005 商材探し
異世界で売るアイテムについては、いくつか見当はつけていた。
まずは塩と砂糖だ。これは普通に売られている一般的な安いもので大丈夫だろう。
ということで、移動途中にあったスーパーで、よく見かけるビニール袋にパンパンに詰まった1キロ250円ほどの砂糖と、同じようなビニール袋に詰まった1キロ200円もしない塩を購入した。
まずは異世界に持ち込みチェックするためだけなので、とりあえずはこんな安物で充分である。
そして俺は、その足で百円ショップへと向かった。
家の近所にも百均はあるが、色々なアイテムを検討したいため、品揃えの良い大型店を選んだのだ。
「おお、さすが大型店。凄い品数だな」
百円ショップの大型店舗は初めてだったため、思わず少し感動して声が出てしまった。スーパーにあるような店舗と違い、ここは3フロアー全てが百均である。
これだけの品数があれば、異世界で売れるアイテムは必ず見つかるだろう。今の俺には百均の製品が宝の山に見えているのだ。
「まずはグラスだな」
まずは食器コーナーへ向かうと、お目当てのグラスがかなりの数置いてある棚を見つけた。こうして見るとグラスというだけでも、もの凄い種類があるものだ。
運搬時の破損も怖いので、薄いグラスはやめておこう。あと柄やイラストが入っている物もダメだ。透明なガラスというだけで高級なのだから、そこに余計な技術は必要ない。
何個かあるグラスの中から、背が低く厚みのある口広のグラスを選んだ。大きな氷を入れて酒を飲むための、いわゆるロックグラスというやつだ。
グラス底の裏に張ってあるシールを見ると、製造元の会社の名前が書いてある。ゆくゆくは百均で買わず製造会社との直接取引を考えているので、ここもチェックポイントのひとつだった。
とりあえず、そのグラスを10個ほどカゴに入れる。意外と重い。
さて次は鏡だ。
これもガラスの高い異世界では高く売れると目論んでいる。
大型店だけあって鏡もかなりの種類が売っていた。しかし、ほとんどがプラスチック製品なのである。
異世界で売るアイテムを選ぶ自分で設定したルールの中に、異世界で存在しない、または説明して納得させられない物は持ち込まないと決めていた。
なのでペットボトルやプラスチック製品はダメなのだ。頭の良い人ならプラスチックの存在を異世界人に上手く言いくるめることが出来るかもしれないが、俺には無理だ。
ということで鏡の縁や持ち手がプラスチックではなく、木で出来ている物を選んだ。小さなメモ帳サイズぐらいの物と、B5ぐらいありそうなサイズの物だ。それをそれぞれ10個づつカゴに入れる。
「んしょっ!」
この時点でカゴは意外と重くなってきている。もうこれから買うのは小物だけにしよう。
そんなことを考えながら店内の商品を見て回る。本当に品数が豊富なため、気が付くとけっこうな時間が経っていた。
そして次に目をつけたのが鉛筆だった。
異世界で市場調査をしているときに、書きものをしていた人は見かけなかったが、たぶん鉛筆は無く、インクを使ったペンを使用しているんじゃないかと勝手に予想する。
なんのための市場調査だったんだという突っ込みを自分にしつつ、鉛筆を選ぶ。
「なんで2Bばっかなんだ?」
俺のガキの頃は鉛筆といえばHBだったんだが、売られている物はHB鉛筆は少なく2B鉛筆がほとんどになっていた。
「時代か……」
まだ若いつもりでいたが、変なところでおっさんの気持ちを知ることとなった。
そんな2B鉛筆たちだが、どれも外側が塗装されている物ばかりだった。これは俺ルール的にはいただけない。金の箔押しの文字など、もってのほかである。
そんな中、12本入りのお得な鉛筆を発見した。しかも外側には何も塗装されていない木のままで、文字も2Bという焼き印ぽいものしか入っていないシンプルなデザインのものだ。
「これならいけそうだな」
2Bに関しての説明は考えておかなければいけないが、とりあえずその鉛筆セットを5箱、買うことにした。
「他はないかな……」
その後、広い店内をウロウロと何周もして色々なアイテムを見て回ったが、これという物には出会わなかった。良さそうな物があっても、ほとんどの物がプラスチックを使用しているのだ。
とりあえず最初は試しながらの商売となるだろうから、アイテムの種類が多くても問題になるだろう。
ひとまず買い物はここで終え、また異世界で色々と市場調査しよう。と、思っていると携帯に着信があった。
「ハルシルです。金貨の検査結果が出ました」
「え?もうですか?」
電話はハルシルさんからで、もう金貨の検査が終了したということだった。
「早いですね」
「ちょうど時間がありましたので。今から御徒町に来られますか?」
「ええ大丈夫です」
「では、お渡しした名刺の住所にある、わたくしのオフィスにお越し願えますか?」
「了解です。今から20分ほどで向かえますので」
「分かりました。お待ちしております」
俺は電話を切ると、会計のためレジへと急いだ。
「金貨を検査した結果、重さは40グラムで金の含有率は90%でした。つまり金が36グラムというわけです」
「けっこうありましたね」
ここは御徒町にあるハルシルさんの会社の会議室だ。余計な物が無いシンプルだが清潔感のある会社だった。
「いま1グラムが約5千円なので、この金貨は18万円になります。そこから手数料20%を引かせていただき、買取金額は14万4千円となりますが、よろしいでしょうか?」
「はい。それでかまいません」
最初は手数料とか掛かるなぁと思っていたが、思っていたより高く売れた印象だった。正直、想像以上なので、まったく文句は無い。それにこのお金には税金が掛からないという特典もあるのだ。
「それでは今回は金貨5枚なので、72万円となります」
おお!けっこうな額になったぞ。健太は利子をいっぱい付けて返してくれたんだなぁ。ありがとう、健太。
「それでは、こちらが現金になります」
そう言ってハルシルさんは厚みのある封筒を差し出した。
「ありがとうございます」
そう言って封筒をバッグにしまおうとすると、ハルシルさんがそれを手でせいした。
「確認されないのですか?」
「いえ、ハルシルさんを信用してますから」
「確認してください。それが逆に信用となりますので」
またひとつハルシルさんから商人に大事なことを教えられた気がする。俺は言われて札を勘定し出したが、大金に慣れていないので時間が掛かってしまった。
「はい。確かに72万円ありました」
「ありがとうございます。また今後、金貨の換金のさいは、わたくしに電話を一本入れてから、ご足労ですがこちらまでお越しください」
「了解しました。たぶん2、3週間後から定期的に金貨の換金をお願いすることになるかと思いますので」
「楽しみにしています」
そう言ってハルシルさんは右手を出して、俺に握手を求めてくる。ハルシルさんの握手はかなり強く、そこからもビジネスの最前線で戦っている男の強い意志と自信を感じるのだった。
「あのぉ~もうひとつお聞きしたいことがあるのですが……」
俺はひとつ忘れていたことをここにきて思い出す。話が終わりそうなところなのに申し訳ない。
「なんでしょう?」
「実は銀貨もあるのですが、こちらも換金できますか?」
そう言って俺はバッグから銀貨を取り出そうとした。するとハルシルさんが、黙ってそれを手で制した。
「申し訳ありませんがシルバーはダメです。換金できない訳ではありませんが、こして個人取引をする量と金額が割りあわない商材です」
銀は金よりもかなり安いため、ハルシルさんは扱っていないそうだ。
「それにインドを始め世界的には、ほとんどが金社会です。銀はあまり好まれません」
「そうですか……」
「どうしてもというのであれば換金は出来ないことはありませんが、かなりお安いですよ。運ぶのも重いでしょうし」
「分かりました。銀のほう大丈夫ですので、ありがとうございます」
「お力になれず申し訳ありません」
そんな恐縮するハルシルさんにお礼を言い、改めて今後のお付き合いをよろしくお願いした。
そして、けっこうな現金を持ったまま、自宅へと戻ったのだった。
「ふぅ~疲れた」
部屋に入り、今日買ってきた物をベッドの上に並べる。とりあえず持ち運ぶ量となると、これぐらいに抑えておいたほうがいいだろう。異世界では徒歩が基本となるはずだからだ。
塩や砂糖、グラスや鏡などの販売する商品のほかに、LEDライトやナイフなど、自分の生活に使うだろう販売しないアイテムも買っておいた。この辺りのアイテムは人前で使用できないので、随時むこうの世界のアイテムに買い換えていくつもりだ。
「あとは金か」
ローテーブルの前に座り込むと、俺は小袋から金貨を出してテーブルの上に積んだ。さらに銀貨や銅貨も同様に、全て出してテーブルの上に積んでいく。
「けっこうあるな」
健太が残してくれた異世界のお金を全てテーブルに並べた。
金貨は換金してしまったので、残りは5枚だが、銀貨は200枚、銅貨は500枚あった。
金貨は1枚14万4千円で換金できるので、5枚で72万円だ。さっき換金した72万円と足すと、金貨だけで144万円分あったということだ。
これだけで健太は充分な利子をつけていてくれたことになる。
さらに銀貨は換金できないが、全てを金貨してしまえばいいだけのことだ。
昨日の異世界市場調査で分かったのは銅貨100枚で銀貨1枚、そして銀貨100で金貨1枚という通貨価値だった。
つまり金貨が14万円だとすると銀貨は1400円、銅貨は14円の価値ということになる。
実際はこんな単純な計算ではないのかもしれないが、俺はシンプルにこの基準で異世界での商売を進めていくつもりだ。
「そう考えると、現時点でけっこうな金を持っていることになるな」
銀貨200枚で28万円。銅貨500枚で7000円だ。銅貨は釣銭としてとっておこう。
たぶんこれだけあれば開店には困らないのではないか。俺はそんな楽観的な気持ちで、今日の晩飯は何を食べようかなと考えていた。