぐらいあれば品薄にならないでしょうか?」
「正直、どれだけあっても、この値段で売れば品薄にはなると思いますが」
あればあるだけ売れるということか。これはいきなり宝の山を掘り当てたぞ。いや、でもそれなりの量を供給できないと、大きな問題になりそうだ。果たして俺個人でどこまで異世界へ持ち込めるのだろうか?
俺が色々と考えているとエステバンさんが声を掛けてきた。
「むかしイチゴのカップケーキというものが新しく現れて、もの凄い流行になったことがありました。その時できた行列は1日に1千人以上と言われてます」
「もし千人が50ガロル買ったとしたら、一日5万ガロル必要ということですね」
「少なくとも、ということになりますね」
一日5万ガロル、つまり50キロということだ。それだったら俺ひとりでも毎日運び込むことは難しくない。
「それぐらいでしたら、供給できそうです」
「おお、素晴らしい!」
商売としての旨味を感じ出したのだろう、エステバンさんはだいぶ姿勢が前のめりになってきた。そこで俺はもうひとつの小瓶の話を始める。
「こちらの砂糖のほうは高目に50ガロル銀貨1枚でと考えています」
「それは安い!」
そう言ってエステバンさんは砂糖の小瓶を俺から受け取る。
「こんな真っ白な砂糖は初めて見ました。これは果物とかから抽出したものではないのですか?」
「製法はちょっと……試しになめてみてください」
そう言うとエステバンさんは砂糖を少し掌に出すと、ゆっくりとなめ出した。
「おお、これは甘い!」
「砂糖は高級だと聞きましたので、塩よりはかなり高目に値段設定したのですが……」
「これよりも甘くない茶色い砂糖でも50ガロルで銀貨3枚はします。こんな美しい真っ白な砂糖なら銀貨8枚でも安いくらいでしょう」
「ですが銀貨1枚でも充分、利益は出ますので」
「儲け過ぎないというのは美徳と感じるかもしれませんが、商人としてはどうでしょう?」
エステバンさんにそう言われてハッとさせられた。確かに商人としては利益を追及するべきではないのか?それが商売というものでもあるわけだし。
「それにあまりにも安く売ると価格破壊が起きてしまい、他の砂糖を扱う者たちが、かなり苦労することにもなりかねません」
確かにそうだ。商売とは自分ひとりだけの問題ではないのだ。まして異世界人がオーバースペックの商品を売るわけだから、世間に対する影響は俺が考えるより大きいのかもしれない。
「適正価格で売ることは、決して悪いことではないと思いますがね」
「確かにエステバンさんのおっしゃる通りだと思います。それでは50ガロル銀貨4枚ではいかがでしょうか?」
「それでも安いですが、今ある砂糖よりは高いので、市場をむやみに乱すほどではないですかね。しかし本当にそんな安価でよろしいのですか?」
「はい。これでも想定より、かなり上げたんですよ」
考えていた金額の4倍にしたのだから、俺としては、ぼったくり!と思ってしまう値段設定なのだ。それでもエステバンさん言わせれば安いらしい。
価格ひとつ決めるのにもそう簡単にはいかないところに、商売の難しさを改めて感じてしまう。
「砂糖は塩ほどの数は出ないとは思いますが、それでもかなりの量は用意が必要だと思います。品薄は消費者が迷惑するだけでなく、転売する者や闇で取り引きをする者などが現われますので注意してください」
「分かりました。砂糖のほうも、なるべく在庫を確保します」
その俺の言葉に納得したのか、エステバンさんはウンウンと何度もうなづいていた。
「この塩と砂糖で商売の軸を固め、あとは色々と変わった物を扱っていきたいと思ってます」
「ほぅ、変わった物ですか?」
またエステバンさんが身を乗り出してくる。この人は根っからの商人のようだ。
「まずは、このグラスです」
「おお、これは凄い!」
俺がテーブルにロックグラスを置くと、エステバンさんが目を輝かせグラスを凝視し出した。
「触ってもよろしいですか?」
「はい。ぜひ触ってご確認ください」
そう言うとエステバンさんは、そっとグラスを手にする。かなり優しく慎重に扱っているのが分かる。
「もう少し雑に扱っていただいても大丈夫ですよ」
「こ、これは……ガラスですか?」
「そうです。ガラスで作った飲み物用のカップになります」
「こ、こんな透明で丈夫なガラス製品は初めて見ました」
「ガラスは高価だと聞いたのですが、売価はいくらぐらいに設定するのがいいと思いますか?」
「正直こんな奇麗なガラスは扱ったことがないので、ハッキリとは申し上げられませんが……銀貨数十枚は軽くするかと思います」
銀貨5枚ぐらいかと考えていたが、これも予想より高額で販売出来そうだ。
「では銀貨10枚ぐらいで、いかがでしょうか?」
「正直、安いとは思いますが、なにぶん初めての商材なので、これに関しては強く言えません」
そう言いながらエステバンさんは、しばらくグラスを眺めていた。こんな感じならグラスも売れそうだな。
「それと、この鏡なんですが……」
そう言って俺は鏡を取り出す。
「これは参りました。今度は鏡ときましたか」
エステバンさんは驚くというより、呆れたという感じで額に手を置いた。
「こんな薄く美しい鏡があるとは……この鏡に写ったものの鮮明さといったら、実際に目にするものと変わらないではないですか!」
そう言ってエステバンさんは鏡を色んな角度で見ては、溜息をついている。
「先に言いますが、この鏡も高価なことは分かりますが、いったいいくらの値を付けていいのやら」
「いま売られている鏡は、いくらぐらいしますか?」
「これよりもかなり質の落ちる銅鏡などは、だいたい金貨1枚以上はします」
おお、ついに金貨ときましたか。
「そのかわり貴族などのお金持ちしか買いませんから、数はそこまで出ないとは思います」
「そうですね。でしたら小さい物は金貨1枚、大きいほうを金貨2枚で売りたいと思います」
仕入れ値はどちらも100円なんだけどね。
「とりあえず、以上の商品で店を開店をしたいと思っております」
まだ数点、用意していたアイテムはあったが、予想以上に売値が高くなったので、ひとまずアイテム数を絞って開店することにした。
扉のことを秘密にするためには、商品の搬入を俺ひとりで行わなければならないので、アイテム数が少ないに越したことはない。
こうしてエステバンさんのおかげで販売商品の選定と売値を決めることが出来た。ただ、開店までには、まだまだ決めなければならないことはたくさんあるのだった。