第九十二話
中将の御方が宿下がりをする直前。
芙蓉の二人目の御子懐妊がわかった。
みな大喜びである。
中将の御方は、今宿下がりしていいものか、悩んでしまう。
そんな中将の御方の背中を押したのは、意外にも芙蓉だった。
自分は大丈夫だからと、中将の御方に予定どおり宿下がりするように言ったのだ。
中将の御方は驚きを隠せない。
「いつの間にか親離れしちゃってたみたいね」
そう喜びつつも心境は複雑である。自分も子離れしなくては。
そう決心する。
芙蓉が自分の手で幸せを掴めるようになったのだから、私は自分の幸せを掴もう。
そんな決意のもと空を見上げる。
空の遠く彼方から、亡き夫 中将が頑張ったねと褒めてくれたような気がした。
左大臣のことは、亡き夫の兄のことは、亡き姉の夫のことは、愛している。
芙蓉のためにも、盛り立てていかねばならない。
けれど、その愛は、左大臣が男として好きというのとは違う気がする。
中将の御方にもよくわからないのだ。
まあ、きっとなるようになるだろう。
そんな自分らしくない考えに、ビックリする。
あの子の適当さが移ったのかしら?
でも、これで母と娘になれるのだ。
芙蓉が女御になって以来、芙蓉と中将の御方は形は違えど、久しぶりに母娘の時間を満喫した。
これからは、濃密さは薄れるものの、正しい形で母娘として接することが出来る。
一の宮や次の御子を祖母として抱くことも、養育することも出来る。
何事にも代償はつき物。
一生会えないわけではないのだから。
そう思って、中将の御方は自分で自分の背中を押すようにして、宿下がりのために荷物をまとめた。