002いざ異世界へ
俺は郊外にある、とある倉庫に来ていた。昨日倒産した会社の倉庫である。とはいってもずっと使われていない小さな倉庫だ。
前に倉庫掃除をさせられたさいに渡されたその倉庫の鍵を持っていたままだった俺は、さっそく倉庫の中に入ってみた。
「よし大丈夫そうだな」
予想通り倉庫の中はガランとしており、倒産による影響もここにはまだ来ていないようだ。
俺はこの倉庫で、扉の実験をしてみようと考えていた。
なんせ健太の手紙の通りならば、扉は高さ3メートルの横2メートルという巨大なサイズになるはずだ。そんなものを自分の部屋の中で展開するわけにはいかなかった。
とりあえず俺は中に入り倉庫の扉を閉めると鍵を掛けた。この倉庫を選んだ理由のひとつに扉に内側から掛けられる鍵があるということもあったのだ。
「よし」
しっかり扉に鍵を掛けると、さっそくバッグから小さな扉を取り出した。それを倉庫のちょうど真ん中あたりに置く。
「フゥ~」
大きく深呼吸をしてから手紙に書かれていた呪文を唱える。
「扉よ開け」
呪文を唱えた瞬間、床に置いた小さな扉が眩しく輝いた。かと思った瞬間、目の前に巨大な扉が現われる。
「ハ……ハハハ……」
思わず笑ってしまった。健太のことを信じていたつもりだったが、実際に目の当たりにすると、ただただ驚くばかりだ。
出現した扉はメモ書きの通り、高さ3メートル、横2メートルの巨大なものだった。扉の造形は小さかった時と同じで、扉自体は中央で左右に割れている両開きの扉である。
携帯ほどの小さな扉が呪文で大きくなったという目の前の現実だけで、もう健太の話は全て信用できるだろう。
つまり、この扉の先に異世界が広がっているというわけだ。
「よ、よし」
意を決して扉に手をかける。鉄製ぽいので重いかと思ったが、そんなに力を入れなくとも扉は簡単に開いた。
しかし開いた扉の先に異世界の景色は無く、ただ白い光が幕のように張られているだけだった。
恐る恐るその光の幕に手を入れてみると、何の抵抗も無く手の先は幕の向こうへと消えていった。どうやらこの光の幕の向こうが異世界ということらしい。
意を決して、そのまま俺はゆっくりと光の幕へと入っていく。
目の前が白い光に覆われた瞬間、俺はとある部屋に立っていた。
いや厳密には部屋と思われるところに立っていた。なぜならそこは真っ暗な世界だったからだ。
俺は慌てて尻のポケットから携帯を取り出すとライトを点けた。
ライトに照らし出されたその部屋は、壁や床から天井まで、全てが石で造られていた。そのため部屋の空気はひんやりとしている。
目を凝らしながら、俺は部屋の中を見回してみる。部屋は大きいリビングほどの広さがあり、部屋の中央には木で出来た飾り気の無いテーブルが置かれていた。そして、そのテーブル上には手紙と思われる紙が何枚かと、いくつかの革袋が置いてあった。
まずは手紙を取ろうとすると、手紙の上に指輪がひとつ置いてあることに気付いた。とりあえず指輪は横に置き、まずは手紙に目を通す。
『拓馬へ。異世界へようこそ。俺の話を信じて、ここへ来てくれて嬉しいよ。まずはこの指輪をはめてくれ。この指輪は全ての国や人種の言葉と文字を理解することが出来るマジックアイテムだ』
「マジックアイテムときたか。本当に異世界なんだな」
俺は素直に指輪をはめた。もう健太の言葉を疑う理由は無い。
『この手紙と一緒に置いてある書類は、この建物と土地の権利書と、ここで商売をするための商人ギルドが発行した許可証とギルドの会員証だ』
手紙が何枚かあると思っていたが、他の紙は権利書などの書類であった。指輪のおかげか、書類は問題無く読むことが出来た。
『商売を始める前に必ず商人ギルドに行ってくれ。色々とアドバイスを受けることも出来るのでビジネスの相談をするのもいいだろう』
ご丁寧に商人ギルドへの行き方を書いた簡単なメモもあった。細かいことに気が回る健太らしい配慮だった。
『しかし俺が用意したのはここまでだ。色々と考えていたビジネスのアイデアはあるが、ここから先は拓馬が自由にやって欲しい。拓馬なら絶対、この異世界で楽しみながら大金を掴むことができるだろう。本当に期待しているぞ!』
健太にそう言われると、不思議と自分でも上手く出来るんじゃないかと思えてきてしまう。自信の根拠はまったく無いのだが。
『追伸。投資してくれた100万円を利子付けて返します。ただし異世界の通貨だがな』
異世界の通貨か。俺は何個か置かれている革袋のひとつを手にした。その革袋は小さいわりに、ずっしりと重みがある。
「おお、スゲェー!」
革袋の中には、たくさんの金貨が入っていた。他の革袋を開けてみると、今度は銀貨が出てくる。他には銅貨っぽいものが大量にあった。
価値は分からないが金貨だけでも100万円以上はありそうな感じだ。
とりあえず硬貨を革袋に戻し、全てショルダーバッグにしまった。もちろん一緒に書類関係も入れる。
そして最後にテーブルに残ったのは、ひとつの鍵だった。銀色に輝くその鍵は宝石もはめられており、かなり高級そうである。
そのテーブルの向こう、部屋の奥の壁の中央に扉があった。たぶん、あの扉の鍵ということなのだろう。
「この扉もけっこう丈夫そうだな」
鍵を持って扉の前に立つ。その扉は普通サイズの扉ではあるが、鉄製でいかにも頑丈そうに出来ている。その扉から異世界への扉をしっかりと守るという健太の意図が感じられた。
その鉄扉の鍵穴に鍵を差して回してみると、カチリという音がして鍵が外れたようだ。取手に手を掛け手前に引くと、簡単に扉は開いた。
「階段か……」
その扉の先は、すぐに上へと続く階段になっていた。ここも部屋と同様に階段も壁も天井も全て石造りである。
そのまま階段を上がっていくと、すぐに次の扉へとたどり着いた。今度の扉は木で出来た普通の扉だ。
どうやら鍵は掛かっていないらしく、ノブを回し押すと素直に扉は開いた。
「また部屋か……」
今度の部屋は床や壁など木で出来ている普通の部屋だった。ただ一点変わっているといえば、左右の壁が全て作り付けの棚になっていることだった。
「在庫置き場にでもするつもりだったのか?」
棚には何も置かれてはいなかったが、この規模からすると店舗の在庫置き場のように思える。健太はここで店でも開くつもりだったのかもしれないな。
この部屋には、また正面に木の扉があり、隅には上へと昇る階段があった。とりあえず階段は後回しにして、まずは扉を開いてみる。
扉の先の部屋は先ほどと違い明るかった。明るいと言ってもライトのような光源があるわけではなく、正面の壁の中央に扉があり、その扉の横の左右の壁に窓があったため、外光が入り込んで部屋が明るくなっていたのだ。
しかし、その窓のガラスは曇りガラスというわけではないが何かかなり歪んでおり、行きかう人がいることは認識できるもののハッキリと外を確認することは出来なかった。
「ここが入り口というわけか」
歪んだガラス越しに感じる雰囲気から、ここがこの建物の入り口だと想像がついた。
この部屋の左右の壁も棚が並んでいたが、作り付けでなさそうなため動かせそうだった。そして部屋に入ってすぐのところにカウンターが置かれており、向こうとこちらをしっかりと区切っていた。どうやらこのカウンターも動かせそうだ。
そのカウンターの上には、また鍵が置いてあった。先ほどの地下室の鍵と違い、今度のは普通の鉄製の鍵のようだ。
この鍵が入り口の鍵だと判断した俺は、さっそく入り口の扉へと向かう。
思った通り、扉の鍵はすぐに開いた。
「よし。異世界とやらを拝見してみますか」
俺は期待に胸を膨らませ、少し緊張しながら、そっと扉を開いた。
「おぉー!」
少し開いた扉の隙間から外を覗いた俺は、思わず声を上げていた。
自分のいる建物の前は直ぐに広い通りになっていて、そこをかなりの数の人たちが行きかっている。その半数以上が簡素な服を着た村人風の人だったが、中には剣を腰にさげた戦士風の人やローブをかぶり杖を持つ魔術師風の人までいるのだ。
「まさにRPGの世界……」
しばらく俺は心躍らせながら、通りを行きかう人たちを眺めていた。が、すぐ問題があることに気が付いた。
「この恰好は、まずいよな」
俺はいま着ている自分の恰好を見下ろした。
派手なロゴの入ったTシャツにジーパン、靴は白いスニーカーである。こんな格好でここを出歩いたら大変なことになるだろうことは容易に予想できた。
「着替えてこよう」
俺は急いで地下へおり、現代に戻る扉をくぐるのだった。