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042 異世界の宝石の価値

 塩を求めるお客さんの大行列が出来てから、さらに3日が経った。

 塩の売り上げはピーク時には1600キロに達したが、昨日は1000キロ近くまで落ち込んでいた。

 行列も少なくなった感じがするので、たぶんこの感じで徐々に落ち着いていくと思われる。

 なので今日は昼に予定している本日分の塩を搬入したら、後回しにしていた宝石の鑑定結果をインド人のハルシルさんのところまで確認しに行こうと思っている。ハルシルさんからは数日前に宝石鑑定が終わっているという連絡は受けていたのだ。

 と、その前に、またもう少し宝石の原石を買って持って行こうと思い、先日訪れた宝石店へとやって来たのだった。

「いらっしゃいませ」

 俺が店に入ると、またダンディーなおじさん定員さんが迎えてくれた。

「おや、異世界商会のご主人様でしたか」

「え?俺のこと知ってるんですか?」

 先日、来た店とはいえ、俺が異世界商会の者だとは言っていなかったはずだ。

「知ってるもなにも、いまや異世界商会様はこの商人通りでは有名でございますからね」

「ハ、ハハハ、悪い噂でですよね?」

 確かに毒塩販売で有名ですだからね、ハハハ。

「とんでもない微!王族とも取引きをしている素晴らしい商店だと、もっぱらの噂でして」

「え?」

「うちの常連様の貴族の方々も、異世界商会様のガラスのカップを愛用している方は多いですよ」

「あ、そうなんですね……ハハハ」

 とりあえず噂が良いものに変わってくれているようで良かった。本当に人の噂は簡単に変わるんだと、変に感心してしまう。

 それにエルモア伯爵の圧力とかがあるのかと思っていたが、意外と貴族は気にしていないのだろうか?

「それで、今日は?」

 ダンディー定員さんが自分の仕事を思い出して問いかけてきた。

「あの、先日お願いしていた宝石の原石は入荷しましたか?」

「はい。良い物がたくさん入荷しております」

 そう言うとダンディー定員さんは、店の奥からいくつかの革袋を持って来る。

「いまご用意出来るのは紅玉(こうぎょく)碧玉(へきぎょく)が300づつ、それに珀玉(はくぎょく)を多めに欲しいということでしたで、こちらは800ほどご用意いたしました」

「おお、凄い。全部で1400個ですね?」

「はい。さらにそれとは別に……」

 そう言ってダンディー定員さんが新たに革袋をひとつ出してきた。しかし、その革袋は他とは違い、赤く染められた革で出来ていて何か高級そうだ。

「こちらは異世界商会様に特別にと、ご用意した品になります」

 ダンディー定員さんはドヤ顔で、カウンターの上に広げた布の上に赤い革袋から宝石を取り出した。

「おお、凄い!」

 それは珀玉の原石だったが、素人の俺が見ても今までより大きな粒だということが分かった。そんな大粒の珀玉が10粒ほどあるようだ。

「これほどの大きなものは、なかなか出回らない貴重なものでございます」

 ダンディー定員さんが自慢するのも頷ける。それほどこの宝石は他の物より大きかった。

「異世界商会様にならと、特別にご用意させていただきました」

 そんな分かりやすいお世辞をダンディー定員さんは言ってきた。これも異世界商会が、少しは有名になったということなのだろうか?

「でも、お高いんでしょう?」

「それはもう」

 否定しないんだ。

「こちら1粒だけで金貨2枚となっております」

「買います。全部ください」

「ありがとうございます!さすが異世界商会様!ご決断も早い!」

 1粒、日本円で約28万円もするが、たぶん安い。よく分からないけど、これはかなり安いと俺の素人の勘が言っている。

「毎度ありがとうございます」

 全ての支払いを済ませた俺は、深々とお辞儀をするダンディー定員さんに見送られて宝石店をあとにした。

 けっきょく、いつものサイズの原石が1400個で金貨28枚。大きな珀玉が13個で金貨26枚ということで合計金貨54枚、日本円で約756万円の買い物だった。

 なんか即決でポンと買ってしまったが、冷静に考えるととんでもない額の買い物だ。

 金銭感覚が麻痺してきているかもしれないので、気を付けないといけないな。

「よし!次は宝石の鑑定結果だ」

 俺は新たに買い求めた宝石を持って、急いで御徒町のハルシルさんの事務所へと向かうのだった。


「なかなか来られなくて、申し訳ございませんでした」

 ハルシルさんの事務所に入り、俺は連絡を受けてからすぐに来られなかったことを謝罪する。

「いえいえ、忙しそうですね」

「忙しいというかトラブルというか……でも、もう解決しましたので」

「そうですか。それは良かった。ビジネスにトラブルは付き物ですからね」

 そう言ってハルシルさんは1枚の紙をテーブルに置いた。その紙は、ズラッと宝石と金額が並んだ査定リストだった。

「宝石を査定した結果、7000円ぐらいのものから1万円前後のものが300個ほどありました。なので、それをまとめて1つ1万円と査定しました」

 なるほど。リストの一番下にルビー、サファイア、ダイヤモンドと書かれ単価1万円で数量が304と書かれていた。

「今回、一番高額だったのは60万円のダイヤモンドです。これは大きさも色も透明度も全て素晴らしいものでした」

 リストの一番上にダイヤモンド単価60万円で、数量が2と書かれていた。なんと、これだけで120万円だ。

 さっきの一番安いものを入れれば、もうすでに異世界での買値の3倍ほどの値段になっている。

「さらに30万から40万円ほどの良質なものも、いくつもありました」

 リストには60万円のダイヤモンドを筆頭に数十万のものがズラリと並んでいた。しかし予想通り金額上位にあるものは、やはりダイヤモンドばかりだ。

 異世界での買い取りを珀玉中心に絞っておいて正解だった。

「あとは細かくなりますのでリストを見ていただければと思います」

「こんなに細かく丁寧に査定してくださって、ありがとうございます」

「いえ、仕事ですので」

 そう言って笑うハルシルさんの歯は、真っ白で眩しかった。

「今回の買い取り金額合計は1628万円となります」

 おお、凄い!異世界での買値が140万円ほどだったから11倍ほどに増えたことになるぞ。

「いかがでしょうか?」

 ハルシルさんが俺に同意を求めてくる。そうだった。これは取り引きビジネスだったのだ。

「も、問題ありません。その金額でお願い致します」

「了解しました」

 そう言うとハルシルさんは、後ろにいたスタッフへ現金を持ってくるよう声を掛ける。

 俺はこのタイミングで、先ほど新たに買ってきた宝石の革袋を取り出した。

「あの、また宝石を持って来たのですが、よろしいでしょうか?」

「おお、素晴らしい!宝石の買い取りは、いつでも大歓迎ですよ!」

 ハルシルさんが外国人らしく大げさなリアクションで喜びを表現する。しかしその満面の笑みを見ると、本当に宝石が好きなのが分かる。

 俺はテーブルの上に、買ってきたばかりの宝石を広げた。今度は1400個もあるので、すぐにテーブルを埋め尽くしてしまう。

「素晴らしい!質も量も凄いですね」

 すぐにハルシルさんは何個か手にして、食い入るように眺め出した。

「すぐに査定に回しても、よろしいでしょうか?」

「はい。お願いします」

 俺がそういうと、ハルシルさんは凄い勢いで宝石を革袋にしまい、また別のスタッフへと渡してしまった。

「宝石は、いつでもいくらでも歓迎ですよ」

 そう言って、またハルシルさんは満面な笑みを浮かべる。

「実は今回、特別なものがありまして……」

「ほう……」

 俺の言葉を聞いて、今までの笑顔が嘘のようにハルシルさんが真顔になった。ちょっと怖い。

「これなんですが……」

 俺はそう言って赤い革袋から、大きめのダイヤモンドを取り出した。

「!!!」

 それを見た途端、ハルシルさんが分かりやすくテーブルに身を乗り出してくる。

「こ、これはこれは……見てもよろしいですか?」

「どうぞどうぞ」

 そう言うとハルシルさんは大粒のダイヤモンドのひとつを手に取ると、いつになく真剣な表情で凝視し出した。そしてルーペを取り出すと、さらに細かくチェックしていく。

「フゥ~」

 数分は経っただろうか。ようやくハルシルさんはダイヤモンドから顔を上げると、大きく息をついた。

「いやいや、これは凄いものを見させてもらいました」

「そんなに凄いですか?」

「この大きさで、この色と透明度はなかなか出てきませんよ」

 よっぽど良いものなのか、ハルシルさんはダイヤモンドから目が外せないようだ。

「これも買い取っていただけるでしょうか?」

「もちろんです!こんな良いもの、こちらからお願いしたいぐらいですよ」

 良かった。それにこの分だと、かなり高額な買い取り金額も期待できそうだ。

「このレベルのものがまた手に入ったら、絶対わたしのところへ持って来てくださいね。絶対に他より高値を付けますから」

「も、もちろんです」

 思わずハルシルさんの迫力に押され、のけ反ってしまう。本当にハルシルさんは、宝石のことになると人が変わるようだ。

 その後、無事、今回の買い取り額1628万円を受け取り、俺はハルシルさんの事務所をあとにした。

 それにしても、異世界の宝石は想像以上の高値がついた。単純計算で10倍以上の価値があるということになる。

 なので異世界の売り上げをただ宝石に代えてこちらの世界へ持ち込むだけで、単純に売り上げがいきなり10倍に跳ね上がってしまうというわけなのだ。

「これって凄いことだよな……」

 こんな楽に儲けを増やしてしまうと、なにか悪いことをしているような気になってくる。

 しかし、お金はあり過ぎて困るということは無いだろう。

 問題なのは、その稼いだお金の使い方のほうなんだと思うのだ。

 かと言って、現状これに使うという目的は何も無いのだが……。

 とりあえず今は塩の卸売りを確立することを目標としよう。

 ひとつひとつ出来ることからコツコツとだ。

「なんか店が心配になってきた」

 俺は大金を胸に、急いで異世界へ戻ることにしたのだった。

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