051 国王への贈り物
「やっぱりシャンパングラスが、見栄えが良くていいかなぁ」
異世界商会の閉店後、俺は自分の世界へと戻り国王への贈り物を選定していた。
自分の店である異世界商会のアピールとなる商品がいいのだろうが、だからといって塩や砂糖を贈るわけにはいかない。
となると、ここはグラスか鏡となるだろう。
割れ難いということで店では厚みのあるロックグラスを扱っているが、今回はご贈答品なので質や見た目も重要だと思う。
なので、見栄えのいいシャンパングラスがいいのではないか、という考えに行き付いたのだった。
「しかしシャンパングラスと言っても、色んな形のものがあるんだなぁ」
ネットショップにはよく見る形の物から、なんかお洒落なトロフィーみたいな変わった形の物まであるのだ。
しかし、ここはシンプルに縦に細長いシュッとしたやつを選ぶことにした。ありふれたシャンパングラスの形だったとしても、異世界では薄いグラスというだけでかなりの価値があるはずだ。
「思ったより、意外と安いんだなぁ」
シャンパングラスは有名ブランドでもないかぎり、だいたいひとつ2000円もしないものばかりだった。
100円ショップにもシャンパングラスはあったが、さすがに100円の物を王様に贈るのは気が引ける。
「おっ!いいのがあるじゃないかっ!」
俺はあるシャンパングラスを発見して思わず声を上げてしまった。
そのシャンパングラスはシンプルな形なのだが、百合の花の柄が入れられていたのだ。
王家の紋章が百合なので、これはちょうど良いではないか。
グラスに彫られているのは紋章のようにシンボル化していないリアル系の百合の花だが、なかなか奇麗なデザインなので気に入ってもらえるのではないだろうか。
「そんな高くないんだけど、物は良さそうだ」
その百合のシャンパングラスは2個セットで3000円だった。せっかくなので数も多いほうがいいだろう、ということで20セットで計40個のシャンパングラスを注文した。
高くはないのでもう少し頼もうかと思ったが、あいにく在庫はこれしかなかったのだ。
「あとは……こっち系の物のほうが喜ばれそうなんだよなぁ」
俺は次にナイフショップのサイトを開いた。
国王は代々武闘派ということを商人ギルドマスターのエステバンさんから聞いたので、そっち関係の人ず喜びそうな物を色々と考えていた。
日本刀も派手でいいかなとも思ったが、うちの店のイメージとあまりにも違うので、ここは少し小さいナイフ系にしてみようと思う。
やはり紛争を抱えている国だということも考えると、実用性のあるサバイバルナイフがいいのではと思い色々とネットを検索していた。
「正直ナイフのことはあまり詳しくないので、軍が採用してたり戦争で使われた実績があるメーカーから選ぶのがいいかな」
そんな何十種類もある中から、何本かのサバイバルナイフの候補を選び出す。
次に、いつものようにプラスチックを使用している物は除外していく。最新のカッコいいデザインのナイフは、ほとんどがプラスチックを多用していた。
ただ握るハンドル部分の素材が木材なものもかなりあった。さらにハンドル部分までが金属で出来ているというタイプの物も意外と多いようだ。
「とりあえず、この辺のものを買ってみよう」
俺は全長35センチ前後で、刃渡り20センチ前後の物を3本ほど選んだ。握るハンドル部分は金属の物がひとつと、木材の物がふたつだ。
3本とも3万円ほどの価格だったので、全部で10万円もしていない。
「ついでにこれも奇麗だから買っておこう」
それは刃の部分に彫刻が彫られていて、ハンドルも真珠の様に見える貝殻で造られた美しいナイフだった。実用性はいまいちだろうが、見た目が美しいので買っておくことにした。
こちらのナイフは美術品になってしまうのか、価格は1本で12万円もした。商品というものは、質より美しさのほうが価値があるということがよくあるみたいだ。
「もうひとつついでに、こいつも1個買っておこう」
たまたまサイトのお勧めに出て来た、鉈のようなマチェットという物も買ってみた。
ジャングルなどで枝や草を切り拓いて進むのに重宝されている物らしい。ベトナム戦争では、だいぶ活躍したようだ。
そのマチェットはナイフと比べて長く、50センチ近くあるので武闘派の王族には受けが良いかもと考えたのだ。
「ナイフ関係は、こんなもんでいいかな」
国王への贈り物なんて、正直よく分からない。
なにしろ国王様に贈り物なんかしたことないどころか、会ったこともないのだ。
これで充分だと思えるし、まだまだ量が足りないとも思える。
「そうだ。金平糖も贈り物に入れよう」
いちおう王族であるエマ様の受けも良かったので、金平糖も贈ることにした。
お菓子関係は贈り物の定番であるので、喜ばれると思う。しかし、食物を贈ることは禁止されているかもしれないので、あとでエステバンさんにでも聞いてみよう。
「国王様への贈り物なので、入れ物は豪華にしたほうがいいか」
金平糖は色んな色があってカラフルだが、ただ小瓶に入れて国王に渡すというわけにもいかないだろう。
そこでネットで見つけたガラスの壺のようなものを購入した。なかなか派手は彫刻の入ったガラス細工で、豪華なデザインのフタも付いている。
ガラス製品といえば異世界商会、というイメージになるのも良いかもしれないな。
でもガラス製品はどうしても異世界での販売価格が高くなってしまうので、自ずと貴族相手の商売になってしまうのが少し嫌なところだ。しかしガラス製品が商売として、かなり儲かるのも確かなのだ。
塩の卸売りを始めたら、色々と販売する商品もまた考えないといけないな。売っている物がグラスと鏡だけでは、なんとも寂しい店になってしまう。
「よし。とりあえず、こんなもんだろう」
あとは現物が届いたら、異世界のほうで品物を収納する木箱を作ってもらえば大丈夫だろう。
こちらの商品の箱には色々なものが印刷されているので、そのまま異世界の人間に贈ることは出来ない。
「あとは例のものをどうするかだな……」
俺は思わず独り言をつぶやいていた。
実はあとひとつ、国王への大きな贈り物を考えていたのだ。ただこれは、もっとじっくり検討しなければならないほど、重大なものになる。
下手すれば今後の異世界商会を左右するほどの影響を与えるものなので、ここはもう少し慎重に考えてからにしたい。
まぁその大きな贈り物を抜きにしても、これで国王への贈り物の体裁は整ったと言えるだろう。
あとは俺が当日、作法などで下手なことをしなければ大丈夫……だと思うのだが。
「もう仮縫いですか?早いですね」
おかげさまで翌日もまた、朝から店は行列が少し出来るほどの忙しさだった。なので倉庫から在庫を出したりと店の手伝いをしていると、セシルさんが隣の店から仮縫いが出来たという連絡が来たと言ってきたのだ。
「それで寸法の最終確認をしたいとのことで、店に来ていただきたいと言うことです」
「分かりました。いま行ってきます」
店がまだ忙しいのでセシルさんには残ってもらい、俺は護衛にゴーレムのレムレムを連れてお隣さんへと出かけて行った。
「きついところはありませんか?」
「いえ、良い感じです」
仕立て屋のご主人が俺に仮縫いの服を着せて、色んなポイントをチェックしていく。
まだ半分ほど裏地が出ている状態ではあるが、この時点ですでに着心地はかなり良かった。正装なので体を締められる窮屈なイメージだったが、これだったら疲れることなく楽に着れそうだ。
「では、これで仕上げに入りますので」
「よろしくお願いします」
仮縫いでこんなに良いと感じるのだから、出来上がりはかなり期待できる。非常に楽しみだ。
「さぁさぁ、お疲れでしょうから、お茶でもいかがですか?」
そう言いながら奥さんがティーセットを持ってやって来てくれた。しかし歳だからか持っているお盆が不安定でティーカップがカチャカチャとぶつかって音を立てている。
「奥様、私が持ちましょう」
奥さんの手元を心配していると、それを察したのかレムレムが奥さんからお盆を優しく受け取った。
「あら、お利口なお人形さんだこと」
「私はゴーレムです、奥様」
軽くお辞儀をするレムレムを見て、奥さんは楽しそうに微笑んだ。
「まぁこんな素敵で礼儀正しいゴーレムさんもいるのですね」
「ありがとうございます、奥様」
「それにしても裸で可哀想。風邪でもひかないかしら?」
「ご安心ください、奥様。ゴーレムは風邪をひきません」
レムレムが真面目に奥さんへと返答する。
しかしゴーレムに服を着せるという発想はまったく無かった。
でもゴルゴルもレムレムもゴーレムというよりは、かなり人間に近い姿をしている。確かに服を着ていないほうが不自然かもしれない。
「ご主人、このゴーレムの服を作っていただくことは出来ますか?」
「この子の服ですか?」
俺の突然の依頼に、仕立て屋のご主人は最初驚いた顔を見せたが、すぐ真剣にレムレムの体をじっくりと観察し出した。
「背も高く、なかなか良いスタイルをしてますね。作り甲斐がありそうです」
「おお、ありがとうございます」
「どんな服にいたしますか?」
「それでは執事服でお願いします。まったく同じ体の者がもう一体いますので、同じものを2着お願いします」
「分かりました。さっそく採寸しますので、生地を選んでいただけますか?」
そう言うとご主人はサンプルの生地を出してきてくれた。執事服ということでそんなに高級な生地ではないようだが、肌触りはかなり心地いい。
奥さんのほうはさっそくレムレムの体の採寸を開始している。
「やっぱり黒が無難かなぁ……」
俺の中での執事服の情報量が少ないので、どうしても無難な黒の生地に目が行ってしまう。
「黒でいいかな、レムレム?」
つい思わずレムレム本人に聞いてみた。ゴーレムに好みがあるわけないのだが。
「もし、よろしければ……」
「え?」
レムレムがそう言いながら生地サンプルの前までやって来た。
「私のほうはこの深紅の生地で、ゴルゴルのほうはこの濃紺の生地でいかがでしょうか?」
レムレムが選んだ生地は一見、黒に見えるがよく見ると色が入っているという生地で、なかなかのお洒落感だ。
「な、なるほど。確かに顔の宝石に合わせるのはお洒落かも」
まさかゴーレムにお洒落や好みの感覚まであるとは思わなかった。
しかも、なんか俺よりセンスが良い気がするのだが……。
「で、ではこの生地でお願いします」
「かしこまりました」
こうしてゴーレムの服も作ることになってしまった。
この勢いでうち店の制服も新しく作りたいところだが、リタイアしようとしているご主人にこれ以上、仕事を発注するわけにはいかない。
「完成を楽しみにしております」
レムレムが仕立て屋のご主人に、かなり人間らしいことを言っている。
ゴーレムがこんな人間ぽいとは……科学と違い魔法の力というものは、どこまでも計り知れないものがある。
俺はそんなことを考えながら、奥さんと楽しく話している魔法の結晶であるゴーレムを思わず見つめていた。




